61話 希望と絶望···
『ステータスオープン』
視界の端に、淡い光の文字が浮かび上がる。
名前:天城塁 TM:98910 / 99999 (T/1:38)
スキル:時間操作魔法
特徴:甘ったれ/無趣味/鈍感/死にたがり/新鮮な野菜の使い手/進化の針を進める者/リホーム技術者/個体増殖/細胞生成/一般水準以上の知能/領域加速/範囲時間停止
「……範囲時間停止?」
思わず口から漏れる。
一瞬、俺は“世界そのもの”の時間を止めたのかと思った。
けど、違う。
“範囲”ってことは、どこかに限界がある。
俺はゆっくり周囲を見渡した。
どこまでが範囲内なのか、まるでわからない。
ただかなり広い事だけはわかった。
少なくとも、俺たちは坑道の最深部からここまで避難してきている。
それでも、時間停止は解除されていない。
(……どんだけ広範囲なんだよ)
そこで、もう一度ステータスへ目を向ける。
(T/1:38)
……ん?
数秒後。
(T/1:39)
(……増えてる?)
減っていかないって事は、残り時間じゃない。
ってことは――
(好きなだけ止められる……?そんなバカみたいな能力、存在していいのか?)
その間も、黒い痣は脈打ち続けていた。
ドクン、ドクン、と。
まるで心臓が全身に増えたみたいに。
痛みも消えない。
胸が苦しい。
呼吸をするたび、肺が軋む。
なのに――
寿命はほとんど減っていない。
今までの能力とは明らかに違う。
「なぁ……」
シルが不安そうに口を開く。
「これ、時間動かせるのか?」
その声には、珍しく焦りが混じっていた。
「このまま止まったままとか……ねぇよな?」
ハッと我に返る。
考え込んでる場合じゃない。
「時間が動き出した瞬間、坑道全体が崩れるかもしれません」
カイルの言葉に全員が無言で頷く。
俺たちは坑道からさらに距離を取った。
停止した世界の中を歩く感覚は異様だった。
音がない。
風もない。
自分たちの足音だけが、やけに響く。
俺は深呼吸すると、片手をゆっくり地面へつけた。
(戻れ)
必要ない事はわかっているが、そう念じる。
だが。
何も起きない。
音が戻らない。
風も吹かない。
「……っ」
嫌な汗が流れた。
もう一度、強く意識する。
戻れ。
動け。
解除しろ。
だが何も変わらない。
「おい……」
「なんで動きださねぇんだよ……」
「触れたら動くんじゃないのか?」
シルの声が引きつる。
「…俺だってわかんねーよ」
「どーすんだよ!?」
俺の返答にシルが青ざめて叫ぶ。
(まじで、どうしよう……)
解除できない事はないはずだ。
焦りが一気に押し寄せる。
その様子を見ていたカイルが、一歩前へ出た。
「ルイさん」
真剣な顔。
「両手を使ってみてください」
そして小さく呟く。
「法則があるかも…」
「法則?」
俺は眉を寄せる。
だが、今は試すしかない。
俺はゆっくりしゃがみ込み、両手を地面へつけた。
その瞬間、バサッバサッと空中で止まっていた鳥が羽ばたいた。
ざぁっ、と風が吹き抜け、煙が空へ昇りだす。
大地の震動に木が揺れ、葉が落ち、坑道内から響く不吉な轟音と共に全ての音が戻った。
「……っ!」
全員が辺りを見回し息を呑む。
(戻った)
世界が、動き出した。
同時に、俺の両腕を覆っていた黒い痣がスルスルと引いていく。
まるで生き物みたいに。
腕から肩へ。
肩から胸へ。
そして、胸の中心へと収束した。
ドクンッ――!!
最後に強い痛みが走ると視界が大きく揺れた。
この感覚は記憶にある。
力が抜け、身体が支えられない。
そのまま俺の意識は途絶えた。
――――
ゆっくりと意識が浮かび上がる。
最初に感じたのは、全身を殴られたみたいな鈍い痛みだった。
「っ……」
重たい身体を起こす。
視界に入ったのは、テントの天井。
外から薄く差し込む光に目を細める。
黒い痣は消えている。
けど、身体の奥に残る嫌な感覚だけは消えていない。
まるで、得体の知れない何かが胸の中に居座ったままだ。
俺は顔をしかめながらテントを出た。
すると、焚き火の前でコーヒーを飲んでいたシルが真っ先にこちらへ気づく。
カップを口元へ運んだまま、いつもの調子で言った。
「今回はお早いお目覚めで」
「……嫌味か?」
「褒めてんだよ」
シレッと返してくる。
その口ぶりで、気絶してからそこまで時間が経っていないことがわかった。
せいぜい数時間ってところか。
俺が周囲を見回すと、カイルとノルもすぐにこちらへ顔を向けた。
そして――
「あ……!」
ノルが立ち上がりかける。
目に見えてホッとした顔をする。
隣でカイルも安堵したように息を吐いた。
「よかった……本当に」
「身体は大丈夫ですか?」
その言葉で、ようやく俺は自分が心配されていたことを理解する。
「まぁ、たぶんな」
胸に僅かに痛みはあるが、動けないほどじゃない。
そこで俺は、無意識に坑道の方へ目を向けた。
入口が崩れた様子はない。
(……崩落しなかったのか)
すると、ノルが俺の近くまでやってきた。
その顔は、どこか落ち着かない。
何か言いたそうに、何度も口を開きかけては閉じている。
「……どうした?」
そう聞くと、ノルは少し迷ったあと、まっすぐ俺を見ると、ぽつりと呟く。
「あの時……ルイが、世界を止めた」
その言葉に、空気が少し静まる。
ノルは続けた。
「まだ頭の整理ついてない」
「何が起きたのかも、ちゃんと理解できてない」
「でも……」
そこで一度言葉を切る。
そして、ぎゅっと拳を握った。
「あんなの、人間にできることじゃない」
まっすぐな声だった。
「考えないようにしてたけど、今までだってそう」
「壊れたものを戻して」
「時間を巻き戻して」
「見たことない物を作って」
「絶対助からないって思った場所で、私を助けて……」
ノルの瞳が揺れる。
そこには、恐怖も混じっていた。
けど、それ以上に――
強い憧れみたいな感情が見えた。
「……なんかもう」
「神様とか、救世主って思えるの」
「すごいって言葉じゃ、足りない」
その熱量に、逆に俺の方が困る。
(やめろやめろ……)
そんな目で見られても困る。
シルはそんな空気を見て、やれやれと力の抜けた表情を見せた。
「ほら始まった」
「信者二号」
「二号?!え?誰が一号なの?」
ノルが即座に聞き返すが、シルはそれには答えずに音を立てコーヒーをすする。
だが、そのやり取りとは対照的に――
一人だけ、異様なほど静かな奴がいた。
カイルだ。
焚き火の前に座ったまま、ぼんやりと炎を見つめている。
あの場面を見たら、一番興奮して質問攻めしてくるのはこいつのはずだった。
なのに。
反応がない。
驚くほど静かだ。
その顔は――
まるで、何もかもを諦めた人間みたいだった。
興味も、情熱も、全部抜け落ちたような目。
俺は眉をひそめる。
(……なんだ?)
「……そういえば」
ノルが、ふと思い出したように口を開く。
「揺れが、止まったよね」
ノルは少し不安そうに坑道の方を見る。
「ずっと続いてたじゃん。あの、地面の揺れ」
「でも、崩壊した後から起きてない」
確かにそうだ。
小さな揺れも含め、あれだけ断続的に続いていた揺れが、今は完全に止まっている。
静かすぎるくらいに。
ノルはゆっくりと俺を見る。
「……もしかしてそれも、ルイの能力なの?」
「は?」
俺は即座に否定した。
「いやいや、無理だ」
「そんなことできるわけないだろ」
時間を止めた俺が言っても説得力ゼロな気はするが、それでも無理なもんは無理だ。
(地震を止めるとか、もはや災害操作じゃねぇか)
「じゃあ、なんでだろう……」
ノルが呟く。
俺は少し考えてから、ぽっかりと口を開けた旧坑道を見た。
あの巨大空洞。
そして――崩落。
「……タイミング的には」
「空洞の崩落と関係あるんじゃないか?」
「崩落して、地盤が安定したとか」
「あるいは……」
そこで言葉を止める。
嫌な想像が浮かんだからだ。
「……魔力の流れに何か変化があったとか?」
そう言ってカイルを見ると、シルが目を細めた。
ノルは首を傾げる。
パチ、と焚き火の薪が爆ぜる音だけが響く。
カイルだけは、相変わらず反応を見せなかった。
ただ静かに、炎を見つめ続けていたが、おもむろに顔を上げると、その場の沈黙を破るようにふっと笑った。




