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64話 奈落···

前だけを見て、ひたすら坑道を歩き続ける。


足元は砕けた石だらけで、一歩踏み出すたびにジャリ、と乾いた音が響いた。


頼れる光は、自分の手に握った松明だけ。


本来なら支柱に吊るされたランタンへ火を灯しながら進むべきなんだろうが、そんな余裕はなかった。


立ち止まる時間すら惜しい。


薄暗い坑道の奥へ、俺はただ一直線に進み続けた。

天井には無数の亀裂が走っている。


今にも崩れそうな圧迫感。


湿った土の匂いが鼻につく。

静かなはずの坑道なのに、自分の足音だけがやけに大きく聞こえた。


その時だった。


背後から、二つの光が交差して前方を照らす。


俺は足を止め、振り返った。


そこには、松明を持つカイルと、ライトを手にしたノルとシルの姿があった。


「待ってよ! 私も行く!」


ノルの声が、静まり返った坑道に反響する。


「瓦礫があって進めなければ、私が砕いて道を作る!」


肩で荒く息をしていた。


慌てて追いかけてきたんだろう。


額には汗が浮かび、髪も少し乱れている。


それでも、その目だけは真っ直ぐだった。


「外で待ってて何か起きた時、逃げ惑って死ぬくらいなら、時間止められるアンタの近くにいた方が生き残れるかもしれないからな…アタシもついてく」


疲れた顔をしながらも、シルは相変わらず打算的なことを言うが、その声には怯えも混じっていた。


「僕でも何かの役には立てるかもしれない」


カイルは真面目な顔で頷く。


……なんだか、その三人の顔を見た瞬間。


頭に上っていた熱が、少しだけ冷めた。


さっきまで、一人で突っ走ることしか考えてなかったのに。


「ほんと頼りになるよ」


俺は思わず、笑っていた。


坑道内は大部分がひび割れていたものの、幸い大崩落を起こす気配はない。


崩れ落ちた支柱や瓦礫を避けながら、俺たちは奥へ進んでいく。


湿った岩肌をライトが照らし、そのたびに長い影が不気味に揺れた。


俺たちは早足で坑道を進む。


その時だった。


――オオオオォォォ……


どこからともなく、不穏な音が響き始めた。


まるで誰かが、遠くで叫び続けているような声。


坑道全体が唸っているみたいに低く響き、背筋をじわりと冷やしていく。


「何この音……声?」


ノルが不安そうに呟く。


すると、シルの足がぴたりと止まった。


「やっぱ……戻るか? 絶対ヤベェだろ」


見た目に反して、こいつはかなり怖がりだ。


俺とカイルとノルが何も言わず歩き続けると、観念したように後ろからついてくる。


やがて、空洞の入口へ辿り着いた。


そこまで来ると、音はさらに鮮明になる。


人とも獣の唸りともつかない、不気味な低音が崩落した穴から響き渡っていた。


この空洞より一回り程小さな穴は不自然な程綺麗な円を描いている。


さっそく俺は地面に手をつき、崩落した地面がまだあった時を強くイメージする。


簡単だ。


あとは時間を戻すだけ···。


(………)


「おかしい···」


心臓が早く脈打つのが自分でわかる。


(…痛みがない)


いつもと違う。イメージをして発動が可能になると襲ってくる痛み。


それがない。

一向に魔法が発動する気配のない自分の手を見つめて固まってしまう。


「どうしたんだよ?」

シルが訝しげに尋ねてきた。


「···魔法が···使えない···」


不気味な音の中で放った俺の言葉に全員が固まる。


焦ったようにシルが自分の鼻先に集中する。

しかし、何も起こらない。


ノルも同じように、小さなツルハシを持ち自分の手先に力を込める。


だか、光の出現は起きなかった。


「何で?!」

ノルが叫ぶ。


(ステータ…スオープン…)


目の前に表示されるステータス。


名前:天城塁 TM:98710 / 99999

スキル:時間操作魔法


特徴:甘ったれ/無趣味/鈍感/死にたがり/新鮮な野菜の使い手/進化の針を進める者/リホーム技術者/個体増殖/細胞生成/一般水準以上の知能/領域加速/範囲時間停止


(ステータスは見れる!能力とは別だからか…?)


時間停止中寿命が減る事はなかった。だが、今はごっそり削られている。

(止めた時間の分だけ後から削られるってことか···)

2時間くらい時間を止めたことで200年寿命が減っているが、それ以外は大きな変化も見られない。


状態異常とも書かれていない…。


このまま魔法が使えなければ、明日には全員が死ぬ…。


その時―


「あれは……」

一番冷静だったカイルが何かを見つけたのか穴に近づき指を差している。


目を凝らすと、崩壊した瓦礫の下に違和感があった。


瓦礫の隙間に、一定間隔の段差が見える。


俺はノルからライトを受け取り、その場所を照らした。


白い光が岩肌をなぞる。


そして、はっきりと浮かび上がった。


階段だ。


落石で偶然できた形じゃない。


明らかに、人が下へ降りるために作ったもの。


闇の奥へ続いている。


カイルが、吸い寄せられるように一歩踏み出す。


すると即座にシルが叫んだ。


「まさか!魔法も使えなくなったこの状況で下へ行くとか言わねぇよな……!?」


「え?! 行かないんですか?隠された地下へ続く人工物…ここへきて皆さんの魔法が突然使えなくなった理由…」


「そのヒントが、地下にあるかもしれません」


カイルは真剣な表情を見せる。


「アホか! 変な声みたいなの聴こえねーのかよ!罠としか思えねぇよ」


「行きたいなら一人で行けよ?」


シルが一人で行けと言ったそばから


「私も行く…。まだ時間はある。ここで諦めたら…」

思いつめた表情のノルが言った。ノルの言葉の続きは皆わかっている。

(諦めたら、この街にいる人間が大勢死ぬかもしれない…)


魔法が使えなくなった今、このままだと神の思惑通りに事が進んでいく。

それに俺は苛立ちを覚えていた。


「俺も行く」


そういうとシルは大きなため息をついた。


「お前は確認しなくていいのか? この下に莫大なお宝があるかもしれないんだろ?」


俺がそう言うと、シルは俺の背後へ移動しながら、悔しそうに歯ぎしりしてポツリと呟く。

「こんな状況で欲をかけば痛い目に合う……」


「そうか。じゃあお前はここで待ってるといい。俺が代わりに確認してきてやるよ」


そう言って歩き出すと、


「アンタらがいない間に、その穴から化け物が出てきたらどーすんだよ!」


「待てって!」


ここに一人で残される状況を想像したのか慌てている。


「…知らない化け物と遭遇するくらいなら、知ってる化け物と一緒にいる方がマシだ!」

そう吐き捨てるように言うとシルが後ろからついてきた。


「シルさん、この音は化け物の声ではなく、恐らく風の吹き抜ける音です……」


カイルが気まずそうに口を挟む。


「シル、お前……ほんと俺に対してどこまでも失礼だよな」


俺は呆れたようにため息を吐いた。


階段の先から吹き上がる風は異様に冷たく、肌にまとわりつくようだった。


「予定外の事をすると、一日あった死期が早まる可能性がある」


そう言って俺は三人の顔を確認する。


その言葉を軽く捉える者はいない。真剣な表情。


「能力は使えないが、情報は見れる。俺が危険と判断したらすぐ引き返す」


「いいな?」


静かな声でそう告げると、


全員が、小さく頷いた。


俺は三人のステータスを開いたまま歩き出す。

足場が悪く集中が途切れる度に消えてしまうが、すぐさま展開する。

こうしておけばゲージの変化にもすぐに気づける。


円形の壁を伝うように螺旋に階段が作られているが、壁がない方はまるで奈落だ。

下を照らしても何も見えない。下を見た瞬間に眩暈を起こし、そのまま引っ張られて落ちてしまいそうだ。

シルは半泣きで壁の方を見つめながら階段を下っている。


俺はできる限り瓦礫を下へ落としながら進む。


ある地点を過ぎた時、瓦礫が落ちてガシャンという音が返ってくるのが聞こえた。


底が近い。相変わらず下は真っ暗だが、想像していたより深さはないようだ。


松明で照らされていく地下の景色。目が暗さに慣れてよりはっきりと浮かび上がる光景。


二つのライトに照らされるたびにキラキラと眩しい程の輝きを見せる、青みがかった岩肌。

例えるなら“海中の満天の星空”がそこには広がっていた。

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