47話 それぞれの目的···
毛布をはがしベッドから降りると、足の裏に冷たさが直に伝わる。
靴に足を通し、そのまま壁にかけられた上着に手を伸ばした。
(荷物はいらないな)
「遅ぇぞ」
扉のところで、廊下の先を気にしながらシルが小声で言う。
この様子だと、ノルの準備の方も着々と進んでいつ部屋のドアが開いてもおかしくない状況なのだろう。
「寝起きなんだよ」
そう言って、剣だけ腰に装備する。
俺の様子に痺れを切らしたシルは、無言で腕をぐいっと引っ張り無理やり部屋から連れ出す。
廊下は静まり返っていた。物音一つしない。
俺たちは床板の軋みを避けながら階段を降り、宿屋の出入口へ向かった。
「ここからしか出入りできないよな?」
思った事をそのまま口にする。
「この宿屋には厨房に裏口があるが、ノルがその出入口を使用する事はねぇよ」
シルはそう言って扉を開けた瞬間——冷たい風が砂ぼこりを舞いあげた。
朝焼け前の、青白い時間。
人の気配はなく、遠くで風が何かを揺らす音だけが聞こえた。
「で?」
小声でシルに聞く。
「どうする」
「待つ」
それだけ言って、顎で少し先の路地を示した。
「あそこなら、この店の出入口の様子が見える」
俺はシルについて行き、死角になった細い路地へ入った。壁に背を預ける。
視線は自然と扉へ向いた。
「本当にあの扉から出てくんのか?」
「あぁ」
シルは確信しているように答える。
「何でわかるんだよ」
「厨房と廊下、その先に裏口があるが、その手前は夫婦が使用してる部屋だからだよ」
「夫婦の部屋の横に、部屋がもう一つあったが、使われてなかった」
「たぶん、ノルが“使ってた”部屋だ」
「わざわざ、客室を使ってるってことは─」
「あの夫婦を避けてんだろ。昨日の様子見てりゃ、絶賛反抗期ってやつじゃねぇか?」
(こいつ····いつの間にこの宿屋の構造把握したんだ)
「だから、鉱山へ行くならわざわざ裏口使うなんて馬鹿な真似しねぇよ。昨日の母親の剣幕見ただろ?」
「でも、何でノルがこんな朝から動くってわかったんだよ」
俺の疑問にシルはため息をつく。
「アンタってさ···悪いことした事ねぇだろ?親に後ろめたい事があったり、悪いことする時ってのはな。大抵のガキは親が眠ってる時に行動すんだよ」
(·····そう言われてみたら、まぁちょっとは心当たりはあるな)
時間にして、数分か。
妙に長く感じる。
微かな揺れと、静寂の中、唯一音を立て裏路地を吹き抜ける風。
本当に出てくんのかよと疑いかけた時、
——キィ
と静かに扉の開く音に、反射的に視線を上げる。
少し開いた扉から、緑の髪が少し覗くと細い隙間からその姿が顕になった。
昨日と同じ大きなリュック。
一歩外へ出ると、音を立てないように慎重に扉を閉める。
正面に向き直ると、腰に巻き付けた工具の紐を締め直しながら、歩き出す。
そのまま周囲をぐるりと見渡した。
(……警戒してるな)
誰もいない事を確認して、安堵の表情を見せると俺たちのいる路地の前を通り過ぎた。
「よぉ」
後ろから声をかけると、ビクッとノルの肩が跳ねる。
そのままゆっくりと裏路地から出ると、勢いよく振り向いたノルと目が合った。
俺たちの姿を確認するとノルの目はすぐに細くなる。
「……なんでいるの」
露骨に嫌そうな顔。
「話がある」
「私にはない」
間髪入れずに返ってくる。
そのまま背を向ける。
「巨人のツルハシ」
その言葉に足が止まった。
ゆっくりと振り返る。
「……は?」
「なんなの」
不審な目を向けられる。
────────
名前:ノル・ザンク TMゲージ:71/85
スキル:巨人のツルハシ
特徴:鉱山育ち/負けず嫌い/努力型/採掘/腕力/持久力/破壊効率が大幅上昇/反抗的/感情抑制
────────
「こんな華奢な子供に突き飛ばされて転がった時におかしいと思ったんだよ」
俺がふっと笑うと、ノルは伏し目がちに今の状況を必死で整理しようとしているのがわかった。
「パパとママから私の能力のこと聞いたの?何?止めてくれとでも頼まれた?」
たぶん必死で考えて導き出した答えだ。
「いや、そんな面倒なこと大金積まれて頼まれたってごめんだ」
「じゃあ、何?何が目的?」
「案内してくれよ。旧坑道に。行くんだろ?」
シルが横から口を挟む。
ノルの視線が、さらに鋭くなる。
「やだね」
「金なら出すぞ」
俺が言うと——
ノルが鼻で笑う。
「いらない」
「大金つまれたってごめんだよ。面倒くさい」
さっき俺の言った言葉をそっくりそのまま返され見下したような目を向けてくる。
(……クソ生意気な奴だな!)
一歩踏み出す。
距離を詰める。
「じゃあ——」
少しだけ声を落とす。
「ここで騒ぐか?」
ノルの表情が一瞬だけ固まった。そしてすぐに焦りを見せる。
「……は?何言って—」
「“また鉱山行くのか”って、大声で言ってやろうか?」
俺が少し声を張ると、慌てたようにキョロキョロと周りに目を向けるノル。
昨日の光景を思い出す。
リナの、あの取り乱した顔。
——今バレれば、連れ戻されて終わりだ。
「……っ」
ノルは歯を食いしばると、一瞬だけ視線が泳いだ。
「やめてよ」
小さく、押し出すような声。
そして——
「……勝手についてくれば」
観念したかのように言うと、トコトコと前を歩き出すノル。
その後ろを黙ってついて行くと、しばらくした所でおもむろに
「アンタってさ─ほんと性格悪いっつーか···」
「人が嫌がる事考える天才?」
シルは腕を組み感心したかのように言った。
「それ褒めてねぇよな」
「え?褒めてんだけど」
(こいつの感覚どうなってんだよ)
うっすら青い空に朝焼けが差し、鉱山の表面はキラキラと輝きを反射させ出した。
その時
「待ってくれ!」
背後から声が飛んだ。
振り返ると、大きなカバンを斜めに掛けたカイルが立っている。
肩で息をしながら、真っ直ぐこちらを見ていた。
「僕も——連れて行ってほしい!」
ノルが露骨に顔をしかめた。
「は?」
「これ以上、足手まといはいらないよ」
即座に切り捨てる。
だがカイルは引かない。
一歩踏み出す。
「坑道に、僕の研究の手がかりがあるかもしれない!」
言葉は震えているが、目は逸らさない。
「お願いです……!」
深く頭を下げる。
静寂が落ちる。
ノルはしばらく黙って——
「……勝手にすれば」
一人増えたところで変わらない、そう諦めたような口ぶりだった。
「死んでも知らないから」
それだけ言って、再び歩き出す。
カイルは、慌てて輪に入ると頭を下げた。
その瞬間——大きく地面が揺れる。
その場で全員身を低く構え、揺れが収まるのを待った。
古びた家屋からパラパラと瓦礫が落ちる。
(坑道崩壊まで、あまり時間が無さそうだ)
鉱山を抜ける風がまるで咆哮のように静かな街に響き渡る。
「命を賭けた、坑道観光——ってか?」
シルが小さく笑う。
荒廃した街に朝焼けがさし始めていた。
街が目覚める前に、誰にも見つからないように、そんな足取りでノルは無言で歩きだす。
俺たちはそんなノルの小さな背中を追いかけた。




