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84話 偽物の魔道具...

「それ、私に売って頂けますか?」


赤いローブをすっぽりと被った女性がそう言うと、露店商の男は途端に顔を綻ばせた。


「おっ、お客さん! お目が高いねぇ!」


俺に向けていた営業スマイルとは熱量が違う。


どうやら本当に買ってくれる客を見つけ狙いを定めたようだ。


「これはねぇ、見た目を変えられる魔道具なんだ! 滅多に入荷されない逸品で――」


男は得意げに語り始める。


確かに、変身できる魔道具なんて聞くだけなら夢がある。


だが――

ステータスで男の特徴を見た瞬間、


(やっぱりな)


悪辣。


強欲。


嘘つき。


見事に信用できない要素が並んでいる。


「やめといた方がいいぞ」


俺は女性へ声をかけた。


購入しようとしていた手が止まる。


「え?」


「きっと嘘だ」


その瞬間、露店商の顔が引きつった。


「おいおいおい! 何を言い出すんだ兄ちゃん!」


男は大袈裟に両手を広げる。


「嘘だなんて! 商売の邪魔するならさっさとどっか行ってくれ!」


「貴重な逸品なんだろ?」


俺は男の手元を指差した。


「なら、なんで素手で握ってるんだ?」


「……あ?」


「手袋くらいして丁重に扱ったらどうだ?」


さっきまで男は、ネックレスを乱暴に振り回していた。


宝石店の店主なら卒倒しそうな扱いだ。


男の眉がぴくりと動く。


「そ、それは――」


「それは?大事に扱う価値もない代物なのか?」


「何言ってんだ!保証書だってある!」


男は紙切れをこれ見よがしに掲げ、露骨に俺を睨みつけた。


一方、巻き込まれた女性はというと、購入するべきなのかやめるべきなのか判断できず、困ったように立ち尽くしている。


その時だった。


「何やってんだ?」


聞き慣れた声が横から飛んでくる。


振り向くと、聞き込みを終えたシルが戻ってきていた。


露店商は露骨に嫌そうな顔をする。


「アンタの連れか? さっさと連れてってくれよ」


シルはその言葉を無視し、男が持っていたネックレスを見る。


そして呆れたように眉を上げた。


「おいおい……こんなもん買う気だったのか?」


「いや、姿を変えられるって言うから話を聞いてただけだ。買う気なのは隣の人だ」


俺の言葉に、シルはローブの女性をチラリと見ると盛大にため息を吐いた。


「姿を変える魔道具がこんな露店で売ってるわけねぇだろ」


「そうなのか?」


「当たり前だ!そもそも!使ってる魔石が小さすぎる」


シルはネックレスを指差す。


「この程度の魔石じゃ目の色に少し変化が出る程度だ。継続時間だってたかが知れてる」


そして一言。


「おもちゃみたいなもんだぞ」


「それに、何だこのペラペラの紙切れ!こんな商会聞いた事ねぇよ」


完全な駄目出しだった。


俺は隣の女性へ視線を向け


「だってさ」

と、呆れたように片手を上げる。


それを見た女性は小さく頷いた。


露店商は舌打ちをして


「····同業かよ」


と、小さく吐き捨てるように言うと、ネックレスを引っ込め、悪びれる様子もなくシッシッと手を振る。


「ほらほら、買わねぇならあっち行った行った!」


さっきまでの愛想の良さはどこへやらだ。


俺達は顔を見合わせ、その場を離れる。


すると、


「お待ちください」


後ろから声がかかる。


振り返ると、あの赤いローブの女性が小走りで追いかけてきていた。


「助かりました」


ローブから覗く顔は整い、その瞳は紫の宝石が嵌め込まれているかのように美しかった。


シルは眉間にシワを寄せ、一瞬小首を傾げると、周囲を見回し一軒の店を指差した。


「姿を変えるような魔道具を探してるなら、あそこへ行きな」


女性はシルが指差した方を見る。


大通りから少し外れた場所に、小さな店があった。


「商会の規模は大きくないが、珍しい魔道具を取り揃えてる店だ」


「ありがとうございます」


女性は頷くと、小走りでその店へ向かっていった。


ローブの裾が人混みの中へ消えていく。


その背中を見送りながら、俺はシルへ視線を向けた。


「詳しいんだな」


「何が?」


「魔石も魔道具も、商会も、色々と」


「まぁね」


シルはそれだけ言って歩き出す。


だが、その背中を見ながら俺は少し考える。


魔道具の知識。


商会への詳しさ。


商品の見立て。


そして人を見る目。


詐欺を働かなきゃ生きていけないような、低レベルの知識じゃない事はわかる。


(····コイツって何者なんだろう)


もちろん聞けば答えてくれるのかもしれない。


けれど、本人が話してこないなら、それなりの理由があるんだろう。


「ほら、置いてくよ」


前を歩くシルが振り返る。


考え事を打ち切り、俺は慌てて後を追った。





気づけば空は茜色に染まり始めていた。


祭りの賑わいは衰えるどころか、ライトに明かりが灯り始めたことで、むしろ一層活気づいている。


「……駄目だな」


俺は肩を落とす。


港周辺の露店や商店はほとんど回った。


それでも、有力な情報は一つもない。


「街の外から来た商人ばっかだ」


シルも苦笑する。


「昔からこの港にいるような連中にも聞いたけど、時間魔法を個人で研究してるような奴に心当たりはないってさ」


「だよな……」


わかってはいた。


レイグが噂を耳にしたのは、もう何年も前の話だ。変人扱いされていたらしいが、超有名というほどではない。


そんな人物を数年越しに探し当てるなんて、簡単な話じゃない。


「そもそも、生きてるかどうかすらわかんねぇけどな」


そう言って、シルは串焼きを頬張る。


生きていたとしても、アインがまだこの街にいる保証はない。


研究を続けているのかも、どこかへ移り住んだのかも、何一つわからない。


「はぁ……」


自然とため息が漏れる。


「まぁ、落ち込むのはまだ早いよ」


シルが軽く俺の肩を叩いた。


「今日は港しか回ってない。この街は広いんだ。まだ探してない場所はいくらでもある」


「……そうだな」


一日で見つかるなら苦労はしない。


むしろ、何の手掛かりもないことも予想の範囲内だった。

それより予想外だったのは、聞き込み中『不滅の魔法士』の話をしている人々がいたこと。


『人ならざる者』『触ると寿命が伸びる』『怒らせると街が滅びる』そんなとんでもない言葉が並んでいた。


それを聞くなりシルは大爆笑していた。


俺は深呼吸をして、ゆっくり顔を上げる。


約束の時間も近い。


「船着場に戻るか」


「だね。カイルもそろそろ戻ってる頃だ」


俺達は賑わう通りを抜け、夕日に染まり始めた船着場へと足を向けた。




「見つけた!」


突然、後ろから弾んだ声が飛んできた。


思わず振り返ると、そこに立っていたのは、一人の女性だった。


淡い茶色の長い髪。


毛先だけがほんのり紫色に染まっている。


大きな茶色の瞳は宝石みたいにきらきらと輝き、どこか人懐っこい印象を受けた。


初めて見るはずなのに、妙な既視感がある。


どこかで会ったような。


いや、そんなはずはない。


この世界に知り合いなんて一人もいない。


俺が首を傾げていると、女性は俺達を見つけたことが嬉しかったのか、小走りで駆け寄ってきた。


「す、すみません! 突然ごめんなさい!」


息を切らしながら目の前に立つ。


その時、俺は彼女が羽織っているローブに見覚えがあることに気づいた。


くすんだ赤色のローブ。


「先ほどは、ご親切にありがとうございました」


女性は少し照れくさそうに笑う。


「えっと……偽物の魔道具を買わされそうになっていた時……助けていただいて···」


そう言って上目遣いでこちらを見る。


「ああ、昼間の···」


言われてようやく一致した。


(昼間はフードを深く被っていたから、ほとんど顔が見えていなかったが)


どうやらシルが紹介した店で、目的の物は無事に買えたらしい。


目の色や、多分髪の色も違う。

どこまで姿が変わったのかはよくわからない。


「礼はいいよ」


シルはそれだけ言うと、あっさり踵を返した。


俺も片手をひらひら振る。


「本物、買えたんだな。よかったな」


そのまま二人で歩き出す。


……のだが。



後ろから小さな足音が聞こえる。

妙に耳につく足音。

どこか落ち着きのない足取り。


気になって振り返ると、さっきの女性が少し後ろをついてきていた。


……同じ方向なのか?


そう思ってしばらく歩く。


だが違った。


女性は俺達が曲がれば曲がり、止まれば止まり、歩けば歩く。


完全についてきている。


人混みに入れば、見失わないように慌てて左右を見回し、


「あっ……!」


危うくはぐれそうになると、小走りで追いついてくる。


戸惑いながらも必死についてくるその姿を見て


(カルガモの子供かよ……)


と、思わず笑ってしまう。


「おい」


俺は小声でシルに話しかける。


「あれ、何なんだ?」


シルは一度も振り返らない。


面倒くさそうにため息を吐くだけだった。


「気にすんな。それより急ぐよ」


そう言うと歩調を速める。


「お、おい」


俺も慌てて後を追う。


すると案の定、


「あっ、待っ……!」


後ろで女性が小さく声を上げ、さらに慌てて追いかけてきた。


やっぱりついてきてる。


なんなんだ、本当に。


そんなことを考えているうちに、待ち合わせ場所の船着場が見えてきた。


夕日に照らされた桟橋の前。


そこにはカイルが一人、満足そうな笑みを浮かべて立っていた。


肩から提げた鞄は、朝とは比べ物にならないほど大きく膨らんでいる。


俺達に気づくと、カイルは嬉しそうに片手を上げた。



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