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59話 空洞の異変···

疲れ切った顔のまま、シルは坑道の最深部へと足を踏み入れた。


そして――


「……なんだここ!」


目を見開き、思わずそんな声を漏らす。


無理もない。


狭く圧迫感のあった坑道を抜けた先に広がるのは、異様なほど巨大な空間。


まるで山の内部を丸ごと削り取ったみたいな、巨大な空洞だ。


薄暗い空間の奥からは――


ガキンッ! ガキンッ! と、硬い岩を砕く音が響いてくる。


ノルの作業音だ。


「まさか……あいつ一人で掘ったわけじゃねぇよな?」


シルが半信半疑の顔で俺を見る。


「違う。俺たちも昨日ここに来たばっかだ」


俺は首を横に振ると、この旧坑道でわかったことを簡単に説明した。


誰が掘ったのか不明な巨大空間。


人の手が入った形跡。


埋め戻されたような構造。


そして、繋がる別坑道が存在しないこと。


「……不気味だな」

話を聞き終えたシルは、改めて辺りを見渡して短く呟いた。


俺はすぐに作業へ戻る。


ノルが掘削した穴を、一つずつ埋め戻していく。


時間を巻き戻し、崩れた岩肌を修復。


支柱を補強し、亀裂を消す。


ここへ到着するまでにも、かなり時間がかかった。


その間にもノルは掘り続けていたらしい。


瓦礫の山が、明らかに増えている。


(……相変わらず無茶苦茶だな)


ノルはこちらに気づいていた。


だが、声はかけてこない。


ただひたすら、目の前の岩壁だけを見つめている。


ツルハシを振り上げ、叩きつけ、崩れた岩を確認する。


その繰り返し。


必死だった。


焦りと執念だけで身体を動かしているように見える。


一方シルは、坑道の中をぐるりと歩き回っていた。


時折、地面に落ちた石を拾っては眺める。


割れた断面を見て、鼻を近づけ、匂いを嗅ぐ。


そして――ぽい、と捨てる。


ノルが確認済みであろう砕石を拾っては、近くのランタンで照らしていた。


そんな様子を見ていたノルが、ようやく口を開く。


「……鉱石を含んでるかわかるの?」


疲れた声だった。


シルはへらりと笑う。


「まぁな」


軽い返事。


だがその瞬間――


ノルの肩から、ふっと力が抜けた。


どさり、とその場へ座り込む。


汗を拭いながら、小さく呟いた。


「……やっぱり、ないのかな」


弱気な声だった。


掘っても。


掘っても。


増えるのは瓦礫だけ。


周囲に積み上がった岩の山が、そのまま絶望の量みたいに見える。


シルはそんなノルの前へしゃがみ込んだ。


「諦めるのか?」


「えらく弱気じゃねぇか」


ノルは俯いたまま答えない。


シルは続ける。


「命がけで、ここまで来たんだろ?」


静かな声だった。


茶化しも軽口もない。


ノルは俯いたまま、自分の両手を見つめる。


するとシルは、ゆっくりと言葉を重ねた。


「不幸の中に、幸運が隠れてることがある」


「その幸運がどこにあるかなんて、誰にもわからねぇ」


「だけど――」


シルは口元を吊り上げる。


「あたしにはわかる」


ノルが顔を上げた。


視線がシルを捉える。


シルはゆっくりと目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。


その瞬間――


ふわり、と。


シルの鼻先が淡く光った。


「……っ」


ノルが息を呑む。


淡い光は、霧みたいにゆっくりと広がっていく。


坑道全体を包み込むように。


揺れるランタンの光とは違う。


もっと柔らかく、どこか幻想的な輝きだった。


ノルは目を見開いたまま、その光景を見つめている。


やがて、光が収束されると。


シルがゆっくり目を開いた。


その口元が、ニヤリと吊り上がる。


だが――


それは楽しそうな笑みじゃない。


むしろ、引きつるみたいな笑いだった。


「すげぇ……」


ぽつりと漏れる。


「外からじゃわからなかったけど、こりゃ“でけぇ”なんてもんじゃねぇ」


「……何がすごいの?」


ノルが不安そうに尋ねると、シルは笑みを浮かべた。


意味がわからず、ノルは眉を寄せる。


するとシルは、おもむろに腰のナイフを抜いた。


ギラリ、と刃が光る。


そのまま――勢いよく振り上げた。


「っ!?」


ノルが反射的に両手で身構える。


「おい!!」


俺は咄嗟に叫ぶ。


だが――


間に合わない。


シルのナイフは、そのまま空を切って振り下ろされた。


振り下ろされたナイフは――


ノルではなく、その足元。


二人の間の地面へと、一直線に突き刺さった。


ドゴッ――!!


鈍く重たい衝撃音。


岩が弾け、小さな破片が周囲へ飛び散る。


「……っ!?」


ノルが目を見開く。


俺も、一瞬言葉を失った。


(いや待て……)


岩盤だぞ?


それをナイフ一本で貫いた?


冗談みたいな光景に、背筋へ嫌な汗が流れる。


改めてシルのナイフを見る。


鈍く黒光りする刃。


あんな威力どう考えても、普通の代物じゃない。


そして俺の脳裏に、ある光景が浮かんだ。


(……俺、あれで食料カットしたよな?)


思い出しただけで指先が冷える。


ノルは完全に異常者を見る目でシルを見ていた。


「……何がしたいの」


引き気味だ。


まぁ当然だろう。


シルはそんな視線を気にも留めず、突き刺したナイフを軽々と引き抜いた。


ギギッ、と岩を削る音。


そのままナイフを鞘へ収め、大きく空気を吸い込む。


そして腰に手を当てると、地面を指差した。


「下だ」


短い言葉。


ノルは怪訝そうに眉を寄せる。


その表情にシルは苛立ったように舌打ちした。


「この空洞の周りを、どんだけ掘ったって出てこねぇよ」


「宝は――この下に埋まってる」


その瞬間。


ノルの目が大きく見開かれた。


「っ――!」


次の瞬間には、もう動いていた。


ツルハシを握り締め、シルがナイフを突き立てた場所へ全力で振り下ろす。


ガキンッ!!


激しい音が空洞内へ響く。


そこから先は、もう止まらなかった。


掘る。


砕く。


掘る。


まるで何かに取り憑かれたみたいに、ノルは一心不乱に地面を掘削していく。


シルはそんなノルを一瞥すると、ゆっくり俺の方へ歩いてきた。


そして小さくため息を吐く。


「あんたらの一日分の働き、無駄になったってことだな」


俺は眉をひそめる。


「……この下に鉱脈があるって、本気で言ってんのか?」


確認するように尋ねると、シルは鼻で笑った。


「鉱脈かどうかまでは知らねぇよ」


「ただ――」


その目が細くなる。


「下から上がってくる空気に、でけぇ幸運のニオイがした」


静かな声だった。


冗談を言ってる時の軽さがない。


「あたしはいつだって本気だし、嘘なんかつかねぇよ」


(……コイツの能力なんとなく信用ならねぇんだよな)


シル本人ですら、幸運の詳細を把握していない。


「ただ、前にも話したけど」


「でけぇ幸運ほど――」


「そのリスクも高い、だろ?」


俺が先に言うと、シルは片手を軽く上げた。


“その通り”と言いたげに。


「あたしには、“どんなリスクがあるか”まではわかんねぇよ」


その瞬間。


シルの目が、妙に鋭く見えた。


真剣な顔。軽薄さの抜け落ちた表情。


それが逆に、得体の知れない恐ろしさを感じさせる。



――嫌な予感がした。



(坑道の崩落による……外傷性ショック)


頭の中に、死因が浮かぶ。


崩落。


その単語が脳内で反響する。


俺はゆっくりと坑道全体を見渡した。


支柱。


岩肌。


天井。


その時、坑道の先から勢いよくカイルが空洞に飛び込んできた。

大量に汗をかき、足も震え、ここまで全力で駆け抜けてきた事がわかる。


「すぐにここを離れて!!ここは危ない!!!!」

最後の力を絞り出したような声で叫ぶと、その声が空洞に共鳴するように響き渡る。


カイルのただ事ではない様子と相まって、さっき感じた違和感を確かめるように口にする。


「シル…お前、さっき下から上がってくる空気のニオイって言ったよな…?」

静かに尋ねた自分の言葉で背筋にゾワリとした感覚が広がる。


「ああ…確かに下から空気が―」


「下ってどこだ?ここ鉱山の中だぞ」


被せるように放ったその言葉にシルも固まる。


同時に――

視線をノルへ向け、ステータスを開く。


──────

名前:ノル・ザンク   TMゲージ:000**/85

スキル:巨人のツルハシ


特徴:鉱山育ち/負けず嫌い/努力型/採掘/腕力/持久力/破壊効率が大幅上昇/戸惑い/感情の芽生え


【死期】8分後

【死因】坑道崩落による外傷性ショック

──────


心臓が跳ねた。


「ダメだ!! ノル!! 止めろ!!!」


咄嗟に叫ぶ。


だが、岩を削る鈍い音は止まらない。

必死に掘り続けるノルの耳には届かない。


いや、届いていても止まれない。

完全に入り込んでる。


(クソ……!!)


駆け寄ろうとしたその時―

ガキン!!という芯をつくような音が響き、ツルハシが動きを止める。


そして、すぐにパキッ…パキ…と嫌な音が辺りに響きだした。

ノルは肩で息をしながら、足元で細かく割れていく地面をただ見ている。


そこから、勢いよく広がり始めた地割れに誰もその場から動く事ができない。



死期は変動する。


関わる人間の行動で、伸びもするし、縮みもする。


本来辿るはずだった運命が、“誰か”の介入によって捻じ曲がる。


良くも悪くも。


大きく。


もしかしたら――

ノルは一人でも、地下の鉱脈の可能性に気づけたのかもしれない。


だが。


シルが介入した。

いや―、俺が手伝うなんて言い出したからそうなった。


それだけじゃない。シルがここを訪れた時、坑道に入る気のなかったコイツを半ば無理やりここへ連れてきた。


その結果――


助言を与えられたノルの死期が、一気に縮んだ。



(最悪だ……!)

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