66話 生贄の街···
頭上には雲ひとつない星空が広がり、白い月が二つ不気味なほど綺麗に浮かんでいる。
けれど、その光景を美しいなんて思える奴は誰もいなかった。
俺たちは坑道入口の近く――使われなくなった資材置き場の脇に立ち尽くしていた。
その荒れた景色の中で、カイルの横顔をランタンの明かりが照らしていた。
「まず、ダンジョンが発見された都市での災害について…」
ようやく絞り出した声は、やけに重かった。
俺たちは黙って耳を傾ける。
「ダンジョンが発見された都市では、その数ヶ月前に大きな天変地異が発生しています」
「天変地異?」
俺が聞き返すと、シルが低く呟いた。
「……聞いたことある」
その表情は険しい。
カイルは静かに頷く。
「火災、洪水、噴火、それぞれ災害の種類は違いますが、どれも大規模なものでした」
風が吹く。
坑道の奥から、ひゅう……と不気味な風鳴りが聞こえた。
「どの都市も壊滅的な被害を受けています。ですが……」
そこでカイルは言葉を切った。
「被害規模の割に、死者数が少ないんです」
「少ない?」
「はい。街が消滅寸前になるほどの災害にも関わらず、死者は千人程度に留まっている。災害の前に、様々な不吉な予兆があったからだと言われています」
普通なら数千単位で死人が出てもおかしくないが、予兆があったから危機感のある住民は災害前に避難できたって事か。
確かに今のアイアンバレーと状況は一緒だ。
「そして、その後にダンジョンが発見されている」
カイルは続ける。
シルが腕を組んだまま顔をしかめた。
「つまり、この街も同じように大災害に見舞われるって事だよな?話を戻すようで悪ぃけど、それなら、何でルイに死因が特定できないんだよ?」
確かに、災害で大量に人が死ぬなら死因は予測できそうだ。
「そこなんです。“災害が原因で死ぬ”わけじゃない…。災害が起きる前に何らかの現象が起きて死ぬ…」
俺達はその意味をすんなりと理解できない。
「災害が起きる前に死ぬ?」
「はい」
カイルは迷いなく頷く。
そして、ゆっくり顔を上げる。
「どうやって…」
ノルが小さく呟く
「今からその理由をご説明します」
「ダンジョンが発現した都市と、この街の二つ目の共通点があります」
「皆既日食です」
その瞬間、風が止まる。
空気が張り詰めた。
一瞬、世界が静まり返った気がした。
「……皆既日食?」
俺は眉をひそめる。
「皆既日食なんて、別に珍しいもんじゃねぇよ。世界中で定期的に起こる現象、今回はたまたまドミリス王国から観測できるってだけだ」
シルは鼻で笑う。
「皆既日食は昔から“魔力が高まる日”として祝う風習が残っている土地もあります。実際のところ魔力が高まっているのかなんてわかりません。この国では特別視されるような現象でもない」
「けど、もし、魔法陣と皆既日食が関係しているとしたら?」
カイルの言葉に、全員が押し黙る。
「ダンジョンが発見された三都市。その災害発生日は――、全て皆既日食の日と一致しています」
「不吉な予兆…、魔法陣が発動できる状態になったところに、魔力が高まると伝えられている皆既日食が重なる。その結果何かが起きてた」
明日、ここでも皆既日食が起きる。
俺たちの寿命が尽きる日と一致してる。
確かに……無関係とは思えない。
けど、まだ腑に落ちない部分がある。
「おかしくないか?」
カイルが視線を俺に向ける。
「その三都市の流れとしてはこうだろ?」
俺は指を折りながら整理する。
「魔法陣完成」
「皆既日食」
「魔法陣発動」
「大災害」
「ダンジョン発見」
そこが引っかかる。
「それなら魔法陣はダンジョンを隠すためなのか? それとも見つけさせるためになのか……」
自分で言ってて意味がわからなくなる。
「何のための魔法陣なんだ?」
その問いに。
カイルの表情が、今まで見たことないほど険しくなった。
青白い顔。
乾いた唇。
震える瞳。
まるで、自分の考えに自分で怯えているみたいだった。
「これは……他国のダンジョン発現時の災害記録と、僕自身の魔法陣研究。そして、あの空間を観察した上での考察です……」
ごくり、と。
ノルが息を飲む音が聞こえた。
「どんなに否定的に考えても……全てが繋がってしまうんです……」
重苦しい沈黙。
「……早く言えよ」
シルが低い声で催促する。
カイルは少しだけ目を伏せた。
「他国の災害について、こんな記録が残っています」
夜風がランタンの火を揺らす。
「ある若者が災害から生還し、その時の光景を語った記事です」
カイルの声がかすかに震えた。
「彼はこう言った。“みんな災害で死んだんじゃない”と」
「突然の強い光で目を覆ったが、次に目を開くと周りの人がパタパタと倒れていった。まるで寿命が尽きたみたいに――と」
誰も口を挟まない。
「さらに、ダンジョン研究家の記録によれば……」
カイルはゆっくり顔を上げる。
「その青年自身も、記事が出た数年後に死亡しています」
「奇跡の生き残りと呼ばれた人々は皆、同じような事を証言していた。けど、全員が何の因果かその生涯を短く終えた。と書かれていました」
静寂。
「僕が子供の頃に目にした本でした。でも、その部分だけは恐ろしくて印象に残っていて……」
「当時は、有毒ガス説や、その土地で汚染された食べ物を口にした説、生き残った者達が何らかの幻覚症状を起こしているなど、さまざまな憶測が出たそうです」
カイルは拳を握り締める。
「けど、さっき、あのダンジョンを発見した時、全部繋がったんです」
そして。
決定的な言葉を落とした。
「魔法陣は、ダンジョンを隠そうとも、発見させようともしていません」
「魔法陣の効果は災害じゃないんです」
空気が張り詰める。
「ダンジョンがあるから魔鉱石が採れるわけじゃない」
カイルの声は震えていた。
「――魔鉱石があるから、ダンジョンが生まれるんです……」
ノルが息を呑む。
「つまり……さっきの場所が、これからダンジョンになる……ってこと?」
カイルは強く頷いた。
「魔法陣には、あの空間をダンジョン化させる効果がある。そう考えるのが一番自然でした」
確かに。
さっきの空間は完成したダンジョンにしては、あまりにも空っぽだった。
生命の気配が、一切なかった。
まるで、まだ器だけしか存在していないみたいに。
「昼間、僕が魔法陣の構造について説明しましたよね?」
カイルが俺たちを見る。
「時間魔法に似た構造。それを主軸に構成されていると……」
その瞬間、全員の顔が強張った。
時間魔法。
「時間魔法の代償は、皆さん知っていますよね?」
寿命を代償に発動する能力。
ノルもシルも静かに頷く。
そしてカイルは、低い声で言った。
「では、発動者が存在しない場合……その代償はいったい誰が払うと思いますか?」
シルが青ざめた顔で呟く。
「……まさか」
その瞬間。
全部が繋がった。
皆既日食による魔法陣の発動。
寿命が尽きたように倒れる人間。
ダンジョンの出現。
短命で死んだ生存者。
災害が重なった事で死因なんて特定できない。
しようとも思わないだろう。
ノルは震える手で口元を押さえる。
俺は乾いた笑いを浮かべ言った。
「つまり、今この街に残ってる奴ら全員が生贄ってことか」
カイルの考察を誰も否定しなかった。
否定できなかった。
ダンジョンに関する過去の事象。
生存者の証言。
魔法陣についての膨大な研究記録。
今目の前で起きている事態の一致。
全部が、嫌になるほど綺麗に噛み合ってしまっていた。
「何で俺たちの魔法が使えなくなったと思う?」
俺はカイルの方を見た。
「…魔鉱石による魔力の流入。この魔法陣が完成したと同時に、魔力の流れが均一化し状態が安定化したと思います」
「恐らく…目には見えませんが、その膨大な魔力の流れの渦に個々の魔力が発動しようとしたそばから吸収されているのではないかと…」
ノルは自分の両手をじっと見つめ、シルは頭を抱える。
「そうか…」
俺は小さく頷き、続けて聞いた。
「この街から全員避難したらどうなる?魔法陣は発動しないのか?」
僅かな期待に、ノルが顔を勢いよく上げた。
「時間魔法は代償が先ではないですよね?魔法が発動したら、その代償は同時に支払わされる―」
(確かにそうだ)
「日食が始まった時点で強制的に魔法が発動してしまう…」
「魔法陣の中で足りなければ…外にいようが、地を這ってでもその代償を求められるでしょう」
(今更、逃げても無駄…って事か。もはや打つ手なし…)
ん…?打つ手なし…?
いや、待て。
…これって大チャンスなんじゃねぇか?
この街の人間全員の寿命が代償?
今この街に残っている奴ら何人だ?1000人いるか?…そいつら全員を街の外へ避難させて俺一人この街に残る。
魔法陣の中にいる俺から寿命が吸い取られる。
そしたら―
どの程度の寿命が必要なのか知らねーけど、仮に生まれたばっかの赤ん坊が80歳まで生きるとしたら×1000人程度で…八万年!いや、待て赤ん坊だらけじゃない。もうちょい減りは悪いか…
だが、1000人以上の寿命が必要ってんなら、意外とあっさり死ねるかもしれない。
三人の絶望に打ちひしがれた様子とは反対に、俺の口元は自然と緩んでしまう。
突然ニヤニヤと笑い出した俺を見て
「気でも触れたか?」
とゲッソリとした面持ちでシルが言った。
「ばーか!俺の目的は前に話したよな?」
俺のやたら明るい表情と声音にシルが目を見開く。
「まさか…アンタ…ここで死ぬ気か?」




