13、ほどかれゆくとき
深く沈む、くらやみにしずむ、ナラクニシズンデイク……。
同時に。
消してしまったはずの幼い頃の記憶がほどかれていく……。
ゆっくりゆっくり蘇っていく……。
◇
母ハルエは露木のお家に嫁いでくる前は、大きな会社の社長令嬢なんだっていってた。父弥治郎だけじゃなくお爺さまもお婆さまも、母さまのいうことは何でも聞いたし欲しいモノは何でも買ってくれていたそうだ。一言でいえば、フリルのついたピンクの服が好きな、わがままお嬢さまって感じ。着るモノだけじゃなく、テーブルクロスもフリルのついたピンク、並べられていく食器たちもピンク。なんなら絨毯もカーテンも家具も全部ピンクだ。
「今日は高名な占い師様をお呼びすることができたの」
そんな母さまは最近、占いにハマっていた。占いだけじゃなく、お守りやら訳の分からない置物まで買い集めまくり今や家の中は奇妙なモノだらけだ。
「ほぅ。それは楽しみだね。今から来るのかい?」
「えぇ。弥治郎さんにも、きっと素敵なお告げをしてくれると思うわ」
そして私、叶無の運命を奈落の底に突き落とすインターフォンが鳴り響いた。
ピンポン! ピンポーン!!
「はぁーい! お待ちしてました」
「いやぁ〜。まさか山の中に、こんな立派なお屋敷があるとはねぇ」
母さまはパタパタとピンクのスリッパを踏み鳴らしながら、胡散臭い占い師を出迎え家に招きいれた。占い師は額の汗をヨレたハンカチで吹きながら廊下をキョロキョロしながら歩く。まるで高く売れそうなモノを探してるような視線。
占い師を疑わしそうに見ていた私と目がバチッと合う。
「この子は?」
「先日、会っていただいた竜志の双子の妹で叶無です。ほら、ご挨拶しなさい」
「こ、こんにちは」
母さまの影に隠れるようにして挨拶をする。瞬間、占い師の目がギラリと光った。
「この子はいけない。悪魔の子だ! 今すぐ封じなくては危険だぁ〜!!」
大きな声をはりあげ私を母さまから無理矢理ひきはがし放り投げた。私は襖を突き破り畳に叩きつけられ呆然となった。
「叶無が……悪魔?」
「そうです! この子がいては露木家だけではなくハルエ様のご実家の経営される会社も衰退していくでしょう!」
「そんなっ! 弥治郎さん! どうしましょう?」
「とりあえず納屋に閉じこめておけ」
「そ、そうね。分かったわ。跡取りは竜志がいますからね」
そこから私の地獄が始まった。投げ飛ばされた痛みと真っ暗な納屋に閉じこめられた悲しみのイタミで最初は泣いて過ごした。くしくも閉じこめられた初日は私の誕生日だった……。
一月くらい経っただろうか? 納屋から地下室の檻の中に入れられた。兄と瓜二つだし山奥の家だったのもあって誰も私がいなくなったことに気づかない。まるで最初から兄竜志が一人っ子だったみたいに……。
ご飯は残飯ばかりだったけど、両親がいないときにコッソリ竜志が来てくれた。
「叶無、今日はケーキを持ってきた」
「ありがと竜志兄さま」
真っ暗でよく見えないけど、ふわふわでミルク味のクリームたっぷりでイチゴの乗ったケーキは美味しくて嬉しくて夢中で食べた。
「まだあるから、あわてんなよ」
「むぐ、むぐ、美味しいよ!」
「こんな可愛い叶無が悪魔なわけないのに親父たちは本当に馬鹿だなぁ〜」
頬についたクリームを指で拭って、優しい手つきで頭を撫でてくれる。鉄格子があるから、手で触れ合うだけが限界。それでも私には救いのトキ。
何ヶ月、何年経ったかも分からない、ある日。
「親父たちの会社ヤバイんだってよ。きっと叶無をこんな所に閉じこめたバチが当たったんだ!」
兄さまは握り拳を震わせ鉄格子をバンッと叩いた。
「許されるわけないんだ!!」
許されない。ゆるさない。たぶん同じ意味を持つ言葉。私が毎日一言ずつ牢屋の隅に描き続けてる言葉。
「叶無、こっそり出してやる。お前を外に連れていく」
「母さまたち怒らない?」
「あいつら今日は帰ってこないよ。なんかの会合があるとか言って出てったからな」
兄さまはジーパンのポケットから鍵を出すと牢屋の扉を開けてくれた。
「兄さま、私、歩けない……」
ヨロヨロ立ち上がるまでは出来る。けど歩くとなると力が入らない。というか、どう動けばいいのか分からない。
「ずっとこんなところに、叶無はいたんだもんな。ほら、おぶってやる」
「でも兄さまが汚れちゃう」
牢屋の中まで入ってきて、しゃがんでくれる。本当に乗ってしまっていいのかと戸惑っていると、兄さまは顔だけで私を振り返る。
「気にするな。今日は花火を見せてやる」
「花火? 大きい?」
「ははは! 家庭用の花火だから大きくはないけど、小さくても綺麗だよ。ぜったい叶無も気にいる」
「ふふふ! 楽しみ!」
おんぶ。階段を上がっていくたびに心地よく揺れる。もう何年も触れてこなかった触れられなかった人の温もり。兄さまの背中は熱いくらいで、私の身体も心もすべて優しく温めてくれる。
「今はまだ寒いからな。二人羽織だ」
「温かいね」
地下室とは違う、花の香水が香る両親の部屋に着くと、クローゼットから大きめの黒いコートを出した。兄さまは、私をおんぶしたままコートをふわりと羽織った。ピンクじゃないから、たぶん父さまのコート。手入れがしっかりされているんだろう良い匂いがする。
「中学校までは、三十分くらいなんだ」
田舎の道は街灯が少ない。真っ暗な道だけど兄さまの鼻歌で灯りがついたような気持ちになる。
「ほら、あそこだよ。でも俺の友達がいるから、ここで花火見ててな! なるべく叶無に見えるようにするからさ」
「うん。楽しみにしてるね」
校庭が見渡せる石垣の上に私を下ろしコートをかける。手を振りながら兄さまは友人たちの元へ走っていった。
地面に転がる。外に出るのも、真っ暗な空のキラキラ輝く小さな光たちを見るのも久しぶり。胸いっぱいに空気を吸えばキンッと冷えた冬を感じる。地面の湿った匂い、かすかな虫たちの声。
バシャーン!
「うわぁ! なにするんだ!? お前たちどうして!?」
バキ! ドカッ!!
「俺たちにお前がやってきたことの仕返しだ」
「ボクたちはずっと我慢してたんですよ」
バシャバシャ!!
「こんなこと女の子にはさせられないから守子には内緒だけどね」
兄さまの叫びと、荒々しい怒りをふくむ声。まったく楽しそうな雰囲気ではない。異常なことが起こっている。
助けに行かなきゃ!
けれど私は立ち上がることはできても、兄さまの元へ駆けつけることができない。土をつかみ這う。亀のような歩み。
兄さま、兄さま、兄さま……。
この辺りに民家もない。大声をあげて助けを呼ぶこともできず、もはやパニックだ。
ドスンッ!!
そうだった。ここは石垣の上だった。落ちたときに頭を打ちつけてしまったみたい。視界がグワンと歪み意識が途切れた。
◇
目を覚ますと真っ白な明るい部屋に寝かされていた。
「竜志、怪我が無くて良かったわ」
「目が覚めたら帰っていいそうだ」
「そうね。早く帰りましょうね」
「竜志? 私は叶無だよ?」
「頭を打ったから混乱してるのね」
ギュッと母さまに抱きしめられる。嬉しいはずなのに、心は万年氷のように固く冷たくさめていく。
だって私は叶無。竜志じゃない。この温もりは兄さまへのモノ。
「会合が早く終わって帰ってみれば夜中に散歩に出かけてたなんて信じられないわ」
「心配したんだ。石垣に登るなんて子供じみたこと危ないから次からはやめなさい」
車に乗せられ自宅に帰っても茶番劇は終わらない。
「説教はこのくらいにして疲れたでしょう? さぁ、母さまたちと寝ましょう」
ダブルベットで父と母にはさまれ横になる。
ベットサイドの時計を仰ぎ見ると、時刻は午前二時を回ったところ。
起き上がりベットから出ようと動いた瞬間、母に後ろから抱きしめられた。
「あなたは竜志として生きるの。それ以外は許されない」
「なぜ?」
「お前が竜志をそそのかしたからよ」
「……」
竜志に何かが起こって、たぶん死んでしまったのだろう。双子だからなのか、片羽がもがれたような奇妙な感覚だけが魂に刻まれ鮮明に残っている。
この時から私は竜志の代わりにされた。
たぶんこれからずっと死ぬまでの時間のすべてをかけて私は”オレ”にされていく。
いやだ。いやだ。いやだ。
優しい兄さまは竜志だけ。
“オレ”じゃない。
そこからの記憶は、赤く紅く赫く染まり曖昧で夢と現実の境界線も混じり合って鉄錆の匂いをはらむ。
◇
数ヶ月後。
惨劇のあった露木邸は閉鎖された。
両親の部屋は血飛沫にまみれ二人の遺体が見つかった。そして地下からも一人の遺体が発見された。その遺体はプールで溺れ死んだはずの竜志のモノ。たぶん両親が無理矢理に自宅に遺体を連れ帰ったのでは? と思われる。
では誰が両親を殺したのか? という疑問は残る。
◇
【叶無、すべて思い出してしまったんだね】
「うん。母さまたちが許せなかった。まるで竜志兄さまが最初からいなかったみたいに振る舞うのも、私が存在しなかったみたいに過ごそうとするのも全部! だからトイレに行くっていってベットを抜けだして物置から鎌を持ってきて殺した」
【苦しませてごめん】
「兄さまは悪くない。母さまたちが悪いんだから」
【いや、俺も色々、恨まれて当然のことをした。だから本当にごめん】
ふわっと温かい空気に包まれる。もうこの世にはいない兄さまの体温。抱きしめかえすと兄さまが微笑んだような気がした。
【お前のツライ気持ち、守子たちの恨み、そういった感情すべて俺がもらってく。だから叶無は残った時間のすべてを幸せになるために使うんだ】
「……私の気持ちだけは、そのままがいい」
【なぜ?】
「すべて消えたら、兄さまとの記憶も消えちゃうじゃない。だからいいの」
【そうか……】
「それに兄さまの記憶も、このまま私は持っていたい」
知らないはずの兄さまの友達とのさまざまな記憶たち。それは兄さまの同級生たちへの想いが私に流れこんできていたんだと思う。私はこれからも兄さまの記憶も心も抱いて生きていきたい。
【ありがとう叶無。じゃあまずは叶無を世界に戻す】
「世界?」
【ここは境界線、あの世とこの世の裂け目。今なら戻れる。俺とお前は同じ魂。だから俺が押し上げる。大丈夫、今なら帰れる】
励ましながら兄さまは光の粒になってキラキラ私を包みこむ。
【さぁ、着いたよ叶無】
「ありがとう。兄さま」
光の粒子は水に溶け、そして。
ゴボゴボ! バシャン!!
「ゲボッ! ゲボッ!! ハァハァ……」
「あなただけでも助けることができて良かったです」
「洋二、生きてたのか……」
「はい。モップで殴られましたが、守子のいたプールサイドから反対側まで泳ぎました」
頬に少し血がこびりついてるけど、洋二は生きていた。ホッと肩を撫で下ろす。
「……守子は?」
少し離れた場所を洋二が指さす。




