008 ◇ 契約を促す
「トヨタマは、私にその座の半分を譲るって言ってたよね」
「はい。時間がないです。追っ手がもうすぐ来ます……《《契約》》を急いでください」
「ちょ、ちょっと待って、そうやってその座を頂いたとしたら私に何かメリットはあるの?」
「……人間と比較すると……いや、比較にならないですね。メリットというと……利点とかですよね……んんー……美衣子さんは半分神で半分人間になりますけれども、他の人から見ると豊玉姫命という『神』なんです。ですから、人間では体験できない、ええと……あっ、いわゆる『神のみぞ知る』っていう言葉が人間にはあるようですが、まさに神のみぞ知ることを、知ることができます」
「んー……それがなんなのかなってところなんだけど」
「美衣子の家は代々、神社を営んでましたよね。イザナミから聞いてます。であればわかると思いますが、高天原や黄泉国へ自由に移動できるようになります」
「ああ、なるほど……そういうもののことだよ。他にないの?」
「美衣子の場合は……威力が尋常じゃなくなります。それは、美衣子の生まれ持っての才能に加えて育った環境、そして性格によるものです。その威力はイザナミに傷をつけることができるほどで――」
「――その威力って……殴ったり蹴ったりとかのこと?」
「いえ、それはワタクシの分野になります。契約して一緒になったらワタクシと美衣子は豊玉姫命となります。そして殴る、蹴るなどについてはワタクシが鍛錬してきた体術が使えるようになります。先ほど言った威力についてですが……なんというか……神が使う攻撃手法がありまして……あとでお見せしますが、その威力が尋常じゃなくなります」
「……なるほど? 威力、ねぇ……トヨタマの提案はつまり、私が神になるって考えていいんだよね?」
「その通りです。半分は人間である美衣子、もう半分は神であるトヨタマで、豊玉姫命になります」
トヨタマ……トヨタマは頭のおかしい人だと思っていたが、そんな話をしていると、少しだけ信じられるようになってきた。不思議だ。
「えっとね、私は大学に今通っているの。学生なのね。ちゃんと人間としての生活はできる?」
「はい。『葦原国』での生活には全く差し支えありません。人間でもあるのですから」
「そうなんだ……その話、断ったらトヨタマはどうなっちゃうの?」
「黄泉軍の中の誰かにこの座を奪われてしまい、ワタクシは消えます」
「そうなんだ……」
……ツッコミどころがありすぎるが、ひとまずやめることにした。
「じゃあね、何か……超能力だとか魔法みたいなことができるようになったりしないの?」
「……ああ、そういったことはよくわからないのですが」
「うう……なんでわからないんだ」
「……お見せしようと思っていたのはこういうことです」
そう言って、手のひらを上に向けて『炎』を出し、それから『水』を少しだけローテーブルの上にぽつりぽつりと落とした。
「はぁっっ!? それ魔法じゃん! 絶対魔法よね!?」
「これは魔法だとか超能力といったそういう名称はついていませんが、人間はできませんよね。この威力がまさに、美衣子の場合、尋常ではなくなるんです。自然現象を――」
「――それ魔法って呼ぶの! 人間の世界では!」
ここに至り、トヨタマに対する信用度が大きく変化した。完全と言っていいくらい信用できるようになった。だって、目の前で炎や水を出されちゃもう信じざるを得ない。
「……あなたは……本当に神なんですね」
「はい。……あの、すいませんが本当に時間がありません。契約をお願いします」
「んー……まだちょっと聞きたいことがあるからね……つまり、そうしないと、あなたは消えてしまうんですよね?」
「間違いなく消えます。……消えたくないです」
『消えたくないです』……か。
自分が拒否した場合、目の前のトヨタマを見殺しにすることとなる。それは嫌だった。イザナミが私を指名しているという話についても、ものすごく気になった。何より、律にどう思われるかということが一番心配だった。どうしてだろう。幼馴染ってそういうものなのだろうか。
まあでも、人間としての生活ができるようだし……。
「どうしてトヨタマは黄泉軍に追われることになったの?」
「黄泉国から葦原国へと《《登った》》からです。無理やり登ることは重罪となります。……その理由は『スサノオを追え』とイザナミの指示があったからなんですが……」
「私が契約をしたら黄泉軍と戦うということだよね。勝てるの?」
「勝てます。絶対です。美衣子の力があれば数秒で勝利できます」
……トヨタマが重罪を犯したとは言っても……よくわからなかった。それは本当に罪、なのだろうか? 人間が考える意味とは違うのだろうと思った。
数秒で黄泉軍との戦闘が終了すると言っているのだ。手伝ってあげよう。
ともかく、トヨタマを見捨てることはできない。
「……じゃあわかった。契約するよ」
「ありがとうございます。では、契約するための言葉を交わしましょう」
「言葉? どういう言葉?」
「『佐内美衣子は豊玉姫命と契約します』です」
これは、何かの縁だ。トヨタマのことを信じる。
しかし契約の言葉って……そのまんまだね……。
「『佐内美衣子は豊玉姫命と契約します』」
こうして私は、神になった。豊玉姫命になった。
スサノオに続き、人間から神になったパターンがひとつ加わった瞬間だった。




