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58話 商会···

何かを叩き割るような音で、意識が浮上した。


ゴッ――、ガッ――、と。


一定の間隔で響くその音が、眠気の膜を少しずつ引き剥がしていく。


「なんだ……」


重い身体を起こし、周に目を向けるとテントの中には誰もいなかった。


外はまだ薄暗いのがわかる。俺は今はがした毛布を肩にかけるとテントから出た。



外ではノルが、一人で昨日採掘した石を確認していた。


岩をハンマーで叩き割り、中を覗き込み、また次へ。


その繰り返し。


一睡もしてないんじゃないかってくらい、集中している。


一方、カイルはというと――


毛布を身体に巻きつけたまま、ぼんやりとコーヒーを啜っていた。


どうやら必死に眠気と戦っているらしい。


「おはよう」


俺に気づいたノルが、そっけなく声をかける。


だが、視線はすぐに石へ戻った。


カイルもこちらを見ると、小さく頭を下げる。


「おはようございます……」


完全に寝不足の顔だ。


その直後。


「やっぱり、無い」


ノルが肩を落とし、手にしていた石を放るように捨てた。


カラン、と乾いた音が響く。


カイルはそんなノルへ、穏やかな声をかける。


「大丈夫です。まだ時間はあります」


だがノルは返事もせず、置いてあった軽食を掴むと、そのまま口へ押し込んだ。


噛むというより、流し込む勢いだ。


そして立ち上がる。


ツールベルトへ手際よく道具を差し込み、大きなツルハシを肩へ担ぐ。


「ルイ、カイル。私、先に入って作業進めてるから」


どう見ても、俺たちの準備を待つ気はない。


俺は軽く目を細めながら、ノルのステータスを確認した。


(死期一日後)


TMゲージにも、大きな変化はない。


(……坑道を補強しているが、変わらないな)


「わかった。俺たちも後から行く」


そう返すと、ノルは小さく頷いた。


その時。


「他の荷物は持っていかないんですか?」


カイルが不思議そうに尋ねる。


確かにノルは、リュックすら背負っていない。


かなり軽装だ。


ノルは少しだけ足を止めたあと、振り返らずに答えた。


「うん。だって、もう今日が最後でしょ?」


「この坑道から鉱脈を見つけるのが先か、それとも崩れるのが先か……」


「記録してもしょうがないから」


その言葉を残し、松明を手に坑道へ入っていく。


暗い坑道の中へ、ぽつり、ぽつりと明かりが灯っていった。


その背中が見えなくなると、俺は息を吐く。


「……俺たちも飯食って追うか」


近くの丸太へ腰を下ろす。


「そうですね」


同意してカイルが、コーヒーを差し出してきた。


「お、サンキュ」


受け取って一口飲む。


……やっぱ落ち着くな、これ。


二人で黙ったまま軽食を食べていると、カイルはノルが置いていった荷物を片付け始めた。


その途中。


リュックの下に挟まっていた紙を見つける。


何気なく拾い上げた――その瞬間。


カイルの目つきが変わった。

紙を見つめたまま、近くの岩へ腰を下ろす。


さっきまで眠そうだった男とは思えないほど真剣な顔だ。


「それって、鉱床図だろ? なんか気になるのか?」


俺はコーヒーを飲みながら尋ねた。


「はい。一枚は旧坑道の鉱床図なんですが……」


「もう一枚は、アイアンバレー鉱山全体の鉱床図の要約のようです」


「なんだそれ?」


「えっと……上空からこの鉱山地帯を見た時に、どこまで鉱脈が続いているかを記した地図、ですかね」


「恐らく、これまで採掘された位置や深さなんかも記録されているんだと思います」


「へぇ……」


俺は感心しながらコーヒーを飲み干す。


「ノルのじいちゃんは、“鉱脈の場所がわかる”って言ってただろ」


「何かしらの能力持ちだったのかもな」


そう言いながら立ち上がり、坑道へ入る準備を始める。


だが――


カイルは動かなかった。


空は少しずつ白み始めている。


それなのに、カイルは自分のカバンから分厚い本や紙束を取り出し始めていた。


完全に研究モードだ。


「おい、行かないのか?」


声をかける。


だが、反応はない。


聞こえてないのか、それとも聞こえていて無視してるのか。


どっちにしろ、完全に“入ってる”。


(……まぁ、別にいいか)


行くも行かないも、こいつの自由だ。


俺はそのまま坑道へ向かおうとして――


「おーい」


遠くから聞き慣れた声が飛んできた。


振り返ると、そこには欠伸でもしそうな気だるい顔で、こちらへ歩いてくるシルの姿があった。


シルはいつもの調子で、開口一番軽口を叩いてきた。


その腕には、大きな包みが抱えられている。


俺が適当に軽口を返すと、シルは「はぁ?」と眉を吊り上げ、その包みを持ち上げた。


「朝っぱらから叩き起こされて、お前らの食糧持ってきてやったのによ」


「感謝の欠片もねぇんなら、これ全部あたしがいただくからな!」


不機嫌そうに唇を尖らせる。


……とはいえ、本気で怒ってるわけじゃない。


その辺はもう、なんとなくわかるようになってきた。


そんなやり取りもそこそこに、シルはふっと表情を引き締めた。


「で、進捗は?」


真剣な声だった。


俺は一度視線を落とし、首を横に振る。


それを見たシルは、「ほら見たことか」と言いたげに鼻で笑った。


「まぁ、どっちにしろ期限は今日一日だ」


「ダメだったらノルも諦めんだろ」


「……だといいけどな」


俺は小さく息を吐く。


「ノルの死期は変わったか?」


「いや、まだ変わらない」


「だから、これから坑道へ入って、昨日補強した場所をもう一回補強していく」


「それでも変わらなければ……逃げるしかないな。その後、鉱山を戻せば、ノルもなんも言わないだろ」


シルはさほど興味なさそうに何度か頷くと、ふいに顎でカイルを指した。


「で、あいつは?」


視線の先では、カイルが地面に資料を広げ、完全に研究モードへ突入している。


「ああ。鉱床図を見つけてから、ずっとあんな感じだ」


そこまで言えば十分だった。


シルも「あー……」と察したように苦笑する。


「じゃ、俺は行くからな?」


そう言って俺がシルを見る。


だが、シルは動かない。


むしろ「なんだ?」みたいな顔をしていた。


「あ? 行けよ。何だよ」


そのまま俺が黙って見続けていると、シルの眉間がぴくりと歪んだ。


そして次の瞬間――


「まさか……一人で行くの怖ぇのか?」


ニヤァ……と口元が歪む。


「あはははは! なんだよ! 一緒についてきてほしいのか?!」


「別に……」


俺は顔をしかめながら答える。


「最初から一人で行くつもりだったし。ついてきてほしいとか、そういうわけじゃない」


「ただ、俺が作ったトロッコは二人で乗った方が速いんだよ。俺は楽したいだけだ」


するとシルは、全部お見通しだと言わんばかりの顔で言った。


「素直になれよ!」


勝ち誇った顔が腹立つ。


「……働かざる者食うべからず」


俺がぼそりと呟くと、シルは即座に反論した。


「あたしは働いただろ? お前らの飯を運んだ!」


「これ以上何かしろって言うなら――貸しだ」


皮肉っぽく笑う。


(こいつの“貸し”って後払いなんだよな……)


しかも案外、うやむやにできそうな気もする。


「……まぁ、いいだろ」


俺があっさり了承すると、逆にシルの方が少し驚いた顔をした。

そして改めて、ぽっかりと口を開けた坑道の入り口を見る。


「まじで……この貸し、でけぇからな」


「つーか、“俺の作ったトロッコ”ってなんだよ?」


「見ればわかる」


そう言って俺たちは坑道へ入った。




昨日よりも、空気が重い。


トロッコをゆっくり進めながら、俺は一定間隔で支柱へ手を当てていく。

昨日はひび割れた箇所の補強だけだった。


だが今日は違う。


五メートル間隔で、徹底的に補強していく。


そんな俺を見ながら、シルが呆れたように言った。


「あんたさ、ちょっと目離すと変なもん作るよな」


「そうか?」


「そうだろ。なんだよこれ」


シルはトロッコの上で、レバーを上下させながら眉をひそめる。


「そういや、お前昨日何してたんだよ」


「二日酔いで潰れてたのか?」


その言葉にシルがギロリと睨むと


「あたしが、あの程度の酒で潰れるわけねぇだろ」


そう言って不敵に笑った。


「あたしはあたしで動いてたんだよ」


俺がじーっと疑いの目を向けると、シルは露骨に顔をしかめる。


「あ? なんか今、“こいつ絶対やべぇことしてたな”って思っただろ?」


「お前、心読めんのか? すげぇな」


「ちげーよ!」


シルはむくれたように頬を膨らませた。


「自分の商会を作って、その登録とかしてたんだ」


「……商会?」


予想外の答えに、思わず聞き返す。


「この街のギルドで登録してきた」


「商会ってそんな簡単に作れるもんなのか?」


「あぁ。登録料払えば誰でも作れる。あと…焼き印さえなけりゃな?」

そう言うと、焼き印があった腕を軽く叩いた。


「個人でも商売はできるけど、ギルドに登録しといた方が何かと便利なんだよ」


「金を預けて、別の街で引き出したりもできるしな」


(……銀行みたいなもんか)


大金を持ち歩かなくて済む。

街を跨いで仕入れをする商人には、かなり便利そうだ。


「なるほどな」


「で、なんて商会名にしたんだ?つけたんだろ?」


するとシルは、どこか誇らしげに笑った。


「べリントン商会だ」


「べリントン?」


「シルバー・べリントン!あたしは“べリントン”って名前を、有名にしてみせる」


「その第一歩ってとこだ」


その言葉に、俺は自然と口元が緩んだ。


「いい考えだ」


「お前が有名になれば、ベルクハイムにもその名が届くかもしれないしな」


「……悪さして有名になるんじゃねーぞ?」


そう言うと、シルは「それは約束できねぇ」と言いながらククク、と笑って見せた。


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