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81話 価値観のズレと始まり...

馬車が止まるなり、俺は剣を掴んで飛び降りた。


目の前に広がるのは、馬車同士が余裕ですれ違えるほどの広い街道。


綺麗に整備された道。


そして、その周囲を囲む穏やかな自然。


いかにも旅の途中といった景色だった。


後ろからシルとカイルも降りてくる。


俺は手にしていた剣を鞘から抜いた。


オレオから貰った魔道具の剣。


話を聞いた以上、一度くらいは試してみたい。


「えーと……トリガーだっけか」


鞘を捨て置き、適当に両手で握ると軽く振ってみる。


だが何も起きない。


ただ虚しく空を切っただけだ。


「どうやるんだ?」


首を傾げていると、シルが呆れたように剣を取り上げた。


「古いタイプはこうするんだよ」


そう言いながら柄に埋め込まれた魔石の部分を押す。


すると――。


剣身が淡い霧に包まれた。


「ほう」


シルがニヤリと笑いながら短く呟く。


何か分かったらしい。


そのまま剣を構え直し、近くの木へ向かって振り抜いた。


次の瞬間。


刃から放たれた霧が塊となり木へ飛ぶ。

それが木にぶつかった瞬間、弾けるように一瞬で木全体を白く覆い隠した。


「これがこの剣の効果だな」


シルの言葉を聞きながら、俺は目の前の光景を眺めた。


てっきり、水の刃が飛んで木を真っ二つにするようなものを想像していた。


まあ、そんな物騒な代物を貰っても使い道に困るんだが。


しかし――。


「これ、何の意味があるんだ?」


正直よく分からない。


するとシルは濃い霧状のモヤに包まれた木へ向かって走り、剣を振りかざすとその勢いのまま振り下ろす。


それと同時に霧がすっと消えた。


そして姿を現した木には剣が深々と突き刺さっている。


シルはそれを勢いよく引き抜く。


その瞬間。


突然の人の気配に驚いたのか兎が草むらから飛び出した。


「ちょうどいい」


シルは俺に剣を押し付ける。


「動く的相手に使ってみろ」


言われた通り、魔石を押す。


剣は再び霧を纏った。


俺は逃げる兎へ向かって剣を振る。


放たれた霧が兎を包み込んだ。


すると兎は慌てたように飛び跳ね始める。


右へ。


左へ。


前へ。


後ろへ。


完全に方向感覚を失っていた。


そして数秒後。


ぴたりと動きを止める。


「なるほど、逃げようとしても、まとわりつく霧からは逃げられないってことか?」


「そうだ。視界を失った的を斬るのは簡単だ。やってみろ」


シルが当然のように言った。


俺は聞き返す。


「え?」


「あの兎をこのまま斬れってことか?」


「当然だろ」


何を言ってるんだと言わんばかりだった。


「は?」


俺は思わず眉をひそめる。


「斬ってどうすんだよ」

「食うのか?」


「食うかよ」


シルが呆れたように言う。


「ただ剣の切れ味を試すだけだ」


「おいおい待てよ」


俺は兎を見る。


霧に包まれたまま不安そうに耳を動かしていた。


「アレを、剣の切れ味を試すためだけに殺すのかよ?」


「は?」


今度はシルが首を傾げた。


本気で何を言われているのか分からない顔だ。


俺は助けを求めるようにカイルを見る。


だが。


カイルまで不思議そうな顔をしていた。


「おい、カイル。これって普通なのか?」


俺が尋ねると


「アタシを異常者みたいに言うな」


と、即座にシルが噛み付いてくる。


カイルは少し考えて、説明するように話し始めた。


「武器の良し悪しを確かめるために、生きた状態の生身の肉を実際に斬ってみることはあります」


淡々とした口調だった。


「その対象として兎や鹿は適しています。冒険者であればダンジョンに入る前に、もっと大きな獲物を的にして試し斬りをしたりもしますが」


そして当たり前のように続ける。


「人との戦闘を想定していたとしても、生きた人間で試し斬りするわけにはいきませんからね」


まるで常識を語るような口ぶりだった。


「そうか……」


俺は小さく呟く。


これもまた、価値観のズレだ。

別にコイツらを否定する気もない。


俺が生きてた世界と違いすぎるってだけだ。

もし俺が、戦国時代から来たとかだったら共感できたのかもな。


けれど。


剣の切れ味なんてどうでもいい。

俺がこの剣で人を斬ることはないんだから。


護身用の飾りで十分だ。


それに――。


俺はこの世界で生きていくつもりもない。


そのために寿命を削り続けている。


なら、この世界の価値観に無理して馴染む必要もないだろう。


俺はゆっくり兎へ近づいた。


ぴくり、と足音に反応して兎が跳ねる。


俺は剣を持ち上げた。


斬る代わりに、剣の平でそっと兎を撫でる。

すると霧がふっと消えた。


視界を取り戻した兎は一瞬固まると、次の瞬間には草むらへ飛び込み、あっという間に姿を消していた。


「魔法の効果がわかれば、十分だ」


二人にそう言って、俺は剣を鞘へ戻すと、そのまま馬車へ乗り込む。


シルとカイルは顔を見合わせると、よくわからないと言いたげに首を傾げて後から乗り込んだ。



それから数日。


馬車に揺られ続けていると、不意に懐かしい匂いが鼻をつく。


海だ。


窓から外を覗く。


木々の隙間から、青く広がる景色が見えた。


その瞬間だった。


「あれ、全部アタシのもんになんねーかな?!」


シルが子供みたいに窓へ張り付く。


目をキラキラと輝かせながら海を見つめていた。


言っていることは滅茶苦茶だ。


だが、それだけ興奮しているのだろう。


馬車が進むにつれ、外は段々と賑やかになっていく。


人の声。


荷車の音。


行き交う馬車の数。


それだけで、向かう先が活気に満ちていることが伝わってきた。


やがて視界が大きく開ける。


目の前に広がった海には、大きさも形も様々な船が浮かんでいた。


小さな漁船。


大きな商船。


見たこともないような巨大な船まである。


その光景は圧巻だった。


そして、その海を抱くように広がる巨大な都市。


――魔道具生産都市、クレジオルム。


シルは興奮したまま窓に張り付き、カイルも隠しきれない期待を顔に浮かべている。


だが、俺は少し違った。


目の前に現れた巨大な街を見つめながら考える。


こんな広い都市で――


本当にアインを見つけることができるのだろうか。期待よりも先に、そんな不安が胸をよぎっていた。








──────



賑わいを見せる街。


大観衆の歓喜する声が響いている。


子供も大人も、誰もが手を止め、足を止め、こちらへ向けて手を振っていた。


その歓声に、私の小さな声は掻き消される。


私の話なんて誰も聞いてくれない。


きっと、私の気持ちを叫んだって届かない。


歓喜という大きな波が、全てを飲み込んでしまうから。


私は微笑みながら、ふと考える。


いつからだろうか。


操り人形でいることに慣れてしまったのは。


今回もそうだ。


私の知らないところで勝手に段取りが組まれている。


誰を褒めるのか。


何を話すのか。


誰を選ぶのか。


全て決まっている。


私に与えられるのは、羅列された文字だけ。


私はそれを決められた段取りで微笑みながら読むだけだ。


式典に、自分がいる意味はあるのだろうか。


私以外の誰かが、文章を読んでも結果は変わらない。


ならば――


私がいる必要はあるのだろうか。


見えない波に飲み込まれていく。

このままだと溺れてしまう。


そして、いずれ息が止まったら。


私は私でなくなる。


そんな気がした。


気づけば私は、護衛騎士や従者達の目を盗んで逃げ出していた。


何枚も重ねて着せられたドレスを脱ぎ捨て、迷いながら辿りついた部屋で見つけたのは、洗濯に出されていた使用人用の服だった。


この服のおかげで、あの小さな窓を通ることができた。


小窓を通った時にできた腕や脚の傷が今も痛む。すぐに手当してくれる治癒師も今はいない。


それでも構わなかった。


私は不安と喜びを胸に街へと飛び出した。


近くの露店で古いローブを買う。


誰かの匂いが染み付いた、使い古されたローブ。


硬貨を差し出した途端、店主は何故か怒り出した。


怖くなって私は逃げ出してしまった。


けれど。


初めて自分で買った薄い赤色のローブ。


それを深く被り、街を走る。


華やかに彩られた街並み。


行き交う人々。


誰も私を気にしない。


誰も私が誰なのか知らない。


行くあてなんてない。


友人もいない。


けれど、それは王都にいても同じこと。


私が私のままでいられる場所なんてどこにもない。


心を許せる友人なんて一人もいない。


私はローブの下で小さく空を見上げた。


神様。


お願いします。


少しの時間でいいのです。


私に自由をください。


好きなように振る舞い。


好きなことをして、


自分の意思で生きる時間を少しだけ。


ただ、それだけを願った。

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