【アイアンバレー編完結】78話 アイアンバレーの伝説···
俺たちの出発を聞いたダグとリナは、早々に店を閉めた。
そして、これでもかというほど豪勢な料理を振る舞ってくれる。
この料理をもう口にできなくなることが心残りだ。
酒も進み、笑い声が絶えない。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
そんな中――ノルだけは時折、どこか浮かない顔を見せていた。
それを誤魔化すように明るく振る舞ってはいるが、ダグとリナには娘の心情が手に取るように分かるのだろう。
二人は何も言わず、ただ静かに見守っていた。
やがて宴も終わりに近づく。
ダグとリナは改めて俺たち三人へ向き直った。
そして深く頭を下げると、心からの礼を述べた。
俺は少し居心地が悪くなる。
自分のために行動しただけだ。その結果、ザンク一家も救われた。
まぁ結果オーライ。
それだけの話だ。
なのに、こうして感謝されると良心が少しだけチクリと痛んだ。
翌朝。
アイアンバレーの大門前。
見送りに来たのはノルとダグとリナ。
そしてラドと兵士達だった。
その前にはゴテゴテの派手な装飾が施された立派な馬車が用意されている。
その趣味の悪さに俺が思わず苦笑していると、ラドが丁寧に一礼する。
「こちらでクレジオルムまで送らせて頂きます」
見た目はあれだが、助かる。
「街がこんな状況の時に馬車を用立ててくれてありがとうな」
そう言うと、ラドは一瞬だけ目を見開いた。
そしてすぐに目を細める。
「何を仰りますか」
静かな声だった。
「貴方様はどこまで慈悲深いのでございましょう……」
ラドは眉間に皺を寄せる。
「このような事でしか恩を返せず、心苦しいばかりでございます」
「それじゃあ遠慮なく借りるぞ」
俺がそう言うと、ラドはようやく少しだけ表情を和らげた。
そして。
しばらく迷った後、口を開く。
「一つだけ……」
その声音はどこか緊張していた。
「貴方様のお名前をお教えください」
俺は眉を上げる。
ラドは真っ直ぐ俺を見ていた。
「この街を救った英雄の名を。この心に刻みたいのです」
その言葉に、俺の正体を暴こうという意図は感じられない。
純粋に知りたい。
そう願っているのが伝わってきた。
俺は少し考える。
周囲には兵士達が並んでいる。
ほとんど信者予備軍みたいな連中だ。
ここで本名を言えば、妙な形で広まる未来しか見えない。
だから。
俺は短く答えた。
「――不滅の魔法士」
その瞬間。
ぶふっ。
横でシルが吹き出した。
俺も内心では同じ気持ちだ。
まさかシルが勝手につけた二つ名を、自分で名乗る日が来るとは。
なんだろう。
妙に負けた気分だった。
その間にもダグとリナは荷物や弁当を馬車へ積み込んでくれている。
そしてノルは――。
少し離れた場所で俯いたまま立っていた。
目の下には薄い隈。
ろくに眠れていないのが分かる。
「ノル。元気でな」
その一言で、ノルの目から涙がぽろぽろと零れ落ち地面を濡らしていく。
「いやだ……!」
震えた声。
「行かないで!」
堰を切ったようだった。
「行かないでよ!」
「みんな……お願い……行かないで……」
悲鳴にも似た叫びだった。
ノルは駆け出す。
そして両手を広げたまま、俺たち三人へ飛び込んできた。
ぎゅうっと。
全力で抱き締める。
今まで我慢していた感情が、一気に溢れ出していた。
そして。
ノルの手が淡く光る。
嫌な予感がした。
「イタイイタイイタイイタイ!!」
「ぐぇっ!?」
「ちょっ……!」
大人三人がまとめて締め上げられる。
苦しい。
たまらずシルが叫んだ。
「この馬鹿力!」
「ノル!アタシらを絞め殺す気か!」
その言葉でノルはハッとする。
慌てて力を緩めた。
解放されたカイルが咳き込む。
ぷっ――。
俺は思わず吹き出した。
神妙な空気の中。
少女に締め上げられて悶絶する大人三人。
笑いが込み上げてくる。
気付けば声を出して笑っていた。
「さすがアイアンバレーの英雄だな」
そう言って俺はノルの涙を拭った。
「俺たちは死ぬわけじゃない」
「ただクレジオルムへ行くだけだ」
「近いと思わないか?」
ノルが小さく頷いた。
俺は続ける。
「この国の端の小さな村に友達がいるんだ」
「お前よりずっと歳下の少年だ」
そして少しだけ笑う。
「そいつの方が···大人かもな」
皮肉混じりに笑って言うと。
ノルは顔を真っ赤にして、涙を拭う。
そして凛と顔を上げた。
「私の方が大人よ!」
「そのうち背だってグンと伸びるし!」
「シルなんかよりスタイルいい大人の女性になるんだから!」
その瞬間。
シルが食いついた。
「生意気なガキめ!」
「口の悪いオバサン!」
二人は睨み合う。
だが次の瞬間には二人とも笑い出していた。
カイルは以前と同じように、その様子をハラハラした顔で見守っている。
「私はここで、この鉱山の街で頑張る」
ノルは真っ直ぐ言った。
「私にできることは何でもする」
「今までと変わらずに頑張るよ!」
俺は頷く。
「この街に戻るのを楽しみにしてる」
そしてノルに顔を近づけると、小さく呟いた。
「あいにく寿命はまだまだあるもんでな」
その言葉にノルは目を丸くする。
そして、くすりと笑い
「ごめんね」
小声だった。
「ルイを絶望から救ってあげられなくて」
見事な皮肉だった。
俺は思わず苦笑する。
そして俺たちは馬車へ乗り込んだ。
兵士達は一斉に敬礼を取る。
ラドは深く頭を下げたままだ。
やがて馬車がゆっくりと動き出す。
ノルはその横を走りながら必死に手を振っている。
涙を流しながら、それでも笑顔で。
徐々に距離が開くと、窓の外でその姿は小さくなっていった。
ノルに追いついたダグとリナも大きく手を振っている。
そして、三人の姿は遠ざかり、やがて見えなくなった。
雲間から太陽が顔を覗かせ、光を浴びた鉱山が一斉に輝く。
その光景は、新しい時代の始まりを祝福しているかのようだった。
────
「昔むかしの話だよ!」
吟遊詩人がリュートを軽く鳴らしながら声を張り上げる。
冒険者、職人、商人、さまざまな人種が闊歩し、賑わいを見せる街。
ドミリス王国で唯一の、眠らない街アイアンバレー。
中央広場に集まった子供達が目を輝かせて今か今かと膝を抱えていた。
「予言の力を持つ男と、この街を救った少女の話さ!」
吟遊詩人は大袈裟な身振りで続ける。
「神から与えられた不思議な力。その力は、この街の希望だった!」
「男の言葉によって鉱脈は見つかり、人々は富を得た!」
「アイアンバレーは栄華を誇ったんだ!」
子供達から感嘆の声が漏れる。
だが吟遊詩人は表情を曇らせた。
「でもねぇ……その栄華は長くは続かなかった」
広場の空気が少し静かになる。
「ある日突然、男は力を失ったんだ」
「男が話した場所をどんなに掘っても鉱脈なんてみつかりゃしない」
「街の人々を騙し!」
「惑わし!」
「労働力としてこき使った!」
子供達から小さな悲鳴が上がる。
「その結果、街はみるみる荒廃していったのさ」
「信用を失った男は、それでも鉱脈は必ずある
!神のお告げだと叫び続けた!」
「やがて男だけじゃない!」
「家族までも嘘つき一家と呼ばれるようになったんだ!」
吟遊詩人は悲しげに首を振る。
「男は志半ばで命を落とした」
「そして、その意志は孫娘の少女へ受け継がれたんだ!」
子供達が身を乗り出す。
「やっと厄介者が死んだ!」
「それなのに!と...」
「街の人々は今度は孫娘を迫害した!」
「そして一家を仲間外れにしたんだ!」
そこで吟遊詩人は突然声を大きくした。
「それに怒ったのは誰だと思う!?」
「父ちゃん?」
「いや、お母さんじゃない?」
子供達が顔を見合わせる。
「神様?」
一人の子供が答える。
吟遊詩人はニヤリと笑った。
「その通り!」
「神様さ!」
「予言の力を持つ男は嘘なんかついていなかったんだ!」
リュートが強く鳴らされる。
「人々は目先の利益だけを求めた!」
「施されていた恩恵を忘れた!」
「神の言葉を軽んじた!」
「神の怒りは収まらなかった!」
「大地は揺れ続けた!」
子供達は固唾を呑んで見守る。
「そして!」
「終末は突然訪れた!」
吟遊詩人は両腕を広げた。
「皆既日食と共に!この地へ神が舞い降りたのさ!」
子供達が息を呑む。
「神は告げた!」
『この街の全てを返してもらう』
『その命に至るまで、私が与えた全てだ』
行き交う人々も足を止め、広場は静まり返る。
「住民達は絶望した。その強大な力に逆らえる者などいない」
「怒りで我を失った神は天変地異を起こした!」
「街は音もなく一瞬で崩壊を始めたんだ!」
吟遊詩人は机を叩く。
「誰もが死を覚悟した!」
「その時だ!」
勢いよく指を突き上げる。
「神の前に立ちはだかったのは――」
「住民から迫害され続けた娘だった!」
子供達の目がさらに輝く。
「娘は膝をつき!ただ祈り続けた!」
「崩壊していく街!」
「砕ける大地!その中で――」
吟遊詩人は声を落とした。
「不思議な事が起きた」
静寂。
誰も口を開かない。
「光のベールがこの広場を守っていたんだ」
「気付けば崩壊は止まっていた」
吟遊詩人は低い声で神を演じる。
『なぜだ』
『なぜ、お前を苦しめた人間などを護る』
『なぜ、私を止める』
そして優しく娘を演じる。
『許すこと』
『それが貴方の御心だと、私には分かるのです』
『私は貴方の慈悲深いお姿を知っております』
子供達は食い入るように聞いていた。
「神は娘の清い心を前に、自らの穢れを恥じた」
「やがて穢れは神から離れ」
「地中深くへと染み込んでいった」
吟遊詩人はゆっくりと空を見上げる。
「穢れの落ちた神は、太陽の光でその姿を人間の青年へと変えると、人々を生かし、この地から忽然と去った」
「だが――」
「神の痕跡は消えなかった」
子供達がごくりと唾を飲み込む。
「娘は祖父の残した預言を頼りに、神の残した痕跡を辿った」
「どこまでも」
「どこまでも」
「ツルハシを手に地中深くまで掘り続けた!そして辿り着いた場所こそ――」
吟遊詩人は勢いよくリュートを鳴らした。
「オルドダンジョンだ!!」
広場に歓声が上がる。
子供達は目を輝かせながら立ち上がった。
「すげぇ!」
「本当に神様がこの街にいたの!?」
「オルドダンジョン行ってみたい!」
口々に叫ぶ子供達。
吟遊詩人は満足そうに笑う。
「この街の英雄ノルとオルドダンジョンの伝説さ!」
都会的な街の雰囲気とは対照的に、中央広場は当時の姿のまま遺されている。
その中心に聳え立つ巨大な石版。
そこには、この街が見舞われた悲劇と再生の歴史、そして多くの人々を守ったとされる英雄達の名が刻まれている。
そこにはもちろん、“不滅の魔法士”の二つ名も刻まれている。
そんな石版がアイアンバレーに建てられるのは、ほんの少し先の未来の話だ。
【アイアンバレー編】─探鉱者ノルと嘘つき一家─(完)
ここまで読んで頂きありがとうございます。
第3部【クレジオルム編】については活動報告を閲覧ください。
面白かった!第三部も読みたい!と思って頂けましたらブックマークにて更新をお待ちいただけると嬉しいです。
また、これまでイイネやブックマークや評価をくださった方々には改めて御礼申し上げます。
引き続き、不滅の魔法士は死にたがる―寿命を削る時間魔法を使い続けていたら、不滅の魔法士と神格化されてた!を宜しくお願い致します。
PON吉




