表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソウル・ロンダリング ある日突然、裏導師 ~南大阪御伽草子~  作者: 富田林 浩二
第三章 見返りと美人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/23

第三章 見返りと美人 第三節 対峙・対自・退治 その2


 令和七年 二月二十八日(土曜日)


 新月の日に、角成は天に昇る魂を見送った。

 幸いその時も何のトラブルもなく、スムーズに送り出せた。


 そして角成は、新たな仕事を玄宗さんから言い渡される。


「自縛霊を見かけたらここ、玄宗邸に何日かかっても良いから連れてきて欲しい」と、

「浮遊霊を見かけたらここ、玄宗邸に何日かかっても良いから連れてきて欲しい」と

「役目を終えて迷子になっている背後霊も見かけたらここ、玄宗邸に連れてきて欲しい」ということだった。


 角成は、

(思いを遂げた魂は満月の日にあの世に旅立ち、思いを遂げることを完全にあきらめた魂は新月の日に旅立つ、……のだが、その前段階、思いを遂げたりあきらめたりするお手伝いをすることも、時としてあるのではないか)と、ぼんやり思った。

 また、満月のときは明るく晴れやかに、新月のときは、皆自ら思いや未練を断ち切り、気持ちをリセットし、月がまた徐々に満ち始めるよう希望を持ち、あの世へと向かう。

 これは最後の締めくくりというか、総仕上げというか、それも大事だが、その前段階はもっと手間も時間もがかかるのではないか? そう思った。

 玄宗さんにそのことを聞くと、

「うん、時間と心に余裕がある時だけでいいから、そういうことをやればかっくんのために良いかも、でも初めは連れて来るだけで大丈夫やよ」そう言った。

 角成はまだまだ経験も浅く全て理解したわけではないが、

(そのうちわかる日もくるかも……) くらいの気持ちで具体的なことは聞かなかった。


 それからの角成は、大神様の牙を持ち人気のないところを歩いてみたり、また、たまにお墓とかにも行って牙笛を吹いてみたりしているが、幽霊関係には全くと言っていいほど出会っていない。


 運命の扉はいつも突然開かれる。

 そして、その扉はこちらが望む場所・世界に通じる扉とは限らない。



 令和七年 三月十四日(金曜日)



 この日も角成と玄宗さんは何事も無く魂たちを送り出した。

 ちなみに、普段特別な理由が無ければ、あの世に魂を送る乗り物は大型バスである。

 行き先表示は『回送』。

『あの世』でも『極楽浄土』でも『天国』でもなく、当然『地獄』でもなかった。

 そして今日は一人のおばあさんのリクエストにより、バスはバスでも、レトロなボンネットバス。

 しかもご丁寧に木炭車。

 角成と玄宗さんが数名の魂を木炭エンジンの独特の香りと共に見送った。

 次の日角成は、土曜日だが朝から学校で補習がある。

宴会疲れで遅刻してしまうと進級できなくなるので、般若さんは少しブーたれたが、この日は早々と、角成は玄宗邸を後にした。


 角成は夜道を徒歩で帰る。

『春は名のみの 風の寒さや』

 桜のつぼみが膨らみつつあるが、この季節の日暮れ以降はかなり冷え込む。


「河内やろ? おい、河内」

 誰かが突然角成に声をかけた。

 角成が振り向くと同年代らしき女性と目が会う。

 角成には全く記憶のない顔。

「あんた河内 角成やろ? 私のこと知らん? ほら同んなし小中学校に通ってた一つ上の学年のミカ」

 角成は、

(ファーストネームでわかるはずがない)と思ったが、

「ん~、ごめんなさい、知りません」そう答えておいた。

「え~、ショック~。私これでも下級生に結構人気あったのに~」

 角成は正直、このミカと名乗った女性に物凄く困惑した。

 同年代の人間は苦手で、しかも、相手は女性、しかも、一年先輩で、しかも、礼儀知らずで、そして、自意識過剰。

 角成は無視して去ってしまおうか悩んだが、さすがにそんな度胸もない。

 仕方なく、

「何かご用ですか?」と少し慇懃無礼ぎみに言った。

「付き合ってくれる?」

 角成は猛烈にあとずさった。

「違う違う、違うねん、勘違いせんといて、ちょっと話聞いて欲しいからそこのファミレスに来てくれへん? ……っちゅうことなんよ」

 角成は急速に安心し、そしてちょっぴりがっかりした。

 明日の学校のこともあるので、

「三十分だけなら」と承諾し、とぼとぼとミカと名乗った女性の後ろを歩く。


 寒の戻りの平日の夜、ファミリーレストランはガラガラに空いていた。

 ミカと角成が向かい合わせに座る。

 話を切り出したのは当然ミカからだった。

「最近ちょっと困ってることあってぇ、実はぁ、ストーカーに狙われてるんちゃうかなって」

「ストーカーですか? それなら警察に行くのが……」

「確証はないんよ、まだ。何となく見張られてる感じがしてね」

「何となくですか」

「うん、でも私もともと勘はスルドイ方やし、霊感もかなり強いから間違いないと思う」

 角成は

(来た来た、いきなり来た! そっち方面?)

 そう思い身構える。

「それでお願いがあるんやけど、ヒマな時に私の家の周り見回ってくれへんかなぁ」

「んっ?」

「いつでもええねんけど、できたら一日五回から十回くらい見回ってくれへん? それで怪しいヤツ見かけたらあとをつけて、どこの誰か後で教えてほしいんやけど」

 予想と全く違ったことの落胆と、あまりにも身勝手な内容に、ちょっとムカッときた。

「世の中には警察とか警備保障会社って存在するの知ってますか? 僕より頼りになると思いますよ」

「警察は頼みにくいし警備会社に頼むお金ないし、それにそんな意地悪せんといてよ。私そんなに無茶言うてるつもりないよ」

「とりあえずお断りします」

「私が頭下げてるのに何? その言い草! いったい何様のつもりよっ!」

 大声で怒鳴り、ミカと名乗った女性はさっさとファミリーレストランから出て行った。

 角成は、客の総数より多いウエイトレスさんたちの視線を顔の右半分に受けながら、まだ冷めていないコーヒーを無理に飲み干した。

 そして帰ろうと思って立ち上がった時に気が付いた。

「おごらされた……」

 角成はしかたなく代金を払って家路につく。

 足取りが訳もなく重かった。



令和七年 三月十五日(土曜日)


 角成が自転車で学校から帰ると、また会った。

 と言うか、家の近くで待ち伏せされていたっぽい。

(なんだなんだ? これじゃぁストーカーって自分自身じゃないか)

 無視して通り過ぎようと思ったら、ミカは大きく手を振って角成を呼んだ。

 仕方なく角成は自転車を止める。

「どう? あれから決心ついた?」

「 ……」

「当然やってくれるんやろ?」

 角成は返す言葉が見当たらず、口をポカンと開けたまま、表情も思考も、そして時間の流れまでも凝固したようになってしまった。

 そしてミカはメモ紙を角成に渡し、

「私の家はここやから。それとそのメモに私の携帯番号書いてあるから、見回ったら『異常なしです』って電話入れて」そう言った。

 ここまで一方的で強引な振る舞いに対して、角成は言葉を見失う。

 角成は、もうすぐ十七歳になろうかというのに、友達とフツーの会話をしたことがない。

 要するにキッチリと断りたいのに、断る言葉が見当たらない。

 さんざん悩んだが、角成はキッパリ断る行動は思いついた。

 住所と携帯番号を書いたメモを、これ見よがしに丸めて捨てたのである。

「ちょぉっとぉ、失礼ちゃうのそれってぇ! 一体どういうつもり?」

 角成は完全に無視して、自転車にまたがってその場を離れようとする。

「ちょっと待ちぃや、あんた頭おかしいんとちゃう?」

 角成は怒りで自分の顔が引きつるのを感じる。

 ミカは自転車でその場を去ろうとする角成の腕を、ガッチリとつかんだ。

「逃げるんか? 卑怯者」

 角成は目も合わせなければ、腕を振りほどきもしなかった。

 ただ泣き笑いのような顔を引きつらせたままで、呆然と空を見つめて自転車にまたがっている。


「カクナリなにしてんの?」

 その時、角成にとって天の助けとも言える声がした。

「あんた、ミカとちゃうん? 川西(かわにし) 海香(みか)やろ」

 若菜が角成の腕をつかんでいる海香の腕をひねり上げようとしている。

「やめてください先輩、私何もしてません」

「あんたカクナリに、金輪際近付かへん約束やったんとちゃうん?」

「違うんですこれは、それに私から近付いたんじゃないし、とにかく離して下さい」

 若菜が海香の腕をつかんだ手と言葉にいっそう力をこめて、

「たとえそれが小学生の時でも約束は約束。あんたは疫病神やねんから、カクナリにも私にも近付かん、ってことになってなかったっけ?」と言った。

「だから私は……」

 海香がやっと角成の腕を放し、

「思い出してくれたらそれでええねんよ」

 若菜も海香の腕を乱暴に放す。

「さっ、カクナリ帰ろか」

 今度は若菜が角成の腕を強引につかんだ。

「ごめん、僕ちょっとミカさんの話聞いてみるわ」

 若菜は『信じられへん! 何それ?』という目つきで角成を見た。

「若菜姉ちゃん、僕ももうそろそろ、自分でケリつける習慣を身に付けないといけないかと思って……」

 若菜が見る見る涙目になる。

「あんた覚えてへんの? 小学生の時にコイツら何したか? ホンマに覚えてへんの?」

 角成は川西 海香という名前も、海香の小学生の頃の顔も、どちらもこの時全く記憶になかった。

 そのことを正直に言うと、

「だったら勝手にすればええわ。あんたの責任でね!」

 勢いよく踵を返した若菜は、ドスンと人にぶつかった。

 あまりに勢いよくぶつかってしまった若菜が少しフラつく。

「大丈夫? ごめんなさいねぇ、俺かっくんに用事あってんけど……。あっ、この前はどうも~。かっくんちで、箱持ってきてもらった、ほら」

 若菜がぶつかった相手は、玄宗さんだった。

 玄宗さんは優しい手つきで、少しだけフラつく若菜をしっかりとささえた。

 一方、ささえられた若菜は……。


 ……口を少し開き、頬を紅潮させて、眉が下がり…………、

 ……要するに『女の顔』をしていた。


 角成は若菜を実の姉のように思っている。

 その感情はそれ以上でもそれ以下でもない。

 だが、……いや、だからこそかもしれないが、姉が他の男に『ポッ』となる瞬間は、絶対に見たくなかった。

 角成はその勢いで海香に、

「行こう、あっちで話聞くから」と口走り、今度は海香の腕を角成が引っ張った。

 意外にも海香は、

「はい」と言っておとなしく角成に従った。


 若菜が言うように、海香の昨日からの言動は普通ではない。

 若菜にもあっさりと嘘を言った。

 だが、このままでは、若菜のいない時を狙って、海香は必ずまた来る。

 自分で解決しなければ何度も続き、そのたびに角成か、身近な誰かが嫌な思いをする、

(情けない自分にもケリをつけなきゃ……)

 角成は一度も振り返らず、自転車を押して早足で近くのコンビニまで海香を引っ張って行った。

 角成が缶コーヒーを二本買い、

「今日もおごり、はい暖かいから」と、角成の腕をつかんだ冷たい手に渡し、二人は駐輪場の輪止めに並んで腰掛ける。

 しばらく無言で缶コーヒーを飲んだが、沈黙に弱い海香が口を開いた。

「あんた、……河内クンはホントに私のこと覚えてないん?」

 角成は顔色一つかえず何も答えない。

「1コ上の私があんたにどんだけ嫌なことしたか、ホンマに覚えてないん?」

 角成はまだ無表情のままだ。

「やっぱし覚えてるんやろ? ねぇ、どうなんよ?」

 角成が忘れていたこと……、違う、思い出さないよう完全に封印していたのに、海香と若菜の出現で、記憶のリプレイボタンが強制的に押されてしまった。


***


 河内 角成が産まれたのは東京である。

 父、河内 守の仕事の都合で、その当時は東京に住んでいた。

 そして角成が一歳を迎えた年に、父は独立して事業を立ち上げた。

 母、河内 果子も事務仕事や雑用などを角成を背負って手伝い、一年と少しで事業は軌道に乗る。

 だが、父が相互に保証人になっていた人間が事業不振から失踪してしまい、自分の事業の借入金と、他人の借金まで背負う破目に陥る。

 最初は、

「事業も軌道に乗っているから地道な返済計画を立てれば何とかなる」と父は言っていたが、金融機関はそれほど甘くはなかった。

「今すぐ全額返済をお願いします」

 大手の銀行から情け容赦のない通達が来る。

 確かに事故(返済が滞る)が一度でもあれば『即座に全額返済致します』と自筆署名と実印を捺印した書類には書いてあった。

 しかも父は返済を一度たりとも滞らせていない。

 むしろ生活を切り詰めて返済額を増額、いわゆる前倒しで一日も早い返済を目指していた。

 返済が何度か滞り挙句の果てに逃げた人間は、相互に保障していた相手だ。

 父はそのことも含めて切々と訴えたが、担当の行員さんは、

「上の決定はもう覆りませんので」を繰り返すばかりだった。

「それならば」

 と父は支店長に面会したり本店まで出向いたが、契約書を盾に即刻全額返済を銀行側は頑として譲らなかった。

 こうして角成の父、河内 守は、やっと軌道に乗った事業を友人の裏切りによって、体よく銀行に乗っ取られる形で奪われ、尚且つ借金まで背負わされた。

「もう東京には何もない……」

 失意と共に河内一家は二人の故郷であり、妻・果子の両親が暮らす大阪に来た。


 借金を返しながら大変ではあるが、大阪での生活は充実していた。

 当初、果子の母である葛葉おばあちゃんが援助を申し出たが、父は、

「自分でできるところまでやらせて下さい」と断った。

 しかし、大阪に来た次の年に汐ノ宮 源蔵、角成の例のファンキーなおじいちゃんが急逝する。

 その時の遺産相続を、葛葉おばあちゃんが全額相続し、全てを娘夫婦の借金返済に充てようとする。

 しかし、

「自分の借金は自分で返します」 と、父は頑なに肩代わり返済を拒んだ。

 だが、当然借りていると利息が生じる。

 それは当たり前の話である。

 金利の返済を無くすためには『身内が一括返済して肩代わりする』ということが世間ではなくはない話である。

 それを葛葉おばあちゃんと妻・果子が申し出たが、それも父は断った。

 なぜ頑なに断り続けたのか、それは角成が小学校入学の年に判明した。


 お金の管理は全て父がしていたのだが、実は銀行への返済が滞りかけた月が一回だけあったのだが、その時にマチ金に手を出した。

 そしてその返済は、

「禁煙し昼食代を浮かせば何とかなる」と、父は思っていたらしいのだが、それだけでは足りずに、ついつい取り立てもなかったのでズルズルと返済を延ばしていたら、元金複利はどんどん膨らんでいた。

 そして一定額を超えたあたりから、取り立てが始まる。

 借りている額は、妻の果子と葛葉おばあちゃんが把握している額より多かった。

 ギャンブルや不貞行為でできた借金ではない、増えた額の大半は金利だったが、父は恥ずかしくて情けなくて言えなかったそうだ。

 もう既にこの頃は規正法施行後なので、昭和の時代に行われた『えげつない取立て行為』はなかった。

 だが、父は多重債務にも陥っていたことから、取立て専門の業者に債権が委譲されていたらしく、俗に言われる『取立て屋』という、強面な人間が度々河内家を訪問し始める。

 そして、ご近所の噂が風に乗って広がってしまい、町内の口さがない人々がそのことを知るのに一週間も必要なかった。

 当然その噂を知るのは大人だけではない。

 知っている子供、その中に海香もまれていた。

 その頃の海香は最新のキャラクターグッズで身を固めたそれなりのお嬢さん風の女の子であった。

 上級生が下級生と共に帰る姿はどこでも見られる風景だが、海香は角成に自分のランドセルや手提げを持たせ、自分は手ぶらで帰ることもあった。

 だがそれは、若菜がいない時だけ行われていたことで、角成も、

「学校生活はそんなもんだ」くらいに呑気に思っていたので、最初は問題にもならなかった。

 しかし、海香が荷物を持たせているのを若菜の母が『無理やり持たせている』ように解釈して若菜に伝えてから事態は変わる。

 若菜は当時からバリバリの姉御肌だったので、海香を問い詰め、年下の角成に理不尽な行動を取らないよう約束させた。

 しかし、このままでは海香の気が収まらない。

 海香は若菜への復讐を角成で果たそうと、またしても角成に接近しようとするが、その都度若菜や周りの大人に阻止される。

 その時に海香は知った。

 河内家に借金がある、ことを。


 そしてそれは、

「河内がいると物がなくなる」

 という海香の『嘘』から始まった。


 その噂が広まり若菜が知った時には、どうしようもないくらいに話も大きくなっていた。

 しかし、若菜は放っておけなかった。

 実際放っておかなかった。

 自分にかけられた濡れ衣を取り去るより熱心に、若菜は噂を否定していった。

 だが一度広まった悪い噂は、鉄鍋に焦げ付いたすき焼きの残りよりもタチが悪かった。

 いくら若菜が否定しても、噂というものが一旦広まると、特に悪い噂の場合は真偽の程など関係なく、まるで既成事実のように『噂自身』が振舞い始める。

 この時も同様のことが起こり『角成=借金苦の家の子=盗み癖』という、嫌な図式が完成していた。


 ちなみに角成は、今まで人のものを盗んだことは、一度たりともない。

 タチの悪い噂とは、概してそういうものである。


 そして若菜の奮闘も虚しく、角成は小学校二年生で悪意のある噂により『盗人呼ばわり』されたのであった。

 その首謀者が、当時小学校三年生の川西 海香であった。

 だが川西 海香にも、無茶でひどく身勝手だが、彼女なりの言い分はあった。


 海香の父にも借金があったのだ。

 しかも、違法金利で取立てもキツイ闇金にちょくちょく手を出していたらしく、海香の家に怖いお兄さんたちが訪ねてくることが、海香が物心ついたころからあった。

 それでも海香は両親がパチンコなどのギャンブルで大勝した時などに、上手におねだりして、欲しいキャラクターグッズをここぞとばかりに買ってもらうなど、幼稚園時代から彼女なりに知恵を絞って懸命に生きて来た。

 だが、海香が小学校入学したあたりから事態は変わり始める。

 父の帰宅する日が週に五日になり、三日になるともう程なくしてあとはほとんど帰ってこない日ばかりになった。

 家は荒れてゴミ屋敷化しはじめ、友達を家に呼んで遊べない。

 この頃から海香は嘘が多くなる。

 そして、母親に嘘がバレるたびに、海香は殴られた。

 その時、ちょうど父親に借金がある子の噂、河内家のことを海香が耳にする。

 そこで海香は一計を案じた。

「借金苦の話は全て河内家のことにできる」

 所詮は子供の浅知恵である。

 だがその時の海香は、自分が天才のように思った。

 そして、それが実現するよう、子供ながらに色々と画策した。

 ある日、若菜は海香本人にいくら言っても埒が明かなかったので、海香の母親に直談判に行った。

 ゴミがあふれ出した玄関で、若菜は海香の母親に、

「海香さんが角成をいじめないようにどうかお願いします、お母さんから言ってあげて下さい」

 と頭を下げた。


 海香はその日の夕方に母親からこっぴどく殴られた。

「なぜ私だけ、こんなヒドイ目に会わんといかんの?」

 海香はその日夕食も抜かれ、切れた唇や頬の痛みを堪えながら、辛い長い夜を過ごした。

 そして、その復讐の牙は角成だけに執拗に向かう。

 まるで、

「告げ口の責任を取るのは若菜あんたやない、河内や!」という行動を海香は取り続けた。

 結果それに根負けする形で、若菜は海香に頭を下げた。

 ただし海香には、『角成と若菜には金輪際近付かない』、『いかなる噂も振りまかない』、『話しかけることも目を合わせることすらしない』という条件を若菜は提示し、海香に誓約書を書かせることで決着させた。


 それから十年ちょっと、海香は本当に若菜と角成には目も合わせずに生活していた。

 そして昨日、数年ぶりに、また海香の嫌がらせと嘘が、突然角成を襲った。


***


「思い出したよ、海香さんだったね。あの頃キレイな切れ長の目をしたお姉さんだったのに、今はパッチリ二重なんで気がつかなかった」

 角成のその言葉に、みるみる海香の表情がこわばる。

「何そのイヤミ」

「イヤミ?」

「あんた私が整形で二重にした事、知ってて言うてんねんやろ」

 海香の声が震える。

 角成は、

(またやっちゃった~)と思った。

 人はこういう時に、空気の読めない自分のイタさを痛感する。

 角成もそれは同様だった。

 角成は急速にうろたえ、どうして良いかわからなくなる。 

 結果、角成は海香が昨日言っていた、海香の家の周辺を巡回することにして、話を聞こうとした。


 ポ~ン。


 まるでスローモーションのように小さなゴムボールが飛んできて角成の頭に当たる。

 飛んで来た方向を見ると玄宗さんが立っていた。

 にこやかに玄宗さんが二人に近付く。

「ごめんなぁ~、海の香りって書いてミカっていうんやって? キレイな名前やなぁ」

 この言葉一つで、今の今まで泣いていた海香も女の顔になり、締りの無い笑顔を浮かべている。

「それともう一つごめんなぁ、かっくんは俺の弟みたいなもんやから、かっくんの責任は俺の責任やねん、俺にできることなら何でも言うてな、協力するから」

 それに対し海香は、

「はい、お願いします、いえ、よろしくお願いします、って言うか、こちらこそぉ」

 崩壊寸前の返事をした。

 そこからは海香は、玄宗さんをチラ見しながらずっと話し続けた。

 海香の話の内容は至極簡単で、

『メールの内容がどうも漏れているような感じがする』だった。

 そのことについて玄宗さんは、

「技術的なことは専門家紹介するからその人に聞いてもらうとして、俺としては、妖怪とかそっち方面疑ったほうがええかも? とか思うよ」と言った。

 この時角成はかなり『ハァ?』な顔をしたが、通行人すら誰も見ていなかった。

 冷静に聞けば、

「ねぇよ、ヴァ~~カ」で一蹴できる話なのに、海香は完全に玄宗さんに催眠術をかけられたようになっている。

「最近は陰陽道ブームとか言うて妖怪とか生霊とか飛ばす奴おるから、そっちやったら怖いやろ? またかっくんはそっちの専門家やから、かっくんに相談してほんまにラッキーでナイスやで、海香さん」

 海香は元気に、

「ハイッ!」と満面の笑みで答えた。

 角成は薄っすら笑顔を浮かべながら、

(やれやれ、玄宗さんってば何言ってくれちゃってんの?)

 とうれしく思ったが、ハッ!と正気に戻る。

(神仏妖怪のエキスパートは玄宗さんで、僕はまだほんの駆け出し!)

 一気に角成はキョドった。

「俺今から若菜ちゃん送っていくから、かっくん海香ちゃん送ってく?」

 なぜかそういう段取りらしい。

 角成は、「はぁ」と「まぁ」と「あぁ」の三つの中間の発音で返事した。

 そして角成は、仕方無しに自転車を押して海香の家まで送ることにした。

 だが海香は、

「後ろに乗せてくれる?」と、かなり意外なことを言った。

 角成は一瞬、

(後ろから首を絞められたらどうしよう?)と考えたが、

(さすがにそれはないだろう)と、しぶしぶだが承諾した。

 そして玄宗さんは、角成に真面目な顔で近付いて言う。

「女性を自転車の後ろに乗せて、絶対にやってはいけない、ことは?」

「玄宗さんそれは、……えっとぉ、事故ですか? 気をつけて行きます」

「それは当然、やから、違うな」

「じゃぁ、ガタガタ道を通らず迂回するとか?」

「それはお尻が痛い、でも違う」

「えっとぉ……、降参です」

「女の人後ろに乗せてぇ……」

「はい、」

「立ちこぎで屁ぇこいたら俺が許さん」

 角成は全力で脱力した。

 海香は約二秒フリーズした後、半径五十メートルの人が振り返るくらいの大声で笑った。


 顔は脱力したままで角成は、タオルを自転車の荷台に敷き海香に座ってもらう。

 海香は遠慮がちに、角成の腰の部分の服をつかみ、自転車はゆっくりと走る。

 角成は前を見たまま、背後の玄宗さんに手を振った。

 海香は自転車がブルブル揺れるくらい大きく手を振った。

 角成、初めての二人乗りである。

 しばらくは二人とも無言だったが、角成が思い出し笑いすると海香もつられて笑った。

「素敵なお兄さんとお姉さんがいてて、幸せやなぁ、河内クンは」

「うん」

「私は今まで何してたんやろぉ……、友達って、…………私今、彼氏どころか友達一人もおれへん……」

「僕もつい一ヶ月前まで若菜姉ちゃんしかいなかったよ。海香さんも色々気をつけて頑張ったら、すぐに友達も彼氏もできます」

「気をつけたら、か……。言いにくいことあっさり言うところは、ホンマに小学生の頃からアンタ変わってへんね」

 角成は、

(しまった、またやっちまった!)と思ったが、今度は海香は怒ってはいなかった。

 角成が「すいません」と謝ると、

「もうええよ、私こそ嫌味ばっかし言うて悪かったと思てる。こっちこそごめんな」

 海香はキモチ悪いくらい素直に詫びた。


 ついさっき路上で揉め事が起こりかけて、若菜が来て角成が(助かった!)と思ったのも束の間、若菜が怒り出し、あやうく角成と若菜との関係までこじれかけた時にどこからともなく現れて、二人の女性を自分が思う方向に向かせた玄宗さん。

 角成は改めて玄宗さんの凄さと、妙~な底力、というか、能力を思い知った。

 般若さんは『玄宗さんはモテる』と言ったが、角成の想像していた以上の凄まじいモテっぷりだった。

 だが角成にとってそんなことより、玄宗さんに『弟みたい』と言われたことは本当に嬉しかったので、若菜の女性な部分を垣間見たことも、なんだかどうでもよくなった。

 その気持ちで、海香にもいい笑顔を向けることができている。

 自転車の前と後ろで顔を合わせていないが、角成は正真正銘のいい笑顔の自信があった。

 角成は突然自転車を止めて、荷台に座る海香の顔を覗き込んだ。

「何よ突然、どうしたんよ?」


「うん、海香さんいい笑顔」


 海香は泣いた。

 声を上げて泣いた。

 角成は何も言わず自転車をこいだ。

……正確には、もらい泣きして角成は何も言えなかったのだが。

 多くの車が行き交う夜の幹線道路の歩道を、車道側に横乗りして号泣する顔を晒す女性と、黙って涙を流しながら自転車をこぐ青年。

 車を運転する大人たちは一様に、

「青春だなぁ」とそれぞれの車内で口走った。

 その車群の中に、玄宗さんと若菜もいた。

 若菜は、

「あかん、降ろして、カクナリが泣いてる!」と反応したが、

「大丈夫、俺たちのかっくんは大丈夫!」 と、玄宗さんがなだめた。

 海香の家の近くにまで来た時に、

「ここでいいよ、私んちは相変わらずキタナイから……」海香は困った顔で言った。

 角成は無言で、自分のスマホにQRコードを表示させて海香に向ける。

 海香は、

「ありがとう」とスマホで読み取り登録し、角成にすぐスタンプを送り、お互いの連絡ルートが開通する。

「今日から見回っても良いけど、この周辺でいいの? 怪しい人の心当たりとか、人相風体とか、何でもいいから、そのストーカー? の情報くれると助かるんだけど……」

「もうええよ、見回らんでも。私……、本当のこと言うと誰かに聞いて欲しかった、って言うか、誰かと、同年代の子と話がしたかってん」

 海香のこの言葉に、角成であるからこそ色々と共感できた。

「でもメール内容が誰かに見られてるとか何とか……」

「うん、それは……、うん、そうやねん……」

 どうやらこれは本当のことらしいが、何かを隠しているのか、それとも話したくないのか、角成は何となくそう感じた。

 その時、角成の携帯電話が鳴った。

 電話をかけてきたのは般若さんだった。

「かっくん、私、般若です」

「あのぉ、そのぉ、お疲れ様です」

「ごめんねぇ、ランデブ~~~~、の邪魔して」

「いえ、全く問題ないです、はい、大丈夫です」

「玄ちゃんから聞きました、後でそっち方面に行くんで、どこに何時か指示くださ~い」

 角成は海香に都合の良い時間を確認する。

 夜の八時頃に、昨日のファミリーレストランということになった。


 そして電話を切る前に、般若さんは『チュッ』とキッスした。

 そしてやはり角成は、いつも通り赤面した。


第三章  第三節  峙・対自・退治 その2  終


第三章 見返りと美人

第三節 対峙・対自・退治 その3

                 に続きます。       



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ