3、同級生
バイトの面接の時に着ただけの茶色のスーツを着て、髪の毛を手ぐしで整えたら準備は万端。身だしなみは鏡を見なくても案外なんとかなる。昨夜、奇妙な出来事があったとはいえ実家に泊まれば無料だ。というわけで手荷物は置いたまま、マフラーを巻いてコートを羽織り同窓会に向かうことにした。
「お客さん、こんな山ん中まで何しに来とったね?」
「実家に用事があってね」
ちょうどいいバスの時間が無かったというか、数時間に一本しかバスが来ないからタクシーに乗るハメになってしまった。話しかけられるのが苦手だから普段はタクシーは使わない。
「家なんてあったかね?」
「今は誰も住んでませんから」
「ほぅ、ほぅ。家は、どの辺りにあるんかね?」
「先ほどの草むらの奥ですよ」
バックミラー越しに、白髪混じりの運転手の好奇心を隠さないギョロリとした視線とぶつかった。鏡も見たくないし、これ以上しゃべるつもりもないので、腕を組み目を閉じる。
「お客さん、着きましたよ」
いつの間にか眠っていたようだ。運転手に肩をポンッと軽く叩かれて目が覚める。
「ありがとう。あーと、カードでお願いします」
「はい。はい。どうも」
まだ何か言いたげな運転手をおいて、さっさとタクシーを降りた。もうすぐ昼ということもあって、すっかり雪は溶けて道も乾きはじめている。
会場である純和風の三階建ての建物は、どっしりとした佇まいで立派な瓦がなかなかにかっこいい。表札代わりの小さな提灯に「X旅館」と書かれてるのも趣きがある。自動ドアをくぐり抜けると毛足の短い赤い絨毯が敷かれてるけど下駄箱はない。靴は脱がなくてもいいようだ。
「コーヒーでも飲むか」
オレは首から風邪をひいてしまうからマフラーはつけたままが安心する。なのでいつも通りコートだけ脱ぐ。尻ポケットからスマホを取り出し時刻を確認すると、十一時を過ぎたところ。同窓会は二階の大広間に十二時半だから余裕がある。ロビーでコーヒーを注文して、体が沈むくらい柔らかいソファに座ってチビチビ飲む。
「もしかして露木くん? 久しぶりね」
「あぁ。……あーと……」
ふいに話しかけられて、誰だか分からず困惑する。
「ごめん、ごめん! アタシ風音、風音守子よ」
さっきまで、まるで知らない人物に思えたのだが名前を聞いた途端、カチッと過去の記憶が呼び起こされた。
「守子か! 久しぶり元気そうだな」
「露木くんも元気そうね。二十年前と変わらずイケメンね」
腰ほどまで伸ばした茶髪をサラリと揺らめかせ赤いスーツに身を包み、赤い口紅と赤い靴、全身赤で染めた風音守子は昔から派手好きで、性格も明るく社交的。ウインクしながら投げキッスまでする彼女は、今も二十年ぶりとは思えないくらい気安い。
「お! 守子じゃん! 一年ぶり!」
「鉄男は、さらに日焼けしたんじゃない?」
「一年分の日焼けだかんな。ん? そっちの男は、もしかして露木か?」
「あぁ。久しぶりだな。鉄男はデカくなったな」
「ハッハッハッ! あん時は一番チビだったかんな」
チクチク黒髪短髪に無精髭、日焼けをした巨体たぶん190センチ越えの体をギチギチギリギリの黒スーツで包む長背鉄男は、中学時代は学年で一番背が低いのがコンプレックスで牛乳ばかり飲んでいた。性格は今も昔も変わらず豪快な感じだ。白い歯を見せ大きく笑う。
「早いね。君たち」
「はじめ、お前は相変わらずボソボソと、もっと元気出せよ!」
「気にしないでよ。コレが僕の元気な状態なんだからね」
黒縁眼鏡がズリ落ちかけ、クタクタなグレーのスーツで細っそりした身を包んだ、顔色のさえない和田山はじめ(ワダヤマハジメ)は、真面目な性格でおとなしい。実は昔から影が薄い。今も鉄男に絡まれても反応はあまりしない。
「へぇ! 珍しい人がいますね。二十年ぶりといったところですか?」
「久しぶりだな。洋二。元気そうで良かったよ」
「貴方も元気みたいでなにより。と言うより二十年前とまったく変わってませんね。年をとり忘れてるのでは?」
髪の毛をヘアワックスできっちり固め、キリッとした銀縁眼鏡に真っ白なスーツ、体格は俺と変わらない感じだから170センチくらいか? いちいち棘のある物言いをする金矢洋二は、昔からオレに突っかかってくる。今もオレを上から下まで眺めて「フン」と鼻を鳴らす。あまり良い気はしない。
「まぁ、まぁ、なんにしても仲良し五人組が揃ったんだ。ギスギスすんなよ」
鉄男は勢いよく両腕を、はじめと洋二の肩に回しニカッと笑む。二人は迷惑そうに顔をしかめるが、腕を振り払ったりはしない。
「そうね。せっかくめったに顔を見せない露木くんまで来てるんだもん。楽しみましょうよ」
「分かったよ」
「仕方ないですね」
「うん! うん! 楽しまんとな!」
パンッと手を叩き守子が微笑むと、三人の表情が途端に緩む。紅一点のパワー恐るべし。実際、守子は美人で昔からかなりモテていた。今も街中を歩けば、思わず振り返ってしまう男たちも少なからずいるだろう。
「そろそろ時間だわ。行こ!」
「だな。みんな行くぞ!」
「けど学年全体……知らない人が多そうだね」
「まぁ、そうですね。自分のクラスメイトだけなら分かりますけどね」
「オレはお前たち以外のクラスメイトは名前も顔も分からないかもな」
これは本当に分からないと断言できる。原因に心あたりもないが、ポッカリと空白の年月がオレの内にはある。しかもそれはアルバム類が無い月日と重なるのだ。
「毎年、同窓会に参加してたアタシたちと違って、露木くんは二十年ぶりなんだもの。分からなくても仕方ないわ」
「そうだな! 二十年も経つんだ。みんな変わってるからな」
「そう……かな?」
「気にすることないわ」
ポンッと守子に肩を叩かれ、少し気が楽になった。が、いまだに洋二だけは刺すように鋭い視線をオレに向けてくる。
そして。
「本当に貴方は”露木竜志”なのでしょうか?」
と、
オレに、問いかけてきた。
「どう言う意味か分からないが、オレは露木竜志だ。それ以外の何だと言うんだ?」
「……おかしいんですよ」
「何が?」
「貴方は……。いえ、今はやめておきます」
洋二はオレから視線を外し、賑やかに二階へと階段を上がっていく三人の後を追って歩き出した。その後ろをオレはのろのろついていく。
一体、オレの何がおかしいと言うのか?
ぐるぐる考えが巡りだした、瞬間。
ズキンッと頭の奥で、何かがヒビ割れたようなイタミが走る。
まるでこれ以上考えるなと、探るなと、警告するかのように……。




