010 ◇ トヨタマを紹介
私は自分の部屋に来た律に、ことの成り行きを説明した。
そして、一番手っ取り早く説明するために、炎と水を出して見せた。
「うわっ、すっげぇ! 何それ、ヤバくないか?」
「ヤバいと思うんだけど、できちゃうのよ」
「煙草を吸うためのライターが見つからない時とかに便利だな」
「私は煙草、吸わないし……」
律は高校二年生だが、普通に煙草を吸っている。そこそこ頭がいいのに残念な感じだ。少年誌に向かない。
「で、もう半分はトヨタマなんだよね? そのトヨタマと入れ替わることはできるの?」
「もちろんできるよ。やってみようか?」
「うん、お願い」
「……トヨタマがね、お話あるって」
「ああ、うん、わかった」
私の姿は、三秒くらいかけて真っ赤なトヨタマになった。
「律さん、はじめまして。ワタクシ、豊玉姫命と申します。トヨタマとお呼びください」
「はじめまして。榊律です」
「丁寧な言葉遣いはいらないですよ。と美衣子も言っています。いらないですよ。さて、まずスサノオと会ったというのは本当ですか?」
「あ、はい。うん。コンビニの前に老人がいたんだけど、その老人がスサノオになったんだ」
「話をしたんですか?」
「テレパシーみたいなもので話をした」
「どんな話をしたのです?」
私は律とスサノオの話を聞いていたが、いまいち要領を得ない。まあ、中身は人間の老人なのだから、そうなるのもわかる気がする。
会話の内容はともかく、スサノオとテレパシーで会話をしたという事実については、その重大さがはっきりとわかった。
私の実家は神社だ。であるから子どもの頃から自宅にある神道に関する書籍を手にとって読んだり、また、父や祖父、母から神について教えられたりすることがあった。祝詞も毎日のように聞いている。
今はひとり暮らしだが、年末年始や忙しい時期になると巫女として手伝うために帰省している。
そういった環境で育ったため、神道における神々については大まかに頭に入っていた。
トヨタマ……『豊玉姫命』については名前はなんとなく聞いたことがあるな、といった程度で、詳しくはわからなかった。
ん!? あれっ? トヨタマの様子がおかしい!
「ああっ!! ああああぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!! ……あ……あぁ……ぅ……ぅ……」
トヨタマは叫び、そして苦しそうな声を上げた。
「えっ? なっ……? ……どうした?」
「(どうしたの? 大丈夫? トヨタマ……)」
「……た……たった今、我が主……イザナミがスサノオに……簒奪されました……」
「(うそ……)」
「えっ……そうなると、スサノオの中身の老人は、イザナミに移る形になるのですか?」
「……いえ……イザナミはスサノオにより徹底的に消されました。『オーエス』というものが神々にはあるのですが、イザナミのオーエスまでもが消滅しました。完全なる死を意味します……美衣子、代わってください……」
簒奪のパターンは、単に入れ替わるだけじゃないということだ。相手の神を徹底的に消すこともできる。『オーエス』というのはよくわからないのだけど……りっちゃんならわかっていそうだ。
しかし、何故スサノオがそんなことをしたのか、全くわからない。
トヨタマの姿から、美衣子の姿に戻った。戻ったというか……これはハンドルを握るような感覚だ。
もし普通の人がこんなふうに変化する光景を目撃したら、とんでもない異常現象に見えるだろう。スマートフォンでしつこく動画撮影されるかもしれない。
「りっちゃん……」
「トヨタマは、美衣子の心のどこか……休めるところに行ったのかな?」
「うん……すみっこの方で泣いてる……私も胸が苦しい……」
「そっか……神もきっと、大切な人……神、を亡くしたら、人間と同じように悲しくなるんだろう」
「うん……あのね。人間が死んだ場合って、ほとんどが黄泉の国に行くことになるんだけど、神が殺されて消された場合、行くところがないから消えちゃうんだって……だから、一生会えない。黄泉国で会うことなんて当然できない。だから、人間が死ぬ、そのことよりも更に悲しみが深いようなことになるんだって……」
「なるほど……」
人間が死んだら黄泉国で会える可能性があるというのはなんだか希望が持てる気がしたが、もし神である私、豊玉姫命が死んだら、黄泉国へ行かずに消滅するということだ。
黄泉国で……律や、大切な人たちと会えない。
「美衣子」
「ちょっと待って、これから黄泉軍と戦わないといけないから、行ってくるよ」
「戦う? えっ、それはどこで?」
「黄泉国で戦わなければいけない……」
「そうなのか……黄泉国か……」
律はすごく心配している様子だ。でも、私は律に心配されると、少しだけ嬉しい気持ちになってしまう。なんだか……うん、嬉しい。
黄泉国から戻って落ち着いたらそんな気持ちをしっかり伝えよう。
「勝算はあるんだよね?」
「もちろん。私がおかしなことしなければ必ず勝てるって、トヨタマが言っていたよ」
「……そっか。絶対負けちゃダメだよ。黄泉軍に勝ってきて」
「わかってるよ。必ず勝って戻ってくるから」
「絶対だからね。俺は一旦、家に帰るよ」
「わかった……どれくらい時間がかかるのか、分からないからね」
「そうだね。また来るからな」
「うん、ありがとう……じゃあ、鍵は開けたままにしておくね」
「いや、閉めておいた方がいいよ、あ、俺が鍵を閉めておくね」
私の部屋に入るための合鍵を律は持っていた。渡してあった。
律は鍵をかけて、自宅に向かっていった。




