6、ささやき
有給までとって調べたが結局、実家でも同窓会でも謎が深まってしまっただけであまり収穫は無かった。実家をまだ探りたい気持ちはあるが明日は火曜日。さすがに、これ以上は休めない。
「帰るか……」
食べ散らかしたゴミをレジ袋に適当に入れて鞄の中に乱暴に詰めこむ。ブレイカーを落とすのも忘れない。次はいつ来るか分からないからだ。というよりは間違いなく、とうぶん放置することになりそうだ。そのうち朽ちてしまうかもしれない。
【……マ……タ……ナ……】
鞄を肩にかけ玄関を出る寸前、頬に生温かい”何か”が触れ耳元でささやいた。ビクッと思わず身体が震える。今までは声だけだったし、真昼間だから何も起こらないと思っていたから。
「さっさと帰ろう」
勢いよく玄関を飛び出し鍵をかけ、草をかき分け獣道を進みながらスマホを操作してタクシーを呼ぶ。
「来るのは三十分後か」
ようやくアスファルトの道に出る。とくにやることもないのでバス停のベンチに座り、空を飛ぶ名も知らない鳥が円をえがき飛んでるのを、ぼんやり見つめる。しばらくすると、タクシーがクラクションを鳴らし目の前に止まった。
「お待たせしました。おや! また会いましたな。駅前でいいですかな?」
「……はい。お願いします」
思わず「ゲッ!?」っと声が出そうになる。昨日の好奇心旺盛な運転手だ。今日は更に目が爛々と輝いている。
「他のお客さんに聞いたんだがね。たしかに奥に民家はあったみたいだねー!」
「あぁ。たぶんその家ですよ」
オレが肯定した途端、タクシーを走らせることなくエンジンを切ると、運転手はオレを振り返る。そして。
「でもその家、一家全員亡くなったって言うんですわ」
「……じゃあ、違う家なんじゃないですか? オレは生きてますからね」
「ほぅ! ほぅ! ほぅ! まぁ、他にも民家はあっただろうからね」
「……」
あまり気持ちのいい話ではない。なのでこれ以上、運転手の相手をしたくなくて、目を閉じて無視を決めた。オレの反応がなくなると、ゆっくりとタクシーは走りはじめた。
【一家全員亡くなった】
タクシー運転手の言葉が、頭の中をぐるぐる駆けめぐる。効きすぎなくらいの暖房とマフラーとコートで暑いはずなのに、身体は震え続け背中を冷たい汗が流れつたう。
もしもオレの実家が”その家”ならば”オレ”は一体なんなんだ?
ズキンッと脳全体を揺るがすほどの痛みが走り頭を抱えてしまう。
やっぱり何かとても重要なことを”オレ”は忘れてる。
「着きましたよ。って、お客さん大丈夫かい?」
「……あーと、だいっ!?」
大丈夫と言おうとして驚く。あまりにも近くに、というか目の前に運転手の顔があったから。どうにもこの運転手の探るようなギョロリとした目つきは好きになれそうにもない。
「すまんね。声かけても反応がなかったもんでね」
「いえ、こちらこそすみません。カードでお願いします」
「はい、はい、気をつけて帰んなね」
スッと前から退いてくれて、ホッと息を吐く。タクシーを降りれば電車に乗って名古屋からは新幹線だから何も問題はない。
〉〉〉6ノ裏、お葬式は二度あった?
ピロピロリン。
会社を定時で退社できたのは久しぶり。なので駅前のカフェでコーヒーを飲みながら今日、買ったばかりのミステリー小説を楽しんでいる。一時間ほど経ったころスマホにやえ子からメールが届いた。
『守子、今から時間ある?』
『大丈夫。今、駅前のカフェにいるよ』
『私も駅にいるからカフェに行くわ』
『待ってる』
片手で文字を打ちこみ返信してから、やえ子が見つけやすいように窓際の席に移った。昨日の今日で何か収穫があったのかもしれない。なかなか優秀なんだと、やえ子は自分で言っていたからね。
「お待たせ。急でごめんね」
「いいよ。本、読んでただけだから」
本のカバーを外して見せると本好き仲間でもある、やえ子が目を輝かせる。
「そのミステリー、私も気になっていたの。もう出てたんだ」
「うん。今日、発売だったみたい」
「帰りに買って帰ろ。楽しみ。あ! ちょっと待っててね。コーヒー買ってくる」
いつも持ち歩いているせいで少しヨレてしまってる花柄の紙袋を席において、やえ子はバタバタとレジに向かっていく。待ってる間も本を読む。今から犯人を追いつめるシーンだから気になってしまう。
「お待たせ再び!」
「おかえり!」
やえ子はコーヒーとサンドイッチが乗ったトレーをテーブルに置いて向かい側に座った。
「早速だけど、コレ見てほしいの」
ハンドバッグから手帳を取りだし、はさんであった紙片をテーブルの真ん中に置く。それを手にとって読んでいく。
「これって、どういうこと? やっぱり露木くんは●▲中学校のプールで死んでいて、今は露木くんの家には誰もいないってこと?」
「んー……。当時の詳しい記事が見つからなくて、よく分からないんだけど、露木竜志くんの事故? があった二十年前の三月二十五日に露木くんの両親も何者かによって殺されてるみたいなのよ」
「え!? 同じ日に両親と息子が亡くなってるってこと?」
「そうみたい。そして今も未解決。かなりヤバイ事件な気がするわね」
手元にあるミステリー小説は物語だから面白い。けれど過去とはいえ現実に、身近で何かが起きていたとすれば話は別だ。それはもう恐怖でしかない。
「じゃあ、アタシが同窓会で会った露木竜志くんは何者なの?」
「……」
さすがのやえ子も返す言葉が見つからず言葉を失う。
ほかほか湯気のたっていたコーヒーは、すっかり冷めてしまいブルリッと身体に震えが走った。




