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87話 囚人...

周囲から、ひそひそと話し声が聞こえてくる。


「聖堂がこんなことになるなんて……」


「ひでぇもんだ」


「ヴィクトリア様も、さぞ心を痛めておられるだろうな」


「体調が優れなくて、歓迎式にも参加できなかったらしいわ」


「せっかくクレジオルムまで来てくださったのに、聖堂で祈りを捧げることもできないままだ」


誰もが焼け焦げた聖堂へ視線を向け、沈んだ表情を浮かべている。


祭りの華やかな空気とは対照的に、その一角だけは重苦しい空気に包まれていた。


その一方で、不安げな声も聞こえてくる。


「式典は予定通り行われるのか?」


「犯人が捕まるまでは安心できねぇな」


「また爆発なんて起きたら洒落にならんぞ」


人々は笑顔で祭りを楽しみながらも、どこか落ち着かない様子だった。


誰もが、爆破事件のことを忘れられずにいる。


そんな空気が広場を包んでいた、その時だった。


広場の端が、急に騒がしくなる。


「犯人が捕らえられたみたいだぞ!!」


その叫びは、水面へ投げ込まれた石の波紋のように、瞬く間に広場全体へ広がっていく。


「罪人馬車が広場を抜けて詰所へ向かうところだ!」


「犯人を見に行こうぜ!」


「道を開けろ!」


人の流れが一斉に動き出した。


さっきまで屋台に並んでいた客まで、我先にと広場の入口へ押し寄せていく。


祭りで賑わっていた広場は、一瞬にして別の熱気へ飲み込まれた。


期待でも歓喜でもない。


怒りと憎しみが渦巻く熱気だった。


やがて、騎馬隊と憲兵に厳重に囲まれた一台の馬車が、ゆっくりと広場へ姿を現す。


蹄の音だけが規則正しく石畳へ響く。


その瞬間――怒号が飛んだ。


「この野郎!」


「絶対に許さねぇぞ!」


「聖堂を返せ!」


怒鳴り声と罵声が四方八方から浴びせられる。


馬車の荷台には、牢屋をそのまま載せたような鉄格子が取り付けられていた。


しかし、人垣が何重にもできていて、中の犯人の姿までは確認できない。


時折、人の隙間から鉄格子だけがちらりと見える。


まるで見せしめのように、馬車はゆっくりと進んでいく。


俺達は少し離れた場所から、その様子を静かに眺めていた。


シルは肉焼きを頬張りながら、興味なさそうに呟く。


「……ありゃ処刑だな」


そこには同情などはない。


ただ、当たり前の未来を口にしただけのような声だった。


「聖堂を狙うなんて、余程神が憎いのか、権力が憎いのか、たんに処刑狙いの死にたがりか」


そう付け加えると、チラリと俺を見て再び肉へかぶりつく。


カイルは人混みを見回し、小さく息をついた。


「この状況では、聞き込みはできそうにありませんね」


人々の関心は完全に罪人馬車へ向いている。


今は誰に声を掛けても、それどころではないだろう。


一方でアニーはというと――。


手に入れたいちご飴を両手で持ち、宝物でも眺めるように嬉しそうに見つめていた。


周囲の騒ぎなど耳に入っていないのか、小さく微笑みながら飴を光へかざしている。


そのあまりにも無邪気な姿が、この異様な空気の中では妙に浮いて見えた。



「……アイン探しは、今日はもう諦めるか」


人混みを眺めながら、俺はそう呟いた。


この騒ぎだ。


カイルの言う通り、今日これ以上聞き込みを続けても、まともな話は聞けそうにない。


そう判断した、その瞬間だった。


「犯人は、変人アインだ!!」


広場の向こうから、誰かの怒鳴り声が響いた。


――は?今、なんて言った?


一瞬、自分の耳がおかしくなったのかと思った。


周囲の喧騒が、急に遠くなる。


「あいつを知ってるぞ!変人アインだ!」


「聖堂を爆破したのはアイツなのか?!」


「絶対に許すな!」


そんな怒号がポツポツと上がり、やがてその怒りはアインを知らない人々にまで広がっていく。


シルの手から、肉の刺さった串がぽとりと地面へ落ちた。


カイルも息を呑んだまま動かない。


誰一人、言葉を発しなかった。


……聞き間違いじゃない。


確かに聞こえた。


変人アイン。


俺達が、探していた人物の名前。


鼓動が一気に速くなる。


まさか。


まさか、そんなはずがない。


あの馬車に乗せられているのが……アイン?


ゆっくりと罪人馬車へ視線を向ける。


人垣に遮られ、その姿は見えない。


それでも、人々の怒声だけは容赦なく耳へ飛び込んできた。


「死刑にしろ!」


「聖堂をめちゃくちゃにしやがって!」


「こんな危険な奴は処分しろ!」


探していた人物。


会えば時間魔法について何かわかると思っていた。


それが、まさかの爆破事件の犯人?!


「アインを殺せ!」


その叫びを聞いた途端、身体が勝手に動いていた。


「ルイさん!?」


後ろでカイルが何か叫んだ気がした。


だが、構わず人混みへ突っ込む。


「お、おい!」


「押すなって!」


「前が詰まってんだよ!」


肩がぶつかる。


腕を掴まれる。


罵声が飛ぶ。


それでも止まれなかった。


人垣を無我夢中でかき分け、ひたすら罪人馬車を目指す。


胸が嫌な音を立てていた。


違う。


何かの間違いだろ?


そうに決まってる。


ようやく最前列へ飛び出した瞬間、憲兵が慌てて前へ出てきた。


「止まれ!」


槍が俺の前へ突き出される。


その目の前を、罪人馬車がゆっくりと横切っていく。


思わず息を呑んだ。


牢の中には、一人の男が座っていた。


両手には手枷。


両足には重そうな足枷。


それでも背筋は真っ直ぐ伸び、まるで王座に腰掛けるように堂々と座っている初老の男。


額から流れた血が、立派な口髭を赤く濡らしている。


片目は大きく腫れ上がり、痛々しい。


それでも、その男は顔を伏せようともしなかった。


怒号を浴びても。


石を投げられても。


ただ静かに、真っ直ぐ前だけを見据えている。


その眼差しには、怯えも後悔も感じられなかった。


「……あれが」


思わず声が漏れる。


「あれが……アイン?」


信じられなかった。


本当に俺が探していた人物なのか?


時間魔法を個人で研究してるはずだろ?

そんな男が、なぜ罪人として牢へ繋がれている。


「ステータスオープン!!」


名前:アイン·ステリッツ

TM:003***/ 102

スキル:魔手

特徴:好奇心旺盛/時間魔法の研究/生み出す者/与える者/寝不足/後悔/変人/頑固/世界を変える発想/天才

【死期:3日後】

【死因:無実の罪で公開斬首の刑】


間違いなく、探していたアインだ。


だが、


(なんだよこれ···)


無実?斬首刑?

それに、カイルと同じ魔手···


馬車は俺の前を通り過ぎていく。


聞きたいことが山ほどあるのに、このまま処刑されたら、何も聞けないじゃないか!


探していた人物。


会えば時間魔法について何かわかると思ってここまで来た。


ようやく辿り着けたと思った、その出会いは


あまりにも、残酷すぎた。

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