10、気をつけろ
「やっぱアタシ帰るわ。ここでは寝られないっていうか、ちょっと寝たくないかなって」
「僕も……衛生面が気になるから帰りたい」
「仕方ありませんね。運転手がいないと困りますからボクも帰ろうと思います」
まぁ、うん、そうだよな。って納得してしまう。家探しで散らかって、さらに掃除なんて二十年してないから埃や虫の死骸だらけだ。帰りたい気持ちは分かってしまう。
「分かった。オレも名古屋まで送ってもらってもいいか?」
「どうせ全員、名古屋なんだから乗ってけばいいよ」
ただまた山道を歩かなくてはならないから、はじめと守子は顔を歪めた。
【……キ……オツ……ケ……ロ】
鍵をかけた瞬間、生温かい空気に包まれ耳元で、ささやきが聞こえた。しかも妙に懐かしく感じて恐怖はまったくなかった。それどころか優しささえ感じでしまう、けど。
「いったい何に気をつけろって言ってんだ?」
首をかしげながら、さっさと出ていった三人を走って追いかける。ちなみに懐中電灯は、守子に奪われた。
「ようやく車に乗れるわね」
「徒歩十五分くらいですが慣れない山道は思ったより疲れますね」
「寝てもいいけどシートベルトはしてよ」
しばらくすると車内は寝息が聞こえてくる。オレもウトウトと夢と現実を行ったり来たり。運転しなくてはならない、はじめだけは起きてる。しかも気を遣って運転してるのか昼間の乱暴さはない。
「着いたよ。起きて……」
「……うーん。もう着いたのね」
「深夜一時過ぎですから今日は名古屋のホテルで泊まるしかなさそうですね」
「オレもそのつもりだ」
車を降りるとスマホでホテルを検索する。はじめは駐車場に車を預けてからホテルに向かうといって、さっさと走りさってしまった。そしてオレもホテルを決めると、駅前で洋二と守子と別れた。
◇
ブゥー……。ブゥー……。ブゥー……。
昨日はホテルの部屋に入って、シャワーすら浴びることなくベッドに倒れこんだ。しかも思ったよりも疲れてたんだろうスマホが震えるまで爆睡してしまっていた。ちなみに夜景がウリのホテルの七階がとれたんだが、窓に自分の姿が写りそうで夜景は楽しまなかった。
「……誰だ? こんな朝早くに」
「おはようございます。そんなに早朝というわけではないと思いますが、その様子だとテレビも見てないですね?」
「洋二か。おはよう……。なんかあったのか?」
「とにかくニュース見てください。はじめが死んだんですよ」
「ハア!? なんだそれ!!」
眠気も吹っ飛びベッドから裸足のまま出るとテレビをつけた。
『……転落したとみられる白のワゴン車からは一人の男性の遺体が〜……』
テレビには事故? 事件? の起きた場所が写しだされ、片隅に和田山はじめの顔写真があった。
「今朝がた川にワゴンが落ちていたのを犬の散歩をしてた男性が見つけたようです」
しゃべり続けるニュースキャスターと、ゆっくり話す洋二の言葉を聞きながら頭の中を整理する。
「オレたちと一緒にいるとき、いつも通りだったし、おかしなところはなかった……」
「そうなんです。当然ワゴンにも異常はありませんでした。なにかあるとすればボクたちと別れた後ということになるんです」
「あとか……。駐車場に向かう前に何処かに行ったとか?」
「もしくは誰かに呼び出されたんでしょう。泥酔した状態だったようですから……」
「けど、はじめって酒に弱いって同窓会のときいってなかったか?」
「はい。ですから、はじめは自分からは一滴も飲むはずないんです」
「なるほど。なら呼び出された可能性が高いな」
「えぇ。あと少々気になることがあるので今から調べてみます」
「……気をつけろよ」
「貴方も……ね」
プツンッと、そこで通話は切れた。ニュースは新情報は入ってないのか、次の話題に移っていた。
「気をつけろ……か……」
くしくも実家で聞いた言葉と、洋二の言葉が重なって、寒さとは別の震えが走る。
〉〉〉10ノ裏、コーヒー?
本当は、さみしがりやで年下の可愛い妻の元に一刻も早く帰りたかった。さらにいうなら最近、産まれた娘のおかげで妻は明るさを増したし家庭内も笑い声が絶えない。僕もそんな二人の存在に助けられ癒される日々を送っている。
「二人共、もう寝たかな? ホテルに着いたら電話してみよう……」
妻と娘のことを考えると頬が緩む。
なるべく料金の安い駐車場を探そうと思いナビをいじくっていると、スマホが着信に震えた。仕方なく一旦、エンジンを止めてメールを確認する。
「しょうがないなぁ」
メールは、ついさっき別れたばかりの同級生からだった。眠れないから飲みにいかない? ってことだけど、僕は酒は一滴も飲めない。面倒くさいけど、飲みを断ってからホテルまで送って別れればいい。そんなふうに考えて名古屋駅まで引き返すことにした。
「またせたね。乗って」
「……」
頷いてから助手席に乗りこんできた。いつもなら、もっとしゃべるのに、だんまりなのが何だか息苦しい。とはいえ僕自身も、あまりしゃべるほうじゃないけどね。
「僕は酒は苦手だから、このままホテルに送っていくよ」
「……」
再び頷くだけ。空気が重い。車内は暖房が効いてるはずなのに寒く感じてしまう。10分ほど走ると無言のままビジネスホテルを指差した。
「ここでいいの?」
「……ありがとう」
ホテルの駐車場に入るとさっさと降りていってしまった。と思ったら、すぐに走って戻ってくると紙コップに入った温かいコーヒーを渡された。
僕が手を振ると満面の笑みを浮かべ。
「じゃあね」
と、手を振りかえしホテルの中へ消えていった。
両手で紙コップを包み込む。じんわりと熱が伝わる。ゆっくり口に含むとコーヒーにしては、とろりとした風味が独特だと思いながらも美味しくて最後まで飲みほしてしまった。
ワゴンは、ゆっくりと走りだす。
ふらふらゆらゆら定まらない蛇行運転。
夢うつつ。夢うつつ。夢うつつ。
「早く妻と娘の元に帰りたい……」




