77話 各地で灯る小さな火種···
───ダンジョン発見から数日───
ドミリス王国で発見されたアイアンバレーのダンジョンの一報は、瞬く間に世界中を駆け巡る。
その報せは、権力者達を大混乱に陥れていた。
―王都—
アイアンバレー領主フェルデラー別邸
でっぷりとした腹を撫でながら、ソファに半分寝たような態勢のまま音を立てて紅茶をすする。
その口元は、笑いが止まらないと言いたげだ。
アイアンバレーでダンジョンが発見された。
領主である自分の元へ巨万の富が転がり込んでくる。
そう思うだけで口元が緩む。
その姿は品位のかけらもない。
上位貴族から、押し付けられた面倒な依頼。
アイアンバレーのとある一家に採掘を止めさせる。
そのために雇ったゴロツキは、恐喝を見逃すという旨味をできるだけ長く吸い続けるために緩い仕事をしていた。
どいつもこいつも私を軽んじている。
だが、状況は一変した。
もう、誰も私を軽んじる者などいないだろう。
下品な笑い声を響かせる。
そこへ礼節も忘れて、若い執事が飛び込んできた。
「フェルデラー様!」
「なんだ騒々しい」
不快な表情を見せるフェルデラー。
「王家からの使者が…来訪されております」
執事の言葉を耳にすると、紅茶が零れることなど気にせずに慌てて身体を起こす。
「直ちに、お通ししろ!て、丁重にだ!」
重厚な鎧をまとった騎士や兵士をぞろぞろと引き連れて、法官が屋敷に入ってくる。
貴族の礼を見せるフェルデラー。
法官はそれを一瞥すると、手にしていた書簡を広げ読み上げる。
法官の口から厳格に読み上げられた王命の書状には、フェルデラーを崖から突き落とすような文言が冷徹なまでに並べられていた。
「この瞬間を以て、アイアンバレーの領主としての任を解除し、領地一帯を没収する。代替の措置として、南方の狭小なる領地への転封を処す」
形式張った法的な文言の後に続いていたのは、領主としての落ち度をこれでもかと責め立てる罪状の数々だった。
自領土が危機の最中にありながら、領主という立場にも関わらず、その運営を代行に一任して自らは静観したこと。
その代行の裁量権を一部不自然な形で制限したことで、治安の悪化を招いたこと。
これには、更なる追求が課せられる事を覚悟しろという脅し文句つきだ。
そして、今なおこの未曾有の大災害の全貌を把捉しておらず、統治者としての実務を何一つ果たしていないこと――。
それらが一切の情状酌量を排した、冷酷な罪状として書き連ねられていた。
さっきまで描いていた、巨万の富の夢物語は儚く散っていく。
フェルデラーは膝を折ると、その場に倒れ込んでしまった。
―――ゼルフィナード辺境伯家———
「旦那様。早馬にて王家より書簡が届いております」
「読み上げよ」
一瞥することもなく、金髪の髪を束ねた紳士は鋭い目つきで書類に目を落としたまま、側近に指示を出す。
読み上げられた内容。
王家の刻印が押された書状の冒頭を耳にすると、ゼルフィナード卿はゆっくりと顔を上げ、眉間に皺を寄せる。
「アイアンバレー領主はその任を解かれ、同領土の一切は国王陛下の直轄地として国家の管轄下に置くものとする」
それはアイアンバレー領主の事実上の更迭を意味していたが、続く文面は、アイアンバレーの危機において卓越した軍功を立てた「ゼルフィナード家」に対する、最大級の賛辞と全幅の信頼へと一転する。
そんな軍功に心当たりはない。
「混迷を極める現地において、同家が国家にもたらした多大なる勲功を高く評価すると共に、管理・統治を委ねるに足る存在は、他に比肩する者なしと、ここに王断が下された」
「此度、国内初となる『迷宮』の出現が確認された。これに伴い、国内外から多種多様な冒険者が流入し、治安の急激な紊乱および崩壊が予見される」
「よって、当該都市における全域の治安維持、および秩序回復の権能をゼルフィナード辺境伯家に委託する」
ゼルフィナード卿は、読み上げている途中の側近から書状を取り上げると、自身の目で内容をもう一度確認する。
書簡の結びには、此度の功績は同家の子息であるカイル・ゼルフィナードに対し、その栄誉と義務に相応しい王家からの褒章を授与する旨が、尊大かつ確固たる文言で羅列されていた。
その瞬間ゼルフィナード卿の顔が青ざめる。
「カイルの除籍申請の撤回を直ちに出すのだ!!」
号令のように放たれた命令に、慌ただしく動く城内。
貴族の除籍申請には正式に受理されるまでに時間を要する。何かの手違いがあれば首を落とされる。小さなミスも許されない。
遅延の理由はそんな重責がかかるためだ。
まだ申請は受理されていないはず。そう高を括っていたゼルフィナード卿に無情な知らせが届く。
「カイル様は、アイアンバレーのギルドにて除籍証明を提出され、旦那様が申請された内容と照合された上で…自らの手で法的に除籍を完了されております」
その報告にゼルフィナード卿の額に冷たいものが流れる。
「カイルを―─何としてでも探しだし···連れ戻すのだ…」
――—王都ギルド内———
「聞いたか?!アイアンバレーでダンジョンが発見された!!」
「直ぐに、現地へ飛んで物資を援助するんだ!商会の印象を良くする!」
「すぐ動いた商人が明日には大金持ちだ!」
活気づくギルド内に、重厚感のある扉の開く音が響き渡る。
真っ赤なドレス、首には強い輝きを放つドでかい石がぶら下がってる。
大ぶりな縁の帽子を斜めにのせた貴婦人が扉から颯爽と出てくる。
女が片手を伸ばすと、お付きの者が素早く毛皮のコートをくぐらせる。
黒い手袋を装着すると真っ直ぐ出口へと歩いていく。
「ファンシー商会…会頭のヴィクセン·ファンシーじゃないか…」
「なんて美しさだ…」
「目合わすな!石になるぞ!」
そんな声が聞こえているのか、聞こえていないのかヴィクセンは妖艶に微笑む。
そして、そのままギルドの前に着けていた馬車へと乗り込んでいった。
存在感だけで場を圧倒してしまう。
豪商…この国において高位の貴族に匹敵する、絶大な発言権を持つ大商会の会頭だ。
扉が閉まり馬車が動きだすと、ヴィクセンは静かに帽子を取る。
次の瞬間、張り付いた貴婦人の笑顔が醜く歪んだ。
ギリギリと帽子を握りしめ、ネックレスを引きちぎると、それをお付きの者に投げつけた。
お付きの者は表情一つ変えず動かない。
屋敷に着くと、すぐに側近を招集する。
怒りに打ち震える会頭に、側近達は恐ろしくて俯いたまま震えている。
「ベリントン商会!!!」
「知っている者は?!」
誰も顔を上げない。
「この無能どもがああぁ!!!」
あらゆる物を投げ散らかし喚き散らすと、傍らに居た男が、ヴィクセンをなだめるようにその身体を怪しい手つきで撫でる。
「こんな時にやめてちょうだい!」
ヴィクセンは険しい表情でその手を止めた。
「どうしたんだい?美しい君をこんなに怒らせたのは、どこのどいつだ?」
男の質問にギリギリと歯ぎしりを立てる。
「シルバー・ベリントン……」
「シルバーなんて名前だけでも忌々しいというのに!!」
「アイアンバレーのダンジョン周辺の土地の権利を…」
そう言いながら、握りしめた拳に力が込められていく。
「二束三文の値段で!!!!ベリントン商会が買い漁った!!!」
「ダンジョン発見の二日前に!!鉱山の崩壊による大規模な被害が予測されていた土地を!!」
「土地の価値がゴミ同然の底値の瞬間に!!!」
ヴィクセンは何度もクッションを叩きつけながら発狂している。
「まるで!!何が起きるのか、全て予想していたかのようにね!!!」
その言葉に男は緊張感もなく口笛をヒューと吹く。
「ダンジョン発見の一報の瞬間から、土地価格の高騰が止まらない!」
「そこにきて、国が土地の購入規制をかけた!!」
「うちが大金はたいて、手にした土地は極わずか!!冗談じゃない!!」
ヴィクセンは金切声を上げて、手当たり次第食器を投げていく。
「すぐに!!!ベリントン商会を調べなさい!!」
睨まれた側近達は慌てて部屋を飛び出していく。
ヴィクセンは爪を噛む。
この若葉は危険だ。すぐに摘み取って跡形もなく燃やさなくては――。
――——某国———
鳥のさえずり、静かな湖畔のほとり。
使用人に囲まれた日傘の下で白く細い指先がページを捲る。
そこへ、その場に似つかわしくない、旅人のようないで立ちの男が現れる。
使用人たちには、まるで男が見えていないかのように振る舞う。
「ご報告が…」
一瞬ページを捲る手が止まる。
だが、すぐに本の表面を撫でた。
「何でしょう?」
「ドミリス王国—アイアンバレーにて、ダンジョンが出現しました」
「そうですか…」
顔を上げると、扇子を広げ口元を隠す。
「予定より、少し早かったですね」
「まぁ、ドミリス王国の貴族に期待などしていませんが」
「それでも少しくらいは、使えると思っていたんですがね」
「処分してちょうだい」
表情一つ変えずに優しく言い放つと、使用人と思われていた一人が素早く何処かへ移動した。
「それで、何人死んだの?どんな死に方?悲惨だったのかしら?」
扇子で隠しているが、その口角は愉快な話をしているかのように吊り上がっているのがわかる。
「あぁ···この目で見たかったわ」
そう言うと、憂いを帯びた目を見せた。
「死者は…ゼロです」
男は、期待を裏切ってしまう事を申し訳なさそうに話した。
そよそよと柔らかい風が頬を撫でていた。
洗練された所作で女は頬にかかった髪を耳にかける。
「そう…」
「お話は、それだけ?」
目元がニッコリとほほ笑む。
「いえ!」
焦ったように男は姿勢を正す。
「今回の災害に関して、気になる点が」
「住民は英雄と呼ばれる者たちの助力により、皆既日食時に全員が街の外へ避難していたと…」
「その英雄のうちの一人が、奇跡を起こしたという話も」
女の眉毛の先が僅かに動いた。
「さらに、アイアンバレーから北西部に位置する大森林の麓の村でも奇跡が起きたとの噂が広まっております」
「時系列から推測すると、何者かがその痕跡を残し王都へ向けて移動している可能性が考えられます」
沈黙…。
扇子の奥から、どこか演技じみた、ため息の音が漏れる。
「まさか、ドミリス王国なんかに神覚者候補が現れるとは…」
ふふふっと柔らかく笑う。だがその目は氷のように冷たい。
「あなたはどう思う?」
いつの間にか、女の膝の上に突っ伏した黒い影。
全身黒い服を纏った少女だった。
長く尖った耳先がピクリと動く。
「どうだろう?ドミリス王国が死者数を隠蔽している可能性もあるよ?」
「ただの、災害じゃないもん。街の外へ逃げたって無駄だよ」
「もし…、何かの力でダンジョンの代償を回避できる人間がいたとしたら…」
「そいつは神覚者“候補”なんかじゃない」
耳先が激しく動く。
「ふふ…そうね」
「それでは、困ってしまうわね」
男の頬に嫌な汗が伝う。
「影」
女は扇子をパチンと音を立てて閉じた。
その音と同時に、黒い影が女の後方に現れ片膝をつき俯いたまま、その場で控える。
「それで、その奇跡を起こしたと囁かれている英雄の名は?」
男は数秒言葉につまると
「わかりません…」
と、呟く。
「あら?そんな簡単な事もわからないの?」
ギョロリと女性の目が大きく見開かれる。
「どちらの場所でも共通して聞かれたのは――ふ、不滅の魔法士との呼び名しか……」
その瞬間だった、音もなく男の首が不自然にズレる。
ゴトリと不快な音が響くと、その音で小鳥たちが一斉に飛び立った。
「のん気なドミリス王国が、“不滅の魔法士様”を見つける前に、この国へ丁重にお招き致しましょう」
女は笑顔のまま、トンと手のひらを扇子で叩き立ち上がる。
同時に傍にいた使用人たちはドレスの裾を持ち上げた。
他の使用人達は何事もなかったかのように地面の片づけを始める。
「影、不滅の魔法士様をお連れして?」
「…もし、ご納得いただけなかった場合、どういたしますか」
「そうね。この国に来ないのであれば…」
「最初から“不滅の魔法士”など“存在しなかった”んじゃないからしら」
そう言って、小首を傾げると優しく柔らかく微笑む女。
黒い影は、小さく頷くとその場から忽然と姿を消した。




