5、閉ざされた部屋
女性と別れた後、タクシーを呼んで足をもつれさせながら、なんとか帰ってくることができた。こんな時、山奥の実家は厄介だ。今まで手入れを全くしてこなかったから、真っ暗闇の獣道は草はボウボウだし石にも足を取られ、何度も転びそうになった。雪が溶けてたのだけは良かった。
「昨日はもっとすんなり帰ってこれたんだけどな」
肉体的な疲れよりも、精神的な疲れの方が体力を削られるんだろう。マフラーとコートも脱がず居間で大の字に寝転がって目を閉じる。埃だらけだが、気にならないくらいに疲れ切っていた。
「……オレは”竜志”だ。それ以外のなんだというんだ?」
脳内では洋二の言葉が何度も繰り返される。
【本当に貴方は”露木竜志”なのでしょうか?】
極めつけは守子の言葉。
【それにね。露木くんって●●●●はずなのよ!】
あり得ない。オレは今、ここにいるし生きている。
と、その時ふいに思い出した。この家には、まるで封印されたかのような奇妙な部屋があることに。ゆっくりと体を起こし、居間を出て奥へ続く廊下を歩く。
ギシギシミシミシ!
今にも床が抜けてしまいそうなくらいに、軋んだ音が響く。廊下の白熱灯に小さな虫が群がりチリチリ体当たりしてる。途中、物置代わりの小部屋から釘抜きを手に持ち向かう。
「いつから閉じられてたんだろうな」
一階の一番奥、突き当たりのドアはしっかり木板で閉ざされたままになっている。ドアノブさえも取り払われ簡単には入ることはできない。
ギッコ! ギコギコ! ギギギッ!!
不快な音を立てながら、釘を一本ずつ抜いていく。錆びついた釘は頑固で、なかなかに大変な作業だ。
「フゥ……。これで全部、板はなくなったけど……」
ドアノブがあった場所は、粘土のようなものが詰められ簡単には開けることはできそうにない。
「まぁ、今は誰も住んでないからいいだろ」
居間まで戻って、隣の台所から椅子を持ってくる。
そして。
ガッ! ガッ! ガッ!
ドアに椅子を打ちつけた。家全体が悲鳴をあげ震えグラグラ揺れる。
ドゴンッ!!
なんとかバキバキにドアを破壊することができた。ついでに椅子の足ももげてしまったが気にしない。
パチン、パチン。
入り口横のスイッチを押すけど灯りはつかない。仕方なく尻ポケットからスマホを出して照らす。
「う〜ん……。ところどころ壁や床に黒ずみがあるけど、隠すほどの何かがあるようには思えないんだけどな」
以前はたぶん両親が使っていたと分かる部屋は、中央にダブルベッド、そのすぐ隣に鏡台と小さな机、壁には箪笥が二つ並んでいた。埃だらけなのは、どの部屋も同じで歩くだけで咽せそうだ。
「ん? コレは骨壷? それと写真だ」
小さな机の上には三つの骨壷と一つの写真立て。写真の埃を手で払う。笑顔で映る男女は”たぶん両親”そして三つのウチの二つの位牌も”たぶん両親”なんだろう。この家で初めて見た写真、いやそもそも写真自体この一枚しか今のところ見かけない。
ただこの写真はとても不自然だ。
「なんで真ん中だけ無いんだ?」
切り抜かれた写真。
一つ多い骨壷。
真ん中の小さな隙間から考えて子供が写っていたんだと思う。
我が家は三人家族だったはず。
“オレ”は、生きてる。
では、一つ多い骨壷は誰のモノ?
「……分からない」
ぬるりとした空気に身体を包まれたような感覚を覚え吐き気をもよおす。嫌な雰囲気に部屋から出ようとした、その時。
「扉?」
ベッドの下に蝶番を発見した。よくある床下収納庫だろうか? だがベッドで隠すのは変だ。生物なら腐ってしまうし、物置だとしても上にベッドが乗っていたら取り出すのも大変だろう。
ギギギー……。
スマホを小さな机に置き、両手で押してベッドを壁際までよせる。
「ゴホッ! ゴホッ!」
暗闇でも分かるくらいモワッと埃が舞いあがり、思いっきり吸いこんでしまい涙が出るほど激しく咳こんでしまう。
「……かなり錆びついてるな」
扉の取手の部分は茶色く変色して素手で触るのはばかられる。ベッドに置きっぱなしになっていたタオルを手に巻き取手を引き開けた。閉まって閉じ込められたりしないように、小さな机の足と取手をタオルでしっかり固定する。
「なんだコレ? 階段?」
収納庫だと思っていたが、まったく違う光景が扉の先にはあった。地下水でもにじみ出てるのか、ぬるぬるする土壁をつたいながら、コンクリートで適当に固めただけの不恰好な階段を降りていく。下に行くほど震えるほどの冷気がただよいはじめ歯がカチカチ鳴ってしまう。けど今更、引き返すのも面倒くさい。
「鉄格子? まるで牢屋だな」
五十段ほどの階段を降りきった場所には、予想外の部屋が存在していた。触れてみると、鉄格子は長年ジメッとした地下にあったからかボロボロと崩れおちた。
【……タ……チ……サレ……ワスレ……ロ】
吐息のような、か細い声が耳元で聞こえた。この家に戻ってきた時に聞いた声だ。二度目ともなると、意外にも冷静でいられる。というより恐怖すら感じない。ゆっくりと声のした背後を振り返る。
「やっぱり誰もいないか」
けど、なんとなく聞き覚えのある懐かしく感じる声。
誰のモノだったか?
「これ以上は分からないな」
鉄格子の中にも入ってみた。ゴザでも敷いてあったのか破片らしきモノが散らばって、苔まで生えてる。この地下室を見てから、何かとても重要なことを忘れてるような気がしてしかたがない。けど考えても何も思いだせない。とはいえ、ずっと此処にいるのも気分が悪い。地上に戻って扉を閉めてベッドも元に戻し部屋をあとにした。




