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76話 旅は道連れ···

「魔水晶の登録内容の更新をお願いします」


その言葉に、受付は一瞬きょとんとした表情を見せる。


だがすぐに仕事を思い出したのか、慌ててカウンターの下から書類を取り出した。


「こちらにご記入をお願いいたします」


カイルは頷くと、さらさらとペンを走らせる。


迷いのない手つきだった。


書き終えた書類を受け取った受付は、その内容を目にした瞬間、表情を変えた。


慌てて姿勢を正し、深く一礼する。


そして棚から魔水晶を取り出し、カイルの前へ置いた。


カイルは何も言わず、その上へ手を乗せる。


淡い光が浮かび上がった。


受付は表示された内容を確認すると、一瞬だけ息を呑む。


そして恐る恐る口を開いた。


「こちらの申請内容につきまして、確認を取らせていただきますので、少々お待ちくださいませ」


妙に丁寧な口調だった。


そのまま書類を抱え、足早に奥へ消えていく。


一方、隣の窓口ではシルが近くにいた別の職員へ分厚い紙束を差し出していた。


職員は突然の依頼に目を丸くする。


「これを保管してくれ」


シルがそう言うと、


「承知いたしました」


職員は慌てた様子で紙束を受け取った。


そして確認のため魔水晶を差し出す。


シルが手を触れると、職員は表示された内容を確認した。


「シルバー・ベリントン様ですね」


シルは軽く頷く。


「ベリントン商会の登録が先日行われております」


「どちらの名義で保管いたしますか?」


「ベリントン商会で」


シルは短く答えた。


「承知いたしました。ただいま保管証明を発行いたします」


そう言って、その職員も奥へ引っ込んでいく。


俺はその様子を眺めながら首を傾げた。


(なんか知らんが、こいつらギルドに用があるって言ってたもんな)


しばらくすると、奥へ消えた職員達がほぼ同時に戻ってきた。


それぞれ一枚の書類を手にしている。


シルへ一枚。


カイルにも一枚。それと、タグが渡される。


書類を手渡した後、二人の職員は揃って頭を下げた。


「手続きが完了いたしました」


妙に仰々しい。


俺とノルはその光景に顔を見合わせた。




ギルドを出て、まずはじめに口を開いたのはカイルだった。


「お二人は、明日この地を出るんですよね?」


俺とシル、そしてノルも足を止める。


「ああ」


俺が頷く。


その瞬間だった。


少し前まで上機嫌だったノルの表情が僅かに曇る。


言葉にはしない。


けれど、その目は一瞬だけ足元へ落ちた。

ダンジョン発見の興奮で忘れかけていたのだろう。


俺達が旅人であることを。


そして、この街を去る日がもう目の前まで来ていることを。


だがノルはすぐに顔を上げた。

何事もなかったように、カイルの話の続きに耳を傾ける。




「お願いがあります」


カイルは真っ直ぐ俺を見る。


その表情は真剣そのものだった。


「この先の旅に、僕も同行させてください」


同行?


いや、待て。


「お前、何言ってんだ?」


カイルは黙ったまま俺を見ている。


俺は慌てて言葉を続けた。


「アイアンバレーでの一件を資料にまとめて王都の魔法研究所へ持っていけば、間違いなく職員になれるだろ?」


これはお世辞じゃない。


事実だ。


街全体を覆う魔法陣。


ダンジョン発現との関連性。


今回の発見は国を揺るがすほどの研究成果だ。


「お前に魔法が使えるかなんて関係ない」


俺はそう断言した。


「魔法陣は今後の国の発展に繋がる研究だ。間違いなく認められる」


魔法研究所へ入ることは長年の夢だったはずだ。


ようやく手が届く場所まで来た。


だから俺は当然、カイルが王都へ向かうものだと思っていた。


だが。


カイルの目は揺らがなかった。


「この国のためになる成果を上げること」


「魔法研究所へ入ること」


静かな声だった。


だが、その一言一言には強い意志が宿っている。


「それはあくまで、カイル・ゼルフィナードという立場での目標でした」


そう言ってカイルはギルドで受け取ったタグを取り出して、こちらへ見せる。


「除籍の手続きをしました」


俺は目を瞬かせる。


そのままカイルはタグを首へ掛けた。


真新しく光を放つ銀色のタグ。


「僕はもう、ただのカイルです」

その言葉は驚くほど晴れやかだった。


「何にも縛られず」


「怯えず」


「自分の心に正直に生きることができる」


そして。


カイルは真っ直ぐ俺を見る。


「僕は、ルイさんの従者として旅に付き添いたいんです」


「貴方の近くで」


「貴方のためになるような魔法の研究をしたい」


言い切った。


その後は黙ったまま俺の返事を待っている。


緊張しているのが分かる。


そんな空気をぶち壊したのはシルだった。


「ぶはははははっ!」


盛大に吹き出している。


「それって国への貢献より、ルイへの貢献を取るってことだろ!?」


シルは腹を抱えて笑った。


「カイル、アンタの忠誠心ぶっ壊れてるぞ!?」


カイルは少し困ったように笑う。


けど、シルの言葉を否定はしなかった。


「アタシは嫌いじゃない」


シルはニヤリと笑った。


「アンタがいると便利だ」


失礼にも程がある。


「便利ってなんだよ」

思わずツッコむと、シルは両手を軽く上げた。


「貴族社会を知ってる人間。しかも頭脳明晰、記憶力もバッチリだ」


指を一本立てる。


「アイツら仮面つけて生きてんだよ。一般人が外側から情報を得ようなんて到底無理だ」


「貴族社会でしか流れない噂もある」

「それをカイルは幼い頃から見聞きしてるはずだ」


「情報ってのは価値が高いんだ」


どこか得意げだ。


「つまり?」


俺が聞くと、シルは待ってましたと言わんばかりに胸を張った。


「コイツがいれば、厄介な事を回避できる可能性が格段に高くなる」


博士みたいな顔で人差し指を立てる。


(アホなのか?)


「俺たちが貴族と絡む事なんてないだろ」


俺が鼻で笑うと、シルは斜め上を見上げて、少し黙った後、俺を無視して続けた。


「それに」


「ルイ。アンタにだってメリットだらけだろ?」


「メリット?」


「アタシらはこれからクレジオルムの変人に会いに行くんだぞ?」


ああ。


アインのことか。


「カイルがいれば心強いと思わねぇか?」


確かに。


個人研究で変人扱いされるほどの人物だ。


幼い頃から魔法を学んできたカイルがいてくれれば、アインの研究内容の整合性や可能性の精査は格段にやりやすくなる。


時間魔法についても、より確実な情報を得られるだろう。


そう考えると――。


思っていた以上にカイルが同行するメリットが大きい。

唯一のデメリットと言えば、珍しい魔法を前にすると自分の情緒を保てなくなる事ぐらいか?


俺は返事を待っているカイルを見る。


魔法陣の研究の功績が認められれば、除籍だって撤回できたはずだ……。


頭のいいカイルなら、それくらい理解してる。


それなのに、家名を自ら捨て、研究所への道も捨てた。


自分を切り捨てた家を、今度は自分の意思で切り捨てたんだ。


カイルの覚悟は十分伝わってきた。


問題は。


俺がそんな大層な主人じゃないってことなんだが。


頭を掻く。


「従者とか、付き添いとか、そういうの無し」


「なんかこう···、従者として一緒にいられると、違和感っていうか、対応に困るというか」


「なんかやりづらい!」


「今まで通りのお前でいるなら、好きにすればいい」


俺の言葉を聞くと緊張したカイルの表情がパッと明るくなる。


シルはすかさず、カイルの肩に腕を回し

「くれぐれも、アタシの貸し一つ、忘れんなよ?」

と脅すような言葉を吐くが、その表情はどこか嬉しそうだった。


その足でカイルは領主館へ向かうという。

明日の出発を伝えるためだ。


シルはラドに話があるというので、カイルについて行くことになった。


クレジオルムまでの馬車を用立ててもらうつもりらしい。


「命削って街を救ったんだ!その対価が馬車一台なんて、まったく!大損だ」


(お前の寿命を削ったわけじゃねぇだろ···)

とツッコミを入れたくなる。


けど、今回はシルも街のために頑張っていた。しかも無償で。


(明日は槍でも降るんじゃないか?)


そんな俺の考えを見透かしたように、シルが睨んできたので、思わず目を逸らす。


俺は領主館にいる兵士たちの視線に耐えられそうにないので、このままノルと一緒にザンク亭へ戻ることにした。

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