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025 ◆ 兄妹

「違う、同時に生まれた。順番ない」

「じゃあ、アーちゃんはツクヨミの妹でいいの?」

「よいよ」


 やった!! めちゃめちゃ可愛い妹ができた!! ……手が届かないほどの能力差はあるけれど……それはそうとして、ものすごく嬉しい!

 恋愛で言うところの、気持ちが通じたというようなことに似ているのかもしれない。恋愛ちゃんとしたことないけどね……気持ちが通じるということは、それだけでも嬉しいことだろう。提案を受け入れてもらえるということ、そのようなことはきっと同じようにものすごく嬉しいのだと思う。

 でも、気がかりなのは美衣子だ……今、何しているかな……。

 いつも美衣子のことが気になる。俺がツクヨミになったことの経緯や……美衣子に対する今の気持ちを早く伝えたい――トヨタマと一緒にどこかへ消えてしまいそうで怖いのだ。

 水無月現象が起こった時から、ずっと考えている。けれどもすれ違いが多くて腰を据えて美衣子と会えていない。まあ……美衣子は豊玉姫命という神だ。三貴神とは比べものにならないが、単なる人間よりはずっと強い。そこは安心してもいいのだろうけど……。

 そんなことを考えていたら眠くなってきた。水無月現象のあと、ほとんど眠っていない。そして可愛い妹が律の胸のあたりを向いて寝転がっていて、今にも眠りそうになっている。キュインキュインキュインキュインと京楽の大当たり確定演出のような……って誰も知らないだろうが……。心がそんな音や光で溢れている状態であり、確変はまだ続いているようだ。


「……てれる、が……」

「ん? どうしたの?」

「お……お兄ちゃん、はじめましてアーちゃんといいます」


 か、完全に完璧に心を抉られた。きっとこれには誰もが服従する。圧倒的、反則的可愛さ。まさか……天照大御神が俺の妹になって、その上『お兄ちゃん』なんてそんなことが……。


「……お兄ちゃんっていうの、てれる」

「……はい、それはもうこれ以上ないくらいに嬉しかったです」

「う……む」

「……?」

「お兄ちゃん!」

「ぐはっ!」

「これ嬉しいか!?」

「う……う、うん、嬉しいよ!」


 アーちゃんは満足したようで機嫌が良くなった。


「前のツクヨミもいろいろ教えてくれたりした! その時にはお兄ちゃんって呼んでいたよ! それにお姉ちゃんもいた!」

「そういう時期があったんだね……スサノオはどうしていたの?」

「いたけど何もしてなかった」

「……だろうなぁ、なんかわかる……アーちゃん、前のツクヨミ兄ちゃんがいなくなってから、ついこの前スサノオが簒奪された時まで。その期間、お兄ちゃんもお姉ちゃんもいなかったの?」


 キツいことを聞いているのはわかっている。それでも、ちゃんと知っておいたほうがいいと思った。


「いなかったよ」


 そうだと思った。それはもう、途方もなく寂しかったことだろう。

 ツクヨミ脳の記憶と合わせて考えると、少なくとも二〇〇〇年という期間アーちゃんはひとりで仕事をして、ひとりで眠っていたことになる。


「じゃあ、寂しかったね」

「ううん……そこまではさびしくはなかった。前のツクヨミが作ってくれたエーアイがツクヨミのモノマネとかしてくれたよ」


 寂しさに強い人なんて今までに会ったことがない。おそらく存在しない。誰とも全く関わらずに生きてはいけないようになっている。精神は蝕まれる。寂しさは弱さじゃないし、人間だろうが神だろうがきっと同じように感じる感情だ。

 アーちゃんの場合は神々の動向をある程度把握することができるようだから、長い間、どうにか精神をつなぎ止めることができたのだろうと思う。前のツクヨミが何らかの手を打っておいてくれたのかもしれない。


「……アーちゃん」

「んん? なあに?」

「これからは俺が……お兄ちゃんが、ずっと一緒にいるからね!」


 アーちゃんは一瞬ハッ! とした表情になってから、元気よく返事をしてくれた。


「うん!」


 美衣子とトヨタマに相談して……お姉ちゃんになってもらえないか聞いてみよう。……待てよ? 美衣子にアーちゃんのお姉ちゃんになってくれと頼むってことは、それって『ずっと一緒にいてくれ』と言っていることにならないか……? 告白!? え、俺が美衣子に告白するのか? それは……つまり、美衣子のため? アーちゃんのため? 自分のため? わからなくなってきた……。


「アーちゃん」

「なあに?」

「頭撫でていい?」

「そ、それは、アーちゃんを褒めたたえるっていうこと!?」

「うん、頑張ったからさ」


 寂しかった数千年間、頑張ったね、という気持ちと、銀髪に触れたい気持ちがほんの少し、てところだ。本当にほんの少しだけ……。

 最高神を直接褒める人なんていないだろうしそんな神もいない。


「あ、お仕事頑張ったからか……うん、じゃあ、よ、よいよ」


 その銀髪に触れた。艶々に煌めいていて、アーちゃんの足くらいまで伸びている。そのままスーッ、と毛先の方まで手を伸ばした。この綺麗な髪を一本掴んでピッと引っ張って持って帰りたい……なんていう、なんだか変態じみた欲が湧いてしまう、それくらいに美しい。撫でているその間……アーちゃんは何故か唸り声みたいなのをあげていた。


「……うーぅー……」

「頑張ったね。寂しかったね。すごいね」


 どうしたんだろう、苦しいのか? ……やっぱり唸ってる……。


「……アーちゃん、撫でられるの嫌?」

「嫌じゃないけど何か……くすぐったい!」

「あ、そうなんだ! じゃあ嫌じゃないんだね」

「うん、全然嫌じゃない」

「そっか……頑張ったねー……」

「頑張った……りつくよは、新人なのに、いい褒め方できる……ぁ……」

「なんだリツクヨって……それは良かった……ぁ、あら」


 「いい褒め方できる」と言った後、アーちゃんは静かに眠りについた。突然眠るんだな。寝つきが良いって言うのかな。

 俺は枕を口に当ててしっかりと抱きしめて、誰にも聞こえないように声を出した。


「可愛い可愛い可愛い!……アーちゃん超可愛い! 妹出来た! 超嬉しいー!」


 本当に可愛くて仕方がない。叫び声でベッドが少し揺れた。


 俺はそれから寝ようと試みたがテンションが上がってしまっていて、眠れなかった。

 ツクヨミ脳……いや、今後、これは月脳ツノと略すことにしよう。月脳。月脳。うん、いいね。前のツクヨミ……これもちょっと長ったらしい気がしてきたな。これも略そう。……『マエツク』……悪く、ないんじゃないか? な? 悪くないよな? どっかローカルのスーパーマーケットにありそうな感じはするけどまあいい。

 よし、今後はそうしよう。

 俺の頭の中には、俺の脳と月脳が存在している。月脳はおよそ二〇〇〇年より前の記憶しか持っていないが、そうは言っても優れた頭脳を持っていたということがわかっている。どこにでもアクセスできるとはいえ、その全てにアクセスすることなどは人間の一生程度の時間では到底不可能だ。

 月脳にはマエツクより更に前にツクヨミだったユーザーの記憶もある。その頃の記憶については全く役に立つようなものはない。葦原国で言うと縄文時代にまで遡る記憶であり文明が全く発達していない頃であったし、それ故に神はどこにも存在しなかったからだ。

 マエツクユーザーは本当に知的で優秀だったということがよくわかる。高天原、黄泉国だけでなく様々な土地についての知識を蓄えることを意識的に行っていたようだ。

 ……それは、ほとんど全てがアーちゃんのために行っていたことだ。

 ……まだまだ月脳には知識や記憶が散らばっている。少しずつ集めないといけない。

 直近で、速やかに眠るための方法を探したがこの分野に関しては俺の方が詳しいくらいだった。薬剤についての知識はあったけれども、入手困難、あるいは不可能だったからだ。

 時刻は……俺の腕時計では十九時となっているが、本当にこれで合っているのだろうか? 高天原と葦原国で時間の進み方が違う、となっていたら大変なことになる。

 俺は上半身だけゆっくりと起こし(アーちゃんを起こさないために)て部屋を見回した。時計がどこにもない。何故存在しないのだ? 時間が止まっている? それとも時間という概念がない?

 ……まあ……そんなこと今、考えても意味ないか……。

 今はこの幸せを堪能しよう。再び仰向けに寝転がった左胸の横に、神々しくて可愛い最高神である天照大御神が眠っている。

 俺も神だけど。

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