88話 変人アイン...
「ルイ!」
後ろから俺を呼ぶ声がした。
振り返ると、人混みをかき分けながらシル、カイル、アニーの三人が飛び出す。
「いきなり消えるな!」
肩で息をしながらシルが睨んできた。
カイルも乱れた呼吸を整えながら俺の顔を見る。
二人とも、俺が何を見たのか、その答えを待っていた。
一方で、アニーだけは状況がわからず、心配そうに俺達を見ている。
アニーに説明している時間はない。
俺は遠ざかっていく罪人馬車を指差した。
「間違いなく、探していたアインだ」
シルは目を見開いたまま、ゆっくりと罪人馬車へ視線を向ける。
「爆破事件の犯人とか……まじかよ……」
俺は首を横へ振った。
「違う」
「アインは無実だ」
その一言で、二人の表情が固まった。
「無実の罪で、三日後に公開処刑される……」
シルもカイルも、言葉を失っていた。
一方、アニーだけは話についていけず、小さく首を傾げている。
俺は遠ざかる罪人馬車を見つめ、両手を持ち上げると親指と人差し指を合わせて四角いフレームを作る。
ゆっくりと罪人馬車へ向けた。
(時間を……停める)
どこまで効果が及ぶのか、自分でもわからない。
もし効果範囲とそうでない範囲があるなら、その境目にいる人間は突然周囲だけが止まる光景を見ることになる。
間違いなく大騒ぎだ。
だから、長時間は無理だ。
すぐに終わらせる。
覚悟を決めた、その瞬間――
眩い光が視界を埋め尽くした。
心臓を鷲掴みにされたような激痛が走る。
「っ……!」
さっきまで耳をつんざいていた怒号が、嘘のように消える。
静寂。
あまりにも、不気味な静けさだった。
見える範囲にいた大勢の人間が、その場でぴたりと動きを止めている。
叫んでいた男も。
石を投げようとしていた子供も。
暴れる馬でさえ、前脚を浮かせたまま止まっていた。
世界から、時間だけが切り取られたような光景。
俺はすぐにシルとカイルの肩へ手を置く。
二人の身体が、糸の切れた人形のように一度カクンと揺れた。
止まっていた時間へ、二人だけが戻ってくる。
「……!」
シルは目を見開き、周囲を見回した。
カイルも息を呑みながら辺りを見渡すと、この異様な光景に小さく呟いた。
「……やっぱり、信じられません」
その声だけが、静止した世界へ響く。
俺は短く息を吐いた。
「行くぞ」
返事を待つことなく走り出す。
罪人馬車の前まで駆け寄る。
鉄格子越しに、初老の男が静かに座っている。
シルは男の顔をじっと見つめ、口を開いた。
「……コイツがアインなのか?」
「ああ」
「ステータスを見た。間違いない」
そう言って、俺は鉄格子の隙間から腕を伸ばし、アインの肩へそっと触れる。
その瞬間だった。
「……っ!」
アインが溺れていた人間のように大きく息を吸い込んだ。
ゆっくりと顔を上げたアインは、静止した世界を見回した。
馬車を囲む憲兵。
空中で止まった砂埃。
その異様な光景を一つひとつ確認すると、最後に俺たち三人へ視線を向ける。
「……これは、どうなってる?」
低く落ち着いた声だった。
止まった世界の中で、動いている俺たち。
説明を求めるような視線が俺へ向けられる。
俺が口を開こうとした、その時だった。
「……まさか」
アインの目が大きく見開かれる。
「時間を止めたのか?」
語気が一気に強くなる。
「ああ」
短く答える。
その一言だけで、アインは子供のような笑顔になる。
「アンタに聞きたいことがあってな」
そう切り出した瞬間。
「それはこっちの台詞だ!」
アインが声を弾ませた。
驚愕と興奮が入り混じったような表情。
しかし、その勢いはすぐに消える。
アインは静かに俯き、小さく呟いた。
「なぜ……今なんだ」
「俺は時間魔法について聞きたくて、アンタを探しにここまで来たんだ」
息継ぎも忘れるほど、言葉が溢れ出す。
「時間魔法は寿命を削るだろ?」
「どうすれば、もっと多く寿命を削れる?」
「この能力は、どんなことができる?」
「時間魔法について何かわかったことがあるなら、全部教えてほしい」
そして、最後にもう一つ。
「それと……魔手」
「それは、どういう能力なんだ?」
立て続けに浴びせられる質問。
アインは遮ることなく、ただ静かに聞いていた。
その瞳が、少しずつ変わっていく。
まるで、長い闇の先で希望を見つけたような目だった。
時間停止のせいで、いつ、どこでパニックが起きるかわからない。既に起きてるかもしれない。
「牢の鍵を開ける」
「一緒に来てくれ」
「アンタ、無実なんだろ?」
その言葉に、アインは目を見開いた。
驚いたように俺を見つめる。
しばらく沈黙したあと、ニヤリと笑う。
「……私は行かない」
ゆっくりと首を横へ振った。
「なんでだよ?!」
思わず声が大きくなる。
「このままだと、三日後に処刑されるんだぞ」
事実を突きつける。
その瞬間。
アインの表情から笑みが消えた。
「……三日後」
アインは静かに目を閉じると俯き、小さく息を吐く。
「……私には、一人だけ弟子がいる」
その声は、どこか誇らしさを含んでいた。
「私がここから逃げれば、疑いの目はその弟子へ向けられるだろう」
目を開け、ゆっくりと顔を上げる。
「だから私は、自ら望んでここにいる」
迷いは感じられなかった。
覚悟を決めた人間の目だった。
「お前さんの言う通りだ。私がやったんじゃない」
「今回の爆破事件は、仕組まれたものだ」
その一言で、空気が張り詰める。
「だが、犯人の狙いは、私を捕らえることではない」
「私の弟子を捕らえること……恐らくそれが目的だ」
アインの拳が、膝の上で静かに握られる。
「そして今も、犯人は次の手を画策しているだろう」
その眼差しが遠くを見る。
「どうやって、弟子のラスティを消すかを……」
重い沈黙が流れた。
誰も言葉を発しない。
止まった世界の中で、その沈黙だけがやけに重く感じられた。
やがてアインは、肩の力をふっと抜くと、口元に小さな笑みを浮かべた。
「……これは、神が私に再び与えた救いの手なのか」
そう呟くと、俺を真っ直ぐ見据える。
その目には、さっきまでの諦めはなかった。
「今度は、間違えないようにしなくては」
静かな声だった。
「私の長年の研究は、ここで話せるほど簡単なものではない」
申し訳なさそうに苦笑する。
「今すぐ説明しろと言われても、到底無理だ」
そして、少しだけ優しい表情になった。
「だが私の弟子、ラスティなら……」
「あの子なら、きっと理解しているはずだ」
その一言には、揺るぎない信頼が込められていた。
「私の今までの研究資料は、一部あの子に託してある」
「会いに行くといい」
「海沿いに歩いていけば731番の家にたどり着く」
アインは一度言葉を切る。
「全てを知りたいなら、三日後だ」
俺は思わず眉をひそめた。
「三日後って……」
処刑の日じゃないか。
そんな俺の反応を見ても、アインは穏やかなままだった。
「その時は、ラスティも一緒だ」
優しく微笑む。
「最後の研究資料のありかは――その時に教えよう」
「あいつの無事を、この目で見届けたい」
(つまり、全てを知りたいなら狙われた弟子を連れて三日後に会いに来いってことか....)
言いたい事は山程ある。
だが、今聞き出せる情報は何もない。
俺は鉄格子から離れた。
「おっと、魔手についてなら教えてやれる」
「魔手とは、魔法を生み出す手の事だ」
「どういうことだ?」
「魔法とは何なのか?考えた事があるか?」
「何故それが起きるのか」
「探究し、理論づけ、生み出す事が出来る奴にのみ与えられるギフトだ」
「自分の頭の中にある理論を構築し、その効果を物へ与えることができる」
「天才にだけ与えられる、神からのプレゼントだ」
自慢気に言う。
(付与魔法...)
アインはニヤリと笑うと、別れを告げるように片手をあげた。




