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62話 価値あるモノ···

重たい沈黙が続く中

不意に、カイルが静かに口を開いた。


「……僕の研究は、間違っていました」


その声は驚くほど落ち着いていた。


けど、だからこそ逆に危うい。


感情を押し殺して、無理やり平静を保ってるみたいな声音だった。


俺は黙ってカイルを見る。


カイルは焚き火を見つめたまま、ゆっくり続けた。


「……ノルの置いて行った荷物を片付けてたら、鉱床図を見つけたじゃないですか」


「アイアンバレー全体の鉱脈と、採掘地点が記された鉱床図です」


そう言って、カイルは足元に置いていた紙束へ視線を落とす。


「僕は、これまで研究してきた魔法陣の資料と照らし合わせました」


何度も見返したのだろう。


資料の紙の端は擦れ、細かな書き込みが大量に増えていた。


「そして……気づいたんです」


そこで一度息を吐く。


「この街で掘られていた坑道、その全てが――」


「巨大な魔法陣の構図になっていると」


シルは無言で眉をひそめた。


山を削り、何十年もかけて無作為に掘られてきた無数の坑道。それが魔法陣の構図になってる?


どういう事だ?


「最初は、ただの偶然だと思いました」


「ですが、線の位置、分岐、採掘深度……どれも異常なほど噛み合っていたんです」


「もちろん、解読できない箇所もありました」


「何の意味を持つのかわからない空白もあった」


「けど――」


カイルの目が、ゆっくり細くなる。


「あの巨大な空洞と構図を照らし合わせた時、全てが繋がりました」


空気が静まる。


「上空から見た場合、あの空洞の地面が崩落する事で“二重丸”の記号になる」


「それによって、一部の魔法陣の“和”が完成するんです」


「それが最後のピースだったんですよ」


あの空洞は、最初から“最後の完成地点”として存在していた。


つまり、カイルの言ってたこの街の魔法陣の説明と照らし合わせると、ノルがあの坑道を掘り進めて空洞まで開通させた一週間ほど前からこの街の揺れが酷くなった。


時期が一致している。


ノルは別の目的があったが、結果として魔法陣を完成させようとしていた事になる。


「僕は、魔法陣が完成してしまう前に止めなければいけないと思ったんです」


「ノルが地下の鉱脈の可能性に気がつく前に」


「急いで追いかけました」


その表情が曇る。


「……でも、間に合わなかった」


あの時の崩落の光景が脳裏に蘇る。


「地盤はすでに掘り進められ、崩落の瞬間でした」


「ルイさんのおかげで、僕たちは巻き込まれずに済みましたが……」


カイルはゆっくり空を見上げた。


「外へ出て」


「そして、時間が動き出した瞬間――」


「崩落は完了した」


静かな声。


「つまり、あの時点で」


「魔法陣は完成しました」


シルもノルも真剣な表情でカイルの話を聞いている。


焚き火の音だけが響く。


「……だけど」

カイルはそこで言葉を止めた。


その続きを、俺が口にする。


「魔法陣は完成したのに、発動しなかった」


カイルは小さく頷いた。


「はい」


カイルは膝の上で拳を握る。


「揺れの観測結果から、僕は“魔力の流入”が起きていると仮定して魔法陣の完成と同時に魔法効果が発現すると…予想していました」


「時間が動き出し崩落が完了したら、何が起きるのかはわからない…。もしかしたらこの街にいる人達、全員が死んでしまうかもしれない」


「あのまま…時間魔法の代償を受け続けて苦しそうなルイさんに、可能な限り時間を止めてもらう」


「そうすれば、街の人全員とまではいかなくても、多くの人を安全な場所まで移動させることができるかもしれない…」


「けど、それを伝えるべきなのか···迷ったんです」


「あなたの能力は稀少。いや、稀少なんて言葉では片づけられない。あなたという存在そのものが奇跡だ」


「もし、ルイさんがいなければ…この街は必然的に悲惨な運命を辿る予定だった」


「悲惨な運命の中でも、特別なあなただけは…生き残れるかもしれない」


「その命を削るのは余りにも惜しいと思った」


「それにかこつけるように、僕の研究が証明される瞬間を見たい···そんな悪魔のような欲望が僅かに芽生えた」


「だから、時間を動かせば魔法陣が発動する可能性をあえて言わなかった」


ノルやシルにどのような顔を見せればいいのかわからない。そんな様子でカイルは唇を噛み、俯く。


「けど、そもそも僕の予想は間違っていた」


「揺れは止まり」


「何も起きなかった」


「誰も死なずに済んだ。心から安堵しました···」


その声は、どこか壊れそうだった。


「だけど、それと同時に、僕の研究は、絵空事だと確定したわけです」


「今の僕には、無価値な研究と、目の前の友人や大勢の人たちの命を天秤にかけた上で···悪魔の手を取った事実だけが残った」


そう言って、カイルは再び焚き火へ視線を落とした。


燃える炎を見つめるその目は、黒く影を落とし空っぽだった。


「……確かに、お前は間違えだらけだ」


俺は、焚き火の向こうにいるカイルへ向かって言った。


「一度決めたなら後悔するなよ。ましてや、命を天秤にかけただとか、悪魔の手を取っただとか、ぐじぐじと」


「皆、生きてる!結果はこうだ」


「どうしても自分の事が許せないって言うなら、これからは可能な限り大勢を助けられるような選択をしろ」


「俺の寿命が尽きて、それで大勢の人間が助かるなら――迷う必要なんてない。そうしろ」


静まり返った空気の中、俺の声だけが響く。


「別に“大勢”じゃなくてもいいんだ」


「たった一人でも、誰かが助かって、その代わりに俺が死ぬなら……俺はその方が嬉しい。これが俺の意志だ。わかったか?」


カイルが、ゆっくりと顔を上げる。


その瞳は困惑していた。


そしてすぐに、“尊いもの”でも見てるような目に変化していく。


(……ん? なんかその目、勘違いしてないか?)


ちょっと居心地が悪い。


俺は誤魔化すように軽く頭を掻くと、話を続けた。


「それと、魔法陣についてもだ」


「“何かがすぐ起きる”――その思い込み自体が、そもそも間違ってる可能性もあるだろ?」


カイルは何も言わず、足元の分厚い資料へ視線を落とした。


俺は地面に捨てられたように散らばる資料を拾い上げ、砂を軽く払ってから、カイルへ差し出した。


「期待していた結果が出なかったからって、これに価値がないのか?」


「お前が生み出した研究の全てを否定して、“失敗作でした”で終わらせるのか?」


カイルの指先が、ぴくりと震える。


「成果がなければ、積み上げた時間も、努力も、全部、無意味なのか?」


「……っ」


「まるで、お前の両親みたいな考え方するんだな?」


その瞬間、カイルが息を呑んだ。


焚き火が、ぱちりと音を立てる。


俺は資料を持ったまま、真っ直ぐカイルを見る。


「研究が間違ってたって決めつけるには、まだ早い」


「“期待していた結果がえられなかった”ってだけで、お前の研究全部が否定されるわけじゃない」


「もしかしたら、お前が生きてる間に結果は出ないかもしれない」


「けど――」


自然と、言葉に力が入る。


「どれだけ周りに馬鹿にされても」


「どれだけ理解されなくても」


「この研究を続けた先で、何十年後か……何百年後かに、この世界を変える偉業へ繋がるかもしれないだろ?」


「この研究資料は、お前自身だ」


「これの価値を決めるには早すぎると思わないか?」


カイルは、震える手で資料を受け取った。


その上に――


ぽつり、と小さな雫が落ちる。


一滴。


また一滴。


気づけば、カイルは俯いたまま声も出さずに泣いていた。


涙が、何枚もの資料を静かに濡らしていく。


(俺は心底お前が羨ましいよ。ここまで夢中になれるもんがあるんだから···)


ずっと張り詰めていたものが、ようやく壊れたみたいだった。



すると─


「私、坑道に入る! 中がどうなってるのか調べてくる!」


突然、ノルが勢いよく立ち上がった。


「私は生きて今ここにいる!それが事実だし、カイルの判断を責めたりしないよ!」


「だって、私があなたの立場だったら同じ判断をしていたかもしれないもの!」


「そんな事より、揺れも止まったし、いつから採掘を再開できるのか調べなきゃ」


さっき死にかけてたのに、恐怖すら跳ねのけた勇敢な顔つきだ。


すると、シルもニヤリと口角を上げた。


「坑道内の調査は賛成だね」


「アタシは、あの下に宝の山が眠ってるって予想してる」


シルは焚き火の火を眺めながら、不敵に笑う。


「このアタシの命を天秤にかけられたうえに、坑道内であんな危険な目に遭って、生き延びたんだ。このままじゃアタシに何の得もないだろ?」


そう言うとカイルへ向けて声を張る。


「カイル!アタシの尊い命を犠牲にしようとしたんだ!アタシが頼み事した時は、全力で答えろよ!それでチャラだ」


相変わらずブレないやつだ。


カイルはしばらく黙っていたが、二人の顔を見て大きく頷く。


そして、小さな声で


「ありがとうございます···」

と言うと、目を擦りながら濡れた資料をぎゅっと握り締め、それを大事そうに鞄へしまった。


「……僕も」


「僕も、もう一度坑道内部を調査したいです」


「魔法陣について、あらゆる可能性を考え直したい」


これで全員の意見が一致した。


――俺以外。


(いや待て待て待て)


なんで全員そんな“次行こうぜ”みたいなテンションになってるんだよ。


けど……。


あれだけカイルを励ますようなことを言った以上、


『俺は行かないです。勝手にどうぞ』


なんて空気じゃなかった。


俺は諦めたように頭を掻く。


「……わかったよ」


そう言いながら、念のため全員のステータスを確認する。


そして――


目を疑った。


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