48話 オルド・ザンクは街の厄介者
街の中央を抜け、だいぶ歩いた。
同じ街とは思えない程、雰囲気は様変わりしていた。
立ち並んでいた飲食店や家は疎らになり、代わりに倉庫のような建物や、炭鉱に必要な工具店だったであろう看板、加工を売りにした看板、荷物預かり所や簡易的な飯処が並んでいる。
ここがかつて職人たちで溢れ、活気のあった場所だったことは想像できた。
だが今は、主を失った看板だけが無惨な姿で残されている。
地面に敷かれたレール。時間が止まったまま錆び続ける貨物列車。
その先には、しっかりと組まれた坑道の入口が口を開けていた。
もちろん、人の気配はない。
静寂の中、岩肌にぽっかりと開いたそれは、大きな口のように見える。
キィキィと嫌な音を立てて揺れる看板が、不気味さを際立たせていた。
「……あれが旧坑道か?」
俺の問いに、ノルは首を横に振る。
「そっちは比較的新しく掘られたやつ」
周囲を見渡すと、同じような坑道がいくつもある。その中で、ひときわ奥まった場所をノルが指差した。
そこにあったのは——明らかに異質な穴だった。
入口は一番小さく、支えの木組みも頼りない。レールに繋がれた滑車も古びていて、今にも崩れ落ちそうだ。
「あっち」
ノルがぼそりと呟く。
「……これは、確かにいつ崩壊してもおかしくないな……」
俺は思わず唾を飲み込んだ。
「なぁ……あの中、入んないよな?」
シルが露骨に顔をしかめる。
俺たちはそのまま、旧坑道へ近づき目の前で足を止めた。
「なんでここだけこんな入口狭いんだよ。大人三人並べるかどうかってレベルだぞ?このガキ一人で掘ったわけじゃねぇよな?」
まくし立てるようにシルが言うと、その言葉にノルが不機嫌そうに顔を歪める。
「ガキじゃない。ノル!」
「別にあなた達が入るわけじゃないんだから、どうでもいいでしょ!」
ノルが言い返す横で、カイルはカバンから地図を取り出すと、現場と地図を見比べている。
「……ここが現在位置ですね」
「この旧坑道の反対側が、ちょうどクレジオルムへの街道にあたります」
そのまま地図から視線を外し、ノルをチラリと見た。
「つまり……狭くても街道側に影響が出ると予想されるほど、この坑道は掘り進められているということです」
「ノル一人でどうにかできる規模じゃない」
淡々と分析する。
ノルはフンと鼻を鳴らし、そっぽを向くとその場にしゃがみ込み、大きなリュックを広げてヘルメットやライト、水筒、軽食を取り出して慣れた手つきで並べていく。
そのまま手にしたライトの点灯を確認している姿に
「……おい、それ光ってるのか?」
思わず声が出ていた。
この世界に電気なんてないと思っていた。
俺が予備のライトに手を伸ばしかけた瞬間——
「触らないでよ!」
ノルが鋭く声を上げたので、俺は両手をゆっくり上げる。
下手に動けばすぐさま噛みつかれそうだ。
「そんな怒んなよ……」
小さく呟く。
(感情抑制って嘘だろ、こいつ。これで抑えてるってありえねぇ。相当気性が荒いぞ)
その様子を見て、シルがため息をつく。
「こんなガキ、ほっとけ」
呆れたように言う。
「ガキじゃない!」
何度も食い下がるノルを無視して、シルは周囲を見回した。
「ちゃっちゃと終わらせようぜ」
その言葉にここに来た目的を思いだした。
「ああ」
俺は立ち上がり、岩壁へ近づく。
歩くたびに砂埃が舞い、穴の奥へ吸い込まれていき、ヒュー、と不気味な音が鳴る。
その様子を見て、後ろからカイルが声をかけてきた。
「……お二人は、何のためにここまで来たんですか?」
その質問に俺はゆっくり振り返る。
「あぁ」
(そう言えば言ってなかったな)
「何って─、この鉱山を直しに来たんだよ」
あっけらかんと言った。
「直す……?どういう——」
「まさか……この鉱山ごと時間を……」
みるみる顔色が変わる。
「ありえない……そんなこと、できるはず……」
言葉が詰まる。
「そんな無茶したら……途中で……」
(……死ぬ。か)
言いたいことは分かる。
(さすがに魔法の研究をしてるだけあって、理解はあるみたいだな)
俺は何も言わず、岩肌に手を当て、目を閉じる。
この穴が塞がっていくイメージ。削られる前の状態。掘り進められる前の、完全な形。
どうせ鉱石は取り尽くされてる。
戻せば、また採れるようになる。
誰も困らない。
(よし!)
脳裏に浮かぶのは、部屋から見たあの鉱山の光景。光を反射して輝いていた、あの姿。
意識を絞る。
一点に。
心臓に痛みが走る。
脈が早くなる。
目を開けると——
岩肌に亀裂のような光が走っていた。
それはまるで、光の蔦が這うように広がっていく。
「……いける」
そう確信した——、その時だった。
「やめて!!!」
「やめてよ!!!」
張り裂けるような声が耳を刺し、反射的に手が離れた。
叫ばれた方へ視線を向けると
そこには——
膝をつき、絶望に染まった顔のノルがいた。
「なんだよ!坑道を直してやるって言ってるのに!」
「何が不満なんだよ!」
シルが大股でノルに近づいて行くと、まるで自分の事のように言い放つ。
「直す?!できるわけない!できたとしても···そんなの余計なお世話だよ!誰もそんなこと頼んでない!」
「頼まれてねぇよ!けどな!」
シルはノルの前へ、さらに一歩踏み出した。
「この坑道を直せば、鉱山崩壊の危機も免れる。あたしたちはクレジオルムへ行ける!」
「それに、ここら一帯が昔のようになれば、鉱石採掘ができて、また街が賑わうだろ!
皆幸せ、ハッピーエンドだ!」
シルは挑発するように、ノルの顔の前で両手でピースサインを作って見せる。
「私は……幸せじゃない……」
ノルの呟きが落ちると、シルはうんざりしたように天を仰ぐ。
カイルはというと、今見た光景をなぞるように岩肌を何度も撫でて確かめている。
その時、大きな揺れが襲う。
ガラガラと音を立て、石が岩の上から崩れ落ちてくる。
頭を守りつつ坑道の入口から小走りに離れたその時だった。
「危ない!」
カイルの声だった。
岩肌を転げ落ちてきた大きな石が跳ね、シルとノルの頭上目がけて飛んでくる。
一瞬の判断。
ノルの光った手が、シルを弾き飛ばす。
勢いよく後ろへ転がるシル。
ノルはその場に固まってしまった。
俺は駆け出していた勢いのまま加速してノルに突っ込むと、軽い身体は容易く持ち上がり、寸でのところで石を回避できた。
だが——
グシャ——
後ろから鈍い音が響いた。
シルとノルのいた場所には、年季の入った道具たちが並べられていた。
石はゴロゴロと転がりその動きを止めた。
「ここは危ない!皆、一旦離れましょう!」
頭の上の砂埃を払いながら、カイルが叫ぶ。
俺は頷き、力の抜けたノルの腕を引いて、引きずるように坑道から離れる。
シルは舌打ちすると、ノルの荷物を乱暴にまとめて駆け出した。
坑道から離れた小屋の近くに無造作に並べられた椅子やテーブル。
俺はそこに腰掛け、深く息を吐いた。
シルはノルの荷物をテーブルにガシャンと大袈裟に置き、椅子には座らず地べたに腰を落とす。
カイルは息を切らしたまま、地図を広げ揺れの大きさや時間を記録している。
ノルは——
テーブルに置かれたボロボロの道具たちにそっと触れ、押し黙っていた。
(こいつのためにも、これでよかったのかもな。道具が使えなきゃ当分採掘はできない)
「そうか……もしかして……」
時折、カイルの声が漏れる。
完全に没頭しているのか、こちらの様子など気にもしていない。
「こんなことになるなら、あなた達なんて……連れて来なければよかった……」
ノルがぽつりと零す。
その言葉にシルがピクリと反応する。
「命が助かったんだ。道具くらいでなんだよ···」
視線は向けずに言った。
「私には…この道具が全てだよ。こんなんじゃ坑道の中を進めない」
(あんな危険な場所に何があるっていうんだ)
「あの坑道に何でそこまでこだわってる?」
俺の言葉に小さくため息をつくと、ノルは顔を上げることもせずに、目の前の道具たちを見つめたまま話し出した。
「この街が昔のように戻れば——皆が幸せ?」
小さく首を振る。
「私たち家族は違う」
「嘘つき一家は、幸せになんてなれない」
その言葉に、カイルも手を止めて顔を上げた。
「何故···嘘つき一家なんて呼ばれているんですか?」
ノルから、ふっと乾いた笑いが漏れる。
「私のおじいちゃんは、炭鉱者だった」
「不思議な力があって、おじいちゃんは新しい鉱脈を見つけては、独占することなく皆がちゃんと稼げるようにってその場所を教えてた」
「富は独占するものじゃないって···お人好しな人だった」
「忙しい両親の代わりに、いつも一緒にいてくれた。坑道に私を連れて行っては採掘のしかたもたくさん教えてくれた」
「炭鉱仲間に囲まれて笑って、毎日賑やかで騒がしくて···。いつしかそんなおじいちゃんに憧れて……大きくなったら私も探鉱者になるんだって」
「当たり前に思ってた」
「けど、だんだん鉱山の資源が枯渇して……」
「街の人たちは、今まで以上におじいちゃんに頼った」
「取り尽くした。そんなの皆わかってた─、けど、どこかに希望を見出したかったんだと思う」
「皆が諦めかけてた。そんな時」
「おじいちゃんは新しい鉱脈を見つけたって、街中に触れ回った」
「目を輝かせて言ってた。今まで以上にでかい。それでいて枯れることのない資源がこの街には眠ってるって」
「その話に最初は皆、喜んだよ」
「これで、なんとかなるって街に活気が戻った」
「けど——」
「おじいちゃんが言った場所を、どんなに掘っても、新しい鉱脈どころか……鉱石の一つも見つからなかった」
「次第に皆、坑道から去っていった」
「ひたすら毎日、硬い岩肌を掘り進めるだけで、お金にもならない」
「そんな無駄な時間を費やすことになって……」
「あいつは嘘つきだ。って」
「期待が大きかった分─失望も大きかった。それでも、一人になっても、おじいちゃんは毎日坑道へ行ってた」
「目を輝かせて、“必ずあるんだ!”って言いながら。お父さんが止めるのも聞かずに、ことある事に皆に触れ回った」
「枯れることのない鉱脈の話をね」
声がわずかに揺れる。
「過去の栄光に縋りつく、みじめな大嘘つき……」
「みんなを騙して、自分の妄想のためにこき使う、頭のおかしくなったオルドザンク···」
「おじいちゃんが街で話すたびに、支援者を募るたびに」
「街の人達の厳しい視線は……私たち家族にまで向けられるようになった」
「完全に、街の厄介者扱いだよ」
大きく息を吐く。
「おじいちゃんが亡くなった後も——」
「“嘘つきザンク”って呼び方だけは、この街に残った」
ゆっくりと顔を上げると鋭い目つきを見せた。
「絶対に鉱脈を見つける」
「それで、おじいちゃんは嘘つきなんかじゃなかったって、証明してやる」
声を絞る。
「だって……それを証明しなと」
「おじいちゃんは一生、嘘つきのままだから……」
壊れた道具を抱えるように持ち上げるとリュックにしまう。
ノル身体は小さく震え、強く歯を食いしばっているのか、その唇から血が滲んでいるのがわかった。




