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71話 まさか貴族だったとは···

俺は馬から飛び降りる。


そして真っ先に目に飛び込んできた光景に、思わず眉をひそめた。


地面に散らばる石。


傷だらけのダグ。


青ざめたノルとリナ。


そして。


額から血を流しているシル。


広場には妙な静寂が落ちていた。


ついさっきまで何か騒ぎがあったのは一目でわかる。ザンク亭の方から煙が立ち上っていた。

シルとノルが何かしたんじゃないかとは思ったが···。


囲まれて石打ちの刑とか……大ピンチじゃねぇか!


けど、この広場に多くの人間が集まってる。

この時間にこれだけの人数を一か所に集めるのがどれだけ凄い事かわかる。


俺はゆっくりと周囲を見回した。


住民達が息を呑み、兵士達も俺の言葉を待っている。


「……誰だ?」

「俺の従者を傷つけた奴は」


その瞬間だった。シルの口元がニヤリと動く。

俺の言葉に、すぐにピンときたようで、血を流したまま深々と頭を下げた。


「ルイ様、お待ちしておりました」


カイルもシルの隣に並ぶと同じように丁寧に頭を下げた。

すると俺の後ろにいた兵士達の空気が変わった。


一斉に姿勢を正す。

俺の護衛として付き添っていた兵は


「石を投げた者は前へ出よ!!」


と怒声を響かせた。

住民達の肩が大きく震える。


ついさっきまで騒いでいたであろう連中が、一転して青ざめて地面に膝をついていく。


その光景にダグやリナ、ノルまで慌てて膝をつく。


(いや、お前らまでやらなくていいんだが……)

だが、ここで説明することはできない。


今はとにかく住民を動かすのが先だ。


兵士がさらに怒鳴る。


「名乗り出ないのであれば、この場にいる全員を捕縛する!!」


その瞬間。


広場がざわついた。


「お、お前が投げたんじゃないのか!?」


「俺じゃねぇ!」


「いや、あんただって石を持ってただろ!」


「私じゃないわよ!」


責任の押し付け合いが始まる。


誰もが自分だけは助かろうとしていた。


すると、シルがゆっくりと手を上げた。


「あの者でございます」


指差した先。


一人の男が目に見えて青ざめる。

男は周囲の視線を浴びた瞬間、弾かれたように立ち上がった。


そして逃げ出そうとする。


だが兵士達の方が速かった。


あっという間に取り押さえられ、地面へ押さえつけられる。


「離せ!!」

男が叫ぶ。


その様子を見ながらシルは額の血を拭った。


その口元には笑みが浮かんでいる。


(あー……、これ本気で怒ってるな)


普段なら文句いって終わる奴だ。

そんな奴が、怒るどころか不気味な顔で笑っている。


よほど腹に据えかねたらしい。


男は必死に叫び続ける。


「申し訳ございませんでした!!」


「貴方様が高貴な方の従者とは知らず!!」


「石を投げたのは私ではありません!!」


兵士が男の頭を力ずくで押さえつける。


ゴンッと額が石畳にぶつかり口を閉じた。


広場中の空気が張り詰める。


住民達の顔色は完全に変わっていた。

俺を見る目が畏怖へ変わっていく。


正直、こんな茶番を長々とやっている時間はない。


空を見れば、朝日が昇り始めている。


俺は隣に控えている兵士へ視線を向け、小さく頷く。


すると兵士は一歩前へ出た。


そして広場中へ響き渡る声で叫ぶ。


「直ちに街の外へ避難せよ!!」


ざわめきが止まる。


「間もなくアイアンバレーは封鎖される!!」


住民達の顔が強張った。


兵士はさらに続ける。


「街に残れば命はないものと思え!!」


誰も口を開けない。


そして。


「この街は――壊滅する!!」


重い言葉が広場へ落ちた。


住民達の表情が凍りつく。


兵士は畳み掛ける。


「正午をもって門を閉鎖する!!」


「それまでに荷をまとめ、全員門外へ避難せよ!!」


大きなざわめきが起きる。


当然だ。


地震は止まった。


鉱山も崩れていない。


それなのに突然、街が壊滅すると言われたんだから。


だが、住民達の顔を見ればわかる。


何が起きるかはわからなくても、危険だけは伝わっている。


そして今も、警報鐘が鳴り続けている。


「急げ!!」


「避難しろ!!」


「門へ向かえ!!」


兵士達の怒声が飛ぶ。


すると住民達は慌てて立ち上がり一斉に動き出した。


荷物をまとめるために家へ向かう者たち。

ぶつかりながら駆け出していく。


広場は一瞬で慌ただしくなる。


兵士の一人が俺へ尋ねた。


「あの者はどうされますか?」


取り押さえられた男のことだ。


俺はシルを見る。


シルは面倒臭そうに片手をひらひら振った。


どうでもいい。そんな意味だろう。


俺は頷く。


「解放しろ」


兵士達が拘束を解く。


男はシルへ向かって何度も頭を下げ始めた。


「申し訳ありませんでした!!」


「本当に申し訳ありませんでした!!」


額を石畳へ打ち付けるように謝罪すると、そのまま逃げるように去っていく。

シルの腹の虫も少しは収まったらしい。


俺は男の背中を見送ることなく兵士達へ向き直った。


「俺の警護は不要だ」


兵士達が姿勢を正す。


「他の場所で警報鐘を聞いて混乱している住民を誘導してくれ」


「一人でも多く街の外へ出すんだ」


「お前たちにも家族がいるだろ? 家に帰って、まずは家族に避難を伝えるといい」


兵士達は拳を胸へ当てる。


「はっ!!」


敬礼。


次の瞬間には馬へ飛び乗り、朝焼けの差す街へと四方へ散っていった。


(他人を助けてて自分の家族が逃げ遅れた。そんな事になったら可哀想だもんな)


広場の喧騒も少しずつ遠ざかっていく。


俺はようやくザンク一家へ視線を向ける。


すると三人とも綺麗に地面へ膝をついたままだった。


ノルも。


ダグも。


リナも。


誰一人として顔を上げない。


まるで王様でも現れたみたいな態度だ。


「……おい」


声をかけても反応がない。


というか緊張しすぎて固まっている。


しばらくしてダグがおそるおそる口を開いた。


「やはり……貴族様だったのですね……」


その声は震えていた。

唾を呑み込む音が聞こえる。


隣にいるリナも青ざめ、ノルなんか完全に石像だ。


顔を上げることすらできていない。


まぁ、無理もない。


兵士達があんな態度だったんだ。勘違いするなって方が難しい。


俺は頭を掻いた。


「騙したようで悪いが、俺は貴族じゃない」


沈黙。


誰も何も言わない。


完全に信じていない。


すると横からシルが鼻で笑う。


「嘘じゃねぇぞ」


腕を組みながら続ける。


「コイツ、本当に貴族じゃねぇ。ただ、魔法だけで言えば公爵家よりスゲェから」


「余計なこと言うな。わけわかんない事になるだろ」


俺が睨むとシルはケラケラ笑った。


だがザンク一家の混乱は深まるばかりだった。


やがてリナがおずおずと口を開く。


「で、ですが……兵の方達が…」


言いたいことはわかる。


なんで貴族でもない奴にあんな態度だったのか。


普通そう思うよな。


俺だって同じ立場ならそう思う。


「あいつらも勘違いしてる」


俺の言葉にシルは腕を組んだまま頷くと、ニヤリと笑った。


「魔法も使えねぇのにどうやった?」


シルの質問に俺はため息を吐くと、カイルへ視線を向けた。


さっきから一言も喋っていない。

俯いたまま黙っている。


「ゼルフィナード卿」


「あ?」


シルが眉間に皺を寄せる。


「お前なら聞いた事あるんじゃないか?」


俺の問に、訝しげに目を細めると


「ゼルフィナード卿っつったら、この国の辺境伯様じゃねぇか……」


そこまで言って首を傾げた。


「それがどうした?」


俺は親指で後ろを指差した。


「カイル・ゼルフィナード」


その瞬間だった。

シルの表情が固まる。


ダグも。


リナも。


ノルも。


全員がゆっくりと同じ方向を見る。


視線の先。


そこには。


俯いたまま黙り込んでいる青年。


カイルがいた。


誰も何も言わない。


鐘の音だけが遠くで鳴っている。


やがて。


シルがぎこちなく口を開いた。


「いや待て、辺境伯のご子息様ってことか?」


シルの頬が引きつる。


カイルの返事はない。


沈黙。


「何とか言ってくれよ」


シルの言葉にカイルは観念したように目を閉じた。


そして小さく呟く。


「隠していたつもりはなくて……申し訳ありません!」


その一言で十分だった。


シルが頭を抱える。


「マジかよ……」


ダグとリナは完全に硬直。


ノルなんて口をぱくぱくさせている。


俺はそんな反応を眺めながら肩を竦めた。


「領主代行を説得できたのは、カイルの身分とハッタリのおかげだ」



数時間前——。

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