67話 犠牲···
ここで死ぬ気か。
その言葉が、静まり返った夜に落ちる。
その声には呆れと、ほんの少しだけ焦りが混じっていた。
ノルとカイルは、シルが何を言っているのかわからないと言いた気な顔を見せた。
まぁ、無理もない。
こいつらの中では、もう結論が出てるんだ。
“全員死ぬ”
それ以外の未来なんて存在しない。
そう確信してる。
だからこそ、“死ぬ気か?”なんて発言自体に違和感を感じているんだろう。
「ルイ……どういうこと?わからない……教えて……」
ノルが涙声で問いかけてくる。
俺はできるだけ簡潔に答えた。
「俺の寿命、お前らの想像を遥かに超えるって言ったよな?」
二人が黙って俺を見る。
「俺一人、この街に残る」
「そしたら、魔法陣の代償は俺から支払われるはずだ」
「俺の寿命が削られる。その代わり、他の奴らが助かる可能性が高い」
それだけだ。
単純な話だった。
俺はそう言って、にっと笑ってみせる。
すると。
ノルの表情が崩れた。
唇が震え、次の瞬間には大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちる。
「あ……っ……」
声にならない。
呼吸すら上手くできていないみたいだった。
カイルも一歩前へ出る。
何か言おうとしたんだろう。
けど、その前に俺は口を開いた。
「カイル。俺の意志は、話したよな?」
その言葉に、カイルの動きが止まる。
唇を強く噛み締め、そのまま俯いてしまった。
……止められない。
いや、止める資格がない。
そう理解してる顔だった。
すると、横からシルが小さく鼻を鳴らした。
「…泣こうが、止めようが無意味だ」
少しだけ口角を吊り上げる。
けど、その笑みはいつもの余裕ある笑いじゃない。
どこか無理やりだった。
「“死なないでくれ”なんて綺麗事言ったところで、アタシ達にはこの状況変えられねぇんだよ」
シルは空を見上げる。
白い月明かりが横顔を照らしていた。
「“生きるチャンス”を貰えたんだ」
最後にぽつりと言うと、ノルはその場で泣き崩れてしまった。
シルがフォローしてくれたのは助かった。
変に感情論で止められても困る。
俺は喜びに満ちた気持ちを切り替えるように息を吐いた。
「この街の人間全員を、魔法陣の外へ――街の外へ避難させる」
俺は三人を見回す。
「寝てる暇はないぞ? 期限は、もう一日もない」
(お前ら、俺のためにしっかり動いてくれよ?)
カイルは涙目になりながらも強く頷いた。
シルは頭を掻きながら大きくため息を吐く。
そしてノルは――
その場に蹲ったまま動かなくなってしまった。
……まぁ、そうなるか。
知らなかったとはいえ、魔法陣を完成させたのはノルの採掘だ。
自分のせいで…そう思ってるんだろう。
大勢だろうが、俺一人だろうが関係ない。
自分の行動のせいで誰かの命が犠牲になる。
そんな現実、簡単に受け止められるわけがない。
(これ、俺が死んだら絶対一生モンの心の傷になるよな……)
俺は困ったように頭を掻き、ノルの前へしゃがみ込む。
そして、震える肩へそっと手を置いた。
押し殺した嗚咽が伝わってくる。
「……ノル」
ぴくり、と肩が反応する。
「お前、俺が死ぬと思ってんのか?」
その瞬間、ノルの呼吸が止まったみたいに固まった。
俺は苦笑する。
「寿命を削るとは言った。でも、“死ぬ”とは言ってない」
ノルがゆっくり顔を上げる。
涙でぐしゃぐしゃになった顔だった。
「下手したら、削られてもなお、お前らより寿命残ってるかもしれねぇんだぞ?」
俺はうんざりしたように笑って見せた。
実際は笑えない話だ。
死ねる保証なんて、どこにもない。
その事実に、俺自身が一番げんなりしていた。
「だからそんな顔すんな」
風が強く吹き抜けていく。
時間がない。
こうしてる間にも、皆既日食は近づいてる。
俺はノルを真っ直ぐ見つめた。
「一人の犠牲も出したくないんだろ?」
ノルの瞳が揺れる。
「だったら、こんな所で泣いてる場合じゃない」
俺は肩を軽く叩いた。
「すぐ動け」
数秒の沈黙。
ノルは強く唇を噛み締めると、乱暴に涙を拭った。
その瞳に、少しずつ力が戻っていく。
……よし。
俺は立ち上がった。
「作戦を決める」
と言っても、もう細かいこと考えてる余裕なんてない。
俺は指を立てる。
「俺とカイルは領主の館へ行く」
「領主代行を説得して、避難勧告を出してもらう」
続けてシル達を見る。
「シルとノルは宿屋へ戻れ」
「街の連中に避難を呼びかけろ」
それだけだ。
綿密な作戦も準備も。
今さらやってる時間はない。
できる事を、片っ端からやるしかない。
そして。
俺は最後に釘を刺した。
「これ以上は無理だと判断した時点で――お前らは自分の命を優先しろ」
特にノル。
今の精神状態じゃ、最悪“自分も残る”とか言い出しかねない。
だからシルと組ませる。
こいつは察しがいい。
ノルが変な覚悟決めたら、絶対止める。
シルもその意図を察したのか、何も言わず鼻を鳴らした。
そして次の瞬間。
俺たちは同時に駆け出していた。
滅びへ向かう街から一人でも多くの命を救うために。
そして、俺は自分の目的を果たすために。
――――
二人と別れた俺たちは、そのまま領主館へ向かって夜道を駆けていた。
石畳を蹴る音が、街に響く。
深夜だというのに街には少し灯りが残っている。
酒場からは酔っ払いの笑い声。
どこかの家からは陽気な歌声まで聞こえてきた。
長く続いていた地鳴りが止まった。
それだけで、街の人間達は“危機が去った”と思っているんだろう。
希望が戻ってきている。
明日、自分達が死ぬなんて、夢にも思っていないはずだ。
(……さて、どれだけの人間が信じるかね)
正直、絶望的だ。
一人一人に事情を説明して回る時間なんてない。
シルとノルの方は相当骨が折れるだろう。
だが――俺たちの方も簡単じゃない。
領主代行を説得して避難勧告を出してもらう。
口で言うのは簡単だが、相手からすれば酔っぱらいの戯言のような話だ。
「なぁカイル。なんかいい案ないのか?」
走りながら尋ねる。
カイルは苦い顔をしたまま息を切らしていた。
「……正直、なにも。そもそも、説得どころか領主代行と面会する事すら難しいです……」
そこまで言って口を閉ざす。
当然だ。俺が領主代行の立場ならこんな時間に訪ねる非常識な客なんかに絶対会わないし、気まぐれで会ったとしても絶対に信じない内容だな。
“街全体が巨大な時間魔法の生贄になります”
頭のおかしい奴だとしか思えない。
そうこうしているうちに、巨大な館が見えてきた。
「あそこか?」
「はい…」
高い塀。
重厚な門。
真夜中でも消えない灯り。
いかにも権力者の住処って感じだ。
門の前には武装した門兵が立っている。
そして俺たちに気づいた瞬間――
「動くな!!」
怒声が飛んだ。
同時に、門兵が剣へ手を添える。
完全に警戒態勢だ。
まぁ当然だ。
こんな時間に、馬車でもなく徒歩で駆け込んできた男二人。
どう見ても不審者だ。
俺はすぐに両手を軽く上げた。
「大事な話がある。領主代行に会いたい」
単刀直入に目的を告げる。
だが門兵は怪訝そうに眉をひそめた。
そして、露骨に面倒臭そうな顔をする。
「……酔っぱらいが」
小さく吐き捨てる。
その目には軽蔑すら浮かんでいた。
「お前らみたいな輩にはうんざりだ」
なるほど。
おそらくアイアンバレーの住民も、散々領主への面会を求めてきたんだろう。
資源の枯渇。
地震。
避難民の衣食住への支援。
災害時の復旧の目処。
領主が逃げ出したなんて話もあった。
残った住民が不安にならない方がおかしい。
領主代行に聞きたいことが山ほどあるはずだ。
酔っぱらった勢いで、押しかけていても不思議じゃない。
酔っぱらっていなくてもあったかもな。
けど当然、一般人が権力者に「会わせてください」とお願いして気軽に会えるほど世の中甘くない。
それはどこの世界も同じだろう。
(さて、どうしたもんか……)
俺は小さく舌打ちしながら、相手のステータスへ視線を向けた。
スキル:炎の剣
――その瞬間、閃く。
こいつも、俺たちと同じ現象が起きてるはずだ。
俺は口元を吊り上げた。
「お前らの能力、奪った」
「ちなみに、俺たちは酔っぱらいじゃない」
門兵の眉間に深い皺が寄る。
「……何?」
「あんた炎を剣に纏わせるんだろ?」
その言葉。
たったそれだけで、門兵の顔から余裕が吹き飛んだ。
目が見開かれる。
柄を握る手に力が入り、何度も何かを試すように握り直している。
……当然、俺たちと同じように魔法なんて発動しない。
「貴様……いったい何者だ……」
頬を汗が伝っているのが見える。
「俺たちは領主代行と話がしたいだけだ」
そして、一歩前へ出る。
「俺たちが何者なのか――明かすとしたら、お前にじゃない」
「この街のトップと話せないっていうなら、ここに用はない」
そう言って踵を返そうとした、その時。
「待て!!」
門兵が慌てて俺を呼び止めた。
そして低い声で呟く。
「……俺の能力を返せ」
必死さが滲んでいた。
俺は即答する。
「やだね」
わざと憎たらしく笑ってみせる。
その瞬間、門兵の顔が怒りで真っ赤になった。
「貴様ァ!!」
剣が振り上げられる。
横でカイルが咄嗟に俺の腕を掴んだ。
けど俺は動じない。
むしろ大声で叫んだ。
「俺を殺したら永遠に能力は戻らないぞ!!」
ぴたり、と。
門兵の動きが止まる。
剣先が震えていた。
そして、ゆっくりと剣を下ろす。
……よし。
俺はさらに畳み掛ける。
「なんか勘違いしてるみたいだから言っとくけど」
にやりと笑う。
「奪ったの、お前の能力だけじゃないからな?」
その言葉に、門兵の目が大きく見開かれた。
ただならぬ気配に、後から応援にきていた兵士達の顔色も変わる。
他の奴らも魔法が使えなくなっている事を確認すると、動揺を見せ始める。
俺はその反応を見て鼻で笑った。
一人の門兵が慌てた様子で建物の中へ駆け込んでいく。
数分後。
ぞろぞろと追加の門兵達が現れた。
空気がピリついている。
全員、俺たちを見る目が完全に変わっていた。
警戒。
恐怖。
混乱。
その全部が混ざり、不用意に動けないといったところか。
やがて一人が前へ出る。
「……しばしここで待て」
低い声で言った。
「今、来客を報告している」
俺はカイルと顔を見合わせる。
するとカイルの顔は、すっかり血の気が引いていた。
まぁ、無理もない。
完全に綱渡りだ。
一歩間違えば、この場で斬られててもおかしくなかった。
俺は両手を軽く上げ、小声で言った。
「うまくいきそうだな」
へらっと笑ってみせる。
すると、つられるようにカイルも笑みを浮かべたが、その笑顔はあきらかに引きつっていた。




