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ソウル・ロンダリング ある日突然、裏導師 ~南大阪御伽草子~  作者: 富田林 浩二
第四章 過去からの奪還

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第四章 過去からの奪還 第二節 用~意っ!


 玄宗さんは不織布の大きなマスクをして、夜なのにサングラスまでかけている。

 そして小走りで古いエスティマに近付き、

「これ、落ちましたよ」そう言って、エスティマの運転者のスキンヘッドプラスあごひげにフェルトの黒い布を渡す。

「なんじゃこれ? 俺知らんぞ」

「あれっ? おかしいなぁ」

 そう言って玄宗さんが布を返してもらった、ほんの一瞬のことだった。

 停車しているエスティマのエンジン回転数が上がる。

 周りの人は誰も見ていないが、もし見ていても、無意味なエンジンの空ぶかし、くらいしか思わなかっただろう。

 だが実は、玄宗さんがエスティマの男から布を返してもらう時に、手首のツボにスタンガンを押し当てたのだった。

 エスティマの運転席で男が気を失ってぐったりしている。

 まず玄宗さんは窓から腕を入れ、運転者の足をアクセルから外し、頚動脈で生きていることを確認し、そして腕を窓から抜く時にはドアロックを解除し、後部スライドドアが電動ではないことも確認するなど、それらの一連の動作を流れるようにこなした。

 その際に助手席には誰も乗っていないことを確認したが、後部座席に誰か乗っているかは、そこからはよく見えなかった。

 だがエンジン音が大きくなった時も、誰かが後部座席から「どないした?」と言っていない。

 玄宗さんは用心のために姿勢を低くして車の左後部のスライドドアに近付く。

 ロックは解除してある。

 後は目の前のドアを開くだけだ。

 玄宗さんは左手の中の小型スタンガンを、もう一度強く握り締めた。

 玄宗さんは右腕に力を込めて一気にスライドドアを開く。

 余りの勢いにエスティマが大きく揺れた。

 ワンボックスの後部スペースには誰も乗っていない。

 玄宗さんは念のためにシートの下や車体の下も高輝度ペンライトで照らしたが、やはり誰も乗っていない。

「あかん、誰も乗ってへん。姉さんこの車で間違いないか」

「うん、カーナビの緯度・経度もパソコンから吐き出されるログの緯度・軽度も一致してるから、その車で間違いない、……はず」

「あっ、クソッ! おった、助手席や!」

「海香姉ちゃん居ましたか?」

 角成が叫ぶ。

「おう、海香っちのスマホと、もう一台電源が切れたスマホ、二台のスマホが助手席に乗ってるだけやった」


 四人全員の肩から一気に力が抜ける。

 全員の血中アドレナリン濃度が戦闘濃度まで上がり、そして、突っ込んだ者と、そのまま待機した者に分かれたまでは良かった。

 だが結果がコレとは、皆一様に肩すかしを食らった形で大きく落胆した。


「カーナビの指し示す方向が地獄、ってことは……」

 と言ったことがある意味悪い形で現実になったように感じて、角成は焦り、そして落ち込む。

 若菜が運転する車が路肩で停まり、角成が降りる。

「あのぉ、すいません。僕が余計な事言ったばっかりに……」

「何が?」

 玄宗さんがキョトンとして聞く。

「カーナビが地獄に、とか……」

「バチッ!」

 突然若菜が角成を平手で殴った。

「あんたいったい何様のつもり? 何でもあんたの言う通り展開するん? あんた運命の神様? それとも、あんたがそんなこと言うたら、私が『カクナリのせいとちゃうよ、気にせんとき大丈夫やから』と言うとでも思た? なんじゃそりゃ。そんな余計なこと言うたり考えたりするヒマあったら、何でもええから海香のこと思い出して、どんな些細なことでもええから手がかり出してよ。何よ偉そうに。あんた海香救うって言うたんちゃうの? そんな後ろ向きなこと言うて被害者ぶって、そんな人間に誰か救えるん? あんたには気概ってもん無いん?」

 若菜が大きく深呼吸し、そして最後に付け加えた。

「あんた、おとなしいけど芯がある、河内 角成やろッ?」


 角成は不覚にも涙が出た。

 今何か言うと涙声になる。

 角成は黙って歯を食いしばる。


 角成はハッキリ言って、最近かなり調子に乗っていた。

 今日、海香相手に大神様との連携による、一連のパフォーマンスを成功させたが、あれは、玄宗さんとおきくさんの力を借りずに即興でできた。

なのに、少し困ったことが起きたとたんに弱気になり謝ってギブアップ、そして誰かに何とかしてもらおうと弱虫のふりをする。

 若菜の言う通り、自分を救ってもらうのが先決で、助け舟は誰かが出して漕いでくれると思っている人間。

 そんな人間には誰も救えない。

 角成はヒリヒリする頬の痛みに耐え、必死に集中する。

 もう今は頭のスイッチを切り替えた。

 だがそれは、若菜に言われたからでなく、 般若さんや玄宗さんのためでもなく、 勿論自分のためでもない。

 海香を助けるという原点に立ち返り、また自分の弱さと真剣に向き合うためにも角成は集中した。

「玄宗さん、携帯に藁ムカデの頭は付いてますか?」

「おう、付いてる」

 玄宗さんがマスクを外しながら答える。

「着・発信記録とかは?」

「今ちょうど姉さんに調べてもらってるけど……、アカン、かっくんに連絡取った以外コレと言った情報ナシ。何でもええわ、かっくん思い出してくれ。俺中学から高校の時にしばらくこのあたりに住んどったから、それなりに土地勘はある。だからどんな情報でもかめへん、覚えてることあったら、海香っちのお父さ……、クソオヤジ情報なんかくれ!」


 角成は必死に思い出そうと集中する。

 若菜は無言で車から降り、玄宗さん達の車の後ろに歩いて行く。

 般若さんが車を降り、エスティマの運転席の男に何か液体をかけている。

「はんに、……オッホン、半田さん何してるんですか?」

 角成が般若さんに近づいて聞く。

「お気に入りのブランデー。もったいないなぁ、飲めるのにこんなヤツにかけて」

「えっ? お酒? なぜ?」

「ここにエンジンかけっぱなしの車が停まってって、誰かが不審に思って警察呼んでも、これだけお酒の臭いしてたら、酔い覚ましに寝てると思うやろ。それと、このボーズの兄ちゃんが今の出来事も夢やった、と思ってくれへんかな~、と」

 この処理の仕方に、角成は最初感心したが、直後に玄宗さんと般若さんのことが恐ろしくなった。

 スタンガンで誰かを気絶させればそれは暴行罪(しかもミミズ腫れでもできれば暴行致傷罪、そして万一心臓麻痺が起これば暴行致死)だし、お酒をかけているのは自分達がやったことに対する隠蔽工作まがいの行動だ。

 これは犯罪スレスレの行為ではなく、ガッチリ犯罪。

 それなのに、二人とも淡々と、普段の出来事の報告のように話している。

 角成は言葉を捜すが、この場にふさわしい言葉を、持ち合わせていなかった。

 若菜も車を降りて来た。

「ちょっとあんた! あんたこそ何様のつもり! 私のかっくんに手ぇ上げるってどういう了見や、ええっ、おまえぇっ!」

 静かに雨が降る夜の路肩で、突然般若さんが若菜に飛びかかり胸倉をつかんで叫んだ。

「今度私のかっくん殴ったら……、私が……、私が……」

 そして般若さんが若菜の胸倉から手を離し、

「うわーーーん」

 泣き出した。

 角成は驚いた。が、玄宗さんはもっと驚いていた。

「実は、ついこの間までこの姉ちゃんあんまし感情の起伏無かったんよ。俺らが頼み事したら、一回も嫌な顔すらしたことなくって、しかも、何でも、どんなことでも、いっつも真剣に取り組んで、常にええ結果出すことに、懸命になってくれてたんよ。でもな、結果が良くってこちはハイテンションにお礼言うてるのに、真顔で笑いもせずに『はい』って言うだけやってん。要するに、喜怒哀楽が見えへん人やってん。俺とか源蔵さん、破魔子さん、八咫烏っさんらが話しかけたらうれしそうにするけど、笑顔は微笑みの手前まで。だから、怒った顔も泣いた顔どころか笑った顔すら見たこと無かってん。ほんまに無表情に淡々と喋っててん。ところがかっくん来た日から、あの日から突然別人やんけぐらいしゃべるわ、しかも笑うわで、ほんで今、激怒してそのあと声出して泣いてるし、えらい変わりようやねん。これは俺本気で驚いたわ」

「んんっ!」

 見開いた眼で、角成が玄宗さんを見る。 

「なに? 俺なんか気に障ること言うた?」

「ほら、ほら、玄宗さん、なにって言ってましたっけ……、えっとぉ……………、海香姉ちゃんのお母さんが何かぶつぶつ言ってましたよね?」

「あぁ、あのヤク中ババァか? あいつはアカン。もう廃人寸前やった。家の中からゴミあふれてた中にアルミホイルあったやろ。あれであのババァ吸引しとんねん」

「はぁ……」

 角成は、イマイチ玄宗さんの言っている事がつかめない。

「そういう吸引の跡を隠しもせんのは、もうあのオバハン正常な判断力ないからや」

 角成はこのことも丸呑みカテゴリーに入れて、気を取り直し言った。

「でもあの人、脈絡もなく確か『おどろき』って言ってませんでした? あれ、どういう意味だったんでしょう?」

「んっ……、うん……、 ……おぉおぉ、そぉ言うたら海香もおどろきとか……、ちょっと待てよ…………、おいおいおい、そう言えばおどろきとヤクザで繋がるもんあるぞ! そぉそぉ。よぉしっ、俺らもその線を手繰って『おどろき』に行ってみるか!」

 角成がいう『おどろき』が正しい方向に導いてくれるのかどうか、は、わからない。

 だが、今は立ち止まっているより、それに賭けて動くことが大切、そう皆が思った。

 玄宗さんは角成の手柄を誇張するように、オーバーにガッツポーズして車に乗り込んだ。

 般若さんは助手席でまだ泣いている。

「姉ちゃん泣いてるとこ悪いけど、携帯の位置情報のログ、そのパソコンの地図上に出せる?」

 般若さんがしゃくりあげながら、パソコンを操作している。

 かなり困った顔で若菜が後ろの車に戻り、角成も乗り込んだ。


 車内の気圧が何ヘクトパスカルあるのか角成にはわからないが、頑張って角成が口を開く。

「若菜姉ちゃんさっきはありがとう。やっと僕目が覚めた。自信がないことまで他人のせいにしてたことに気が付いた」

「私こそごめん。何て言うか、アドレナリンに負けてイライラして……、私、あんたには何を言うても、何をしても許されるって、勝手に思ってた。殴って、ごめん、ヒドイこと言うて、ゴメン」

「若菜さん、……ごめんな、さっきは」

 そこに無線で般若さんが入る。

「私、かっくんに会いたかってん。何年も何年も会いたかってん。はま……、葛葉おばあちゃんから聞いてたかっくんに、会いたくって会いたくって仕方なかってん。それでやっとこの前会えてん。その時もこんないい子、……いい青年になってて、私本当にうれしくて、今でもずっとテンション上がったままやねん。……私、男兄弟欲しかって、ほんで玄ちゃんお兄さんみたいにしてくれて、何でも言うこと聞いてくれるから……、わがまま放題の妹で愛想もなんもなく、勝手気ままにさせてもろてて……。でも今度は弟、かっくんに会えたらお姉さんになれるから、はじめて誰かの面倒見れるからホンマに嬉しかって、それから、楽しかってん。……でも若菜さんずっとお姉ちゃんしてたやろ? だから、私若菜さんに物凄い嫉妬しててん。私そのことを一生懸命抑えててんけど、それがさっき……、私始めて頭に血ぃ昇ってあんなことしてあんなこと言うて、ホンマにごめん」

 最後の方の般若さんの声は、物凄い鼻声の揺れた涙声で、しかも消え入りそうだった。

 角成には般若さんのこの低テンションが、……般若さんには申し訳ないが、とても嬉しかった。

「私、半田さんのこと、そんなにキレイな人なんやから、何でも持ってて、望めば何でも全て叶う人って、なんか勝手に思い込んでたけど、そうですか……。弟かぁ、そうですね。私一人っ子やのに恵まれてましたね」

 若菜も泣いている。

「盛り上がってるとこスマン、ここからくれぐれも安全運転でライト消して、ゆーっくり惰性で止まってくれ~い。それとブレーキ踏むまずに惰力で止まってな。サイドブレーキ使う時もメーターのところ黒い布でふたして、光が外に漏れへんようにして。絶対に何が何でも相手方に気付かれへんようにしよね」


 一気に全員の緊張度が上がる。


「思い出したんや、この先に二階建ての古~いマンションがあってな、かなり昔にヤクザが博打のカタに強引に取りよったマンションや。その建物の名前が、『轟マンション』」

「『おどろき』じゃなくて、『とどろき』!」

 角成がとどろく、じゃなくって、おどろく。

「うん。海香っちの携帯が一回ここ寄ってから、さっきのエスティマに乗せられたこと、ログで確認したから間違いない。……そんじゃぁ、みんなはちょっとここで待ってて、偵察部隊出すから」

 玄宗さんが言った。

「これから俺が、ちょっくらあの建物内部を見てくるから、皆ここで待ってて」

「お手伝いすることは?」

「今はない。待つことが使命」

 そう言って玄宗さんは車から降り、小箱を二つジャンバーの中に入れて、小雨の暗闇に溶けていった。

「かっくん手首の傷どうや?」

 玄宗さんが歩きながら、ごく小さな声で言った。

 無線機の自動音量調節機能がなければ、間近でも聞こえないような声だった。

「はい、もう今は痛みもありませんし、大丈夫です」

「そっか。話し変わるけど、かっくん、大神様はどういう風に見えてる?」

 角成は若菜の存在に一瞬躊躇したが、それを振り切って答える。

「でっかい狼です。シベリアとかにいるような、いえ、あれよりもっとでっかい……」

 角成は、大神様が楢の神様たちを乗せて飛びまわっていた光景を思い出し、

「大人が三人か四人は乗れますね、身体だけで言うと、馬かラクダ……、もうちょい大きいかなぁ、そんな感じです」と付け加えた。

「そうか、やっぱりか」

 玄宗さんが声をいっそう押し殺して言う。

「かっくんはまだ力の制御ができてないねん。だから今日、大神様の力借りるのに、あれやったら一か二の力でもOKやのに、五か六か七か八の力出して、その大神様の力が余ったせいで、かっくんの手首傷付けてん」

 角成は言われていることが、漠然とだが理解できる。

 だが同時に、自分のことなのになんだか他人事のようにも聞こえていた。

「力は常に抑えておく。そしていざという時に普段押えていた力を開放する。だからこそ開放された力が大きいものになる」

「なんかダムみたい」

「ナイスたとえ、若菜ちゃん。大神様の力って、馴れると抑えるのにエネルギー全然使えへん、それどころか、自分のエネルギーまで貯まっていく。ちょうど発電施設に常に水送ってる状態みたいなことなんかな?」

「へ~、そうなんですか~、ちっとも知らなかった」

「でもな、かっくん、もしもダムが決壊したらどうなる?」

「それこそ、大惨事ですか……」

「そういうこと。 ごめん、建物の真横に来た。しばらく黙ってるわ」

「玄ちゃん大丈夫? 黙ってたら口の中に毒虫湧くんやろ?」

「わしは大阪府指定の特異体質か!」

 この人達は、余裕があるのか、常に緊張というものと無縁なのか、その両方なのか?

 また、空気が読めるのか、一周廻って全く読めていないような感じを出しているのか?

 角成は変に感心し、少しあこがれた。


 玄宗さんが懐から木箱を二つ出す。

 その木箱はそれぞれ同じ構造で二段になっており、下の段には小さな使い捨てカイロが入れてあり、箱全体がゆっくり温まるような構造になっている。

 その箱の上段は二つとも同じように三×四、十二に区切ってあり、片方の箱には背後にことのほか不気味な文様を持つ鬼蜘蛛が、もう一つの箱にはくるりと丸まったヤモリが、これも十二匹入っていた。

 ヤモリや鬼蜘蛛は変温動物であり、本来ならこの季節は活発に動ける時期ではない。

 なので、使い捨てカイロの暖房により体温を上げ、一時的に動ける環境を作ってあげている。

 夏場なら、箱から一斉に出せば一目散にヤモリも蜘蛛も目的地に向かってくれる。

 だが冬場の雨もよおでは、いつ蜘蛛やヤモリの体温が活動不可まで下がるかわからない。

 玄宗さんは足音を殺し気配を消しながら、轟マンションの壁づたいに鬼蜘蛛とヤモリを一匹ずつ放していく。

 ヤモリは玄宗さんが指差した窓に一目散に向かう。

 鬼蜘蛛も各部屋の換気口に向かっていく。

 部屋数は十室のようだ。

 それぞれ二匹づつを箱に残し、玄宗さんは一旦車に戻る。


 その箱を見て角成は、

「般若さんが作ったんですか? この箱も、……あっ!」

 半田さんと呼ばず、思わず般若さんと言ってしまった。

「かっくんもうええやろ、般若の姉ちゃんで」

「うん、何でもええよ、私の呼び名は。それと、私の手作りよ、それも」

「あっ、すいません、ホントにすいません」

「カクナリは何を言うてるの? 半田さんが般若さんで? 何かあるの?」

 これには玄宗さんが答えた。

「若菜ちゃん、この姉ちゃんのことも含めて、また今度日を改めてちゃんと説明するわ」

「若菜さんが食事を二回おごってもらえるようになりました」

 般若さんが間髪入れずに突っ込む。

「二回目は一緒にたかりましょうね、でも、一回目は二人っっっ、きりでお願いします」

 若菜が静かににこやかに、ほとんど般若さんだけに向かって言った。

「それと般若さん、私のこと『さん』付けやめて、呼び捨てでいいですよ、若菜って」

「それは……、ありがとう。でも、若菜ちゃん、って呼ばせてください」

「その呼び方も、うれしっ」

 雨降って地固まる。

 若菜と般若さんは、二人とも愛おしい弟である角成から延びる、別々の線上にいる。

 かなり強引なたとえだが、この二人は異母又は異父姉妹で、お互いが別々に一人の弟を大事に思っている。

 ……そんな感じなのだろうか。

 二人は、姉妹的な関係は無理だろうと、お互い漠然とだが感じている。

 だが確実に急速に、二人は知り合いから友人へと距離が詰まったことを実感していた。


「さて、急ぎ始めますか……」

 玄宗さんがごそごそと用意を始める。

「若菜ちゃんあっち向いといた方がええと思うよ、俺ちょっと変身するかもしれへんから」

 若菜は眉をひそめて首をかしげて、

「う~ん」と唸り、

「イヤ、そう言われると余計見たい」と言った。

「だったら何を見ても、絶対に悲鳴上げたりせんといてな」

 若菜がにっこり微笑んでうなずく。

 玄宗さんが車の後部座席に置いた風呂敷包みの中から、一枚の霊符を取り出して右手に持った。

 その霊符は和紙の一番上に『犬』と大きく書いてあり、その直下に少しひしゃげた『日』が縦に四つ×横二列のつごう八つ、その下に鬼焚喼喼如律令と墨で書いてあった。

「このおふだは、キツネ落としの神符やねん。これを俺に、自分自身に使うからみんな車の中に避難しとって」

「避難って、そんなにスゴイことが起こるんですか?」

 角成が心配そうに聞く。

「ちゃうちゃう、雨からの避難、雨宿りっちゅう意味っ」

 玄宗さんが笑って答えた。


 そして儀式は始まる。


 玄宗さんが背筋を伸ばし、呪文をごく小さな声で唱える。

 そして唇に霊符をはさみ、

「おん あく うん」

 玄宗さんは静かにありったけの気合をこめた。

 角成は見た。

 真っ赤な大ギツネが、たくさんの尻尾をはためかせ、一目散に轟マンションに向かっていく姿を。

 そして玄宗さんが左手に持っていた矢立から出した筆で、白紙の霊符に、老翁の顔と、蛇をあらわす~~~~を書く。

 それを先ほどの霊符と二枚合わせて玄宗さんは唇にはさんだ。 

 玄宗さんが唇の真ん中で二枚の霊符をはさみ、口の両端から静かに息を吐き出す。

 吐く息はだんだんと強くなる。

 それを三回繰り返し、四度目に三分以上長く霊符をはためかせた。

 次の瞬間、出た。

 雨の中うっすらとだが、青白い大蛇が。

 大蛇は、身体をうねらせもくねらせもせず滑るようにマンションに向かった。

 玄宗さんは微動だにせず雨の中を立っている。

 角成が玄宗さんにそっと傘を差しかけようと車外に出て固まる。

 その様子を見て若菜も外に出る。

 そして若菜も固まった。


 玄宗さんの目が金色に光っている。


「気持ち悪いやろ、玄ちゃんって」

 般若さんは本職の鬼だった。

「ステキ……」

「え~~~~~っ?」

 般若さんと角成が小声でデュエット。

「 ……と思いたいけど無理っ! やっぱ怖わっっ! スリラーのマイケル・ジャクソンも、私マイケル好きやのに、初めて見たとき怖くて泣いたから、やっぱ無理やわ」

 若菜は自己暗示に失敗したようだった。

 非常に惜しそうな顔をしている

 玄宗さんは黙ったまま長い深呼吸をし、唇にはさんだ霊符をはためかせている。

「七、八、九、十、十一、それと十二か」

 玄宗さんが口の端で言っている。

「十二人っていうことですか?」

「うん、男十人と女性が二人」

「その女性のうちの一人が海香姉ちゃん?」

「そうやと思う。今はどこに何人おるか大雑把に調べてるだけやから……」

 玄宗さんが霊符を唇にはさみ、金色の目で角成に答える。

「玄宗さん、今なら国指定の特異体質認定、もらえると思いますよ」

「かっくんも頑張って、一緒に申請しよな」

 玄宗さんが金色の目でウインクした。

「今やってることは宇賀神さまに中継増幅してもらって、ヤモリの眼ぇ借りてんねん。こいつら二~三メートル先までは良く見えるんやけど、それ以上先はイマイチ焦点が合いずらいねん。ほんで、今からやるのが……、」

 玄宗さんがまた九字を切った後、

「をん きり きやら はら はら ふたらん ばそつ そわか」

 と呪文を唱え、手でいくつかの印を結ぶ。

 玄宗さんが静かに目を開くと普通の目の色に戻っていた。

 だが今度は耳が動いている。

「蜘蛛の巣を集音装置にして、それをお狐さまに中継増幅してもらって聞いてる」

「二階に六人、全員男、三人寝てる。 三人起きて……、花札か。ほんでもって一階は、……一人はトイレ、それ以外は一階入ってすぐの部屋に五人。ここやと思う」

「そしたら海香姉ちゃんは、一階のその部屋ですね?」

「うん、 ……あっ! シーッ!」

 玄宗さんが、長い人差し指を唇に当てる。

「なんかマズイことが起きてる、と言うか、かなりやっかいな展開になった、と言うか……」

「玄ちゃん何? じらさんと早よ言うて」

「世の中には知らん方が幸せなことって……」

「玄宗さんそれってまさか……」

 若菜はそれ以上言えなかった。

「おっと、ごめん。誰も死んでないから、その点は安心して。ただ、これは警察案件や、俺らがでしゃばると、かなり面倒くさいことになりそう……」

「玄ちゃん、それどういうこと?」

「狂言誘拐やて、なんかややこしいことになってる。このまま首謀者の描いた絵の通りやと、明日家の近くに送り届けて「親切にしてくれた人たちにお礼」で終わりやけど、なんか内部分列してるっぽい」

「どうする? 警察に連絡する?」

 般若さんの問いに玄宗さんは、

「ちょっとだけ待って。不穏な動きあるんやったら、こっちが行動したほうが早い」

 そう言って玄宗さんは、蜘蛛の巣集音機からの情報に集中する。

「あかん、マスイ、若手が先走ってる。このままやと最悪死人出る!」

「それって、警察呼ばんとあかんのとちがう?」

「それまでに何とか出来るならした方が良いレベルで、かなりマズい」

「行きますか、何とかしに?」

 角成が聞く。

 玄宗さんが眉間にしわを寄せて数秒悩み、

「とりあえず説明するわ」と言った。

「どういう理由で、かは知らんけど、女子高校生が狂言誘拐を言い出した。それに乗っかるかたちで兄貴分が協力してる。若手は『まどろっこしいし、生ぬるい』と、身代金受け渡しに、海香さんのクソ親父、もしくは海香っちを使って、本当の身代金目的誘拐事件にしようとしてる。その話が決裂したら、 ……たぶんやけど、兄貴分と海香さんは、……ただでは済まん、っていう感じ。それと、身代金の受け渡し後に、口封じに身代金受け取った人間は、たぶん殺される……」

「玄ちゃん、今そいつらは喧嘩してんの?」

「それが一階におる若手が、どっか別の部屋でこっそり話ししてたから、喧嘩にはなってないし、兄貴分も若手の企みのことは知らんっぽい」

「どうします? ここは警察に連絡して私たちは退散しますか? それとも、正面切っての話し合いを挑みにエントランスから堂々と入りますか? それとも、ダーッと行ってダーッと連れ帰ります?」

 若菜が聞いた。

「うん、当初三つ目のつもりでここまで来たけど、一つ目がベストやね、警察……」

 そこまで言って玄宗さんが、皆を制止するように手を広げ、神妙な顔つきになり、

「あかん、時間切れっぽい。若手の決断が早過ぎる。四つ目で行こか」

「なんだか増えてますけど?」

「若菜ちゃん、警察に電話して、そのあと俺が轟マンションまで行って時間稼ぐわ」

「私ここがどこか全くわからないんですが……」

「せやった、土地勘あるのは俺だけやった。俺電話するわ、電話したらすぐに説明するわ」

 玄宗さんは一一〇番ではなく、その地域の警察に轟マンションの大雑把な位置とそこで大勢の人が乱闘をしている、と電話をした。

「よっしゃ、近くの交番から数分で来るって。それまで俺がなんとか引き延ばすわ」

「どうやって? で、私たちは何かお手伝いすること……」

「相手はヤクザやから、とりあえず俺とかっくんで向かうわ」

「いやです」

 若菜が即座に言った。

「あかんて、危ないって。何が起こるかわからんとこに、若菜ちゃん連れて行かれへんって」

「私、武道の心得あるし、自分の身は自分で守りますんで」

「自転車振り回して人に襲いかかって来たり、レンガで人の頭殴りにくるようなヤツ相手の対処法とか、も、訓練する流派? その武道は」

「それはないけど……」

「それ以上のことする奴らんとこ今から行くねん。俺、正直言うて自分守るのに手いっぱいや。ごめん、ここで待ってて。かっくんは悪いけど荷物持ちで建物の近くまで来てくれる?」

「いやです、私も行きます」

 若菜が食い下がる。

「カクナリより私の方が断然戦闘力は上です、私も一緒に行きます」

「アカンって言うたらどないする?」

「今ここで、大声出しながら、とどろきマンションに一人で特攻かけます。ピート・タウンゼントみたいに腕ぶんぶん振り回しながら」

 玄宗さんは、

「誰やねん、そのピートなんとかって」と突っ込んだ後、少し考えて、

「う~ん、しゃーない、かっくんと俺と若菜ちゃんで行くとして、んで般若っちはそっちの通りに出てお巡りさん来たら誘導して」

「わかった、とにかく玄ちゃん以外は無理せんといてね」

 般若さんは足音もなく、通りに向かった。

 玄宗さんが、腰に巻いた大きめのウエストバックをごそごそ探る。

「若菜ちゃん武道の心得あるなら使えるやろ。これあげる」

「えっ? ホントに?」

「うん、指輪型のスタンガン。ちゅうても二本繋がってるけどな。絶縁のゴム手袋をはめてから中指と薬指にはめて、横にある小さなスイッチ入れて、あとは盛り上がってる方を相手に押し付ける、もしくは、そのまま殴っても電気流れるって」

「はめて下さる?」

 薄い肌色のゴム手袋を、片手にはめた若菜が言う。

「はいよっ」

 玄宗さんが優しく若菜の手を取り、輪っかが二つ連なる指輪、……というか、小さなメリケンサックをはめる。

「うわぁ、サイズでかっ、紳士用かぁ。それでも膝まずいてくれたら結婚の約束、喜んでお受けしたのに~」

 若菜が笑いながら言う。

「これが婚約指輪やったら、結婚指輪は火炎放射器付きの指輪かなんかやんけ」

「そんなのあるんですか?」

「かっくん、いくら般若っちが器用でもそれは無理。っていうより、そんな結婚指輪イヤや、浮気とかしたら、確実にアフロヘアやんけ」

「ブレスレットに圧縮した燃料詰めたらできるよ~ん。結婚決まったら言うてな」

「はい、今すぐ製作に取り掛かって下さい」

「コラコラ、俺は結婚でけへんから、今のところ作らんでええぞぉ~」

 玄宗さんがあまりにも寂しそうな顔で言ったので、若菜も角成も言葉を切った。

(なぜ玄宗さんは結婚できないのだろう?)

 二人はそういう顔をしていたので、

「結婚してるから、俺」玄宗さんはそう言った。

 角成と若菜は『えっ?』と小さな声で言ったが、今はその話題にこだわっているヒマなどない。

 察した玄宗さんは、

「重婚罪ってなんか、モテる奴が詐欺で使うイメージか、三国一のうっかりさん、みたいな、どっちにしてもあんましカッコ良ぉないっぽいから、先に言うようにしてるねん」

 玄宗さんがそう言って、突然空中に九字を切る。

 玄宗さんが少し寂しげな表情で、

「よし、おキツネさまと宇賀神さまの仕事は終わった。かっくんこれお守り袋に入れるから持っといて、またマンションの近くまで行ったら蜘蛛さんとヤモリさん回収しといて」そう言って、霊符二枚をくるくると細く巻き、お守り袋に入れて角成に渡す。

「わかりました、と言いながら、回収ってどうやるんですか?」

「リュックの中にそれぞれが入ってた箱があるから、マンションの壁の近くでそのふた開けて。みんな体温下がってるからゆっくりやけど自力で帰ってくるから。絶対に全員その箱に戻るまで待ってあげてな」

「はぁ、壁の近くで箱を開けるだけですか、う~ん、わからないけどわかりました、やってみます」

 「ちなみに、蜘蛛さんもヤモリさんも破魔子さんに教えてもろたんやけど、そういえばノート読んでないっていうてたな。まぁ、そん時が来たらわかる、出来るやろから、力いっぱい、いやいや、力いっぱいやったら、今度力の方向間違ぉたら傷どころか腕の一本も落とすから、それなりに行こか」

「玄ちゃん、ウエストバッグの右サイド、ふくみ針のケース縛ってある紐……」

「おお、今出した」

「それをかっくんの怪我してる腕に吉祥結びしてあげて。それで当面は大神様の力制御できる、と思う……」

「おお、そうか! そう言えば破魔子さん、葛葉おばあちゃんに習ったな、吉祥結びも」

 袖をめくった左手首に玄宗さんが器用に紐を結び、神社で見る凝った結び目をつくっていく。

 なぜか角成は、左腕に力がみなぎり、その後強大な力が自らの中に落ち着いていくのを感じた。

「よっしゃ、これで当面は大丈夫や。……かっくんも一応指輪のスタンガン持っとく? ホンマにいざという時用やけど」

 玄宗さんが結んだ紐をポンポンと軽く叩いたあと、ゴム手袋とともに角成にも渡した。

 そして、指輪型スタンガンを装着した若菜と、諸々入ったリュックサックを胸側に背負い、ポケットにスタンガンを入れた角成が、玄宗さんの後に続きゆっくり轟マンションに向かう。


「玄ちゃんこっちは準備OK通りに出た」

「般若っち、寒い中ごめんやけどお巡りさん来たら誘導よろしく」

「了解。玄ちゃんはどうでもええけど、若菜ちゃん、かっくん、気ぃつけてね」

「おう」

 どうでも良い玄宗さんが一番最初に返事する。

「ありがとう、えっと、半田さん? 般若さん?」

 若菜が言う。

「般若姉ちゃん、僕、がんばる」

 ズボンの右ポケットのスタンガンが、やけに重く歩き辛い角成が言う。


 そして三人が見つめ合い、うなずく。


 玄宗さん、若菜、そして角成の三人は、ゆっくりと轟マンションに向かって歩くいていく。


第四章 第二節 用~意っ!  終

第四章 過去からの奪還

第三節 どん!

        に続きます。

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