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ソウル ロンダリング ある日突然、裏導師 ~南大阪御伽草子~  作者: 富田林 浩二
第二章 遺ー産ハント

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第二章 遺―産ハント 第二節 ランニング・ウィズ・ザ・ゴッズ


 日暮れは間近だ。


 角成たちはロータリー予定地の横にいる。

 玄宗さんはなぜかニコニコしている。

 そのことを角成が聞くと、

「理由は二ぁ~つ」と言った。

 それは明るい気持ちでお迎えすることがここの神様に対する作法、というのが一つ目。

 二つ目は、そろそろ日暮れ『逢魔が時』になるので、いつ魔物が出ても良いように魔除の笑顔、だという。

「緊張してたら前見てても足元とかおろそかになるやんか、薄暗いのに。その緊張を解くため、がこの迷信の中身、やと、俺は思てる」

 ただし、

「これも全部俺の勝手な解釈やけどな」の注釈付きの話らしい。

「そういうことなんですね」

「神様に対する礼儀の方は大事やで」

「玄宗さんは死神にも「さん」付けてましたもんねぇ」

「当ったり前や。俺は貧乏神さんも当然「さん」付けるで」

「やっぱり取り憑かれたら怖いからですか」

「ちゃうちゃう。貧乏神さんは、福の神の一族や。守銭奴、金の亡者に取り憑いて諌めて、生き地獄から救い出してくれる神様や。せやから、取り憑いた人が思いやりのある、きちんとした優しい人間になったら、福の神に早替わり~、ってなるねん。言わば貧乏神さんは人の慢心を注意してくれる、ありがた~い存在やねん。嫌ったらアカンよー。神様やねんから」

 一般人が忌み嫌う貧乏神様に、そんな意味があったことを、角成はこの時初めて知った。

「かっくんも神様背負って歩いてるんやから、元気に明るくなっ」

「何で僕が背負ってるんですかねぇ」

「ひょっとして納得してへんの?」

 戸惑いしかない角成は、返す言葉を探す。

「受け継ぐ、に、案外大した理由ってないよ。ある時は、伝承者・継承者ってだれかが勝手に言い出したことやったり、ある時は、血筋、やったり。誰でも背負えるモンやないで、何せ神様やからな」

 「僕の場合は、……血かぁ~」

 角成が今まで、等身大の自分に照らし合わせて考えたことがない単語だ。

 皆漠然と感じてはいるが、それなりの機会がないと、普通の高校生の大半は考えることはまずない。

 というのが『血』というキーワードかもしれない。


 太陽が山に半分ほどさえぎられ、辺りが茜がかる。

「行くよっ。神様を箱ごと持っておいでや」

 玄宗さんが先を歩く。

 二本の木の前まで来てもう一度二礼二拝一礼する。

 玄宗さんは落雷で焼けた木を見上げている。

「かっくんしゃがんで」

 玄宗さんか突然言った。

 角成が言われる通りにすると、肩を「トン」と、何かが押さえた感じがした。

 角成はその重みで膝をついた。

 風が頬に当たる。

 榎の葉は揺れていない。

 玄宗さんは「来た来た」と言っている。

 どぉーっという感じの風が前から押し寄せた。

 そしてその風はこう言った。

「これは大神殿、お久しぶり」

 角成はおそるおそる見上げた。

 焼けた木の幹、地上一メートルほどの所に、和服を着た老人が浮いていた。

「お越し頂き、恐悦至極に存じます。本日はこの場所の守りについてご相談致したく、我等参った次第です」

「おお、そちらは毎日お疲れさまでしたな。そしてあなたは大神殿と一緒に参られた。これはこれはお疲れさまでございますな」

 口をパカッと開けたすごいバカ面をしている角成にも、楢の神様はねぎらいの言葉をかけた。

「こちらで起こりました、数々の災い、楢の葉守神様のお力にて人々に害が及ばぬよう、お取り計らい頂きましたのではと」

 玄宗さんの問いかけに、楢の神様は少し困ったような顔をして、

「ここに巣食う魔物どもを、何とか榎様と抑えてきましたが、このままではいずれ怪我人、死人も出るでしょう。しかし大神殿のお力添えがあれば、この辺りの魔物は一網打尽。どうですか、お願いできますか?」

 角成に向かってそう言った。

「承知致しましたぁーっ」

 角成はまた大声になってしまった。

「元気があってよろしい。では、よろしくお願い申し上げる」

 神様にお願いされてしまったのは良いが、角成は何をすればいいのか困っている。

 とりあえず手を合わせて、角成もお願いしてみる。

(大神様、楢の葉守の神様のお力添えを……)

 これ以上言葉は浮かばない。

 ブワッとつむじ風が起こる。

[はいよっ]

 ……また風が喋った。

[玄ちゃん。お久しぶりっ]

 とも風は言った。

 玄宗さんは笑っている。

 風が落ち着くと薄っすらと何かが見える。

 目を凝らすと見えた。

 オオカミだ。

 しかも、ニホンオオカミではない。

 デカい。

 シベリアンハスキーよりデカい。

 後ろ足で立てば角成よりはるかにデカい。

 全身真っ白なフサフサとした毛で覆われ、手足(前後の足か?)はすごく太デカイ。

 しかも顔つきは凶暴とか凶悪とか獰猛しか浮かばないほど恐ろしい。

 さっき角成の肩をトンと押さえたのは大神様だったようだ。

 ということは、あの時既にお出まししていたようだった。

 角成は昨日の汽車の後方に見た、白いオオカミと青白いヘビと真っ赤なキツネを思い出す。

「やっぱり あれが大神様……」

「楢の神さんお久しぶり。本体こんなんなってかわいそうに。でも榎の神さん守れて良かったやんか、ねぇ、榎の神さん」

 大神様はフランクな人(犬? 狼? )柄だった。

 角成は大神様につられるように榎の方を見た。

 居た。

……そこに和服を着た切れ長の目をした美しい女神様が。

[これはお久しゅう、大神殿〛

 声も美しい。

[お二人さん、ここいらのバケモン退治するの手ぇ貸すよ。乗って〛

 大神様は前足の爪で自分の背中を指した。

 楢の神様が先に乗り、榎の神様の手を取り大神様の背に乗せる。

 楢の神様は大神様にまたがり、榎の神様は横座りに乗る。

 神様だらけでなんだかひどくややこしいが、神様の一団は風を纏い、ツイーッと飛んで行く。

「やっぱり女性やったんやなぁ、ここの榎の神様は。身を挺して守ったかぁ、楢の神様が」

「でも、榎の方が先に植えられたって言うてたから……」

「こらっ、レディー・ファーストに年上も年下もあるかい。大和魂に。女性の一大事に男がビシッと決める。ええ話やないか。ジェンダーフリーな時代に、ちょっと時代遅れやけどな」

 玄宗さんが冗談めかして言う。

「いえ、あのぉ、僕が言いたいのは榎の方が長生きなぶん力が強い、ということを……」

(それにレディー・ファーストって基本的に騎士道でしょ? 文法もムチャクチャだし)

 とも角成は言いたかったが、それは辛うじて我慢した。

「ええっとぉ、何から説明しよかなぁ」

 玄宗さんが考えを整理しながら話す。

「人を優しい気持ちに変えるのが、榎の神様の力で、それは愛。それから、元々は山の神様やった楢の神様が、里神になって皆を守る役割を果たす、言うなれば護。それと大神様は追尾と退治・撃退が得意技、これは武かな。同じ神様の力でも意味合いは微妙に違うねん。優劣もなければ、上下もない。適材適所やねん、日本の神様って」

「愛と護と武、ですか。一応なんとなくわかりましたけど、あのぉ、……大神様はバケモノ退治、ってさっき言ってましたけど、何のバケモノですか?」

「なんの脈絡もないけど、かっくん『道』っていう漢字には、何でしんにょうに首って書くか知ってる?」

 玄宗さんの突然の質問に角成は一生懸命考える。

「うーーん、……頭である、首都機能と、身体である、街をつなぐからですか?」

「おっ、なかなかスルドイ解釈するやんかぁ。でもな言葉の由来だけでいうと、大昔には必ず罪人の首をさらしたり埋めたりして道を造ったという説もあるねん」

 そんな物騒で恐ろしげな説を、角成はこの時初めて聞いた。

「まぁ、山賊の出る地域に、そこの山賊とっ捕まえて首刎ねてそこにさらしたあと埋めたら、ええ戒めになって治安維持になる、……とか何とか、まぁ色々理由はあるらしいんやけど……、まぁ、その首が今になって暴れだしたのを、楢の神様が何とかけが人が出んように頑張ってはった、っちゅうことらしいわ」

「えっ、……ということは、最近のこのあたりの数々の小さな事故って、コナラの木を切ることで神様の祟りが発動するんじゃなくって、逆?」

「その通り。コナラの神様が、大惨事にならんように食い止めてくれてはってん」

 土師ノ里氏の言っていたことは正しかった。


「大神様の牙笛耳に当ててみ。何か聞こえるから」

 イヤホンを耳に入れるように角成はやってみた。

[またこうやって、ガキッ、楢の神さんと走り回れて、バキッ、嬉しいわぁ〛

[明治以来ですか、ビシッ、ひょっとして百年くらい経ちましたかねぇ〛

[そうかぁ、バシュッ、もうそんなになるかなぁ、ブチブチ〛

 雑音が多い。

 それは角成が子供の頃お小遣いを貯めて買い、よく家の中で父母と交信ごっこをして遊んだ、安物のトランシーバーのような感じだった。

「玄宗さん、何だかブチブチバチバチ雑音多いんですけど」

「あぁ、大神様が悪霊食いちぎる音やわ、それ。大神様強いでぇ」

 雑音ではなく、ものすごく嫌なライブ中継だった。

[おっと、逃げた。カクナリ聞いてる? そっちにザコ一人逃げた。頼むねバキッ」

「えっ、突然頼むとか言われても……」

 角成に向かって光の玉が飛んで来る。

「玄宗さん、来た」

「おう、がんばれよ」

「ええーっ、何をどう、ええーっ」

 角成はパニックだけは起こさないように自分に言い聞かせる。

 まず何をすれば…。

 ( ……そうだ、笑うんだ)

 角成は一直線に飛んで来る光の玉に、半ばヤケクソに大声で笑った。

 笑うと不思議に大丈夫な気がした。

 根拠などどこにも、全く、ひとかけらも無いのに。

 心なしか光の玉の速度が遅くなった。

 距離はほんの数メートルのところまで来ている。

 角成は両手で光の玉を受け止めた。


 光の玉の、怨霊の思念が頭の中に流れ込んでくる。


《俺はわが子のために人を襲った。それは子たちを飢え死にさせんため。なのに、なにも女子供まで、ええーい》

 ……後ろで手足を縛られて身動き出来ない。

 後ろから誰かが髪をつかみ顔を上げさせる。

「よく見ろ。これがお前のしたことの報いだ」

 女二人と子供が五人、同じように後ろで手足を縛られ座らされている。

 泣いている、女も子供も。

 一人ずつ前に引き出され、首が刎ねられ、落ち、転がる。

 首の無い身体は力を失い倒れる。

 ……涙が流れた。

 涙の流れた後が火傷のように熱い。

 一人刎ねられるごとに、地獄の業火のような涙が流れた。

 捨て子であった天涯孤独の身に、やっと出来た家族。

 それがこういう形で一人ずつ……。

 強く噛み締めた奥歯が折れた。

「ぐうわぁーっ、おぼえてろぉーっ。お前らーっ、俺のことを忘れんなぁーっ」

 ふっ、と意識が途切れる。

 つらく、苦しい、痛みが残る。

 ……だめだ、はねのけられない。

 この痛みから逃れられない。

 血の涙が容赦なく流れ止まらない。

(なぜ、どうして、……どうしてこんなことに)

《生きる術のない者が、生きる術を持つ者から色々ともらった。 時には、物。 時には、金。 時には、快楽、時には、 ……命》

(他人の命と自分の命)

《証拠を残さぬため。殺されぬため、己が生き永らえるため、一族を養うため》

(だめだ、痛みが強くなる)

《女と出会い、子が産まれた時にはこうなるとは思わなかった。教えてくれ、どうして俺は産まれ、生き、死んだか、を》

 ……答えられない。

《なぜ、……どうしてだ、俺は精一杯生きただけなのに、なぜ》

 角成はじっと考える。

(生きるってなんだ? 精一杯生きるって、いったい何だ?)

 角成は懸命に思考をめぐらせる。

(おばあちゃんは「生きることは食べること」って言ってた。 ……食べること)

 角成が小学校低学年の時の出来事を思い出す。

 学校から帰った角成が家で父母の帰りを待っていた。

 おなかが減っていた角成は家中を探すが食材は何もない。

 夕暮れが角成の不安を強くする。

 完全に日が暮れて、空腹と不安のために角成は一人で玄関のドアに向かって泣いていた。

 何時間泣いたのか覚えていないが、帰りに偶然出会った若菜と角成の母が、その日は一緒にドアを開けた。

 角成はホッとして、いっそう大きな声で泣いた。

 泣きはらし、手で涙を拭い過ぎて擦って腫れあがった瞼と、涙でぼとぼとになった角成の制服の胸の所を見て、角成の母と若菜は言葉を失った。

 それから母は、スナック菓子をたくさん戸棚に入れた。

 そして若菜は、何も用事が無くても角成の家に、いつも食べ物を携えて様子を見に来るようになった。

 それは二人の贖罪行動だった。

 だが角成は、それがあの日自分を苦しめた、二人の当然の義務、のように思ってしまっていた。

 ……高校生の今になっても。

 角成は、感謝のない自分という実像を、このような場で知ることになった。


(子供の頃食べ物はどうしたの? 誰かが用意してくれた?)

《俺が物心ついた頃に親とはぐれ、飢え死にを待つだけだった。行き倒れた時に、親切な男の一杯のかゆで命がつながり、その男のもとで働いた》

(それが盗賊の?)

《そうだ》

(その人はどうしたの?)

《盗っ人の末路は皆同じようなもの。刺されて、捕まって、首をはねられて、晒された》

(その人には感謝してる?)

《命永らえたこと、家族と笑い合ったこと、……感謝してた》

(なぜその感謝にすがらないの? 家族と、……楽しかったんでしょ?)

《その家族を奪われたぁぁぁーっ!》

(あなたの奪った人の時間は、どう償つもり)

《償いならさせられた、一族皆殺しでもまだ何か足りないのか!》

(させられた償いじゃなく、あなたは何をどう償ったの?)

《何もするはず無かろう、家族を目の前で奪われた苦しみ、それがすべてだ!》

 堂々巡りだ。

 角成は話を別方向に向ける。

(だから、今日僕が来た。もういいよ。もう泣かなくても。僕があなたの家族に会わせてあげる。涙は家族の再会の時まで取っておいてよ)

《会えるのか?》

(みんな待ってるよ)


「バシーッ」


 夕暮れの視界が戻った。角成は泣いている。

「おっ、おさまった。……かっくん大丈夫か」

 玄宗さんが角成の顔を覗きこみ心配そうに言う。

「うわぁーっ」

 角成は叫んだ、何度も叫んだ。

 自分を取り戻すために、本当の自分に戻るために。

 角成がふと気付いて手元を見ると、手に鶏の卵くらいの石を握っている。

 突然現れたこれは何だろう? 鶉の卵のような模様がある。


 その石が突然、縦に真っ二つに割れた。


[その石が、本体。斬首刑の時に、盗賊の血ぃをようけ吸うた石〛

 神様たちが戻ってきて大神様が言った。

 楢の神様が角成に近付き、

[かっくん殿、あなたにこの方々を預ける。これをこの地の鎮守神様に、神としての立場を与えるよう話はついている。土師ノ里の末の者に手渡してくれ〛

 そう言って、角成の手にたくさんの小石を乗せた。

 そして、

[総大将の成敗、お見事でした〛こうも言った。

「えっ、大神様は『ザコ』って」

[ド素人がなんとかできたや~ん。そんなヤツ、所詮は、ザ・コ〛

 大神様は牙のあるほうを角成に向けて「ニッ」と、不適に笑う。

 玄宗さんが、ハンカチのような布を持ってきた。

 そこに小石と卵形の石を乗せ、そこに楢の神様がドングリを一つ乗せた。

 良く見るとこの布は、般若心経の刺繍がしてある。

 これならコイツら、元盗賊や数々の悪霊たちも、絶対に逃げることはできないだろう。

「かっくん、榎の神様が呼んでる」

 大神様が言うように、榎の幹の根元に立ち、神様はおいでおいでしている。

[これが柳やったら絶対に止めてる。けど、あの木の下には安心して行っといで〛

 大神様の失礼な発言に、榎の神様は口元を押さえて、クスッと笑った。

 角成がのろのろと歩いて近付くと、

[神様の御呼びやで、さっさと……〛

 そこまで言って、大神様は角成の背中を飛び蹴りした。

 角成は勢い余って榎の神様に抱き付いてしまった。

「すいませんすいませんすいません」

 必死で謝る角成に、女神様は、

[謝らなくていいの。しばしこのままでいなさい〛優しくそう言った。

 榎の神様は温かく、優しい香りがした。

 玄宗さんは、榎の神様は『愛』だと言った。

 まさにその通りだった。

 角成は急速に癒されるのを感じる。

 だが、感情の起伏が突然訪れる。

 角成はなぜだかわからないが、神様に抱き付いたまま号泣した。

 こんな泣き方をしたのは、おばあちゃんが死んだ時以来だ。

 そうなのだ、角成は思いっきり怒ったことも、思いっきり笑ったことも、そして、思いっきり声をあげて泣いたことすらも、この十年の間なかった。

 喜怒哀楽の感情それぞれに蓋をして、さらにその上に、大きな重しを乗せたような毎日を送ってきた。

 そのことを知ってか知らずか、女神様が優しく頭を撫でながら、

[それでいい。何が原因でも、どう泣いてもいい。涙が悪しきものの残りかすを、全て洗い流してくるから〛と言った。

 涙が榎の根元を濡らす。

 ひとしきり泣いてスッキリはしたが、かなり気まずい面持ちの角成が、榎の女神様に深く一礼して、大神様と楢の神様のところに戻る。

 角成が気を取り直し、楢の神様に相対し申し上げる。

「土師ノ里氏が『今でもお慕いしております』と言ってました」

 楢の神様はうなずき、

[こちらの感謝は、それ以上です。出来ることなら土師ノ里の人たちと共に暮らしたい。もう一つだけ、頼みごといいですか?〛そう言って、角成に特別大きなドングリを一つ託した。

[これで、何一つ思い残すことはない。いつでも俺を、この木を掘り起こしてください〛

 玄宗さんは恭しく一礼した。

 だが角成は、

「でもそれじゃぁ、楢の神様は……、今までみんなのために、こんなにがんばったのに」思わずそう言った。

 その時、大神様が榎の枝に登り、左手(左前足か)で小さな枝を、チョイチョイと突つき、

[ここ見て〛と、角成と玄宗さんに言った。

[楢の神さんは、これからはここにいてはる。神様の ヒモになっても 神は神〛

 榎の枝の付け根にくぼみがあり、そこからコナラの枝が出ている。

 宿り木状態とでもいうのだろうか?

 …大神様は失礼なことに、七五調にのせて『ヒモ』と言ったが。

 これからは榎の神様と楢の神様が守り守られ……。

 角成と玄宗さんの心が少しだけ温かくなった。

[じゃあね~ぃっ〛

 そう言って大神様は頭蓋骨に帰った。

[では、我々も……〛

 玄宗さんは角成を目で促し、荷物をかたづけ、二人で深く一礼してその場を後にする。

 一度振り返ったら、榎の大枝に神様が二人並んで腰掛けて手を振ってくれていた。

 だがそこにいた楢の神様は、子供の姿になっていた。


 角成が土師ノ里邸の玄関先で、今起こったことを、一般的に不可解な部分を除き、話した。

 そして、楢の神様からの伝言と、大きなドングリを手渡し、最後に布に包まれた石を渡した。

 土師ノ里氏は、

「用意しておりました」と、小石の布包みが入る、大き目の木箱を取り出し、そこにそのまま入れる。

そして封印する形で、玄宗さんは護符を貼った。

 用意していたということは、玄宗さんは、今日、こうなることを知っていた、ということだったのではないか。

(だったらなぜ、言ってくれなかったのだろう)

 角成の中で急速に、玄宗さんに対する不信感が湧き上がる。

 その後、土師ノ里氏はしきりに夕食を勧めたが、玄宗さんが仕事を理由に固辞して、角成達は車に乗り込む。

 土師ノ里夫妻が道に出て、深々と頭を下げて見送ってくれた。


 帰りに榎を見たが、神様たちはもう見えなかった。

 角成は箱から大神様を出しそちらに向ける。

 頭の中で誰かが「ありがとう」と言った。

 その声は大神様や、楢や榎の神様ではない。

 飛んで来た火の玉の声、その声が一番近いように角成には思えた。


「腹へってない?」

 角成は言われて気づいた。

 もうペコペコだ。

「へってます、がっ! 、どうして理由を言わずに連れて来たのか、キッチリ説明して下さい」

 角成は腹も立っていた。

「腹へってたらそれでええねん。悪いモンが取り憑いてない証拠や。それから、突然連れて来たのは、破魔子さん、おばあちゃんとの相談の結果こうした。『ドッカンとぶつかったら何とかなるやろ。かっくんはそういう子や』って、そう言うとったわ」

「何がどうなるくらいは最初から知ってた方が、心構えっていうモンが」

「言うたやろ、迷いはスキを生む、って。悪霊が飛んで来るから退治してや、って最初から聞いてたら、どうよ。悩まずに、迷わずに、立ち向かえた?」

 角成は確実に、悩んで迷っただろうし、何なら『おなか痛い』とか仮病を使って、同行しなかったかもしれない。

 ぐうの音も出なかった。

 だが角成は、どこか本質から、何か本筋から外れている気がした。

(そうだ、僕は死者の魂を送り出すことは手伝うと言ったが、悪霊退治を手伝うと言った覚えはない)

 角成はようやくそのことに気付き、抗議する。

「玄宗さん、僕が手伝うって言ったのは、死者の魂を送ることだけで、今日みたいなことは『やる』とは言ってないですよ」

「えっ、うそっ。破魔子さんは『私の後を継いでくれる』って言うたから、俺はてっきり全てを引き継ぐもんやとばっかり思てた。だから、あの時『だいたいこんな感じプラスアルファ』って言うたんやけど。……耳垢ほじくり出した後に、色々な知識耳から詰め込んでもろたんとちゃうの?」

「寝てました、気持ち良く。それにおばあちゃんからは『人助け』以外は何も聞いてません」

「そうかぁ、いきなり悪霊ブチ当たってきたら、そーりゃぁ、ビックリするわなぁ。いやな、今日のことも『私いかれへんから、かっくん連れて行ったって』って言われてたから、俺はてっきりガッチリバッチリ、それなりに、どこまでかは知らんけど、知ってるもんや、と思てた」

(杜撰だ。杜撰過ぎる! 僕があんな目に遭ったのに、なんてこの人はいい加減なんだ。なんだかもっと腹が立ってきた)

「だいたい今日のことも、ホントに人助けなんですか? 玄宗さんの会社のためで、金のためですよね!」

 玄宗さんが真面目な顔になった。

「あそこの駅にきれいな商業施設ができれば、地元の人が一階のスーパーで買い物ができるようになって、すごく便利になる。知ってるか? 今あの地域の人が買い物行くのに、どれくらい離れた所まで行ってるか。車で三十分以上かかる所まで行ってるんやで。それに、会社や役所とかの組織は、人間で構成してる。その中の誰かが事故で死んだら悲しむ人は何人おる? 五人死んだら、それかける何人、何十人やで」

 玄宗さんの言う通りだ。

 角成は何も言い返せない。

「それに、お金のことを『汚い物』みたいな言い方するのだけはやめようや。今走ってるこの車、ガソリンその他の消耗品、それから今着てる服、家賃、食費、酒代、遊興費。全てお金なしには考えられへん物ばっかしや。人間、生きていくためにお金は必要やで。でも勘違いせんといて。お金[だけ〛が大事とは言うてへんからね」

 親の住む家から、親が学費を払ってくれている学校に通い、親にお金をもらって服を買い、忙しくてご飯が作れない時はお金をもらって何かを食べ、携帯電話の料金も親が払っている。

 角成は恥ずかしかった。

 この歳になって、この程度のことがわかっていなかった。

 しかも、

(親子なんだから、僕はお金や物を与えられて当然)

 とまで心のどこかで思っていた。

(なんて甘ちゃんなんだ、……僕は。 経済の基本、というか、世間ということすら何もわかっていないお子ちゃま……)

「それに、俺はプロや。自分の仕事に最後まで責任持つ。素人腕自慢やったら何分の一の責任、詐欺師やったら責任ゼロでええかも知らんが、俺は、やるっちゅうたら責任持って絶対やる。その対価も必ずいただく。と、まぁ、カッコつけたらそんなとこ」

 角成は完全に最初の勢いを失った。

 それに、なんだか穴があったら入りたい心境だった。

 その時電話の呼び出し音が鳴った。

 ヘンな音楽だ。

角成のではないので、玄宗さんの電話らしい。

「かっくん出て。もし女の子やったら、浮気してません、って証言して」

 角成がリヤシートにある玄宗さんの荷物から、音を頼りにスマホを探し、そして出た。

「もしもーし。玄ちゃーん? お腹すいてる? 何か作っとく?」

「あのぉ、すいません、えっとぉ、浮気はしてないそうです」

 角成は他人の電話に出るのは初めてで、しどろもどろした。

「あっ、その声はかっくん。私、私、ワ・タ・シ。十秒以内にわからないとその電話を爆破します。十、九、八、七、……」

「うわぁーっ! あーっ! 般若さん、鬼のお姉さん、き、きれいな鬼のお姉さん」

 角成は必死に答えた。

「かっくんありがとう、般若さんです。正解。100ポイント獲得。で、無事?」

「はい、ケータイは爆発してません」

「それ、爆破装置仕込んでないよ。私の大切なかっくん傷つける奴おったら私がそいつ爆破する、って思ってるくらいやのに。今日は変なとこ連れていかれて大変やったでしょ、そのこと」

 角成は、やはりおもちゃであることを改めて悟った。

「 ……まぁ、なんとか、はい」

「一緒にごはん食べよ。かっくんのために何か作っとくね」

 角成は般若さんに『かっくんのために』そう言われて正直かなり嬉しかった。

「あっ、それとおキクさんが缶詰ないって。いつもの金色のやつ。玄ちゃんに伝えてね。あとはお酒が底ついた。じゃぁねぇ~」

 一方的に切れた。

 用件を玄宗さんに伝える。

 そして、気まずく重い空気が車内に充満した。


 玄宗さんが重い空気の暖簾をそっと開く。

「俺も知らんかったこととは言え、ごめんなぁ。それにしても、偉そうなことばっかし言うて、申し訳ない。俺腹へってると機嫌悪いねん、……かっくんホンマに何と言うか、ごめん」

 角成は素直に謝られて困惑した。

 世間と自分の間に勝手な線を引き、安全を約束された温室に居ながら外を批判していた。

 そんな青臭い自分自身のことを、気付かせてもらっただけでもありがたいというのに。

( ……どう言えばいいのだろう、どんな顔をすればいいのだろう、こんな時)

 自分で引いた線を越えられない。

 角成は返事もせずうつむいて黙ってしまった。

「おっ、ホームセンターがある。あっ、ラッキー。隣は酒屋さ~ん」

 玄宗さんは駐車場に車を入れた。

「酒は任せた。俺は猫缶買ぉてくる」

 玄宗さんは一万円だけ抜いて、財布を角成に渡した。

 角成は酒屋さんでスポーツドリンクをカートに入れる。

財布を渡されてはいるが、未成年は酒類を購入できないので、とりあえず、何かないかとウロウロしていると……、

(あった、これも買っとこう)と、いたずら心で小さな紙パックのお酒をカートに入れた。

「おおーい、なにしてるんやー。質より量やぞー」玄宗さんが来た。

「店員さん、ビール350缶十ケース、日本酒六本、あとはウイスキーのジャンボボトルを六本」

 玄宗さんは、軽自動車であることを失念しているかのような注文をした。

 角成が玄宗さんに財布を返し、酒屋さんの台車を借りて、車の横にお酒を運ぶ。

 玄宗さんはもう一度ホームセンターに戻り、台車とルーフキャリアと板とロープを買ってきて、ビールと猫缶の段ボールをルーフキャリアに乗せた板にくくり付けた。

「なるほど、そのテがあったか」

 角成はポンと手を叩き、二人は車に乗り込む。

 シートベルトをしながら、

(重い空気はもう嫌だ、僕から話しかけよう)角成はそう思った。

「今日さっきの駅前で、盗賊? かなんかの霊? 悪霊? かなんかが飛んで来たんですけどぉ」

「うん、光の玉みたいなので来た、アレね」

「はい、僕の頭の中でその霊かなんかわからない、人っぽい人と話したんですけど、なんとか激怒は治まって、その後大人しくなったんですが、そんなもんなんですか?」

 角成は自分でも(支離滅裂だな)と思いながら聞いた。

「へ~、そんなんしてたんや。ほんの2~3秒の事やったと思う、かっくん固まっとったんは。その後すぐにツーっと涙流して、どこから出したんか手のひらに結構な大きさの石乗せてたから、すごいなぁ、って、横で思てた」

「えっ? 何分かやり取りしたような感じが……」

「まばたき数回ぶんの時間しか経過してなかったよ」

「え~~~っ、あれって、たぶんですけど、盗賊の思念が僕の頭の中に入って来て、色々やり取りして、……それがまばたき数回、……え~~~」

「そう言えば大神様も同じこと言うてた。ああやって残酷極まりない動作で大暴れしてるけど、頭の中では対話して納得してあっちの世界に送るって」

「ということは、あのブチブチブチッってリズムで、次々悪霊を説得して送り出してる? えええ~~~っ」

「大神様はものごっつ強いって言うたけど、具体的にどう強いのか、俺知らんのよ。かっくんは今日体験して、その凄さに今ビビってる、みたいな感じ?」

「それ以上です……」

 角成はまたしても混乱が始まる、が気を取り直し、というか、もう自分が飽和状態なのに気付き、玄宗さんへの質問で気を紛らわそうとした。

「玄宗さんはこっちの仕事の得意技って、何ですか?」

「うーん、呪いとか、おふだとか、まぁ、他にもあるけど…」

 角成は気になった。他にもの部分が激しく気になった。が、今最も聞いておかねばならないことを聞く。

「大神様みたいな感じの力技のお祓い的なことは?」

「機会があって必要ならするけど、最近はあんまし無いかな。破魔子さんと大神様がだいたいやってくれてたから」

「玄宗さんも対話します? 霊的ななにかと?」

「俺はとっ捕まえて監禁するだけ。あとは神様たちが適当に成仏させてくれてるみたい」

「なんかアバウトですけど、それはそれで難しそうですね」

 角成は、金曜の夜にテレビで放送していた、オバケを捕まえる会社を描いたハリウッド映画のことを思い出していた。

「慣れよ、慣れ。 仕事でも新しい環境でも、人に慣れて、自分が取る行動に慣れたら、あとは改良する余地が見え始める。そしたらまた改良した行動に慣れていく。そんな感じちゃうかな?」

 玄宗さんは自分の鼻を指差し、

「こんな人間なんで、偉そうなことは言えませんが」と付け加えた。

 角成は、

「いえいえ、駆け出しには非常に勉強になります」と言った。

 車内の空気が幾分和らいだとき、玄宗さんが言う。

「かっくんオオカミの神様連れてるやろ、俺の方はなぁ、あんまり言いたくないなぁ」


 だーっ、よけいに聞きたい。

……言いたくない理由も含めて。


 第二章 第二節  ランニング・ウィズ・ザ・ゴッズ  終


第二章 遺―産ハント

第二節 玄宗さん

         に続きます。

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