7、赤い手紙
実家からアパートに戻ってくると、ポストに茶封筒が届いていた。手書きに見えるけど、まるでパソコンで打ったように綺麗で整った文字。不審な点は、切手も貼ってなければ差出人の名前もないことだろう。
夕日に照らされ赤く染まった部屋に腰を下ろすと封を切る。便箋を取りだしたひょうしに、ヒラリと紙が一枚すべるように床に落ちた。
『露木一家不審死事件』
2003年3月25日、火曜日。
露木竜志くん(15)が●▲中学校のプールで溺死した翌日、露木くんの両親、弥治郎さん(43)、ハルエさん(42)が自宅の寝室で血を流し死亡しているのを近所に住んでいる主婦が発見し警察に通報した。弥治郎さんとハルエさんは、竜志くんが亡くなったとされる当日の午前2時前後に鋭利な刃物によって殺害されたと思われる。どちらの現場にも目撃者はおらず捜査は難航している。捜査本部は両事件の関連性を含め周辺の聞き込みを重点的におこなうようだ。
「雑誌の切り抜きのコピー? 作り話じゃないよな?」
同級生たちの話していたオレだけが知らない過去だ。そして心の奥底でコレは現実にあった事なのだと”何か”が訴えてかけてくる。
手に持ったままだった便箋を開く。
『ヒトゴロシ』
赤い文字で、たった一言”ソレだけ”が紙いっぱいに筆で殴り書きされていた。
「……ッ! 人殺し?」
やけに自分の声が響き、おもわず喉をおさえる。
やっぱりオレの知らない、いや違う”忘れている過去”がある。しかも”それ”は絶対に忘れてはいけないモノのはず。
「知ってるはず……なんとかして早く思い出さないと……」
“また何かが起こる”
考えはじめると、いつも頭痛に悩まされる。今もズキズキ激しく痛み、両手で頭を抱えてうずくまってしまう。
「……もう……一度、実家に……行ってみる……しか……ないか?」
手がかりは、
プール。
オレの部屋。
閉ざされた両親の部屋。
そして一番、不可解な謎の地下室。
ブゥー……。ブゥー……。ブゥー……。
頭痛が治りはじめ溜息を吐いた。その時、尻ポケットに入れたままのスマホが着信に震える。
『露木くん、今日のニュース見た? ●▲中学校のプールで鉄男くんが傷だらけの状態で亡くなったみたいなの』
メールは守子からで、まるで信じられない内容だった。衣類に埋もれたラジオを掘りだしつけると、賑やかな曲が流れはじめる。音楽は好きだが今はニュースにチャンネルを合わせる。
『……中学校といえば二十年ほど前にもありましたよね? 村上さん。えぇ、また同じ●▲中学校のプールで、しかも当時亡くなった露木竜志さんの同級生なんだってね。もしかして今回のことと二十年前の事件が関係はあるのかな? どうなんでしょう? 警察は事件と事故の両面で捜査をはじめたみたいですよ』
話の途中からだが間違いなく長背鉄男に関するニュースだと分かった。
『今ニュース聞いた。こんな季節にプールっておかしくないか?』
『やっぱり変だよね? 明日の夜、みんなでお通夜に行こうってなったんだけど露木くんも来てくれない? 話があるの』
守子からは、すぐに返信が返ってきた。もう一度、実家には行こうと思っていたしオレも話を聞きたい。
『分かった。鉄男の家で会おう』
『待ってるわ』
アパートに帰ってきたばかりだが再び出かける準備をする。会社に同級生が亡くなったと言って電話をすると、ニュースになっていたからだろう、すぐに休み申請が通った。鞄の中身をひっくり返し全部出してから、室内に干しっぱなしの服や下着、そして押し入れから喪服を引っ掴み鞄に適当につっこんだ。日が沈み真っ暗になった部屋は散らかり、さらに足の踏み場もなくなってしまったが気にしない。
「行くか!」
気合いを入れるために、あえて大きな声を出し出発する。一応、今日届いた奇妙な手紙もポケットに入れる。もう夜ということもあって名古屋で一泊してから明日、始発で鉄男の家に向かう事にした。
〉〉〉7ノ裏、鉄男
「母ちゃん、俺ちょっと出かけてくんな」
「もう深夜だよ。それに今日はこれから父ちゃんと漁に行くんだろ。明日にしな」
「大丈夫! すぐに戻ってくっからさ」
スマホだけを手に持って、不安そうに俺を見つめる母ちゃんと玄関先で別れる。
「おぅ! 鉄男、早いな、もう来たんか」
「いや、ちょっと用事があるから少し出かけんだ」
「こんな時間に何処行くん?」
「ははは! すぐ戻るから大丈夫だよ」
「なるべく早く帰ってこいよ。手伝ってほしいことがあっからよ」
「分かった」
玄関出て向かい側のガレージでは、父ちゃんが漁に行くために網やら籠や色々なモノを車に積みこんでいた。心配そうに眉をへの字に曲げる父ちゃんに手を振ってから歩きだす。俺の家、長背家は先祖代々川釣り専門の漁師だ。少し川から離れたところに家があるから漁について行く日は午前三時には出発することになってる。
「今は二時か、三十分もあれば行って帰って来れんだろ」
スマホで時刻を確認してから、月明かりのなか中学校へと続く道をゆっくり進む。何も問題がなかったなら、この道もただ懐かしいだけに思えたんだろう。けど……。
コートのポケットから二枚の紙を取りだす。
一枚目は、雑誌か新聞かなにかのコピー。
『露木竜志さん(15)が●▲中学校、校庭内にあるプールで溺れた状態で発見された。真冬に一人でプールに入ったとは考えられないため事件と事故の両面で捜査中』
二枚目は、やけに達筆な赤い筆文字。
『ヒトゴロシ』
とだけ書かれている。
いつポストに届いていたのか分からない。最初に見つけたのが俺で本当に良かった。とはいっても何だか嫌な予感がしてしまいコピーを机の引き出しに入れてきた。
「なるべく親には心配はかけたくないんだけどな……」
友人たちには忘れたふうを装ったけど”過去”を、そんな簡単に忘れられるわけない。トドメのような”ヒトゴロシ”の一言で過去が強烈に蘇ってきたから……。
徒歩で十分、そんなに遠くない通学路。田舎だから街灯もない。学校周辺は木々にかこまれて月明かりも届かないから真っ暗だ。
「変わらないな」
石垣に囲まれてるだけで、門すらないから難なく校庭に侵入できる。校舎のすぐ隣にあるプールの周囲は金網がはられてるけど俺の身長なら、よじ登るのも容易い。手足をかけるとガシャガシャ激しく音が鳴る。けど警備員もいないから誰にも見つかることなく内側に入れた。
「……俺しかいないか?」
プール側から脱衣所のドアを開けようとしたが、さすがに鍵がしてあった。なので藻が生えた黒々とした水面のプールのまわりを見てまわる。
ちゃぷん……。
風もないのに水面が揺れ波紋が広がる。
掃除をされたようすもないから、何か生き物でもいるのかもしれない。
少しずつ。
少しずつ……。
波紋は俺に近づく。
プールに気を取られていた俺は背後から迫ってきたモノに、気がつくのが遅れてしまった。
そして背中をドンッと押された。
バシャーン……。




