57話 追放···
松明の火を、そのまま拠点の炉へとくべる。
ぼう、と火が広がり、揺れる橙の光が三人を照らした。
その場にいた全員が限界だった。
ドサッ、と。
倒れこむように、そのまま地面へ座り込む。
息が重い。
腕も、足も、もう動かしたくない。
腹は減っているはずなのに、食べる気力すら湧かない。
「はぁ……」
誰ともなく、ため息が漏れた。
そんな中
ノルだけが、ゆっくりと体を起こした。
ぎし、と音がしそうなほど重い動きで、それでも無理やり身体を動かす。
そして道具袋を引き寄せると、黙々と手入れを始めた。
刃を拭き、柄を確かめ、ひび割れを見逃さないように。
明日の準備だ。
その背中には、迷いがなかった。
その姿に引っ張られるように――
「……僕も」
カイルが小さく呟き、カバンを開く。
記録用の書類を取り出し、手元が見えるようにランタンを近くに置いた。
震える手でペンを持ち、今日見た空洞の状態などを書き込んでいく。
(……マジかよ)
俺だけ、何もしてないみたいじゃねぇか。
仕方なく身体を起こす。
全身が軋むが、愚痴をこぼせる雰囲気でもない。
「……飯、用意するか」
ダグとリナが持たせてくれた弁当を広げる。
中には、チーズやパンの他にも日持ちのいい食べ物がぎっしり詰め込まれていた。
どれもこれも、簡単には傷まないものばかりだ。
(……読まれてたな)
俺たちが、食事を後回しにして作業を続けるってこと。
それを見越して用意された内容だ。
別の容器には、リンゴやオレンジが綺麗に切り分けられて入っている。
手軽に食べられるように、丁寧に。
俺はそれらを一つ一つ取り分けていく。
「……ほら」
声をかけると、二人は顔を上げた。
無言のまま、それぞれ手を伸ばす。
しばらくは、誰も喋らなかった。
ただ、静かに食べる音だけが響く。
「……美味しいですね」
ぽつりとカイルが呟いた。
それに、ノルが小さく頷く。
ほんの少しだけ、空気が緩む。
食事を終えると、俺はチーズからミルクを作り、それを温めてノルとカイルに手渡す。
ミルクを見たカイルの目は輝き、そのまま自分のカバンから大きめの箱を取り出すと、それを開けて中からビンを取り出す。
その蓋を捻った瞬間だ。
すごく懐かしい香りに、思わず身を乗り出してしまった。
「コーヒー……」
そう呟くと、カイルは
「はい」
と短く答え、
「飲みますか?」
と尋ねてくる。
俺は勢いよく首を縦に振る。
それを見たカイルはにっこり笑い、頷くと、豆を削りだした。
その様子を見て、ノルは首を傾げていた。
ガリガリと小気味いい音と、独特な香り。
「なにその臭い、飲み物なの?」
と不思議そうに尋ねる。
「ノルにはまだ早いかもしれないですね」
とカイルが言うと、ノルはさほど興味もない様子で、
「私はルイがくれたホットミルクでいいよ」
と答えた。
三人で焚き火を囲む。
パチ、パチ、と薪が弾ける音。
それだけが、静かな空間に広がっていた。
その合間にドン……と。
地の奥から響くような揺れが、時折混ざる。
この不穏な揺れの原因もわからないままだ。
それでも不思議と落ち着いていた。
考えるべきことも、山ほどある。
だけど、今は何も考えたくない。
ただ火を見て、パチパチと薪が燃える音を聞いて、コーヒーを飲んでいる。
それだけなのに、疲れが癒されていく気がした。
「温かい」
火をじっと見つめていたノルが、ぽつりと口にした。
「そうですね……温かいです」
それにカイルが続く。
二人は無表情で……他のことを考えているかのように、遠い目で火を見つめていた。
「そういえば、カイルに聞きたいことがあったんだ」
俺は、こいつの能力以外にも気になっていたことがあった。
「なんでしょうか?」
カイルはきょとんとした顔で俺を見ている。
「言いたくなかったら言わなくても構わない」
そう前置きしたうえで尋ねる。
「“追放”って言葉に心当たりはあるか?」
カイルは少し驚いたように目を開いたあと、すぐに力なく笑った。
「ええ。あります。僕は追放されたんですよ」
その言葉に、ノルは静かに顔を上げて、耳を澄ませるようにカイルを見つめる。
「僕の家族や親戚は、気性の荒い人たちばかりで……。とにかく闘うことが大好きな人たちでした」
「そんな家族なので、もちろん僕も小さいころから武術や剣術などの稽古を、朝から晩までさせられました」
少し笑うと、パチパチと火柱を上げる焚き火をぼんやりと眺めながら、カイルは続ける。
「けど、兄たちとは違って、どんなに稽古を受けても僕は全然上達しなかったんです」
「はじめは“一方的な痛み”から逃れるために、魔法学の勉強を頑張ったんです。そしたら両親も、僕には武術も剣術もセンスが無いからと、魔法学の勉強に打ち込むことを許してくれました」
「兄たちのように闘えなくても、魔法学を頑張れば、いつか家族に認めてもらえるかもしれない」
「そう思って、魔法研究所へ入ることを目標にして、ひたすら魔法の勉強をしました」
「けど、兄たちが戦闘に特化した能力を開花させるなか――僕だけは十八歳を過ぎても、何の能力も開花しなかった……」
「どんなに魔法の勉強をしても、そもそも魔法が使えないと、魔法研究所の職員にはなれませんから」
「何をやらせても“ダメな人間”“能力無し”“役立たず”」
「そんな視線に耐えられず……、魔法の研究を言い訳にして、旅に出たいと両親に申し出たんです」
「そしたら、あっさりと快諾してくれて、その条件として籍を抜けと……」
「僕がどこで野垂れ死のうが、一切関知しないと……言われてしまいました」
「僕から申し出たことだけど、実質“追放”、家族からしたら、僕は恥以外の何者でもない」
「僕みたいな弱い人間が……何故あの家に生まれたのか……今でも不思議です」
「稽古から逃れるために始めた魔法学だったんですけど、今はそれが僕の生きがいです」
そう言って顔を上げると、俺を見て弱々しく微笑む。
「今日ルイさんが言ってくれましたよね。僕には能力があるって。まだ蕾だって」
「今まで誰にもそんなこと言ってもらえなかったから、すごく嬉しかったです」
カイルが言ってた“人生が報われる”の意味が今は少し理解できる。
「カイル……ごめんね」
気まずそうにノルが言った。
「何がですか?」
ノルの突然の謝罪に、カイルは戸惑いを見せる。
「いや、なんか、足手まといとか……言っちゃったからさ」
カイルはくすりと笑うと、優しくノルを見つめた。
「気にしていません。僕の方こそ、ノルが一人で頑張っていたのは知っていたのに、自分の研究のことばかりで……」
その言葉に、ノルは小さく首を振る。
俺はそのやり取りを見ながら、コーヒーを一口含むと、渋い顔を見せた。
(なんで俺の関わる人間は“普通”の生い立ちの奴がいねぇんだよ)
その表情に気づいたノルが、すかさず
「何? なんか今、変な顔してなかった?」
と睨みながら言う。
(変な顔とは失礼な!)
「別に……」
慌てて手を振りそのまま空を仰ぐと、深く息を吸う。
二つの月が、仲良く並んでいた。以前よりも、二つの距離は近く見えた。
同じようにカイルとノルも空を見上げると、カイルがつぶやく。
「そういえば、もうすぐ日食ですね」
「日食?」
「えぇ、知りませんか? 太陽と月が重なるんです」
カイルは少し首を傾げながら教えてくれた。
「それは知ってるけど……」
(この世界にもやっぱり日食があって、月はちゃんと軌道に乗って動いてるんだな……)
俺は今、魔法の使える世界で、自分が何者なのかもわからないまま生きている。
(もしかしたら、この空の遠い宇宙のどこかに、地球がひょっこり存在してるのかもな……)
久しぶりに飲んだコーヒーの味は、日本にいた頃を自然と思い出させた。




