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60話 時間停止···

俺は咄嗟に地面へ手をつき時間を巻き戻す。


砕けた地盤が再生し、崩れた岩が元の位置へ戻っていく。


だが、修復したそばから、バキバキと音を立て、再び地面がひび割れる。


「っ……!」


修復が追いつかない。


崩壊の速度の方が、明らかに上回っている。


ノルのいる場所を中心に、地盤がガラガラと崩れ始めた。


「ノル!!」


俺の声にノルはハッと顔を上げる。


すぐにこちらへ駆け出そうとした。


だが―、足場が崩れる。


ノルはバランスを崩し、まともに進めない。


そこへ。


ドンッ!!というデカい音が響き空洞全体を揺らす。

今までで最大の揺れが襲った。地面が、中央から一気に崩落する。

その揺れにバランスを崩して地面から手が離れると光が収束されていった。


岩盤が裂け、巨大な穴が広がっていく。


ノルはその穴から逃げるように、必死に両手で地面を掴み足を前に出そうと顔を上げた。


ノルと目が合う。


崩れる地面と一緒に、ノルの身体が足元から落ちていく。


(ダメだ……!)


間に合わない。


そう思った瞬間。目の前の光景が、スローモーションのように見える。


崩れ落ちる地面。


宙へ舞う砂埃。


落下していくノル。


音も聞こえない。


激しい崩落音すら、完全に消えていた。


まるで、人が死にゆく最後の光景を目の前でじっくりと鑑賞させられているようだ。



『王都には、時間を止められる魔法師がいるって……』



フラッシュバックするかのようにノルが言っていた言葉が頭の中で響く。


(時間を止める···)


(そうだ!)


今この時間の全てが静止する感覚。


目の前のこの瞬間を切り取るような...


コンマ何秒の思考。


そして、脳裏に浮かんだ。


(写真……!)


俺は咄嗟に、左右の親指と人差し指を合わせ四角いフレームを作る。

これだけで写真を撮るイメージは容易になった。


心臓を杭で貫かれたみたいな激痛が走り、それと同時にその“画角”の中へ、ノルを収める。


ノルは半分以上、崩落に呑まれ腕だけが上へ伸びている。


次の瞬間。


フラッシュのような白い光が弾けた。


「がっ……!?」


息が止まる。


俺は咄嗟に胸を押さえた。


痛い。


苦しい。


呼吸がまともにできない。


両腕を見ると、黒い痣が血管みたいに脈打ちながら、肌を侵食している。


それが、“成功”を示していた。


俺は荒い息のまま顔を上げ、崩落地点を見る。


崩落は不自然な形で止まっていた。

ノルの手首から先だけが確認できる。


そして俺の隣。


シルが片膝をつき、地面を抑えるように止まっていた。


躍動感はあるのに服の裾は蝋で作られているかのように固まっている。

完全に静止する姿はフィギュア人形のようだ。


視線をさらに奥へ向ける。


空洞の入口近くでは、カイルが頭を抱えて、しゃがんだ姿勢のまま固まっていた。


(……マジで)


(止まった……)


自分でやったのに、信じられない。


俺は恐る恐る、隣のシルの肩へ触れた。


その瞬間。


まるで蝋人形に命が吹き込まれたみたいに、シルが突然動き出した。


「うおっ!?」


「!?」


俺とシル、両方が同時に驚く。


シルはゆっくりとこちらに視線を向けると、俺の痣だらけの姿を見るなり、何かを察知したかのように、すぐに周囲を見渡す。


全てが不自然に固まった異様な光景。


そして、その中から地面から伸びるノルの手を見つけた。


「……どういう状況だよ」



「……“時間が止まった”」


俺が答えると、シルの目が細くなる。


「あんたの能力……なんだよな?」


「···ああ」


「なんでアタシだけ動いてる?」


「触ったら動き出した」


俺は自分の手を見る。


「たぶん……時間が止まった状態で、俺が触れたものだけ時間が動く?」


シルはしばらく黙ると、小さく頷く。


「……そうか」


「わかった。いや、わかんねぇけど」


「とりあえず、絶対に地面へ手ぇつくなよ」


「ああ……それは俺も思った」


この現状を互いに、探り探りだ。


だが今はあれこれ考えてる暇がない。


「とりあえず、ノルを引き上げるぞ」

俺が前へ出ようとすると、シルが慌てて止めた。


「待てよ!」


青ざめた顔。


「行くな。バランス崩して地面に触れたらどうなるかわかんねぇ」


「でも、一人じゃ...」


「カイル使う」


シルが即答する。


「あいつ動かそう」


シルの提案に俺は頷き、カイルへ近づく。


肩に触れた瞬間


「うわあああああああっ!!!」


絶叫が空洞へ響いた。


「うるせぇ!」


即座にシルが怒鳴る。


カイルは涙目で辺りを見回した。


「え!? なんですかこれ!? 何が起きてるんですか!?」


完全にパニックだ。


だがシルは説明しない。


「いいから来い。手伝え」


混乱するカイルを半ば引きずるように連れていく。


俺は壁にも地面にも触れないよう、両手を頭の上へ置いたまま見守った。


足場は最悪だった。


崩れかけた地盤。


宙で止まった岩。


舞ったままの砂埃。


それでも二人は、なんとかノルの場所へ辿り着く。


そして――


地面から伸びたノルの手を掴んだ。


「……おい、これ」


シルの声が揺れる。


「まるで重さがありません……」

シルの補助をしようと手を伸ばしていた、カイルが呆然と呟く。


「紙人形みてぇだぞこれ……生きてんのか?」


そう言いながらも、二人はノルを軽々と引き上げた。


本当に重量を感じていないみたいだった。


そのまま丸太のように片腕で抱えると、俺のいる場所まで慎重に運んでくる。


そして、ノルを地面へ寝かせた。


ノルへ触れた、その瞬間。


「カハッ!!」


ノルが激しく息を吸い込んだ。


目を見開き、勢いよく身体を起こす。


「え……?」


状況が理解できていない。


さっきまで落下していたはずなのに、気づけば三人に囲まれている。


「どうして、わたし──」


言いかけて、俺を見る。

全身を覆う黒い痣。


俺の異様な姿にノルは言葉を失う。


「説明は後だ」


俺は短く言う。


「とりあえず、安全な場所まで移動するぞ」


俺たちは四人で坑道を歩き始めた。


誰も喋らない。


時間停止が、いつ解除されるかわからない。


だからトロッコも使わなかった。


触れたら何が起きるかわからない。


俺は痛む胸を抑えながら、ひたすら光を目指して歩く。


そしてようやく坑道を抜け、外の光が視界へ飛び込んできた。


眩しさに目を細める。


だが、外の景色をハッキリと認識すると、全員が言葉を失った。


風がない。


音がない。


焚火の煙は空中で止まり。


空を飛ぶ鳥も静止している。


木から落ちる葉も、空中で止まっていた。


「この世界の全てが……止まってる……?」


カイルが呆然と呟く。


「冗談だろ……」


シルが乾いた声を漏らした。


ノルは顔を強張らせる。


「私……あの時、死んだのかな……?」


そして、ぶるりと肩を震わせると


「こんなの、現実じゃない……!」


そう叫んで首を横に振る。


だが。


現実だ。


俺自身ですら、目の前の光景に理解が追いついていない。


(信じらんねぇ……画角の中だけとか、空洞の中だけとかそんなレベルじゃねぇ)


俺はゆっくりと息を吐いた。


そして自分のステータスを確認する。

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