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007 ◆ 楽田楽がついてくる

「母さん、仕事が忙しい時に太陽が昇らないようにできる?」

「できるわけないでしょう」


 世界はいまだ大混乱に陥っている。太陽が昇らなくなる現象は「太陽滅殺現象たいようめっさつげんしょう」と呼ばれていて、歴史上ほかに類を見ない異常事態だということがはっきりしていた。


「とりあえず、学校行ってくる」

「学校休みじゃない?」

「連絡は来てないから、たぶん通常授業だと思うんだけど」

「さすがにこんな日くらい、みんなで休めばいいのに……私も仕事あるのかしら……」


 律はいつものように顔を洗い、歯を磨き、制服に着替えた。それから洗面所に戻り、鏡の前でワックスを髪に馴染ませる。最後にコーヒーを一気に飲み干した。いつも通りだ。


「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 学校に行けば、間違いなくこの話題で持ちきりだろう。水無月現象に、太陽滅殺現象。未曾有の事態を科学的に解明することなど到底不可能で、誰もがこの世ならざる者の存在を信じるようになったことだろう。

 それはつまり、一夜にして世界はディストピアに飲み込まれたことを意味する。

 被害者は今のところ一人もいない。

 歩いていた途中。

 律よりも背の高い男が、突然後ろから話しかけてきた。太陽に照らされ、その男が眩しくてよく見えなかったが、カーキ色――いや、緑がかった髪の色をしていた。年齢は二十代前半といったところだ。


「やぁ、榊律君」

「……あの、どちら様で」


 もう何が起ころうとおかしくない。名前を知られていることぐらい、今となってはごく普通の範囲内だ。


「そうだな……なんと説明したらいいのか、よくわからないが。楽田楽がくだがくだ。楽しい田んぼに、また楽しいと書く。どうだい、楽しいだろう?」

「楽しくないですね……あの、楽田さん。一体どういったご用件でしょう?」

「なんだ? ……疲れているようだな。色々あったからかな?」


 水無月現象・太陽滅殺現象に加え、律はコンビニでスサノオに遭遇し、テレパシーで話までしている。今度は何だ? この楽田楽も神なんだろう、どうせ。


「色々ありましたね。楽田楽さんも、どうせ神なんでしょう?」

「違うね、それは」

「スサノオを見ましたか?」

「いや……なかなか会えるものじゃないよ、スサノオにはね」

「じゃああなたは――」

「異世界から転生してきた者だ」


 そっちかぁ――と、がっくりきた。


「……」

「……」


 無視して歩くことにした。足音だけが聞こえる。タッ、タッ、タッ、タッ……なんなんだ、楽田楽もほぼ同じ歩幅でついてくる。話を聞いてやらないと、学校までついてきそうだった。仕方なく尋ねる。


「で、どこの異世界?」

「おい、雑だな! もっと先輩を敬うんだ」

「先輩じゃないし……」

「それがな、異世界の方では俺は律の先輩だったんだ」

「じゃあそれ、この世界では関係ないですよね」

「……失礼な後輩だな、まったく。もっと俺に聞くべきことがあるんじゃないのか?」

「いや、特には思い当たりません」

「じゃあ、ひとつだけ教えてやろう。特別だからな? 今回だけだからな?」

「……あーはい。教えてください」


 何を聞いても頭に入ってこないだろう。オーバーフロー、メモリ不足の警告音が脳内で鳴り響いている。


「異世界から来たと言ったが、それはこの世界と同質の構造を持った異世界から来たんだ」

「はぁ……で?」

「つまり、未来の異世界からここに来たのが俺だ」

「わぁ、そう……」


 楽田楽は俺の反応が面白くないようだ。一体何を求めているんだ……。

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