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ソウル・ロンダリング ある日突然、裏導師 ~南大阪御伽草子~  作者: 富田林 浩二
第一章 運命の糸

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第一章 運命の糸 第三節 裏導師幽玄会社

「ビール飲む?」

 大きな冷蔵庫の扉を開けて玄宗さんは言った。

「未成年なんで、何かほかに……」

 玄宗さんと角成は、カウンターのあるオール電化のダイニングキッチンにいる。

 この家は造りというか構造というか、は、一体どうなっているのだろう。廊下も迷路のようになっているし、外観と内部の広さも測ったわけでないが、なんとなく一致しない。

 そして、角成の傍らにはおばあちゃんの風呂敷包み。箱の中には大神様……。

 角成は軽く戸惑ったが、

(あんなの見てしまったら、あきらめ半分、もうどうにでもなれ)

 と思っていた。

 どうやら一般の物理の法則がこの敷地内では一部、あるいは大部分が通用しないのかもしれない。


「パシュッ」缶を開けて、酒屋さんでもらえるメーカー名の入った大きめのグラスに玄宗さんが注ぎ、

「はいっ」と、角成に差し出した。

「えっ……」

 角成は、

(ビールはいらないと言ったはずなのに……) そう言おうかどうか迷っている。

「これは発泡酒。ビール以外はこれしか無いの」

 角成は『アルコールを含まない』と言わなかったことを後悔した。

「冗談やってば、ここにソフトドリンクはウーロンハイ用のウーロン茶しかないから、これで今日は勘弁してちょ」

 玄宗さんはどこから出したのか反対側の手に、色はビールより濃いが発泡していないグラスを角成に渡す。

 角成が匂いで飲み物の安全を確認し、

「はい、カンパーイ」二人はカチリとグラスを合わせる。

「だいたいこんな感じプラスアルファやけど、手伝ってくれる?」

「はぁ、……まぁ、強引に飲酒させようとする打ち上げ、無しなら」

 角成の言葉に玄宗さんは愉快そうに笑っている。

「今度から彼女たちと同んなじモンも用意しとくわ」

 玄宗さんはカウンターの上でミルクを飲む三匹の猫を指し、

「猫用ミルクやけどな」と、嬉しそうに言った。

「話は変わるけど、破魔子さんなぁ、かっくんに大神様渡すことがやり残したことでなぁ、その牙笛も針で穴開けたんやで」

「針で……、何年かかったんですか?」

「十年くらい? 時間作ってはコツコツやってはったわ。ええ工具あるって言うても『これでないと意味がないし、もしも割れてしもうたら……』って、硬いのになぁ。スゴイやろ」

 牙笛は、縦横十文字に穴が開いていて、縦は息の通り道で、横は紐の通り道になっている。

「その紐も、おばあちゃんの髪の毛編んだ物やで」

「えっ、おばあちゃんの髪の毛が伸びたって? ……死んでるのに?」

「ここにおる時は破魔子さんも源蔵さんも、大神様の力で実体化してたから、物も食べれば髪も伸びたし、こうやって一緒にビール飲んだりもしたなぁ。破魔子さんはたまに外出もしてたし。二人ともホンマに、楽しいええ人やったなぁ。」

 おばあちゃんの思い出話に花が咲きそうだが、ツボミが開くと角成の中でポロリと落ちる。

 まだまだわからない事だらけでついていけない。

「おじいちゃんは?…… 」

「源蔵さんは、自分が名前を付けた孫の成長した姿が見たい、どうしても見たい、って言うてねばってた。まぁ、破魔子さんと一緒に居りたかったんやと俺は今でも思ってるけどね。真っ暗な待合室でいつもニコニコ破魔子さんを待ってたから。でもホンマは、そんな長期間ここにはおられへんねんけど、破魔子さんのモチベ的支えとか何とかを理由に、鬼のお姉さんが無理くり何回も何回も、延長の申請出してくれてたみたいよ」

 玄宗さんは暖かく微笑む。

「玄宗さん、あのぉ、ちょっと聞いてもいいですか?」

「玄サマ、何?」

「そもそもここはどういう場所ですか?」

「う~ん、……そうやなぁ、……わかりやすく端的に言うと、死神のカマで刈り取りそこなった魂の集合場所、かな」


(わかりにくい、 ……と言うか、全くわからない)


 角成が思いっ切り、これ以上曲がると折れるしかないほど首をかしげると、

「えぇと、何から話すかなぁ、……死んだら魂は肉体を離れる、……聞いたことあるよねぇ。その魂の水先案内人が死神さん。ここまではわかるね」

 玄宗さんは説明を始める。

 死神に、『さん』付けしていることをツッ込まずに角成はうなずく。

「死神さんに案内してもらうには条件があるねん。『この世に思い残すことが無い』こと。これがやっかいでなぁ、どんなにアッサリした人でもタイミングによっては強い思いが残ることがあるねん。たとえば……」

 玄宗さんが二杯目をグラスに注ぐ。

「暑っつい日に喉カラカラになって、シャワー浴びた後にカキッと缶ビール開けて『さぁ飲むぞ』っていう時に虚血性心疾患、俗に言う心臓麻痺で亡くなったら、どうよ、これ」

「飲みたいでしょうねぇ、文字通り『死んでも』」

「なっ。それも死に水取る時に『お父ちゃんビール好きやったから』とか言うて、水で唇拭かずにビールで拭いてくれたら、まだ気持ちは落ち着くやろ。でも通夜葬式って大変やんか。だいたい遺族の人は狼狽してるから、そこまで気が回らんやん。お式が終わって御導師様御先導のもとご出棺、そのあと火葬とか土葬したら、その後は死神さんの仕事や。『お導師様が道筋示してくれたその先へ、そろそろ行きましょか』と。でも、その魂は『ビール飲みたいっ!』ていう念が強い。死神さんはそれをムリに引き剥がされへんし、ビールもついであげれん。さぁ、どうしましょ、ってなるわけよ」

 角成は落語か講談を聞いている気分で、

(これはすごくおもしろい!) と、何となく『不謹慎かな』と思いながら聞いていた。

「そこで死神さんは再確認しはるねん」

「えっ、そこでカマでスパーッと魂の緒を切るんじゃ…」

「死んでるんやから、もう切れてるやろ。ちゃうねん。もう一回聞かはるねん。一緒に行きますか、それともどうしますか、って」

「でもさっき、死神のカマで切りそこねたって……」

「刈り取りそこねた。 ……かっくんの言う死神は、黒いフード付きのマント着て、顔がドクロで大きなカマ持ってるヤツやろ。あれは西洋の死神さん。俺が言うてるのは日本の死神さん」

 どこがどう違うのか、普通の一般ピープルは死神の和風・洋風の違いを知らない。


 その時、突然誰かが部屋に飛び込んで来た。

「ただいま戻りました。よかった間にあって。おつまみ買ってきました」

 襟にこげ茶のボアの付いたベージュの革のコートを着て、コンビニの袋を持つ超美形の鬼のお姉さんが、空いている椅子にそっと座った。

「また何も食べずに、破魔子さんいつも言ってたでしょ、身体こわしますよぉ」

 なぜか少し気恥ずかしそうに鬼のお姉さんは言った。

 人見知りなのだろうか。

「ハッハッハッ、鬼に健康を注意された」

 玄宗さんは高らかに笑う。

 何がおかしいのか、笑いのツボがわからない角成は、キョトンとしていた。

「ハッハッ、かっくん鬼の概念って知ってる?」

「地獄の番人ですか?」

「惜しいっ、それって餓鬼絵から来たざっくりな解釈。本来の鬼っていうのは、疫病(えきびょう)のこと。ほら、疫病神(やくびょうがみ)っていう言葉あるやろ、あれも鬼の別名。昔の医学、科学が発達してない時代に、流行病があったら「鬼が来た」って言うて、鬼を神様に祀り上げて、「お怒りお鎮め下さいーっ」って言うて、皆で祈ったり捧げ物したんよ。ちなみにその説もガセやけどね。コレ見てみ」

 玄宗さんはお姉さんを指差した。

 コレ呼ばわりされたお姉さんは、コートを脱ぎ玄宗さんの隣の椅子の背もたれに掛け、気恥ずかしそうに下を向いている。

 コートの下は真っ赤なハイネックのセーターに黒革のスカートだった。

「私ももらっていいですか」

 席に座ろうかどうしようか、ためらいながらお姉さんが言う。

「今日俺うっかりしてたから、ごめんコレしかないわ」

 そう言って玄宗さんは冷蔵庫からワンカップを出し、お姉さんの前に置いて座るよう促した。

「いいですね、久しぶりの般若湯」

「ハンニャトウ?」

「お酒の別名です。一応は、仏教用語? かな? ……隠語ですけどね」

 お姉さんはカポッとワンカップのフタを開けて、一気に飲み干した。

「ブファーっ、もう一杯ぃい~」

 綺麗な容姿とは裏腹に、飲み方は完全にオッサンだった。

 玄宗さんは意外なことに驚いた顔をし、

「まるで源蔵さんやん」と言いながら、ワンカップの六本つながった物を、お姉さんの前に置き、角成に言った。

「どこまで話したっけ?」

「メイド・イン・ジャパンの死神が、アンケート調査するとこまでっす」

「そうそう、その死神さんにどうしても同行せん人がおんねん。かっくんのおばあちゃん、破魔子さんもそのクチや。『孫に渡す物がある』って」

 そこにお姉さんが横から言った。

「そう言えば、今日の男の子も電車が好きで『一度でいいからSLに乗りたい』って言うてたって。お母さんは息子の夢を叶えてあげたいって。…それで今日の乗り物はアレに決まって。あの子向こうに着いて降りる時、私に何回『ありがとう』って言うたか。事故で亡くなった母子の力になれて、私嬉しかった」

 お姉さんはそっと涙ぐんだ。

 潤んだ瞳は文字通り、この世のものとは思えないほど美しかった。

「おっ、鬼の目にも涙……」

 玄宗さんの冗談半分の発言に、お姉さんはチラリと玄宗さんを見ただけで、少し困ったような顔をした。

 要するに、玄宗さんはスベった。

 どことなく物憂げだったり、何かにつけて遠慮がちなこのお姉さんに、鬼っぽさは全くない。


 角成は、

「お姉さん名前は何て言うんですか?」と、聞いてみた。

「えーっとぉ、あっこれ。般若で」

 鬼のお姉さんは、思いっきり偽名を名乗った。

  ……お姉さんの見た目で言うと、源氏名のほうが相応しいかもだが……。

「名前は聞いてもええけど、女性に年は聞くなよ」

 玄宗さんの言葉に、お姉さんは首を少しかしげて困った顔をし、玄宗さんが再びスベる。

「般若かぁ、ええ名前やんか。般若って元々メスの鬼やろ。ピッタリや」

「メスとか……。女性と……」

 何か言いたそうなのだが、般若さんは言葉を切った。

 そこで角成はある疑問が浮かんだ。

「名前知らなかったみたいに言いますけど、今まで玄宗さんは般若さんをどう呼んでたんですか?」

「玄サマ。姉ちゃん、オニの姉ちゃん、またはオニ子さん」

 横で元オニ子さんがうなずく。

 角成はもう一つ疑問が浮かんだ。 

(ちょっと待て。玄宗さんははたして人間なのか?)

 猛烈に失礼な質問なのだが、角成は勇気を出した。

「玄宗さんはあのぉ……、本物の……、そのぉ……、生きている人間ですか?」

「あっ、俺?  玄サマは一応人間。こんなんやけど」

 ワハハと玄宗さんは自分を指差して、豪快に笑った。


「玄宗さん、ちょっといいですか?」

 般若と名乗るお姉さんが言った。

「何? ……ひょっとして、今日なんか不手際あって怒ってる?」

「いいえ全く。唐突ですが、関西弁、……いいですか?」

「何が?」

「今から、今この場から、……私の名前も決まりましたし、もう少し、打ち解けて、……というか、馴れ馴れしい態度は嫌いじゃないですか?」

 玄宗さんが真面目な顔で、

「破魔子さん、行っちゃったもんね。……この数日間、普段から静かやのにもっと静かやったもんな、っていうよりふさぎ込んでたよね、般若の姉さん。俺にはどんな態度でも何んにも問題ない。好きなように話して、動いて。大丈夫っ、全部俺が吸収する」そう言った

「では、玄ちゃん……、なんで笑うんですか?」

「嬉しいわ、その呼び方。破魔子さんと源蔵さんおらんかったら、その呼び方してくれる人もほとんどおらんやん、おきくさんと……、まぁええか。呼び方だけでも受け継いでくれたら、俺、ホンマに嬉しいねん」

「では、玄ちゃんでいくのと、これから関西弁でいきますし、もっと積極的にいきます。角成さん、いいえ、かっくん、いきなり距離詰めますんで、よろしくお願いします」

 般若さんは『ぺこり』と頭を下げた。

「ええやんか、えやんかぁ~」

 般若さんのワンカップに、玄宗さんはビールグラスを『カチリ』と当てた。

 この後、玄宗さんと般若さんが、この場所についてだいたいの説明をしてくれた。


 和製死神さんがあちらの世界へ案内できるのは、納得した魂のみである。

 その魂は、随時あちらの世界へ旅立っているそうだ。

 そしてこれはめったにないそうだが、『納得できない』もしくは、『もうちょっと待ってほしい』等の『まだあちらへ行きたくない魂』を死神様は連れていけないので、その場に置いて行く。

 地縛霊、浮遊霊と呼ばれる魂たちのことである。

 そして、それらの魂のうち、死後、角成のおばあちゃんのように思いを遂げた、もしくは、SLの母子のように、遂げることができる見込み、の魂は満月の日にあの世に旅立つ。

 思いを遂げることを、完全にあきらめた魂は新月の日に旅立つ。

 そして、般若さんの役割は、改札と乗り物の操縦。

 本人曰く、

「ローカル線の駅員さんと運転士さんをイメージしたんですが、今日の場合……」だそうだ。

 そして玄宗さんと、新たに加わった角成の役割は、玄宗さん曰く、

『トラブル発生時の保険』だそうだ。

 今回で言うと、男の子にイチゴ飴をあげて般若さんが来るまでの時間を稼いだり、男の子を運転台に安全に乗せること、が、それにあたるらしい。

 そのことを般若さんは、

「立派な仕事ぶりでしたよね」と角成を誉めていた。


 これは角成の直感なのだが、どうも玄宗さんと般若さんの角成に対する優しさ、当たりの柔らかさは、おばあちゃんとおじいちゃんが、ここに長らくお世話になっていたことと、関係があるのではないか。

 角成とバトンタッチするまでの約十年間、こうやって四人で酒盛り(角成を肴に)をワイワイとやっていたように思った。

 そして今も二人は角成に、歓迎ムードを醸し出してくれている。

 幼い頃から色々様々なことがあり、かなりの荒波に揉まれてきた角成が、知り合ってあまり時間の経たない人たちと、こんなに親しげに話すのは本当に久しぶりのことだった。

 しかし、角成は笑っている場合ではなかった。

 聞きたいことが山ほどあった。

「おばあちゃんに僕の本当の名前を教えてもらったけど、なぜ誰にも言ってはいけないんですか?」

「掟やから」

 玄宗さんは急に真面目な顔になった。

「掟って、忍者の掟みたいな?」

「そう。あれは守らんと殺されるけど、こっちの掟はひょっとしたらもっとキツイかもなぁ」

「たとえば?」

「これは聞いた話やけど、とある拝み屋Aが酔った勢いで本名を言うて、それを聞いたライバル拝み屋Bがその名前を呪詛で縛って、自分の意のままにその拝み屋Aを操ったっていうこっちゃ。コワイやろ」

「でもそれって、催眠術でしょ」

「うん、俺もそう思う。けど、この業界ではそういうことを信じてる人間が多いから、信じてる人間には催眠術もかけやすい、っちゅうこともあるしなぁ。それに……」

 玄宗さんはずいっと身を乗り出す。

「人間に操られるんやったらまだ救いがあるけど、魔物に操られるのはイヤやろ」

 三白眼で眉を吊り上げて言われると、話の内容よりも玄宗さんの顔の方がコワイ。

「魔物って言うと?」

「コイツ」玄宗さんは、膝に白と黒の猫を乗せている般若さんを指差す。

「えっ? 私? ……えぇ~っとぉ……」

 般若さんは魔物っぽくしようとしているが、何も浮かばないのか、上を見たままフリーズしている。

「この姉さんは気がいいから、操ることも、まして操って悪ささせることもないやろうけど、正体もハッキリせん悪い奴って、たまーにおるねん」

「あっ、あの話でもしてあげたらどうですか? ほらぁ、百舌鳥に目ん玉くり抜かれそうになった話」

 般若さんが少し微笑んで言う。

 玄宗さんは般若さんの優しい微笑みを見て、なぜか眉間に皺を寄せながら、

「ねえちゃん笑うんやぁ……」と言った後、気を取り直したように、

「……おっ、おう、あれなぁ、冷や汗かいたなぁ……」と言った。


 般若さんの膝の上で黒い方の猫が「フンッ」と鼻を鳴らした。



***



 それは数年前、玄宗さんがここで朝起きると外がキーッ、キーッと騒がしい。

 何が来たのかと、裏庭に出てみると、老松の枝に一羽の百舌鳥がとまっている。

 この敷地一帯はある種の結界の内側なので、野鳥が舞い込んで来ることは決してない。

 玄宗さんが、「ヤバイな」と思った瞬間、一直線に百舌鳥が飛んで来た。

 咄嗟に横に跳んでかわしたが、足元にいた黒猫につまづき体勢が崩れる。

 玄宗さんは思わず黒猫の上に覆いかぶさり攻撃から守ろうとした。

 百舌鳥が玄宗さんの真正面から目を狙って低く飛ぶ。

 百舌鳥は身体が小さいとは言え猛禽類。

 人間のまぶたなどあの先が曲がったくちばしにかかればひとたまりもなく破られ、失明にいたる損傷をまぬがれることは難しい。

 あわや、という時、カラスの尾羽根が真上から貫き、百舌鳥を地面に串刺しにした。

 玄宗さんの顔の前数センチのところで、百舌鳥の断末魔の悲鳴にも似た叫び声がする。

 ひときわ大きく一つ鳴いて百舌鳥は息絶えた。

 そして百舌鳥は風切り羽根一本残して消えてしまった。

 地面に突き立った黒い羽根と横たわる茶色の羽根が、勝敗を象徴している。

 玄宗さんが身体を起こすと、地面に普通より二まわりは大きなカラスが降り立ち、三本目の足で地面に刺さった羽根を抜き、玄宗さんに渡し、続いて百舌鳥の羽根を渡して、

「玄宗の髪で二本を結わえ、それを頼りに刺客を追え」そう言った。

 ちなみにこの三本足のカラスは『ヤタガラス』といい、神様の使い、又は、神様の化身ということらしい。

 玄宗さんは言われた通りにして車のダッシュボードに羽根を置きその向きを頼りに、兵庫県の山間のとある場所へと行き着いた。

 そこは降霊術と現世御利益が売り物の、新興宗教の本部だった。


 そこに再びヤタガラス様が舞い降り、

「ここに百舌鳥の仮の主がいる。まずカタをつけるのはここから」そう言った。

 玄宗さんは建物の裏に回り、百舌鳥の羽根を使い百舌鳥の遺体が埋められている場所を探し出し、その遺体から様々な呪物を取り除き、敷地の外に百舌鳥を丁重に埋葬した。

 次に玄宗さんは建物内部に正面から入って行く。

 中には修行の名目でそこに暮す七、八人の屈強な男が、突然の闖入者を排除しようと向かってきた。

が、玄宗さんは瞬時に全員をノックアウトして奥へと向かう。

 一見優男にしか見えない玄宗さんだが『武道は合計すると十段を軽く越える』と般若さんは言う。

 ついでに書道は三段だそうだ。


 そして、玄宗さんは奥で三角の護摩壇に祈祷中の老人を見つけて言った。

「おーい、じーさん。そんな誰かを攻撃するような火ぃ焚いても、もう飛んでへんぞぉ。それにそろそろヤメにせんと、自分に返るぞ」

 白装束の老人はゆっくり振り返る。

「破れたか、それも覚悟のうえ、好きにしろ」

 その時のじーさんは完全にトランス状態(意識レベルの下がった状態)で、何を言っても埒が明かなかった。

 玄宗さんは即席の結界を張り、

「おい、じーさん。妙な芝居はもうええから、何で百舌鳥飛ばしたか教えてくれ」

 そう言って、じーさんを平手で数発殴りとばして正気に戻し。事情を聴き出した。

 じーさんはゆっくりと話す。

 一年ほど前に突然修験者が現れ、

「霊力を高めたくば言う通りにしろ」と言われた。

 じーさんは修験者の言葉を信じて共に山に籠り、苦行の末、数々の秘法を授けられたという。

 そしてその仕上げとして、その修験者は、

「霊力高きわが肉を食せ」と言い、鉈で自分の右肩の肉を削ぎ取り、じーさんにそのまま食わせた。

 じーさんはその時『身体中に力が漲った』そうだ。

だが、それが大間違いであることを、下山後たった三日目でじーさんは知ることになる。

 修験者と共に教団本部に戻ったじーさんは、身も心も完全に修験者に操られたのだ。

 最初は自分の意図しない言動に抗い戸惑ったが、そのうち従うようになり、今ではこの状態に何の疑いも持たないようになっていた。

 そしてあの百舌鳥も、修験者がヒナから育てたワケ有りの百舌鳥だったらしい。


 修験者の居場所を聞きだした玄宗さんは、その足で京都の鞍馬山へと向かう。

 入れるところまでは車で行き、後はヤタガラス様の導きで道のない山肌を登り、そして修験者の潜む洞穴にたどり着いた。

 玄宗さんが中を覗きこもうとした時、中からヒゲも髪も伸び放題の修験者が目をギラつかせながら、六角に削った赤樫の六尺棒を腕いっぱいに突き出して出て来た。

 玄宗さんは攻撃を反り身でかわし、百舌鳥の風切り羽根を口に含んで修験者に吹きつけた。

 羽根はゆるい弧を描いて修験者の右肩に突き刺ささる。

 修験者は六尺棒を落として絶叫した。


 呪いが返った瞬間だった。

……しかも、呪いの道筋を完全に逆行して。


 修験者は仁王立ちまま金縛り状態になり、全身をおこりのように震わせている。

「ほぐれては、わかくる不動の縛り縄 ゆるまり来る、元のけん道」

 気力を振り絞り、震える声で金縛り解法の呪文を口にするが、身体は硬化がひどくなる一方で解ける様子は全くない。

「おい、おっさん。その呪文は、手で印を結ばんと効果ないぞ。作法なしには霊験なし」

 そう言って玄宗さんは修験者に近付き、無理に修験者の手を日月印の形に結ばせた。

 それでも金縛りはわかけず、修験者は完全にパニックを起こし大声で叫び始めた。

 人の死を願った呪いが完全なかたちで返るのは、自分の死を意味する。

 この修験者は『死の恐怖』いわゆる『生への執着』をまだ克服するに到っていなかったようだった。

「お~い、玄宗ちゃん、それ以上いたぶると、そいつは人でなくなる。もう許したり~」

 ヤタガラス様の言葉に玄宗さんは従い、修験者の肩から百舌鳥の羽根を引き抜いた。

 修験者はその場にへたり込む。

……だが震えはまだ止まらない。

 玄宗さんは修験者の前に黙って座り、相手の顔をじっと見た。

……見覚えがない。

 さらに記憶の底をさらうようにして、やっと一人、似た男を思い出した。

 二、三年くらい前だろうか、人に頼まれて、狐に取り憑かれたというおばあちゃんを、喜志という家に訪問した時に、この男、……と似た男に玄宗さんは会っていた、……ような気がした。

 実際には何も憑いていなかったので、玄宗さんが家族におばあちゃんの要望を代弁しただけで、おばあちゃんの狐憑き騒動は一件落着した。

 だが、

「いったい何をしたのか」

 と、しつこく何度も玄宗さんに聞いてきたのが、ひげのないこの男に似た男だった。

「喜志さんのおばあちゃん、元気か?」

 玄宗さんの言葉に修験者が顔をそむける。

 玄宗さんは心の中で『ビンゴ~』と叫ぶ。

 そのまま日暮れまで二人は無言で座り続けたが、ついに修験者が根負けするかたちで口を開いた。

「ここに居られるカラス天狗様のお導きじゃ。より力強き者を倒せば、己の霊力がその者の霊力を喰らいより強靭なものとなる。そなたの名を使い秘術を仕掛けたが、……こうもたやすく返されるとは」

 玄宗さんはこの時、ヤタガラス様に心で問うた。

(カラス天狗っちゅうたら、あんたの親戚やろ? そんな変なヤツおるの?)

(ここにお前を案内したのはその件で、そいつの妄想から新たな不幸が生み出されそうになっとるが、ワシ、それを追い出すことできんのよ。頼める? 玄宗ちゃん)

 ヤタガラス様の目が鈍く赤く光る。

(ちょっと質問いいですか?)

(何や? ……どうぞ)

(街中で俺が襲われたんならわかるんやけど、結界張られた家の裏庭に、百舌鳥がどうやってたどり着いたんか? なんか知ってることあります? )

(このカラス天狗の件で玄宗ちゃんとこに行ったんやけど、ワシあそこの結界に穴開けて入っていけるやん。たぶんその穴ふさがる前に飛び込んで先回りされた、って感じ? ほら、あいつら身軽な猛禽類やん、めっちゃ速いんよ)

 ヤタガラス様は赤い目を逸らして言った。

「貸しひとーつ?」

 玄宗さんは叫んだ。

 修験者はキョトンとしている。

 玄宗さんはヤタガラス様の姿も声も認識しているが、修験者には見えも聞こえもしていないらしかった。


 実はあのおばあちゃんの件は、当時引っ越した先に友達もおらず、誰かに自分のことを話したかっただけだったこと、あれは狂言だったことを、玄宗さんは修験者にもう一度あの時と同じように説明した。

『あれは、霊視も霊力もへったくれもない、自分がただの茶飲み相手を務めただけ』だと。

 それを聞いた修験者は、

「もう一度憑かれた折には、拙者が落として進ぜる、と申したが、そなた、「玄宗さんに相談する」と申して、頑として受け付けなんだ。そなたが羨ましく、そして疎ましかった」

「なんや、おっさんもおばあちゃん好きやったんか。それとおっさん、もう時代劇じみた芝居やめへんか。疲れるやろ、なぁ、おっさん、わかったかおっさん」

「おっさんおっさん言うな、こう見えても三十二やぞ。お前に、おっさん言われたないわ」

 二人は薄く笑い合い、一応の敵対関係は解消されたように見えた。


 修験者は玄宗さんに出会った後、弟子入り志願のため何とか連絡を取ろうとしたが、全く連絡は取れない。

 仕方なく修験道で厳しい修行を続けたがそれでも納得がいかず、大峰山系から、金剛、葛城山系までを一人で横断・縦断の荒行を続け、そしてここ、鞍馬山にたどり着き……、


……天狗と邂逅した。


 ちなみにこの現象、玄宗さんの解釈は、修験道の荒行(飲まず食わず寝ずなどで山中を走り回る)を極限状態まで行うと、身体が苦しさに堪えかねて、脳内麻薬物質を大量分泌する(強烈なランナーズ・ハイ状態になる)そうで、その時に幻視、幻聴、幻覚が現れる。

 そしてこの修験者の本来の超常現象好きの性質と『人間よりもっと強力な力を持つ者を師匠にでもしない限り、玄宗さんに勝つことはできない。もっとちゃんとおばあちゃんの力になりたい』という思いがリンクして、頭の中にこの場所縁(ゆかり)のカラス天狗を飼うはめになった。

……ということらしい。


「あのなぁ、おっさん、ハッキリ言うけど、それはおっさんの妄想やぞ。さっきおっさんが金縛りになったのも、おっさんの自己催眠や。あのかわいそうな百舌鳥は俺が掘り出して祝い直ししたから、呪いがおっさんに返るはずがないんや」


 呪いを解く方法には、『呪い返し』『呪詛返し』などのはね返す方法と、『祝い直し』『祝い返し』『弔い増し』などの呪い自身を吸収してしまう、要するに、呪いがなかったことにしてしまう方法があるらしい。


「おっさん、あの百舌鳥は大事に育てたんやろ。巣から落ちてた死にかけのヒナを、それこそ寝ずにヒナの命のことだけ考えて、食べ物も必死になって青虫這いずり回って探したやろ。成長してからはそれこそ寝食共にして、充実した毎日送ってたらしいな」

「どうして、……なぜそれを」

「百舌鳥を埋葬する時に、俺の心に語りかけてきよってん。おっさん生きたまま百舌鳥の腹割いてキモ食うて、腹の中に呪物入れたんやてな。その中に、ミニチュアの藁人形いれたやろ。あの藁人形の頭と胸のところはおっさんのひげで、手足は髪の毛で縛ってあったんやてなぁ。百舌鳥は喜んどったで、おっさんの分身が自分に宿った、って。あいつは賢い鳥やから最後まで『おっさんのために力になれて嬉しい、任務をしくじった事だけが申し訳ない』そう言うとったわ」

「うおーっ!」

 修験者は大地に伏し文字通り号泣した。

 その時、ボワンと音がして、黒い影が修験者のうなじから湧き出した。

「まどろっこしいことは終いにして、儂に食われろ」

 影がそう言葉を話しながら次第に像を結び始める。

 赤ら顔のギョロ目に長い鼻。

 天狗だ。

 ヤツデの団扇を持つ代わりに大ムカデの剣を持っている。

 玄宗さんは焦った。

 ……いきなりの武装天狗の出現に。

 ……ではない。

 足が痺れていたのだ。

 土の上で靴を履いたまま何時間も正座していたので、それは当然のことだった。

 それに加えて、結界を張る等の防御の準備も何もない。

「仕方が~ないっ」

上半身のみで戦う決意を固め、ヤタガラス様の羽根を握り締めた時、

「玄宗ちゃんの髪を巻きつけた羽根をかせ、こっちで引きつける」

 猛スピードでヤタガラス様が羽根を受け取り、天狗とともに上空へ舞い上がる。

「おっさん、アレ見てみ」

 玄宗さんは唾を額に繰り返し付けながら、修験者に言った。

 修験者は目がテンになって、上空で行われる空中戦を見ている。

 今度は見えるようだ。

 玄宗さんは修験者の肩から抜いた百舌鳥の羽根を探す。

 暗がりで茶色の羽根を探すのは至難の業、と必死に目を凝らす。

 ……だが、ない。

 どこにも見当たらない。

 百舌鳥を使っての呪い、その本家本元の発信源はあの天狗だ。

 あの羽根は、本体を呪った相手、玄宗さんに呪物を取り除かれた後丁重に弔われ、修験者の血を吸った今、呪い返しの武器としては最強だ。

(あの羽根と、あとは修験者がケリをつける気持ち、それだけがあったら……)

「あの百舌鳥、目つきは悪かったけど可愛い鳥やったなぁ。おっさん、大事にしてたんやろ。仇討ちしたかったら助太刀するぞ」

 修験者は、

「えっ」と言い玄宗さんの方を向く。

 百舌鳥の羽根は修験者が両手で愛おしそうに持っていた。

「おっさん小刀持ってへんか、それで先を斜めに切って、先の方に髪の毛ぐるぐる巻きにして、その一センチ下にヒゲを巻きつけてくれ」

 修験者が言われた通りに髪とヒゲを引き抜く。

 その間に玄宗さんはあの竹筒に筆の入ったもの(矢立て、というらしい)を取り出し、結界神符を書く。

 一枚書いた時点で修験者の作業は完了した。

「頼むっ」修験者は羽根を手渡す。

 玄宗さんは修験者の右肩に神符を貼り、もう一枚紙を出して修験者に持たせ火を点けた。

 その明かりで百舌鳥の羽根のヒゲと髪の間に百舌鳥の目を描く。


 これでこの羽根は完全無欠の『呪い返し』の武器となった。


 上空ではヤタガラス様が羽根の剣で天狗の攻撃を防いでいる。

 玄宗さんは百舌鳥の羽根を口に含み、天狗に向かって吹く。

 百舌鳥の羽根は一直線にムカデの剣と、天狗の黒い大きな羽根を貫いた。

 くるくると天狗が落下する。

 そしてどさりと修験者の横に落ちた。


「お見事、玄宗ちゃん。この天狗の後始末はこちらでする。その男の始末はそちらで頼む」

 修験者は「始末」という言葉に反応した。

「お前のことは殺させんよ。まだ、色々なことに決着をつけなあかんやろ。『始末』って、そういう意味。んじゃ、二人とも元気でな」

 そう言ってヤタガラス様は天狗を羽根の中に抱え、スッと消えた。



***



「どお、イヤやろ。こんなん」

 玄宗さんが角成に言った。

 誰でもワケのわからないモノに操られるのはイヤだが、こういう体験をすること自体イヤだ。

 角成はまだ少しドキドキしていた。

 般若さんは柿の種を三本ずつラップにはさみ、それを頬に当てて、黒猫とにらめっこしている。

 この話には飽きているのだろうか。

「天狗とその修験者さんは、その後どうなったんですか?」

「天狗は浄化できへんかったからヤタガラス様が吸収したって。修験者のおっさんはインチキ宗教の教祖に謝罪して、今は禅寺で雲水、修行僧してるわ」

 そう言って、玄宗さんは『ちょっと失礼』と、しっかりとした足取りでトイレに立った。

「ヤタガラスさんからの報告はそれ以外にもあって……」

 般若さんが言う。

「ここに飛んで来た百舌鳥の実体は羽根一本、しかもこの世の通り名である『玄宗』の名前に襲いかかったから、かすり傷が関の山、目をくり抜くことも、殺されることもなかった、んだそうです」

 玄宗さんにも本当の本名というやつが、やはり別にあるようだ。

「でもヤタガラスさん誉めてたました。『咄嗟に猫を守ろうとしたとこ、惚れた』って。玄宗さんは自分の目ん玉あきらめてでも、この子守ろうとしたんだけど、……やけど、この子らは霊的存在。もし万一負けることがあったら八つ裂きにされてたって、……んやて。 ……でも……」

 般若さんは真顔のまま角成に少し顔を近付けて、

「この黒ニャンコ、玄宗さんを助けるために飛び出したら、いきなり踏まれた、って。助ける相手に助けられて、プライドズタズタになったらしくて、しばらく不機嫌でしたよ、……やったよ」と、鬼のお姉さんは、黒ニャンコの背中を優しく撫でた。

 黒い猫は左右色の違う目で角成をチラッと見て、また、

「フンッ」と言った。

「この黒猫ちゃん、もしも百舌鳥とやり合ってたら、どうなったと思います?」

「たぶん瞬殺でしょうね、百舌鳥を。この子は高いです。戦闘能力とプライドと、それに食事代」

 般若さんが、

「あと、仲間を思う気持ち」そう付け足して、黒猫を優しく撫でた。


 角成は(いい話だなぁ……)と思いながらも、ふと思った。

(一応の辻褄の合う話みたいだけど、……根本的な問題、……この話は本当? ……失礼とは思うけど、それとも全くの作り話?)

 角成は聞いてみることにした。

「あのぉ、般若さん、聞きにくいことなんですけど、……今の玄宗さんの話、ホントですか?」

「うん。ヤタガラスさんからも聞いたので。ホントみたいです、……ホントみたいよ、……ホントみたいやよ。……今まで使えるのに使ってなかった関西弁が、いざ話そうとするとなんかムツカシくて……」

「ふーん」……としか角成には言えない……。いろいろな意味で。

 霊的存在になって攻撃しにくる百舌鳥、ヤタガラス、天狗、どれも見たことがないのだから、それは仕方がなかった。

 それと、般若さんが何語でどこの方言でどう話すか、も、角成は知らないことなので同様だった。

「あっ、そうそうそうそう。今から大切なことをお伝え……、教えたげる」

 般若さんが真顔で角成に近づく。

「玄宗さんのウソの見破り方です。あの人、……玄ちゃんがウソをつくと、一番端のまつ毛が、ピクピクッて、痙攣します。まぶたではなく、端のまつ毛だけ」

「なんやなんや、何の話や」

 玄宗さんが帰って来た。

「玄ちゃん……、が、キャバ嬢にボケて入れ込んだ話です」

「おぉーっ、あったなぁ、そんなことも」

 玄宗さんの一番端のまつ毛がピクピクッと痙攣した。

「玄ちゃんモテるから、そんなこと一回もなかった……、やんか……」

「そおかぁ、あったような気もするけどなぁ」

 またまつ毛が痙攣した。

 般若さんが、玄宗さんから死角になる方の眼で角成にウインクする。

(玄宗さんって、見た目とか言動よりいい人なのかも?)

 角成はこの時やっと本気でそう思えた。

「それよか、やっと破魔子さんと同んなじように『玄ちゃん』って呼んでくれて、なんか非常に玄ちゃん嬉しいんですけど!」

 玄宗さんが涙目で喜び、まつ毛の端は動かなかった。

「お二人は付き合い浅いんですか?」

 角成のその問いに二人は、

「「う~うん、十年以上」」

 と、首を浅く横に振りながらデュエットで言った。

「めっちゃハッピーアイスクリームですね。じゃなくってぇ、そうなんですかぁ」

 玄宗さんは角成に、

「距離って難しいよね。俺だけ一方的に近かったから」と言った。

「私、今日から変わります。そうではなくって、もう変わりました、じゃなくって、変わったった!」

 そう言って立ち上がり、角成の手を取って立たせて、

「角成さん、じゃなくって、かっくん、会いたかった」そう言ってしっかり抱きしめた。

 角成は壮絶にテレている。

 テレる角成を抱きしめたまま。

「かっくんに会えてよかったし、今日も、もう帰ってるかも、とか、まだおるんやったら、やっぱり何かおつまみ買って帰ろとか、とにかく、遅くなってごめんね」

 般若さんは、少し申し訳なさそうに角成の顔を見た。

 そして真顔になり、

「これは恋愛感情ちゃうんよ。破魔子さんに『それはダメ』って言われてたから」と、だんだん関西なまりが強くなりながら付け加えた。

 角成は少し残念な気持ちもあったが、正直『ホッ』としていた。

 玄宗さんが、

「おおーっ、『鬼のへそ』あるやんけ。これ般若っちのへそか?」と、おつまみを見て喜んでいる。

「それはイカのくちばし、私のはコレ」

 般若さんは赤いセーターをまくり、無表情にへそを出した。

 椅子にお座った角成が、盛大にウーロン茶を口と鼻の穴から噴き出し、

「ピッ、ピアスが付いている」そう叫んだ。

「へそピ付ける時についでにでべそ取ってもろたんやろ?」

「なんか聞いてるだけで、おなか痛いぃ~」

 般若さんが軽く目をつぶり、おなかを押さえて言った。


「とりあえず、裏導師幽玄会社にようこそ、かっくん」

 玄宗さんがグラスを突き出し、三人がカチリとグラスを合わせる。

「いつからそんな社名になったん? ここ……」

 般若さんからの問いに玄宗さんは、鬼のへそ等が打たれた、レシートの裏に書いたものを二人に見せ、

「般若っちの告白聞きながら考えとってん。でもこの名称、権利的に大丈夫かな?」ポツリと言った。

「そう、口から出まかせね、その社名は」

 そんなこんなで遅くまで飲み騒ぎ、騒ぎ飲み入社説明会および歓迎会が行われた。

 角成にとって何から何まで始めてづくしの玄宗邸での強引なアルバイト初日は、こうして無事、『素面で』終了した。


第一章 第三節 裏導師幽玄会社  終

第一章 運命の糸  終


第二章 遺―産ハント

第一節 ボーン・トゥ・ビー・特異体質

                  に続きます。

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