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91話 アインの研究室...

ラスティは疑うような目でアニーを見つめた。


しばらく値踏みするように眺めていたが、やがて「ふぅ」と小さく息を吐く。


「……まぁ、いい」


そう呟くと、視線を俺へ戻した。


「気になることは山ほどあるけど」


「時間停止……」


「そんなことができる時間魔法士。それが本当なら、とんでもなく偉い立場なんだろ?」


その言い方には、敬う気持ちなんて微塵も感じられなかった。


現実を受け入れていないというより、そんな存在がいること自体、想像すらできない。


そんな表情だった。


「いや」


俺は即座に否定する。


「偉くもないし、偉い立場でもない」


ラスティは一瞬だけ目を丸くした。


「俺はルイ」


するとシルが腕を組みながら続く。


「アタシはシル」


「僕はカイルです」


カイルは軽く頭を下げた。


最後にアニーが一歩前へ出る。


「私は……アニー」


その瞬間だった。


シルが眉を吊り上げ、ラスティを指差す。


「アタシらは別にいい」


「けど、アニーはお嬢様だ」


「間違っても失礼な態度は取るんじゃねぇぞ?」


ラスティは改めてアニーを見た。


「……社会勉強」


ぽつりと呟く。


「なるほどね」



「シルがそれを言うのかよ」


俺がすかさず突っ込む。


「はぁ!?」


シルが睨み返してくる。


「アタシは口が悪いだけで、失礼なことなんかしてねぇ!」


「どうだか」


「してねぇ!」


「まぁまぁ!」


カイルが慌てて二人の間へ割って入る。


「落ち着いてください!」


そんな俺達を見ていたラスティが、頭を抱えるように額へ手を当てた。


「頼むから……静かにしてくれ」


心底疲れたような声だった。


そして、小さくため息をつく。


「中へ入れよ」


「ここじゃ落ち着いて話もできない」


そう言って踵を返し、家の中へ歩いていく。


俺達は顔を見合わせ、その後を追った。


家の中へ入る。


玄関を抜けた先には、小さなリビングがあった。


思っていたよりもずっと質素だ。


机と椅子。


壁際には棚が一つ。


生活に必要な物は揃っているが、それ以上でもそれ以下でもない。


発明家の家と聞けば、工具や設計図が散乱し、足の踏み場もないような部屋を想像していた。


(……意外だな)


俺は興味深く部屋を見回す。


するとラスティが振り返った。


「で、時間魔法についてだったよな?」


「あぁ」


俺が頷くと、ラスティはポケットから一本の鍵を取り出し、俺へ差し出した。


「師匠の研究室の鍵だ」


俺は鍵を受け取る。


「資料はそこにある」


そう言うと、ラスティは足元を指差した。


「地下だ」


「好きに見てくればいい」


地下へ続く扉まで案内され、扉が開かれる。


薄暗い石造りの階段を下りていくと、すぐ一枚の重そうな扉が現れた。


鍵穴へ鍵を差し込み、ゆっくり回す。


ガチャリ。と、鈍い音を立てて扉が開く。


カイルは部屋のライトのスイッチを入れた。


その瞬間だった。


「……おぉ」


思わず声が漏れる。


さっきまでの質素な部屋とはまるで別世界だった。


机の上には書きかけの設計図。


床にも積み上げられた研究資料。


見たこともない道具や部品が棚いっぱいに並び、壁には何枚もの図面が貼られている。


まさに――発明家の研究室だった。


俺が想像していた光景が、そのまま目の前に広がっていた。


「これなら……」


思わず期待が膨らむ。


「時間魔法について何かわかるかもしれない」


俺は一冊の資料へ手を伸ばした。


ページをめくる。


……。


意味がわからない。


別の資料を開く。


やっぱりわからない。


正しいとか間違っているとか、そんな次元じゃない。


何を書いているのか、その前提から理解できなかった。


「なんだこれ……」


思わず呟く。


一方その頃。


「すごい……」


カイルは目を輝かせていた。


資料を次々と手に取り、夢中で読み始める。


ページをめくる速度はどんどん速くなり、やがてその場へ座り込んでしまった。


完全に研究の世界へ入り込んでいる。


「カイル」


声を掛ける。


「何かわかったか?」


返事はない。


聞こえてすらいないようだった。


「……こりゃ駄目だな」


視線を横へ向ける。


シルは部屋全体をぐるりと見渡し――。


数分...。


いや、数秒かもしれない。

すぐに踵を返した。


「無理」


それだけ言い残し、さっさと地下室を出ていく。


アニーはというと、机の上に置かれた実験器具らしき物を手に取り、珍しそうに眺めていた。


あっちを見て。


こっちを見て。


目に映るもの全てが新鮮なのだろう。


……結局。


まともに研究資料を読もうとしているのは、カイルだけだった。


俺は大きくため息をつく。


「さて……」


ここにいても埒が明かない。


俺は地下室を後にした。


リビングへ戻ると、ラスティの姿がなかった。


代わりに、シルがテーブルへ突っ伏している。


「頭がパンクしそうだ……」


魂でも抜けたような声だった。


「ラスティは?」


俺が尋ねると、シルは顔も上げず親指だけで廊下の奥を指す。


「自分の部屋だ」


「好きなだけ見ていけってさ」


そして、呆れたように鼻を鳴らす。


「警戒心が強いんだか、強くないんだかわかんねぇ奴だな」


俺は思わず苦笑した。


確かにその通りだ。


さっきまで魔道具を向けて威嚇していたかと思えば、アインの研究室を好きに見せ自分は部屋へ引っ込んで出てこない。


俺は廊下の奥へ歩いていく。


ラスティがいるであろう部屋の扉を軽く叩いた。


「ラスティ」


しばらくして扉が開く。


「……もう見終わったのか?」


ラスティが顔を覗かせた。


「まさか」


俺は苦笑する。


「見てもさっぱりわからん」


「だから、お前に説明してほしい」


「研究資料の内容を教えてくれ」


ラスティは少し考え込んだ。


黙ったまま視線を落とし、何かを決めるように息を吐く。


やがて俺を見据えた。


「……その頼みなら聞いてもいい」


「その代わり」


「こっちの頼みも聞いてほしい」


「何だ?」


「爆破事件の犯人を突き止めて、師匠の無実を証明したい」


その表情は真剣そのものだった。


「つまり、それに協力しろってことか?」


俺が確認すると、ラスティは力強く頷いた。


その瞬間――。


ガタンッ!


リビングから大きな物音が聞こえた。


どうやら俺達の話が聞こえていたらしい。


シルが椅子から崩れ落ちた音だった。



「……あーあ」


呆れたような声が聞こえてくる。


気持ちはわかる。


俺も同じだ。


次から次へと面倒事が増えていく。


俺は頭を掻きながら、ラスティを見た。


アインは言っていた。


『研究の全てを知りたければ、三日後、ラスティを連れて私に会いに来い』


『無事を、この目で見届けたい』


あの言葉の意味は、今ならわかる。


犯人からラスティを守ってくれってことだ。それが、アインの願いだったんだろう。


だが、それと同時に『全て知りたければ』と言うことで俺達に対して逃げ道も用意してくれた。


正直に言えば、俺はアインの研究の全てを知りたいわけじゃない。


時間魔法について、ある程度理解できれば十分だ。


だから、アインの願いを飲む必要はない。


だが、ここへ来てラスティは別の条件を出してきた。


「師匠の無実を証明すること」


それに協力しなければ、研究資料の説明はしないという。


結局のところ――。


ラスティの命を狙う犯人からラスティを守る。つまりそれは、犯人を暴かなければならない。


それが、そのままアインの無実を証明することへ繋がる。


俺はもう一度頭を掻いた。


仮にラスティから交換条件なんて出されなかったとしても。


若く才能のあるラスティが殺される。そして、その師であるアインは、犯人の策略で、無実の罪で処刑される。


その結末を知っていて、自分の欲しい情報だけ手に入れてさっさと帰る。


そんな寝覚めの悪い真似をするつもりは、最初からなかった。


俺はラスティを真っ直ぐ見つめる。


「俺にできることなら」


「協力してやるよ」


その言葉を聞いた途端。


ラスティの表情が、少しだけ緩んだ。


安堵したように、小さく息を吐く。


その時だった。


「おーい」


リビングからシルの気の抜けた声が飛んできた。


「アインは三日後に処刑されんだぞ〜!」


「黒幕さーん、出てきてくださーいって、みんなで土下座でもしてみるか?」


投げやりなその一言に、ラスティの表情が一変する。


「……三日後?」


顔から血の気が引いていく。


「そんな馬鹿な!」


思わず一歩踏み出した。


「今日捕まったばかりだぞ!」


「早すぎる!」


「それに、そんな発表はされてないはずだ!」


するとシルが勢いよく立ち上がる。


「バカはお前だ!」


ビシッとラスティを指差した。


「本人が望んで捕まったって言ってた!」


「つまり、自分が犯人だって認めたってことだ!」


「だったら刑が確定するのも早ぇに決まってんだろ!」


腕を組み、鼻を鳴らす。


「発表はされてねぇ」


「けど、確かな情報だ」


ラスティは唇を震わせる。


「どこで……そんな情報を?」


シルはニヤリと笑った。


「おいおい」


「情報源なんて言うわけねぇだろ」


「情報ってのは、それだけ価値が高いんだよ」


そして肩をすくめる。


「アンタが信じねぇなら、それまでだ」


「呑気に犯人探しでも何でもしてりゃいい」


「まぁ、処刑されちまったら意味ねぇけどな」


冷たく言い放つ。


「アタシらには関係ない」


「協力する以上は、アンタの望んだ成果が出なくても」


「約束だけは守ってもらうからな?」


その言葉を聞いたラスティは、力なく俯く。


「……三日後」


ぽつりと呟く。


その瞬間。


ラスティの瞳から光が消えた。


……絶望。


その目を、俺はこれまで何度も見てきた。


俺は静かに口を開く。


「マイナスに考えるな」


ラスティがゆっくり顔を上げる。


「今はどんなに絶望的な状況でも」


「未来はいくらでも変えられる」


その言葉を聞いたシルが、呆れたように笑った。


「それ、死にたがってる奴が言うセリフか?」


「……」


思わず固まる。


言われてみれば、その通りだった。


一番驚いたのは俺自身だ。


ラスティが不思議そうに俺を見る。


「……ルイは死にたいのか?」


「だから寿命を削る時間魔法について知りたい……」


「そういうことなのか?」


「まぁ」


俺は視線を逸らした。


「そういうことだ」


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