68話 領主代行と面会···
まもなくして。
館の中へ入っていった門兵が戻ってきた。
そして正面に立っていた兵へ耳打ちする。
ひそひそと小声でやり取りした後、こちらを見た。
「……面会の許可が出た。こちらへ来い」
俺とカイルは視線を交わす。
とりあえず第一関門突破――そう思い門へと近づく。
しかし、次の瞬間がっしりと背後から腕を掴まれ、ガチャリ、と鈍い金属音が響いた。
あっという間に俺たちは複数の門兵に囲まれ、そのまま拘束される。
「おいおい、話が違うんじゃないか?」
俺は眉をひそめる。
「許可出たんだろ?」
だが門兵は表情ひとつ変えなかった。
「面会の許可は出た」
淡々と答える。
「――牢の中からの面会だ」
(え、これ拷問して吐かせるとかじゃないよな……?)
カイルも同じように拘束され小さく震えている。
冷静に考えたら当然だ。
突然現れた正体不明の男二人。
“能力を奪った”とか意味不明な発言。
しかも実際に兵士達の魔法は使えない。
怪しさ満点なうえ、やってる事は敵同然だ。
(温かい部屋へ通されるわけがないか)
そのまま俺たちは館の地下へ連れて行かれた。
石造りの階段を降りるたび、空気が冷たく湿っていく。
薄暗い通路。
鉄格子。
鼻につくカビ臭さ。
想像した通りの牢屋がそこにはあった。
そして俺たちは同じ牢へ押し込まれる。
重たい鉄扉が閉まり、鍵の音が響いた。
カイルは青ざめた顔で鉄格子を見つめている。
「……ルイさん」
「まぁ落ち着け」
俺は壁へ背中を預けながら気の抜けた表情を見せた。
(捕まるのは慣れてる)
「拷問部屋じゃないだけマシだろ」
カイルには申し訳ないが、正直、拷問も覚悟してた。
そう考えればいくらか今の状況の方がマシだ。
……たぶん。
すると。
ほどなくして、俺たちが降りてきた階段の方から足音が聞こえてきた。
カツ、カツ、と。
静かな地下牢に響く靴音。
門兵とは違う。
妙にゆっくりした足取りだった。
やがて、一人の男が牢の前で立ち止まる。
年齢は六十前後くらいか。
乱れる事なくピシッと整えられた髪型、小綺麗な服装をしている。
だが、その顔は酷くやつれていた。
目の下には濃い隈。
頬は痩け、疲労が隠しきれていない。
それでも、こちらを睨む目だけは鋭かった。
「……君たちか」
低い声が牢の中へ響く。
「厄介な客人は」
俺は無言で相手のステータスを確認する。
名前:ラド・フェルディク
TM:001*/73
スキル:万字の眼鏡
特徴:人格者/記憶する者/礼節/転写/信頼/執事/領主代行
……なるほど。
側近で領主代行か。
スキルは……執事にはもってこい、そんな感じだな。
おそらく、こいつも能力を使えなくなってるだろうし、既に、そのことにも気づいてそうだ。
ラド・フェルディクは鉄格子越しに俺たちを見据える。
「して、私に話があると?」
疲れ切っているはずなのに、その声音には圧があった。
長年、人の上に立ってきた人間特有の威圧感。
「まず、それを聞こう」
話が早い。
無駄な駆け引きをする気はないらしい。
この状況で一方的に問い詰めるのではなく、まず話を聞こうとする辺り、信頼されているだろうことがわかる。
俺は隣のカイルへ視線を向け、小さく頷いた。
カイルは緊張したように喉を鳴らすと、ゆっくり口を開く。
「ダンジョンについてです……」
そこからだった。
カイルは、今まで俺たちが辿り着いた情報を一つずつ丁寧に説明していく。
ダンジョンのうつわを発見した。その話はやはり衝撃だったようで、兵士達は興奮を隠しきれない様子で顔を見合わせている。
そのざわめきを片手で制止するラド・フェルディク。
さらに他国でダンジョン発現前に起きた大災害。皆既日食との一致。
地下に存在していた巨大な空間と魔鉱石。
そして――魔法陣の時間魔法に酷似した構造。
そして、その代償。
街の人間達の寿命が消費される可能性。
皆既日食と同時に魔法陣が発動するという考察。
これから起こりうる最悪の未来。
一時的でいい。
皆既日食のその瞬間だけこの街に誰もいなければいい。
そうすれば大勢の人間が助かる可能性を告げる。
カイルは必死だった。
一言でも多く伝えようと、声が掠れても止まらない。
ラドは一切口を挟まなかった。片手を上げたまま黙って聞いている。
否定もしない。
怒鳴りもしない。
笑い飛ばしもしない。
ただ静かに耳を傾けていた。
物事を感情で判断しない。
どれだけ荒唐無稽な話でも、一度最後まで聞いてから判断するタイプだ。
やがて。
全てを話し終えたカイルが、緊張した面持ちでラドを見る。
地下牢に沈黙が落ちた。
数秒後。
ラドは表情ひとつ変えず口を開く。
「……話はそれだけか?」
その声は、氷みたいに冷たかった。
カイルが小さく頷く。
するとラドは静かに続ける。
「今の話を信じるにたる証拠は――もちろん持ち合わせているのだろうな?」
その言葉に、カイルの表情が固まった。
返す言葉がない。
当然だ。
これから起こる天変地異を示す証拠なんてない。
カイルが話している内容は、全部“考察”でしかない。
だが、それは状況証拠を積み上げた上での考察だ。
「ぼ、僕のカバンの中に魔鉱石があります!」
カイルが顔を上げて言う。
「魔鉱石はダンジョンでしか採取されません」
「それで、ダンジョンがあるという証明にはならないでしょうか…?」
けれどラドの表情はまるで変わらなかった。
「魔鉱石…たしかに原石は珍しい。だが、クレジオルムへ行けば手に入らないこともないだろう。ダンジョンがあるという証明にはならない。」
「ましてや、魔鉱石一つで、今の話を全て信じる事などできない」
淡々と返され、カイルは言葉を失う。
まぁ、そりゃそうだ。
(まぁ、最初からすんなり信じてもらえるとは思ってないけどな)
俺は壁から背を離した。
「……証拠がないとダメなのか?」
静かに口を開く。
ラドの視線がこちらへ向いた。
少しだけ目を細める。
「して、次は、こちらの番だ」
低い声。
「君は何者だ?」
地下牢が静まり返る。
兵士達の視線も、一斉に俺へ集まった。
俺は数秒考えてから答える。
「俺は時間魔法士だ」
その瞬間。
後ろに控えていた兵士達が顔を見合わせている。
ラドは微動だにしなかった。
だが、視線だけが鋭くなる。
「はて……時間魔法士は人の能力を奪える」
ゆっくりと首を傾げる。
「そんな話は聞いたことがない」
さっきより明らかに声が冷たい。
嘘つきへ向ける冷ややかな視線だ。
「そりゃそうだな」
俺はへらっと笑う。
「能力奪ったってのは、嘘だ」
兵士達の顔が険しくなる。
「そうでも言わなきゃ、領主代行様に会えそうになかったもんで」
その瞬間。
ラドの眉間に深い皺が刻まれた。
完全に“面倒な奴を見る顔”だ。
けど構わず続ける。
「今この街にいる能力者全員、魔法が使えない状態になってる」
俺は顎でカイルを示す。
「こいつの言った魔法陣のせいだ」
「まぁ信じられないだろうが――」
俺は笑みを浮かべたまま言う。
「“俺がこの街の奴ら全員の能力を奪った”って話よりは、何らかの異変がこの街で起きている…そっちの方が信じられるんじゃないか?」
沈黙。
兵士達の顔色が変わっていく。
ラドだけは無表情のままだった。
俺はさらに言葉を重ねる。
「突然、能力が使えなくなったのも、揺れが収まったのも天変地異の前触れだ」
その言葉に、後ろの兵士の一人がごくりと唾を呑み込む音が聞こえた。
空気が変わる。恐怖が伝染していくのがわかる。
俺は鉄格子へ近づくと、ラドを真っ直ぐ見る。
「あんたは能力が使えなくなった事に真っ先に気づいたはずだ。そして、それが自分だけじゃない事も。この街に新たな動揺が広がらないようにするには……そう考えたはずだ」
「こんな時間まで寝ずに原因を調べ、対策を練ってたんじゃないのか?」
「そこへ、能力を奪ったとかいう奴が現れたから面会をすぐに許可した」
「深夜の急な来訪なのに、髪は綺麗に整えられてるし、服装も乱れていない。疲れ切った表情、寝ずにいたのは見ればわかる」
俺は手枷をしたまま腕を上げラドの制止の真似をする。
「あんたが知りたがってる原因は話した通りだ。住民を動揺させないように対策を練ったところで意味がない」
「このままだと、この街の奴らは全員死ぬ」
「俺たちの目的は─、この街の住民全員の命を救うことだ」
鎮まりかえる地下。
ラドは呆れたように首を振ると踵を返す。
「いいのか?もう、時間がないぞ」
「住民全員を避難させるんだ。部屋に戻って話し合ってから決断してる余裕なんてこの街には残ってない」
ラドの足がピタリと止まる。
(もう一押しか)
「俺たちが何かを企んでて嘘ついてるなら、牢屋に幽閉されてまで嘘つく理由は?」
「もし、何も起きなければ、このまま罪人だ」
「こんな状況だ。寿命が吸い取られて他人が死のうが構わない。自分の命さえ助かればいい。普通はそう思うだろ?」
「だけど俺達は─、全員を助ける事を選んだ」
「その義務がある」
その言葉に、ラドはゆっくりと振り向く。
カイルも、同時に目を丸くしてこっちを見た。
(貴族としての義務とは言ってないからな?勝手に勘違いしてくれ)
兵士達は完全に固まってしまった。
だが、振り向いたラドの表情は変わらない。
「身分を偽れば大罪にあたる」
冷たい声が響く。
「ああ……わかってるよ」
(俺は一言も貴族ですとは言ってないぞ)
ここで勘違いして、信じてもらえなければ詰む。
ラドはゆっくり目を閉じると、何かを考えている様だ。
嫌な沈黙が場を支配する。
やがて目をゆっくりと開けると顎を撫で、近くの兵へと耳打ちをした。
するとその兵士はその場を素早く去る。
そしてラドはこちらへ目を向けたまま、
「大変な失礼を致しました」
と胸に手を当て丁寧に頭を下げる。
そして
「今すぐ、牢を開け手枷を外すのだ」
と兵へ命令した。
牢屋の鉄格子が開かれる。
上手くいった!そう確信した時だった。
「私は長年、アイアンバレー領主であられるフェデラー様に仕えてまいりました執事でございます」
「誠に光栄なことに高貴な方々のお顔を拝借する機会もございました」
言葉を切る。
「しかし、一執事の私などでは、そのご尊顔を拝見する機会を得られぬ程、高みにおられる方とお見受けします」
そこへ、さっきこの場を離れた兵が戻ってくる。
その手には重厚感のある箱を抱えていた。
その蓋がゆっくりと開かれる。
「不敬を承知で申し上げます。ここに魔水晶がございます」
魔水晶···。手形を登録するとかいうアレだ。
「国民の命を救いたい。その尊いお言葉に、嘘偽りはない。貴殿の身に偽りなどあるはずがない。その清廉潔白なお心で…どうかこちらへ手を差し伸べていただきたいのです」
(まさか…この国の貴族って全員、魔水晶に手形登録してんのか?)
(いや、こいつらのこの感じ絶対そうだ。そもそも手形を国が管理してるなら貴族が登録してないわけがない)
ただ水晶に触れるだけ。たったそれだけの事を拒否なんてできるわけがない…。
拒否すれば、潔白じゃないから触れませんって言っているようなもんだ。
俺の背中を嫌な汗が伝うのがわかった。
完全に詰みだ。




