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90話 弟子のラスティ...

海岸沿いを歩く。


昼間は大勢の人で賑わっていた港も、今ではすっかり落ち着きを取り戻していた。


露店商達は屋台を片付け、荷車へ商品を積み込んでいる。


店じまいを終えた者から次々と帰路につき、人通りもまばらになってきた。


潮風だけが静かに吹き抜けていく。


人が減ったことで、逆に目につくものがあった。


憲兵と騎士の姿だ。


一定の間隔で港を巡回し、行き交う人々へ鋭い視線を向けている。


昼間より明らかに警備が増えていた。


シルも同じことを感じたらしい。


「……おかしくねぇか?」


辺りを見回しながら眉をひそめる。


「爆破犯は仮にも捕まったはずだ」


「なのに、昼間より兵士共が多く見えるのは、アタシの気のせいか?」


「それもそうなんですが……」


カイルが兵士達を目で追いながら口を開く。


「王爵家の家紋を付けた兵士までいます」


「王爵家?」


俺は首を傾げた。


「どういうことだ?」


「王爵家の兵士が街を巡回していること自体が不自然なんです」


カイルは考え込むように言葉を続ける。


「恐らく今回の式典には、王爵家の方も招かれているはずです」


「本来なら、その御方を守るため、昼夜問わず護衛に就くのが役目です」


兵士達へ視線を向けたまま、小さく首を振る。


「それなのに、街の警備へ協力している……」


「そこに違和感があります」


「不自然ってことか」


「はい」


俺は少し考えたあと、率直な疑問を口にした。


「ところで、王爵家って何だ?」


その一言で、カイルとアニーの動きがぴたりと止まる。


二人とも信じられないものを見るような目で俺を見ていた。


そんな反応にも慣れたのか、シルが呆れたようにため息をつく。


「王様の親戚だ」


「あー」


俺は納得したように頷く。


「どれくらい偉いんだ?」


「……とんでもなく偉いんだよ!」


シルは額へ手を当てた。


「時間魔法が使える公爵家より上」


「そのさらに上が王家の人間だ」


「つまり、公爵家と王家の間ってことか?」


「まぁ、そんな感じだな」


「王家に何かあれば、王爵家の誰かが次の王になる」


「実際、現国王には跡継ぎがいない」


「このままなら、次期国王は王爵家から選ばれる可能性が高い」


その話を聞いたカイルが、慌てて辺りを見回した。


「し、シルさん!」


「不敬になりますよ!」


「もし誰かに聞かれたら……」


声を潜めながら、おろおろしている。


そんなカイルをよそに、俺は興味なさそうに呟いた。


「ほぅ」


「そりゃまた、ドロドロ劇が繰り広げられてそうだ」


「……ドロドロ劇?」


アニーが不思議そうに首を傾げる。


当然の疑問だ。


俺は少し考え、なるべく伝わりやすい言葉を選ぶ。


「陰謀とか、足の引っ張り合いとか」


「権力争い、駆け引き」


「王座を手にするためなら手段を選ばない」


「そんな醜い人間模様を創作した劇……みたいなもんだ」


アニーは目を丸くした。


「そんな劇があるの!?」


「まぁ……この国にはないんじゃないか?」


そう補足すると、


「どこの国にあんだよ」


シルが鼻で笑う。


「そんな面白そうな劇、上演した瞬間に摘発されるだろ」


「聞いているだけで恐ろしいです……」


カイルは耳を塞ぎ、本気で青ざめていた。


(まぁ、そうだよな)


その後もアニーは、シルやカイルの話へ興味津々だった。


知らないことがあればすぐに質問する。


驚いたり、感心したり、不思議そうに首を傾げたり。


まるで乾いたスポンジが水を吸い込むように、吸収しているように見えた。


そんな姿を見ながら歩いているうちに、いつの間にか海岸沿い731番の区域へ辿り着いていた。


気づけば辺りは真っ暗だ。


もう真夜中だ。


……流石に疲れた。


潮風が冷たく頬を撫でる。


その時だった。


海岸沿いにぽつんと建つ一軒家が目に入る。


「あれか?」


暗闇の中、その家だけがぼんやりと明るい。


屋根の向こうから煙が立ち上っているのが見えた。


「おい!」


シルが鋭い声を上げる。


「何か変じゃないか!?」


俺も足を止める。


煙は絶えず空へ昇り続けている。


嫌な予感が背筋を走った。


「まさか……火事!?」


命を狙われている。


アインはそう言っていた。


だとしたら――放火された可能性もある。


「行くぞ!」


俺は地面を蹴り、一軒家へ向かって全力で駆け出した。


慌てて家の敷地へ足を踏み入れる。


静まり返った庭。

潮風だけが木々を揺らしていた。


家は無事だ。


「……あっちです」


カイルが小さく声を上げ、家の裏を指差す。


俺達は足音を殺しながら裏手へ回り込んだ。


そこには古びた焼却炉があった。


赤く燃える炎。


煙が夜空へ細く立ち上っている。


そして、その前には一人の青年が立っていた。


次々と大量の紙を焼却炉へ放り込んでいる。


まるで何かの証拠を、この世から消し去るように。


「……ラスティ?」


俺が声を掛けた。


「っ!」


青年の肩が大きく震える。


勢いよく振り返ると、腰へ下げていた魔道具を咄嗟に構えた。


ウェーブのかかった薄茶色の髪。服装も、一見すると発明家には見えない。


俺はステータスを開く。


名前:ラスティ TM:54/73

スキル:なし

特徴:臆病/マイナス思考/孤児/努力家/天才/観察眼/探究心/記憶力/論理的思考/集中力/師を敬う者/慎重/繊細/不眠/時間魔法研究資料の継承者


――間違いない。


ラスティだ。


スキルは……なし。


俺が一歩踏み出すと


「来るな!」

ラスティが叫ぶ。


焼却炉の火の明かりに照らされる顔、その薄茶色い瞳には怯えが浮かんでいた。


魔道具を握る手も小刻みに震えている。


俺はゆっくり両手を上げた。


「落ち着けよ」


刺激しないよう、一歩も動かず言葉を続ける。


「俺達は、お前に会いに来た」


ラスティは魔道具を構えたまま睨みつけてくる。


「……何の用だ?」


「時間魔法について教えてほしい」


その一言で、ラスティの眉間へ深い皺が刻まれた。


俺はさらに続ける。


「アインから、お前に会いに行けって言われた」


「……嘘だ!」


ラスティが叫ぶ。


「師匠は憲兵に捕まったんだ!」


「話なんかできるわけがない!」


「そうだな」


俺は頷く。


「けど、俺は時間魔法士だ」


ラスティの表情が僅かに変わる。


「時間を止めてな。アインと話をした」


その瞬間。


ラスティの表情が完全に固まった。


俺はそのまま話を続ける。


「アインは時間魔法について研究してたんだろ?」


「何ができるのか教えてほしいって頼んだ」


「そしたら、『長年の研究は、ここで簡単に話せるものじゃない』って言われた」


アインの言葉を思い返しながら続ける。


「それで、『知りたければ弟子のラスティに会いに行け』ってな」


「ラスティなら研究資料を持ってるし、理解しているって聞いた」


「だから、言われた通りここへ来た」


そして、もう一つ尋ねる。


「それと、お前……誰かに命を狙われてるんだろ?」


その瞬間だった。


ラスティの瞳が大きく揺れる。


動揺したのが一目でわかった。


だが、すぐに険しい表情へ戻る。


「お前達が、その犯人じゃない保証はない」


「今の話が全部嘘で、俺を油断させようとしてるのかもしれないだろ」


……凄い警戒心だ。


すると横から、シルが鼻で笑った。


「あのな?」


呆れたように腰へ手を当てる。


「アタシ達がお前を殺しに来たんなら、わざわざ声なんか掛けねぇよ」


「後ろから襲えば終わる話だ」


「てか、そもそも四対一なんだぞ?」


「今すぐ力づくでやれば、それで終わりだ」


「こんな面倒な会話してる意味がねぇだろ」


ラスティは黙り込む。


その言葉を頭の中で整理しているようだった。


やがて、小さく口を開く。


「……師匠は」


「他に、何て言ってた?」


確認するような声音だった。


俺は少し考えてから答える。


「そうだな」


「罪人馬車から逃げようって提案した」


「けど、断られた」


ラスティの肩がぴくりと震える。


「自分が逃げれば、弟子に疑いが掛かるってさ」


「あと、自分の能力は『魔手』」


「神から与えられたギフトだって、自慢気に話してたな」


その言葉を聞いた途端だった。


ラスティの手から魔道具が下がる。


力が抜けたように、その場へ膝をついた。


「……そうか」


小さく呟く。


その表情には、確かな心当たりがあった。


「疑って悪かった……」


深く頭を下げる。


そして、おそるおそる俺を見上げた。


「本当に……時間魔法士、なのか?」


その声には、驚きと疑心が入り混じっていた。


「ああ」


俺は軽く頷く。


そのやり取りを聞いていたアニーが目を丸くする。


「時間を止めたって……ほんとなの?」


こちらも信じられないという顔だった。


ラスティが再び警戒するようにアニーを見る。


「……仲間じゃないのか?」


「仲間っていうより」


俺はアニーの方を見た。


「社会勉強のために、くっついて来てるって感じか?」


確認するように尋ねる。


アニーは困惑した表情のまま、小さくこくりと頷いた。

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