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ソウル・ロンダリング ある日突然、裏導師 ~南大阪御伽草子~  作者: 富田林 浩二
第四章 過去からの奪還

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第四章 過去からの奪還 第四節 それぞれのゴールテープ


令和七年 三月十六日(日曜日)


 角成と若奈が警察を午前中に出て、今は兵庫県内のとある病院のロビーにいた。

 若菜はまだまだ若いとは言え、二時間ほどの仮眠だけでは正直キツかったらしく、お見舞いに来た人や付き添いや介添えの人達が行きかう中、ロビーの椅子で座ったままぐっすり眠っている。

 だが角成は、あれから一睡もしていないのに眠くもなく非常に元気だった。


 玄宗さんは、ヤバそうなもの諸々を載せてある、玄宗さんが運転していた車のことを警察に話していない。

 若奈が運転していた車に三人乗って来たことにしていた。

 そうしないと、あの車に載っているものを警官が見たら、三人は今ここにいない。

 と言っても、銃刀法違反になる武器・火器類は積んでいないが、凶器準備集合罪を適用できそうなものは積んであった。

その車を取りに行き、姿を消した般若さんを探し出した玄宗さんが少し遅れて合流し、四人で海香の病室に向かう。


 ナースステーションの手前で、玄宗さんのスマホが鳴った。

  三人は海香の病室に向かい、玄宗さんを談話スペースに残すかたちになる。

「おっと、これはこれは布忍さん、お疲れ様です」

「おう、長野くん、ええニュースと悪いニュースがあるねん。どっちから聞きたい?」

「じゃ、いいニュースから」

「今回のことは一切合切無かった話になった。小さな理由は放っといて、大きな理由は二つ。高鷲家を世間の晒し者にしない、それともう一つは、ヤクザがイタイ腹探られたない、まぁ、そういうこっちゃ」

「それじゃぁ……」

「そう、今回のことに関して、キミらが罪に問われることは一切ない。物も壊した形跡とかもなかったようやし」

「そうですか、ありがとうございます。悪い方は結構です、じゃ、切りま~す」

「お前ぇぇぇ、ウチの女子署員全員にお前のメルアド教えて、メールボックスパンクさせたろか!」

「わかりました、すいません、何ですか、悪いニュースって?」

「ヤクザも全員無罪放免になって、さっき釈放された。それだけやったらどうってことないんやけど、……あれや」

「どれです?」

「まぁそのぉ……、なんや」

「なんです?」

「お前の、長野くんの顔と住所とかの個人情報、どこからかヤクザの手に渡った。それと、たぶん今日乗ってる車のナンバーもな。だから帰り、気ぃつけるんやで。」

 玄宗さんの顔から、一切の笑顔の要素が消える。

「それは、俺だけですか?」

「うん、海香っていうお譲ちゃんが川西の娘や、っちゅうことと、キミの個人情報だけや」

「そのほか、ヤツらには誰の素性もわからないんですね?」

「あぁ、大丈夫や。それとスマン話やけど、これはわしらの内部から漏れた情報や。それもこっちでキッチリ、けじめ付けさせる。それは約束する」

「わかりました。気ぃ抜かんようにします」

「あぁ、スマンな。なんかあったら言うんやぞ」

「はい、……あっ、そうそう布忍さん……」

 玄宗さんが不敵な笑顔を浮かべ、

「恵我ノさんの携帯番号、うっかりこっそり教えてもらえますか?」そう言った。


 般若さんを廊下に残し、二人が先に警護の警官に事情を話し、海香に確認後病室へ入る。

 海香は短時間だが、病室でぐっすり眠れたらしく、ベッドに腰掛け明るく出迎えた。

 念のために付き添ってくれていた、私服の婦人警官が席を外す。

「みんな昨日はありがとう」

「海香、元気そうやんか安心したわ」

「それより海香さん、大丈夫?」

 この場では主役の海香が、深呼吸して二人に答える。

「うん、ありがとう。私は大丈夫。……なんやけど、一つだけ教えてくれへんかなぁ」

「何?」

「昨日パパから『話がある』って電話あって、あれからパパが迎えに来て、そしたらああなったんやけど……、なんで私があそこにおるってわかったん?」


 そもそも今回のことは……。

 角成が昨日おきくさんの夢を見ていた時、要するに居眠りしていた時に、玄宗さんが藁のムカデを通じて聞いてしまったことから始まった。

 海香を父の車の中に待たせている間、海香の父は海香の携帯電話を手に持って海香の母親と話していた。

「あんたとはもう別れたるけど、ホンマにお金くれんの?」

「ああ、今から海香に就職世話したろかと思てな」

「あんたまさか?」

「心配すんな。それにお前が客とる訳でもないんやろ。それに、まぁ、いきなり風呂には沈めへんから」

「あっそう、もうこうなったら海香も私と縁切る言うてたから、今更もうどうでもええわ。あんたからそのお金貰ぉたら、それであんたとも縁切ったるわ」

「おう、頼むぞ、ちゃんと判コついてくれよ」


 この会話を聞き玄宗さんが……。

  ……実の父親を殺したいほど憎んでいる玄宗さんが、脊髄反射的にキレた。

 そして海香の父をぶっとばそうと海香の家に急行したが、玄宗さんが着いた時には海香も父もいなかった。

 そこに角成がやってきて、その後は色々あって、今に至った。


 若奈がすかさず前に出て海香の手を握り、

「私の愛の力に決まってるやんか~、私が海香からのSOS受け取ってん。何ちゅうても女同士やもんね」

 そう言ってハグして眼と眼が合わないようにし、がっちり誤魔化、……そうとした。

「海香っちのお母さんが言うててん、海香はとどろき……、に行った、みたいに」

 遅れて病室に入ってきた、玄宗さんが言った、

「それより海香さん、怪我はなかった?」

「うん、ありがとうみんな。大丈夫やったよぉ」

 角成が笑顔付きで、

「そう、よかったぁ」と言った。

「私な、笑顔の気持ち良さって、この年まで、あんな怖い思いするまでわかってなかってん。遅いやろ、ダッサいよね。でも……ほんまにみんな、ありがとう」

 海香はいい笑顔で、一筋だけ涙を流す。

 海香の言葉と涙に、若奈と角成の中の何かが、薄く薄くなっていった。

 そして海香も角成同様、笑顔の力で、やっと『人ごみの中の孤独』に、決別できそうだった。


 海香は、警察に自分の現状を、二度と両親のいるどちらの家にも帰りたくないという希望も含め、正直に話した。

 そしてその話の中には、彼女の母親の薬物使用も含まれていた。

 即座にその地域を管轄する警察署に連絡が取られ、海香の母は、もう本人が何度目か覚えていないのだが、違法薬物の所持と使用で既に逮捕連行されていた。

 そして海香は家の処分までも申し出た。

 処分と言っても借家である。

 彼女の持ち物も含め、家具・家電から下着・靴下まで一切合切の所有権を放棄し、そして家の保証金をその処分代金にあててもらうよう、警察から大家さんに伝えてもらった。

 大家さんも実は、海香の母が薬物を使用しているのは薄々感づいてはいたが、確証なしに通報はできない。

 それに、

(逮捕されんのはかまわんが、打ち過ぎで死んだり、妄想で誰か傷つけよったら、この部屋の次の借り手が見つからんようになる)、そう思っていたので、家賃の不払いや清掃代金等色々経済的負担もあったのだが、警察経由のこの提案をあっさりと呑んだ。

 海香は前述のとおり、父のところに行くつもりも無かったので、自分で望み選んだこととは言え、文字通り帰る家を失くすこととなった。

 だが「それでいい」と思っている。

 そして、選択肢は「それしか無かった」とも思っている。

 海香は、この数日の間に、自ら放棄しようとした人生を、角成たちに助けてもらった。

 これからは本当の意味で自分を大切にしようと、海香は大げさではなく、心の底からそう思った。


「海香っち行くとこないんやったら、うちのお母さんのとこに行く?」

「えっ? 玄宗さんのお母さん? 紹介? 結婚?」

「カクナリ、スタンガン貸して、早く」

「若奈姉ちゃん、ないって」

「だったらここの病院のナースステーションから一番痛い抗生物質ガメて来て。ぶっとい注射器と一緒に! めっちゃ痛いヤツ指定で。医師法なんてクソ食らえじゃ! コイツのケツっぺたにぶっ刺したる」

「若奈姉ちゃんやめて~」

「だったらせめてナースコールのコード噛み切って」

 玄宗さんが笑いながら続ける。

「海香っちは顔あいつらに覚えられてる。そのこと考えて、うちの母親のとこやったら、ちょっと遠いかもしれんけど岡山やから、昨日の奴らにも会わへんやろうし。学校も転校したら通えるで。それに何らかの働き口、バイト先とかも、母さんが紹介してくれると思う。当然まっとうなバイト先やで」

「え~、それって住み込みの花嫁修業ですか~。喜んでお受けします」

「カクナリ、一つ確認させて。目つぶしって、ピースサインの手でそのまま相手の目ぇ突いたら良かったんやよね」

「若菜姉ちゃんも海香さんも、もうやめて~」

 海香が笑いながら涙を流す。

「ごめんごめん、もう言いません。ごめんね、若奈さん」

「ふっ、命拾いしたな、海香」

 その騒がしい病室に、そっと般若さんが現れた。

「あのぉ、昨日預けたものはどこにぃ…………」

 昨日角成たちが使った無線機やスタンガンの予備や、爆竹や花火、その他諸々が入ったリュッックサックを、般若さんは深夜ということもあり、職務質問されることを考えて、咄嗟にこっそりと海香に託して、そのあと自らは姿を消した。

「ああ、あれなら由美ちゃんに預けました」

 海香が興味本位でリュックサックの中を見て、

(いくら私でも、これは言い訳でけへん)

 そう直感的に捉え、ちょっとの間だけ由美のものにしてもらうよう、因果を含めて由美にお願いした。

 短時間ではあったが、海香の苦手なピザに乗ったピーマンやマッシュルームを由美が食べてあげたりして、二人がそれなりに意気投合していたこともあり、由美は承諾してくれた。

 そして救急車に乗せられる時、救急隊員に由美は、

「これを預かって下さい。すごく大切なものが入っています」

 そう言って若い隊員の手をギュッと握った。

「わかりました、お嬢さん。御安心ください」

 由美がVIPであることを聞いていた救急隊員たちにも、かなり厳しい緘口令が敷かれていたため、その救急隊員達は、揺れるたびにゴトゴト・ガチガチと、かなり不穏な音がするリュックサックのことを誰にも、警察官にすら、なぜか話さなかった。

 そして今もそのリュックは由美のベッドの上、布団の中にあった。


 玄宗さん、海香、若奈、角成、そして般若さんは、私服警官先導で由美の病室に行くため、エレベーターに向かって病院の曲がりくねった廊下を歩いて行く。

「カクナリ、目つぶしアカンかったら、せめてこの指でカンチョーしてもええ?」

 若奈が両手を組み、人差し指を伸ばして言う。

「若奈姉ちゃん、ダメに決まってるでしょうが」

「じゃ、カクナリが、母の家~とかぬかしてる玄宗さんにカンチョーして。それで私が納得する」

「え~、それなら私が身代わりに……」

 海香のこの言葉に、

「やっぱりこの女に私がカンチョーしたる! そのまま口まで上がって行って、奥歯ガッタガタいわしたる!」と、若菜が言った。

 若奈と海香がふざけているのを、通りかかったいかにも融通が利かなさそうな看護師さんに怒られた。

 二人は笑いながら謝り、やっと来たエレベーターにペコペコしながら乗り込んだ。

 エレベーターの中で、

(僕とは違って、若菜姉ちゃんが本当に人懐っこく明るい性格でよかった)と角成は、首を絞め合いながらふざけている、二人を見ながら思った。


 由美がいるらしい病室の前で、警護の私服警官二人に、海香の警護担当婦人警官が、角成たちのことを説明してくれている。

警官が布忍から送られた携帯電話のメールに添付された写真と、玄宗さんたちを見比べてOKを出した。

 明らかに、海香の病室より警備は固い。

 そしてドアを角成がノックする。

「かっくん、便所か、ここは?」

 玄宗さんの指摘に、角成が慌てて一回ノックを付け足す。

 由美の母親だろうか、上品で優しそうな女性が、特別室の大きなスライドドアを開けてくれた。

 由美は病室のベッドに不機嫌そうに座っていた。

「何も由美のことを疑った訳じゃないし、パパは謝るって言うてるだろが。でも、由美が……」

 由美の父親だろうか? 

 その人はそこまで言って言葉を切った。

「あっ、すいません、預け物を返してもらったらすぐにお暇しますんで」

 玄宗さんがぺこぺこしながら言う。

 由美が海香を見つけて、それまでとは百八十度違う表情をした。

 少しイラついた顔の父親が、

「頭を冷やして来る」そう言って、廊下に出た。


 角成が会釈をした時に、

[おっ、この人知ってる。かっくんあとで汐ノ宮の孫です~、って言うて自己紹介しとき]

 突如頭の中で大神様の声がした。


 由美は海香に親しげに話をしている。

 般若さんは返してもらったリュックの中身を、私服警官に見つからないように調べている。

 角成は、

「ちょっと失礼します」と、お手洗いの場所を警官に聞いて廊下に出た。

 お手洗いにいなかったので、由美の父とすれ違った時の匂いから、ナースステーションで喫煙できる場所を聞く。

 この病院も時代の流れからか、全館禁煙である。

 一階ロビーのもっと外にあるプレハブの小部屋、そこが喫煙を許された唯一の場所なので、喫煙者達はそこで一服つけるしかなかった。

 由美の父親はその喫煙室という、今にもその室内で雨でも降りそうなくらい煙っているプレハブの前に立っていた。

 角成が唐突に声をかけた。

「あのぉ、僕、汐ノ宮 葛葉の孫で河内 角成って言います」

 角成は大神様の指示通りの挨拶した。

「汐ノ宮? 河内? しおのみや……、ひょっとして、源蔵さんの? お孫さん?」

「そうです」

 そして由美の父親は懐かしい笑顔の後、複雑な表情をした。


 由美の父親は手に持ったタバコの箱とライターをポケットにしまい、

「源蔵さんのお孫さんやったらお酒を一緒に飲みたいところやけど、まだ未成年っぽいから良かったらちょっと付き合ってくれる?」

 そう言った。

 角成が『はい』とうなずく。

 昨日からの雨は、小降りだがまだ降り続いている。

 歩きながら由美の父親は、

「由美の父の直和です」

 と名乗った。

 角成が青いビニール傘、高鷲さんが高級そうな大きな傘をさし、二人並んで歩いた。

 病院の敷地から外に出て、歩きながら角成は、

(母さんの話に出てきた、高鷲の奥様の息子さん?)そう思ったが、まさか、

「あなたのお母さんが呪いに失敗したのが、そもそも葛葉おばあちゃんと知り合うきっかけでしたよね」などと、聞けるはずがなかった。

 だが先ほど、別方面のことも言っていたことを思い出す。

「源蔵おじいちゃんのことも、ご存知だったんですか?」

「宴会部長? ものすごくお酒の席で盛り上げるのが上手でねぇ、私が京都でスマートなお座敷遊びを教えてもらったのも、宴会部長でしたわ。本当に楽しい人だった。……泣いたなぁ、あの人のお葬式では。『ドンチャン騒ぎで送ってくれ』が宴会部長の遺言だったそうだけど、結局みんな泣いてたなぁ。新地のきれいなお姉さんも泣いてたし、京都の芸妓さん舞妓さんも泣いてたなぁ。お姉さん方みんな顔つくる前やったからお化粧崩れが最小限で済んだけど、マスカラとかアイラインとかフル装備やったら大変やったやろなぁ」

 角成はおじいちゃんと、……半透明だが、最近少しだけ会っている。

 物心ついてから会ったことのないおじいちゃんの存在感が、角成の中で少し大きくなる。

 角成にとって自分以外の人間に関心を抱く生き方は最近始めたばかりなので、これはかなり不思議な感覚だった。

「あと、宴会部長の奥さんの葛葉さんだっけ? キミのおばあさまね、あの人には色々相談に乗ってもらったよ。 ……特に私の母のことだけどね」

 高鷲さんは、いろいろな意味で、寂しそうに微笑む。

「未だに私は母とは仲が良くない、……って言うか折り合いが悪いと言うより、そりもへりも合わないって言うか、お互い毛嫌いしてるって言いうか……」

 角成が返答に困る。

「葛葉さん、きみのおばあさまに言われて、自分でもわかってはおるんやけど、どうしてもダメというか、なんと言うか」

「お互いに色々、行動する前に話し合う、とかですか?」

「うん、それが私と母との間だけにとどまらずに、私と娘との関係性まで……」

「高鷲さんのお母さんが、由美さんに干渉ですか?」

「いんや、それが母は由美には大甘なんで、一切意見せんのよ。せやのに、私の、娘に対する態度とか、細かいことばっかりあれやこれや色々意見してきて……。そこは私の我の強さと、母の一方通行的なものの言い方と、押し付けがましさと……」

「今回も突き詰めると、そもそもはそのことが原因、 ……とか?」

「突き詰めても煮詰めても、それが最後に残るなぁ……、私の生来の我の強さか……」

 高鷲さんがしかめっ面になる。

 だがすぐに気分を変えた高鷲さんは、

「きみのおばあさまって、陰陽師みたいなことしてたでしょ?」一生懸命明るい表情を作って聞いた。

「はい」

「おばあさまが言ってた、……そっちの跡継ぎって、ひょっとしてきみのこと?」

 葛葉おばあちゃんはそのことまでこの人、高鷲さんに話すくらい仲が良かったのだろうか。

 角成は返答に困る。

 その時、高鷲さんは歩きながらタバコをくわえた。

[はいって言うて。ほんで、右手で刀印作ってタバコを指差して、あとは任せて]

 角成は大神様の言葉に従い、右手で握りこぶしを作り、人差し指と中指を伸ばし、親指を薬指と小指に添える。

「はい、そうです」

 一陣の風、ごく小さな規模のつむじ風が二人の前を通り過ぎる。

 そのつむじ風が、高鷲さんの火をつける寸前のタバコを半分切り落とした。

「それと、すいません、これ……」

 角成がその地域の町内会の掲示板に貼ってある、

『歩きたばこ くわえタバコは やめましょう』

 というポスターを、人差し指と中指で指差して「フッ!」と銃口の煙を吹き消すようなしぐさをした。

 高鷲さんが不思議そうに指に挟んだタバコを見つめ、

「すんごいね、きみ。きみのおばあさまが言うてた通りやん」そう言って、短い煙草を、ポケット灰皿にしまい込んだ。

「葛葉おばあちゃんは僕のこと、何て言ってました?」

「強大な力を持つ跡取り、って。しかし、実際に目で見ると感動するわぁ、どうやったん? 指先から光線とか出るん? ……って出る訳ないよねぇ。でもすんごいね、その力」

 高鷲さんがつむじ風で少しズレた眼鏡と髪を直しながら言った。

 角成には『その力』の実感は全くない。

 今も大神様の言う通りに動いただけだ。

 角成はお得意の『はぁ』と『まぁ』と『あぁ』の三つの中間の発音で答えた。

「それにその力って制御が難しいから、かなり修行しないと自由自在に操れるようになれん、って聞いたけど、若いのにそんなすごい修行したん? 辛くなかった? 偉いねぇ」

「いえ、そんな……」

「きみは今高校生? 何年生?」

「追試落とさなければ、春から高二です」

「そっか、由美より一つ上か。卒業後は進学? どっか志望校とかある?」

「いえ、今はこれと言ってまだ……」

「そっか、これから色々決めるんやねぇ。何かあったら言ってきてね。これ、裏にプライベート用の携帯番号とメルアド書いた名刺渡しとくから」

「はぁ、ありがとうございます……」

「よし、戻ろっか」

 高鷲さんの一方的な提案で元来た道を引き返す。

 角成は、

(何のためにここまで歩いたんだ?)そう言いたかったし、

(何か僕、振り回されてる?)とも思ったが黙って従った。


 そして高鷲さんがもぞもぞと話しはじめる。

「あのね、何て言うか、そのぉ……」

「はい、なんでしょうか?」

「もう率直に言うけど、……由美に何を言うてええんかわからへんのよ、私」

「はぁ」

「昨日も私が、なん~にも考えずに言うた言葉であんな騒ぎが巻き起こって、ほんまに参った……」

「はぁ」

「なんでこうなんやろう、なんでいっつも私はこんなことに巻き込まれるんやろう」

「あのぉ、生意気言うようですが……」

「うん、何でも言うて」

「高鷲さんは、何も言わなくてもいいかと」

「んっ? ……どゆこと?」

「失礼ですが、僕の名前覚えてますか?」

「えっと、宴会部長のお孫さん、汐ノ宮……、ごめん忘れた」

「河内 角成です。そういうことです」

「んんん?  ……どゆこと?」

「僕の名前さっき名乗った時、聞いてなかったんじゃないですか? 何か考え事してたんじゃないですか? なので、由美さんにも、何も言わずに、黙ってしっかり聞くことに集中してみてはいかがですか?」

「 ……それ図星やわ。私は家族と話をよくするほう、……って思ってたけど、違うわ。私は言いたいこと言うだけで、家族が何を言いたいか、何を伝えたいか、何を主張したいかは考えてへんかった。そのくせ、家族のことは何もわかってないくせに、一番理解してる風に勘違いしてた、……かも」

「へ~、そうなんですか」

「うん、……って、そういうことを言うたんとちゃうん?」

「まぁ、そんなとこです」

「そうなん? まぁええわ。でも考えてみたらきみのおばあさまにも同んなじ事言われたなぁ、何年も前に。私と母の折り合いが悪いのは、お互いが自分のことしか話さない、しかも相手の言うことを聞いていないから、相手を全く理解していない、する気もない、ってね」

 角成は、おばあちゃんと同じ見解だったことが非常にうれしかった。

「私もあれから子供が出来たら変われるか、とか、親と同居再開したら変われるか、とか色々やってみたけど、結局自分の本質は、何んにも変えれんかったみたい」

「そうなんですか」

「でも今回のことで私も心底懲りた。人の話を聞くことを、これから、いや、今から実践するわ」


 二人が病院の正面玄関前に着いた時に、高鷲さんのスマホが鳴った。


「パパがタバコやめるんやったら、仲直りしてもええよ」

 由美が特別室の開かない窓から、角成たちに大きく腕を振りながら喋っている。

「こら、親に向かって……」

 角成が高鷲さんの肩を叩き、両手の人差し指を交差させて、口の前で『×印』を作る。

「……んんんんん、 ……よぉし、わかった、禁煙したろやないか。今まで誰に言われてもやめへんかったけど、由美が言うんやったら、それで許して……、仲直りしてくれるんやったら、タバコでも何でもやめたろやないか。あと、説教ぐせもこの際やからやめるわ」

 角成が小さな声で、

「やっぱ喋りすぎっ」と言いながら笑った。


 角成たちは『念のため経過観察』の海香を病院に残し、今日は一旦帰ることにした。

 海香はエレベーターの前まで送ってくれて、

「あげる」そう言って自分のスマホを角成に渡した。

「うん」

 それだけ言って角成は笑顔で受け取った。

 海香は誰かから連絡が入るかも、とかの不安より、新たな絆、角成たちとの関係を大切にする決意を込めての行動だった。

 角成も漠然とだが、その気持ちを受け取った。


 また雨がいっそう強く降り出した。


 玄宗さんは般若さんにだけ、玄宗さんの個人情報や今乗っている車のナンバーが、ヤクザに知られているらしいことを伝える。

 般若さんは一般道高速道、どちらも尾行が付いていないか、確認してくれていた。

 幸いこの日の高速道路は、雨の日にしては車が少ない方だったたため、尾行されていないことの確認は、比較的容易だった。

 来た時と同じで、角成は若奈が運転する車の助手席に乗っている。

 高速道路を降りて一般道を走っている時に、

「帰りにみんなでごはん食べよっか?」と、玄宗さんが提案した。

「昨日のファミレスにする?」

 若奈が笑いをこらえて言う。

「ダメダメダメダメ、僕たぶん出禁です」

「知ってるって」

 角成以外の三人が声をそろえて言った。

 このように、眠気覚ましになるようにと例の無線機を四人とも装着し、雑談しながらのんびりした雰囲気を、二台の車内に漂わせながらの帰路になった。

「また雨がすごい降ってきたなぁ……」

 玄宗さんが誰に言うともなくつぶやいた。


 角成の家まで十五分ほどのところまで来た時に、玄宗さんが、

「五時過ぎたな。阿部野橋っていう創作料理の居酒屋知ってる?」と言った。

「はい、カクナリの家の近くですよね」

「俺が先に行って席確保しとくから、若奈ちゃんらは大雨やし、あとからゆっくり来て」

 そう言って玄宗さんは車を縫うようにして先を急いだ。

 若奈と角成はそのまま車の流れに乗るようにゆっくりと進む。


 数分後、角成のスマホが鳴った。

 ディスプレイを見ると玄宗さんからだった。

「は~い、席取れましたか?」

「かっくんごめん、今から言うこと良く聞いて」

 電話の相手は般若さんだった。

「人の命が懸かってるねん、しっかり聞いてよ、お願い!」

 般若さんは半ば叫んでいた。

「〇〇町の高層住宅知ってる?」

「はい、知ってます」

「そこに向かって」

 それは角成たちの現在地からほんの数十秒で行ける所だった。

「わかりました」

 角成が行き先を若奈に伝える。

「そこに付いたら用水路をフタしてる金属のスノコみたいなの外して」

「はい、やってみます」

「角成そこ、〇〇住宅」

「若奈姉ちゃん、用水路どこ?」

「あった! あれ!」

 若奈が車を用水路のコンクリートではない、金属のスノコになったところに止める。

「ありました!」

「外して、早く!」

 角成が土砂降りの雨の中、車から降りて金属のスノコに手をかける。

 だが重くてとてもではないが、一人で持ち上がらない。

「若奈姉ちゃん、手を貸して!」

「なに? これ外すの? よっしゃ!」

 若奈が角成の横に並ぶ。

 重い、二人でも持ち上がらない。

「あっ、ごめん! タイヤかかってる!」

 そう言って若菜がギリギリに停めた車を移動し、その時角成も助手席のスマホに耳を当てた。

「子供が、男の子が、流された……」

 そこで電話は切れた。

 角成がスマホを見ると、バッテリー切れだった。

 角成が無線機を貼り付けていることを思い出し、一生懸命、

「般若さん! 般若さん!」と叫ぶ。

 しかし、この無線機は防水加工が甘かった。

 骨伝導スピーカーも雨水ではがれてしまいブラ~ンとなっている。

 そもそも、般若さんとの距離も遠そうだった。

 角成が途方に暮れそうになった時に、若奈が腕を引っ張る。

「角成っ! ボーッとしてる暇ない、この金属のスノコ外すんやろ!」

(そうだ、僕が助けるんだ!)

「若菜姉ちゃん、子供がこの用水路に流された」

 角成がそれだけ言っタ

 気を取り直し両腕に力を込める。

 だが重い。

 金属のスノコは、車が乗っても耐えるだけの強度と、それに見合う重量を持っていた。


 角成は今までに自分を助けてくれた人を思い出す。

 道に迷い泣いていた時に手を引いてくれた人。

 一生懸命周りの人に『角成はいい子だよ』そう言って回ってくれた幼き日の海香さん。

 あの人も、この人も、玄宗さんも、般若さんも、若奈姉ちゃんも、そして葛葉おばあちゃん。


 そして…………、


(大神様、力貸して。僕の身体も命もどうなってもいい。だから僕の身体に力を湧き出させて!)

 その瞬間用水路の水位が一気に上昇し、流れてきた大きなベニヤ板が金属のスノコを押し上げた。

 金属のスノコは軽い力で外れた。

 しかし、用水路を流れてきたベニヤ板が、若奈の左肘に当たり、袖口から血が滴る。

 痛みに耐えかねた若奈が、ごうごうと水の流れる口を開けた用水路の横で腕を押えてうずくまる。

 角成は次に何をして良いかわからずおろおろしたが、すぐに気を取り直し、若奈に悪いと思いながらも神様の牙笛を耳に刺す。

[かっくん、ケツのポケットに海香のスマホ入ってるやろ、それのストラップ!]

 角成が慌てて海香のスマホを取り出す。

[それ、直接耳に突っ込んで!]

 ムカデの頭の眼が、かすかに紅く光っている。

 角成が紐を引きちぎりムカデのワラ細工を耳に入れる。

「……っくん、聞こえる? 今から言う通りにして。時間がないから急いで!」

 声の主はおきくさんだった。

「車のバックドアと左のスライドドア開けて」

 言われた通りに角成が開けていく。

「その車を、バックでその用水路に突っ込んで!」

 角成は困った。

 角成は普通免許どころか、原付免許すら持っていない。

「かっくん、お願い! 時間がない」

 角成が迷いながらも運転席に乗り込む。

「……をお願い、あの子を、ぼくちゃんを助けてっ……」

 おきくさんは泣き叫んでいた。

 角成はハラを決めた。

(もうこうなったら自分はどうなってもいい。その子供を助ける!)

 角成が慎重に車を動かす。

 若奈が何か叫んでいるが角成の耳には届かない。

「オートマ車で良かった」

 角成が声に出して笑いながら、バックギアに入れる。

 そして、開いたバックドアから後ろの景色を眺め、アクセルを一気に踏み込んだ。

『ドーン』という衝撃音しか角成には聞こえなかった。

 角成は車の後輪が落ちた衝撃で、ハンドルに頭を強く打ちつけた。

 少し朦朧とするが、気は失っていない。

『ごうごう』と音を鳴らしながら水は勢い良く車内に侵入し、そしてサイドドアから排出される。

 角成が急いで車外に出ようとドアハンドルに手をかけた。

 ドアが開かない。

 用水路の壁がドアの下部に当たり、ドアが外に開かない。

 助手席も同じだ。

 車体を斜めにして用水路に挟まったのである。

 角成が窓を開けようとパワーウインドのスイッチの『下』を押す。

 窓はピクリとも動かない。

 それもそのはず、バッテリーもエンジンも完全に水没している状態では、電動ものは全ておしゃかだ。

 角成が後ろの水に飛び込んでサイドドアから出ようと思い、シートに足を乗せた時、

『バシャン』運転席の窓が割れて、手が角成の襟首と右腕をつかんだ。

「うっわぁぁぁぁぁ!」

 壮絶な叫び声と共に、若奈が右のこぶしと左の袖口から血を流しながら角成を車から引きずり出す。

「姉ちゃん、ありがとう! 後で必ずそっちに行くから! 助けに行くから!」

 血まみれの両手のまま歩道横の茂みにへたり込んだ若奈を残し、角成が開けたスライドドアの水が吐き出される所に、少しふらつきながら行く。

 用水路からの水の出口になっている軽のバンは『ミシミシ』『キィキィ』時には『ボクッ』『ガガッ』という音を立てながら、少しずつだが目に見えて変形していく。

 角成が牙笛を耳に刺し、もう片方の耳に藁のムカデを刺す。

……もうおきくさんの声は、何も聞こえない。

(大神様、もうちょい車の強度上げれない?)

[ムリやわ、それは。我々神様呼ばわりされてても、所詮は『天』の意思には逆らわれへん。物事の、万物の真理を司る『天』は絶対や]

(でもさっき板で……)

[あれはあるものの力の方向を変えただけや。物の重さとか鉄板の強度とか、物理の法則は変えられんへん。ごめん、かっくん]

 車の軋み音が一層強くなる。

 突如大神様の牙笛からおきくさんの声がした。

「来た、かっくん走る黒猫見える? あそこにぼくちゃんがいる!」

「あっ、はい、いました!」

 この大雨の中、用水路の脇の歩道を全速力でオドアイの黒猫が疾走して来た。

「しっかり、やさしく受け取ってあげて、かっくん、お願いっ!」

 角成が全神経を集中する。

『ガリッ!』

 盛大な音を立てて車が歪む。

 道路の水は、もう既に角成の足首を超えている。

 黒猫は十メートルほど向こうだ。

 角成は落ち着いてお腹に力を入れる。

 五メートル、車の軋み音が連続した音に変わる。

 四メートル、軋みと何かがぶつかる音が大きく響く。

 三メートル、車が急速に変形し始め、ベンチュリー効果の増大でサイドドアからの水の勢いが倍以上になり、角成の身長を超えた高さまで濁り水が吹き上げる。

 二メートル、前輪が浮き上がり、角成が水流に負けないよう踏ん張る。

 一メートル、バックドアが屋根側に折れ曲がりガラスが砕け飛散し、車の屋根が水没し始める。

 ゼロ!

 車体が完全にひしゃげ、車が最後の力を振り絞るように水の塊を吐き出し、その塊に黒猫が溶け込む。

 角成が濁流の塊に飲み込まれる。

 濁流の中でとっさに黒猫の背中をつかんだ。


(離さない、もう何があってもどうなっても絶対に離さない。たとえ僕が…… )



第四章 第四節 それぞれのゴールテープ  終

第四章 過去からの奪還

第五節 過去からの奪還

            に続きます。

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