65話 ダンジョン···
「綺麗……」
ぽつりと漏れたノルの声が、静まり返った空間に吸い込まれていく。
階段を降りた先に広がっていたのは、まるで別世界だった。
天井も壁も、淡く青白い光を帯びている。
岩肌の隙間から滲むように発光する苔が、無数の星みたいに空間全体を淡く照らしていた。
人工の灯りなんて無粋に思えるほど、その場所は幻想的だった。
足元には細かなガラスのような粒が散らばっていて、歩くたびにシャリ……と音が鳴る。空気はひんやりとしているのに、不思議と息苦しさはない。
「この場所は……一体、何なんでしょうか……」
カイルが呆然と呟く。
ノルは岩肌へ駆け寄ると壁に手を当て、指先で感触を確かめている。
探鉱者としての本能が抑えきれないのだろう。
落ちていた砂利を拾い、ライトを近づけながら角度を変えて観察する。
さらに近くに落ちていた大き目の石をハンマーで叩き割ると、露出した断面を見る。
瞬間――ノルの目が大きく見開かれた。
「これ……鉱石に似てる……けど……」
困惑したような声。
だが、その先の言葉が続かない。
「似てる? 鉱石じゃないのか?」
俺が問いかけると、ノルは断面を睨んだまま小さく首を振った。
「鉱物が含まれているとは思う……けど、こんな断面見たことない……」
その声音には、自信の無のなさが滲んでいた。
「見たことなくても、何かしらの鉱物が含まれてるなら大当たりだろ?」
俺がそう言うと、ノルは露骨に納得いかなそうな顔をした。
幼い頃から鉱脈と共に育ってきた少女だ。
そんな私が知らない鉱石なんて存在するはずがない――そう言いたげだった。
「ちょっと貸しな」
横からひょいっと石を奪い取ったのはシルだった。
シルはライトを近づけ、表面をじっと観察する。
さらに軽く匂いを嗅ぎ、何度も指先でゆっくりとなぞった。
その仕草は、いつもの軽薄そうな態度とはまるで違う。
鋭い眼光。
真剣な表情。
まるで長年修羅場を潜ってきた鑑定士みたいだった。
そして、数秒後。
シルは低い声で呟く。
「――魔鉱石……」
その瞬間。
俺以外の全員が固まった。
「魔鉱石?」
俺が聞き返した直後、
「まさか……」
カイルが慌てて周囲を見回す。
ノルは震える腕で自分の身体を抱きしめながら、掠れた声を漏らした。
「どうして……こんなところに……」
(なんだ……? そんなヤバい石なのか?)
反応が大げさすぎる。
「なぁ、その魔鉱石ってなんだ?珍しいのか?」
二人の反応からして珍しいであろうことは理解できる。わかっていて自分でも頓珍漢な質問をしてる自覚はある。
けど、それで狼狽えている理由がわからない。
そんな俺を見て、ノルとカイルは理解に苦しむ顔を向けてきた。
するとシルは思い出したかのように
「ルイは記憶喪失だ。言ってなかったか?」
と石を見つめたまま、こちらを見ることなく言う。
その言葉に、二人は大きく頷いた。
「まぁ、あたしから説明してやるよ」
シルは手の中の石を軽く放りながら続ける。
「魔鉱石ってのはな? 魔石の原石だ」
「魔石?」
「魔道具の動力源になる石。加工されて、色んな魔道具に使われてる」
(なるほど。それはなんとなくわかるぞ)
「で、それが今見つかったってことだろ?それってそんな驚くことなのかよ?」
俺があっけらかんと聞くと、カイルもノルも言葉を失ったように黙り込む。
代わりに、シルが静かに答えた。
「魔鉱石は、ダンジョン内でしか採取できない…」
その言葉だけが、妙に重く洞窟内へ響いた。
(へー! じゃあここダンジョン内ってわけか!)
俺は改めて周囲を見回す。
光る壁。
奇妙な空気。
魔鉱石。
言われてみれば、確かにそれっぽい。
だが――静かすぎる。魔物の気配がまるでない。
危険な場所というより、むしろ幻想的で落ち着く場所だ。
そんな事を考えていると、シルは震える声で続ける。
「ダンジョンは、世界でまだ三つしか発見されてない」
「ドミリス王国が保有するダンジョンは……ゼロだ」
シルは乾いた笑みを浮かべた。
「それって…つまり」
俺が全てを言い切る前にシルが言う。
「つまり……アタシ達は、この国初のダンジョンを発見しちまったってことだ」
事の大きさに薄暗い空間の中でも、三人の顔が青ざめているのがわかる。
「記憶がないのなら、ダンジョンが何なのかわからないのでは……?」
気遣うようにカイルが言う。
「いや、ダンジョンはわかる」
俺は短く返した。
するとシルが呆れたようにため息を吐く。
「アンタの記憶喪失って、ほんと謎」
「それより、おかしくないか?」
「アンタの頭が?」
「ちげーよ!」
即座にツッコむ。
「ここがダンジョンだとしたら、なんでモンスターの一匹もいない? 現れる気配すらないんだが?…静かすぎるだろ」
「ダンジョンってこんなもんなのか?」
俺の疑問に、誰も答えられなかった。
俺の言葉にカイルは腕を組み、難しい顔で黙り込む。
ノルとシルはキョロキョロと不安気に辺りを見回していた。
カイルは足元に転がる魔鉱石を拾い上げると、ゆっくり口を開いた。
「……とりあえず、一旦上へ戻りましょう」
その声は妙に硬い。
「そこで、話したいことがあります」
その表情を見ればわかる。何か確信を得たのだろう。
シルは興奮を隠しきれていなかった。
坑道を戻る最中も、行きとは違い目だけは爛々と輝いている。
「……ヤバい、ヤバいぞこれ……」
ぶつぶつと呟きながら、落ち着きなく指先を動かしていた。
「ダンジョンが見つかったってだけでも大事件だってのに、それがこのアイアンバレーの地下だぞ……?」
シルは笑う。
けれど、その笑みはいつもの軽いものじゃない。
商人としての本能。
金の匂いに酔った獣みたいな顔だった。
「魔鉱石が永遠に採れる。貴重な魔物の素材も···!世界中の冒険者共がここへ集まる。金の流れが変わる。この街を中心に商会の勢力図も変わる……」
その声は徐々に熱を帯びていく。
「国の経済が天井知らずだ……」
ぞくり、と。
シルは自分の肩を抱くように腕を擦った。
興奮。
恐怖。
歓喜。
全部が混ざった震えだった。
「しかも世界に四つしか存在しないダンジョン。そのうちの一つがここに…。そんなもん抱えた瞬間、この国の立場まで変わる……」
一夜にして国同士の力関係が変わる。
その意味を、俺はまだ完全には理解できていない。
けど、シルが本気で震えるほどの発見だって事だけはわかった。
一方でノルは、どこか呆然としたまま前を見つめていた。
「……そっか……」
ぽつり、と小さく漏らす。
「おじいちゃんが言ってた“枯渇しない鉱脈”って……これだったんだ……」
ノルは震える手を胸の前で握りしめる。
「ダンジョンから、ずっと魔鉱石が排出され続けるなら……確かに鉱脈は尽きない……」
その表情は、ようやく長年の疑問が繋がった人間の顔だった。
誰にも理解されず。
嘘つき扱いされ。
狂人みたいに言われ続けた祖父の言葉。
それが、今ここで証明された。
本来なら飛び跳ねて喜んでもおかしくない瞬間だ。
けれど――
二人の表情から、すぐに熱が消えていった。
現実を思い出したからだ。
明日、死ぬ。
その事実だけが、重石みたいに全員の頭にのしかかっていた。
しかも、あの不気味なほど静まり返ったダンジョン。
あれが無関係とは思えない。
モンスターがいない。
気配もない。
静かすぎる。
まるで何かが起きる前触れみたいだった。
予測できない死因。
それが一番厄介だ。
どれだけ価値ある発見をしようが意味はない。
名誉挽回も。
大金も。
夢も。
全部、“生きていれば”の話だ。
結局、一刻も早くこの土地を捨てて逃げるしかない。
俺は、自分の事を思い出していた。
『時間を戻せば全部なんとかなる』
そんな風に息巻いていた自分を。
……笑える。
本当に笑える。
俺は、この世界に虫けらみたいに放り捨てられた存在なんだ。
死ねないこの力だって、祝福なんかじゃない。
神が俺に押し付けた罰みたいなものだ。
そんな虫が。
神が長い時間をかけて仕組んだ“何か”を止める?
そんな事――できるわけがなかった。
自分の考えの浅さが滑稽すぎて、泣きたくなった。
悔しい。ただ、それだけだった。
カイルはというと、ずっと黙り込んでいる。
俯きながら何かを考え続けていた。
頭の中で、情報を必死に整理しているようだ。
時折、ぼそりと独り言が漏れる。
「……いや、だとすれば……」
「あの本には……」
「主軸の構造……いや、まだ仮説段階だ……」
何を言っているのか、誰にも理解できない。
けれど、カイルの中で何かが繋がり始めている事だけは伝わってきた。
そんな三者三様の感情を抱えたまま、俺たちは坑道を抜ける。
外へ出た瞬間、ひやりと冷たい夜風が頬を撫でた。
空はすっかり闇に包まれている。
……もう夜か。
坑道の中にいたせいで時間感覚が狂っている。
俺は無意識に空を見上げた。
(魔法も使えない今、もたもたしてる時間はないな……)
状況は最悪だ。
死因不明。
回避方法不明。
頼みの能力も封じられてる。
俺は足を止め、カイルへ視線を向けた。
「なぁ」
低い声で呼びかける。
「さっき言ってた“話したい事”ってなんだ?」
カイルはゆっくり顔を上げた。
その目には、さっきまでとは違う種類の恐怖が浮かんでいた。




