83話 賑わう街...
「カイル! 金がかかるならアタシが支援してやるよ!」
「シルさん……」
カイルの目が潤む。
「商会が発明家と契約して投資する。慈善事業じゃねえ。投資するだけの価値がなきゃやらねぇよ」
シルはニヤリと笑った。
「アタシだって天変地異を目の前で見たんだ。絶対に出来ないなんてことはないはずだ」
今度は茶化しじゃない。
本気だった。
いくら土地で儲けたとはいえ、これから宿の建設に金もかかる。
立ち上げたばかりの商会にとって、研究支援なんて痛い出費のはずだ。
それでもシルは賭ける価値があると思ったのだろう。
魔法陣に。
そしてカイルに。
そんなシルの申し出に
「はい!」
と、カイルは満面の笑みで頷いた。
「けど、紙に練り込むにしても……何の魔石を使えばいいんでしょうか……」
「いくらかかるか、考えるだけで怖ぇな」
「研究に没頭しすぎて無駄遣いすんなよ?」
とカイルに釘を刺すシル。
「それなら大丈夫だろ」
俺が言うと、二人が同時にこちらを見る。
「透明の魔石があるじゃないか」
二人のキョトンとした顔。
俺は続けた。
「下手に属性付きの魔石を使うより、そっちの方がいいだろ」
「……え?」
カイルが固まる。
「魔法陣そのものに魔法効果が組み込まれてるんだ」
「だったら魔石の効果なんて、逆に邪魔になるだけだろ」
そう。
透明の魔石。
属性効果がない。
白く濁る。
使い道がない。
だから捨てられる。
さっきそう聞いた。
二人の顔を見る。
「細かくても魔石は魔石なんだろ?」
「……」
「むしろ最初から細かいなら粉にする手間もいくらか省ける」
俺は軽く言った。
「白く濁っても紙に練り込むから問題ないし」
沈黙。
シルもカイルも固まったままだ。
(あれ? 俺、変なこと言ったか?)
「透明の魔石って、紙に練り込むのにピッタリな条件じゃないか?」
次の瞬間だった。
「ルイ!!」
シルが叫ぶ。
「アンタ、天才かよ!!」
「透明の魔石なら負担なく実験回数を確保できます!」
「コストが段違いだ!」
二人とも大興奮だ。
本当にただの思いつきだ。
なんとなく漫画で見たことのある『スクロール』を思い浮かべただけ。
魔力のこもった紙に魔法陣が描かれてる。
それが自然と頭に浮かんでた。
(無駄だと思っていた趣味がこんな所で役に立つとは···)
「こうなったら、まずは買い出しだ!」
と拳を握るシル。
「いや、まずはアイン探しだろ!」
俺はシルの宣言を慌てて止める。
だが、
「同時にやればいい!」
そう言ってシルはニヤリと笑った。
───
街へ入れた頃には、すっかり昼を回っていた。
頭上からは容赦なく太陽が照りつけている。
「はぁぁぁ……」
俺は大きく息を吐いた。
隣ではシルもカイルもぐったりしている。
爆破事件があったとは聞いたが、まさかここまで門を通るのに時間がかかるとは思わなかった。
検問は異常なほど厳重だった。
焼印が一つでもあれば列から弾き出される。
街へ入る者だけでなく、街から出る者への検問はさらに時間をかけているようだった。
荷馬車の荷袋は一つずつ開けて確認。
樽は中身を全部出させる。
釘で封をされた木箱ですら、わざわざ釘を抜いて中身を確認していた。
怪しい奴だけじゃない。
全員だ。
その徹底ぶりからは、爆破事件の犯人を絶対に街の外へ逃がさないという気迫が感じられた。
「やっと解放されたー!」
シルが大きく伸びをする。
そして親指で別の列を指差した。
「あっちはいいよなぁ」
その先には、貴族の馬車専用レーンがある。
豪華な馬車が次々と門を通過していく。
簡単な確認を受けるだけで、ほとんど止まることもない。
「黄金に輝く身分証見せて終わりだもんな」
シルが不満そうに唇を尖らせた。
「こっちは、誰かさんのせいで足止めくったってのによ」
反論できない。
身分証となるプレートを持たない俺のせいで、不審な点がないか確認するのに時間がかかった。
「悪かったな!けど、焼印があったら街にすら入れなかったんだ」
俺が嫌味のように言うと、シルは腕を掲げ
「でも、今はない」
と、軽い足取りで前へ進む。
そんな俺たちの会話をカイルは不思議そうに聞いていた。
街の中心部を抜けるにつれ、人の流れはさらに増していった。
色とりどりの布や旗が建物の間を渡され、祭りの空気が街全体を包み込んでいた。
皆、笑顔で買い物を楽しんでいる。
どこを見ても活気に満ちていた。
だが、その賑わいの中には不自然な緊張感も混ざっている。
通りのあちこちで鎧姿の兵士達が巡回していた。
兵士達が鋭い視線で周囲を警戒している。
祭りを楽しむ人々とは対照的に、その表情はどれも険しく、商店が並ぶ通りを進みながらも、路地裏や建物の屋根、人混みの奥へ絶えず目を向けていた。
少なくとも、兵士たちは祭り気分ではないことだけは伝わってくる。
そんな厳重な警備のおかげか、街の人々から爆破事件があったような雰囲気は感じられない。
やがて通り抜ける風に潮の香りを感じる。
建物の隙間から青い海が見え始めた。
視界が開けた瞬間、思わず足を止める。
船着場からは荷下ろしをする男達の威勢のいい声が飛び交っていた。
木箱の中には今朝獲れたばかりらしい魚介類。
氷の上に並べられた魚は銀色の鱗を輝かせ、甲殻類はまだ生きているのか時折ぴくりと動いている。
その周囲には大量の荷物が積み上げられ、人々が忙しなく行き交っていた。
祭りの賑やかさとはまた違う。
港には港の熱気がある。
そして何より――腹が減る。
近くの露店から漂ってくる香ばしい匂い。
魚が焼かれ、焼けた貝殻からは湯気が立ち上る。
香ばしいタレの匂い。
自然と俺達の足は屋台へと向かった。
一つだけで十分腹が満たされる大きさの串焼き。
それをシルもカイルも無言で食べ続けていた。
三銅貨から五銅貨程度。
日本円に換算すれば三百円から五百円くらいだろうか?この大きさと味ならかなり安い。
観光地価格もなく良心的だ。
腹を満たした俺達は再び露店を見て回る。
売られているのは食べ物だけじゃない。
貝殻や珊瑚を加工した装飾品。
船乗りが使う道具。
異国から運ばれてきたらしい見慣れない雑貨。
香辛料の詰まった小瓶。
鮮やかな布地。
魔道具らしき品も並んでいる。
見ているだけで時間が消えていく。
港も含め、街全体祭り会場という感じだ。
船乗り達の怒鳴り声。
露店の呼び込み。
行き交う人々の笑い声。
様々な音が混ざり合い、絶え間なく耳へ飛び込んできた。
そんな中、カイルが真剣な表情で口を開く。
「僕は透明の魔石を購入してきますね」
カイルにとっては、俺のアイン探しと同じくらい重要な用事だ。
シルは腕を組みながら頷く。
「ならアタシ達はアインの聞き込みだね。ルイ一人じゃ何しでかすかわかんねぇし」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味だよ」
「アタシが少し目を離した隙に変なもん作り出したりすんだろ?」
(否定できない···)
「その方が安心そうですね」
カイルは笑いながら小さく頷いた。
「日が暮れる前に船着場で合流しましょう」
「わかった」
「遅れんなよ」
シルがそう言うと、カイルは軽く手を上げ、そのまま人混みの中へ歩き出した。
次々と人影に遮られ――やがて完全に見えなくなる。
「さて」
カイルの姿が消えたのを確認すると、シルが両手を腰に当てる。
「アタシ達も動くよ」
「ああ」
俺達は顔を見合わせると、露店が並ぶ通りへ足を向けた。
喧騒の中、俺達は露店商に聞き込みを始める。
「アイン?知らねぇなぁ」
「俺はこの街の出身じゃないんだ。悪いね」
「ちょっと見ていきなよ!この魔道具は珍しいよ!」
露店を巡っても返ってくる答えはどれも同じだ。
それでも足を止めずに次へ、また次へと進む。
何軒、何十軒と手当たり次第尋ねる。
すると、
「アイン···聞いた事がある気もするが…」
一人の露天商が顎をさすりながら呟いた。
「本当か?!」
「んー···けど、どこで聞いたか思い出せない」
「それより、これを見てくれ!仕入れたばかりの珍しい魔道具だ!おたくら幸運だよ」
「見た目を変えられる魔道具なんだ!」
「これが、今なら大特価の十大銀貨だ!」
「見た目を変えられる?!そりゃすごいな!」
露天商の話に思わず食いついてしまった。
(変身できるってことだろ?どうなるんだ?!)
「本当なら大銀貨十枚じゃ手に入らない代物だよ!」
露天商の言い方が気になった。
(本当なら····。よく考えたらそんなに珍しい物を大特価で売るメリットがないよな)
(怪しすぎる)
その時だった。
「それ、私に売って頂けますか?」
声のする方へ顔を向けると、赤いローブをスッポリ被った女性がいつの間にか、隣に立っていた。




