009 ◆ 美衣子への気持ち
楽田楽はなぜかまだ付いてくる。いい加減うっとうしくて、律は楽を振り切って逃げることに決めた。足の速さには自信がある。
何かまだぶつぶつ言っている楽田楽を無視し、突如として全力で走った。百メートル走のように。
「アッ、おい! ちょ、まーてーよっ」
こんな時でも誰かの真似をしている……ウザっ。律は百メートルを十二秒で走れる。前方の角を右に曲がり、学校方面を目指した。楽は追いかけてきたが、律より遅い。その差はどんどん広がり、ついに振り切ることに成功した。
「ハァ、ハァ、……変なやつ……ウザいやつだった……」
未来の異世界から来た。なんだそれは? そういった重要な話をする時とか、なんだか軽薄だからウザく感じるのかもしれない。楽は異世界から転生した、と言えるのだろうか? 転生というより、タイムループじゃないのか。
そんなことを考えながら学校へ着いた。
『本日、閉校』
予想はしていたが……学校は休みだった。
……美衣子のところへ行こう。電話をかける。
『はい、どうしたの? りっちゃん』
『学校が休みになっててさ、これから向かってもいい?』
『……うん、いいよ。ちょっと話もあるから、なるべく早く来て』
『わかった』
学校を背にして、俺は美衣子の家へ向かった。軽く走りながら。途中で変なやつに遭遇しても無視しよう。
幸い、変なやつに遭うことなく、美衣子の家の前に着いた。
美衣子は俺より二歳年上の幼馴染だ。大学に通い、一人暮らしをしている。たまに家に遊びに行ったりして、勉強を教えてもらったりしている。
……正直なところ律は、美衣子に憧れている。憧れているし、最近、彼女への気持ちに変化が現れた。美衣子に触れたいと思うようになった。かなりその気持ちが強い。触れたい。触れたい。触れたい!
他にも……美衣子がもし彼氏とか作ったらどうしようって不安になる。嫌だなと思う。絶対に嫌だ。美衣子の隣、その場所は俺の……だっていう……それってどういう気持ちなのだろう?
……と、答えが出ない。そんなフリをしている。けれどもそんなフリも限界が近い気がした。
美衣子のアパート、部屋番号二〇二。扉を開けた。
「美衣子、お邪魔しま――」
美衣子はいなかった。代わりに、真っ赤な女がローテーブルの上に立ち、こちらを見ている。
「――え、誰? 美衣子は? えええっ! 誰!?」
真っ赤な女が答えた。
「りっちゃん、私だよ。今、姿、変えるね」
「は?」
赤い女は両手を腰に当て、何かをつぶやいているようだ。みるみるうちに、見慣れた幼馴染へと姿を変える。
「美衣子……」
「……えっとね、どこから説明したらいいのか――」
「……それって、神になったんでしょ?」
「そう! よくわかったね。つまり、そういうことなんだけど……」
「俺はスサノオに会って話をしたんだよ。美衣子の……神の名前? でいいのかな。何ていうの?」
「豊玉姫命だよ。さっきの真っ赤な子のことはトヨタマって呼んでね」
「わかった……」
「うん……こっち来て」
美衣子は手招きをした。俺は靴を脱ぎ部屋に上がってローテーブルの手前に座る。美衣子はテーブルから降りて、俺の向かい側に座った。
「美衣子……あの……なんでテーブルの上に立っていたの?」
「えっとね、それはたったさっき契約をした直後で……」
「ああ、まあそ、そうか……うん、なるほど……」
互いに向き合う。俺の気持ちはいつものようには落ち着かない。色々ありすぎて、処理しきれない。とにかく、気を確かに持とうと考えていた。




