75話 汚名挽回···
「はぁーーー……」
大きなため息が厨房に響く。
その足元では、ゴトッ、ゴトッと音を立てながら野菜が量産され続けていた。
アイアンバレー崩壊から一夜が明けた。
俺は今、ザンク亭の厨房の片隅で無心に食材を増やし続けている。
店の外からは瓦礫を運ぶ音、木材を切る音、誰かを呼ぶ声が聞こえてくる。
「二杯ね!」
「はいよ!」
店先ではダグとリナが炊き出しをしていた。
その声は驚くほど明るい。
もう誰もザンク一家を嘘つきなどとは呼ばなかった。
むしろ逆だ。
人々を救おうとした英雄一家。
今の彼らはそんな扱いを受けている。
ザンク亭の前には大勢の人が集まり、活気に満ちていた。
もちろん炊き出しの食材は、今俺が増やしているこれだ。
増やしているんだが――。
「はぁ……」
俺は再び深いため息を吐いた。
何度も時間操作魔法を使っている。
だが、この程度じゃ寿命はほとんど減らない。
本当にほとんど減らない。
以前なら目に見えて減っていたはずなのに。
今では数字がいつ変わったのか確認する方が大変なくらいだ。
「そんなに落ち込むことか?」
横からシルが呆れたように笑う。
「普通に落ち込むだろ」
「魔力が強くなったら普通は喜ぶんだよ」
「俺は普通じゃないからな」
真顔で返す。
するとシルは肩を震わせながら吹き出した。
「やっとバケモンの自覚が芽生えたか!」
腹が立つ。
その時だった。
カイルが炊き出しを持ってやってくる。
心配そうな顔で椀を差し出してきた。
俺は力なく受け取る。
そして一口。
……うまい。
萎え切っていた気分が少し前向きになるくらいうまい。
料理ってすげぇ。
いや、ダグの料理がすげぇ。
そんなことを考えながら椀を空にした。
この飯が食える。
俺たちがザンク亭へ戻った理由の一つだった。
広場ではラドから領主館への滞在を提案された。
だが俺は丁重に断った。
俺からも街の修復を提案したのだが、そちらも畏れ多いと断られてしまった。
もちろん俺の寿命を削ることへの遠慮もある。
だがラドの考えはそれだけじゃなかった。
解体。
建築。
インフラ整備。
瓦礫の撤去。
掃除に至るまで。
街の再建はあらゆる面で住民の雇用を生む。
アイアンバレーは一時的に莫大な借金を背負う事になるが、その資金はダンジョンが見つかればどうとでもなるという。
それに、今の状況で何もせずに閉じこもっていれば住民は不安だけが大きくなっていく。
大変でも皆が関わりを持ちながら自分達の手でこの街を修繕していく方が、街に活気が戻るまでそう時間はかからない。
ラドはそう判断した。
ダンジョンが見つかる事を想定した計画。その根拠になっているのが、カイルの研究結果だ。
皆既日食後、住民の混乱を素早く収めたのもラドだった。
俺と別れた後の話はカイルから聞いている。
どうやら俺が広場に寝転がっていたあの時、街の外では揺れが一切なかったらしい。
門の上にいた連中は、街の内と外の状況の違いに驚愕したそうだ。
街の外では音もない。
揺れもない。
ただ穏やかな時間だけが流れていた。
おそらく魔法陣に組み込まれていた何らかの効果なのだろう。
だからこそ皆既日食が終わり、門が開かれた時の衝撃は凄まじかった。
住民達からすれば数分前まで無事だった街が、突然崩壊していたんだ。
一体何が起きたのか。
目の前に広がる光景は絶望そのものだったはずだ。
もっとも。
その真実を住民が知ることはない。
そんな住民達の前に立ち、ラドは演説を行ったらしい。
天変地異。
それに立ち向かった者達がいたこと。
もし門の中に残っていたらどうなっていたか。
音もなく崩壊してしまった街。
自分達は、ある一人の青年に生かされたのだと。
そして長く苦しい時代は崩壊と共に終わりを迎えたこと。
これからアイアンバレーは再生すること。
すでに各領地へ支援を要請していること。
さらに英雄達によってダンジョン発見の可能性があること。
ラドの話を聞き終えた住民達は、絶望の中に希望を見出したらしい。
正直なところ。
真っ先に逃げ出した領主より、ラドが領主になった方が街のためになるんじゃないかと思う。
そんなことを考えている頃。
ノルは護衛騎士達を連れてダンジョン調査へ向かっていた。
ダンジョン調査を切望していたカイルは留守番だ。
理由は簡単。
個人がダンジョンへ入るには、最低限の自己防衛ができるよう、能力を持っていなければならない。
その証明として魔水晶への登録が必須条件らしい。これはどこの国も共通の条件だという。
カイルには能力がない。
だから条件を満たしていなかった。
それからしばらくして。
ダンジョン発見の朗報が届く。
あちこちから歓声が沸き上がった。
カイルのダンジョン出現に関する考察は見事に的中した。
興奮するシル。
その隣で、カイルは嬉しそうに鞄から資料を取り出し、次々と記録を書き込んでいる。
そしてノルが戻ってきた。
頬を紅潮させながら、ダンジョン内部の話を興奮気味に語り始める。
どうやら俺達が足を踏み入れた地下洞窟に下級モンスターが出現していたらしい。
その場で討伐。
領主館へ即座に報告。
さらに魔物の素材は冒険者ギルドへ送られたという。
ノルは身振り手振りを交えながら、まるで宝物を見つけた子供みたいに話し続けていた。
嬉しそうに話し続けるノルを見ながら、俺はふと冷静になった。
もし、あの時。
俺が死んでいたら。
ノルはこんな風に喜ぶことはなかっただろう。
それどころか。
自分のせいで俺が死んだと思い込み、一生自分を責め続ける人生になっていたかもしれない。
「……」
寿命が削られる効率は悪くなった。
それは間違いない。
だが、九万年以上あった寿命は大幅に減ったんだ。
「···まぁ、悪くないか」
小さく呟くと、ノルは俺の手を取り引っ張る。
どうやらダンジョンの発見者として登録が必要らしい。
カイルとシルもギルドに用があるというので、皆でギルドへと行くことになった。
先頭を歩くノルの足取りは軽い。
俺はというと、ギルドへ向かう途中で見かけた兵士の挙動にため息をついた。
今回の一件で、ラドへ緘口令を頼んでいた。
変に持ち上げられて騒がしくなるのが面倒だからだ。
だが、一部始終を目撃していた兵士達の態度が気になりすぎる。
街の復興中も、こちらに気づくと尊敬の眼差しを向けてくる。中には拝みそうな奴までいる。
あの光景を見た兵士達の大半が、熱心な信者予備軍になっている気がする。
これが、領主館への滞在を断った二つ目の理由だ。
「この街、明日には出ようぜ」
今のアイアンバレーはダンジョン発見の話題で持ち切りだ。その熱が冷めた後、変な噂が立つ前に移動した方が無難だ。
俺の言葉にシルもすぐに頷いた。
「アタシも賛成」
「今なら逃げるのに絶好のタイミングだし」
「だろ?」
俺たちがギルドへ到着すると、建物の周りは仕事を求める住民で溢れていた。
広場の近くにあったギルドは、俺が昨日時間を巻き戻したことで損壊なく機能している。
ギルドへ足を踏み入れた瞬間、受付の女性が勢いよく立ち上がった。
「ノルさんですね!?」
その声に周囲の視線が一斉に集まる。
ノルは驚いたように目を瞬かせた。
「え、うん」
「お会いできて光栄です!」
受付は身を乗り出し、今にもカウンターを飛び越えそうな勢いだった。
自然と道が開け、大袈裟なくらいの賞賛が飛び交う。
ダンジョン発見者。
その肩書きの重さを改めて実感した。
最後には握手まで求められている。
ノルは困ったように笑いながらも、その手を握り返していた。
ノルのために特別に設けられた窓口で手続きが始まる。
発見者登録。
当然ながら記録される発見者の名はノルだった。するとノルが慌てたように声を上げる。
「待って!」
受付が顔を上げる。
「ルイ達も一緒だよ!」
ノルは俺たちを指差した。
「みんなで見つけたんだから、一緒に登録して!」
その言葉に受付が確認するような視線を向けてくる。
だが。
「いらねぇ」
真っ先に口を開いたのはシルだった。
「そんなもん名誉だけで金にならないだろ」
バッサリだった。
ノルが唖然とする。
シルは首を傾げる。
本気で興味がないらしい。
そして不敵な笑みを浮かべた。
「アタシはアタシの名を別の形で有名にしてやるよ」
妙に自信満々だった。
俺は嫌な予感しかしない。
「世紀の大罪人とかになるなよ?」
思わずツッコむ。
するとシルは少し考えた後、
「スレスレかもな?」
と笑った。
「お前が言うと冗談に聞こえねぇんだよ」
即座に返すと、シルはケラケラ笑う。
続いて受付の視線がカイルへ向く。
「どうされますか?」
受付の問いに、カイルは静かに首を横へ振った。
「辞退します」
「ですが――」
受付が言葉を続けようとする。
しかしカイルは穏やかな笑みを浮かべたまま続けた。
「今回の発見は、ノルとオルドさんの功績です」
その場にいた全員が耳を傾ける。
「ダンジョンまでの採掘は、オルドさんとノルで行われました」
「そして、ダンジョンのヒントとなった鉱床図を残したのはオルドさんです」
カイルは真っ直ぐノルを見る。
「僕は途中から加わっただけです」
「美味しいところだけ持っていくような形で歴史に名を残すつもりはありません」
そこで一度言葉を切った。
そして少しだけ口元を緩める。
「僕は僕で、魔法研究者として歴史に名を残します」
言い切った言葉に迷いは一切ない。
その姿を見て、俺は少し驚く。
以前のカイルなら、こんな風には言えなかっただろう。
心が強くなった。
それが目に見えて分かる。
受付も納得したように頷いた。
そして最後に、視線が俺へ向く。
「遠慮しとく」
聞かれる前に答えた。
歴史に名前を残す?
そんなつもりは微塵もない。
むしろ残したくない。
俺は静かに首を横へ振った。
発見者として登録された名前はノル・ザンク。
そしてダンジョン名は祖父の名前を取って――オルドダンジョン。
その名が正式に登録された。
「間違いなく勲章ものだな」
シルがニヤリと笑いながらノルの肩に手を乗せる。
その言葉を聞いた瞬間だった。
ノルの瞳が揺れる。
そして何度も何度も大きく頷いた。
「うん……!」
涙で言葉にならない。
けれど、その一言に全てが詰まっていた。
大好きな祖父が信じ続けたもの。
誰にも理解されず、一人でがむしゃらに掘削した日々。
その全てが報われた瞬間だった。
祖父の汚名が晴れた瞬間でもある。
もう誰もザンク一家を、嘘つき一家とは呼ばない。
オルド・ザンクを街の厄介者とも呼ばない。
その名はこの国の偉人として語り継がれることになる。
そして、その孫であるノル・ザンクもまた同じだ。
発見者として。
街を救った英雄として。
人々の記憶に残り続けるだろう。
そんな中。
カイルがカウンターの前に立つ。




