46話 カイルのステータス···
振り向く事もなく俯いたまま、階段の方へと歩くカイル。
「このままじゃ、アイアンバレーに何か大変なことが起こる——」
「そう確信してるんだろ?」
俺の言葉にカイルの足が止まった。
「それなのに、なんでお前はこの街にいる?」
「それに、宿屋の家族や、この街の連中に逃げた方がいいと伝えた方がよくないか?」
(自分の研究に自信があれば、真っ先にそうしているはずだ)
カイルは俺の問いかけの答えを考えているのか、俯いたまま動かない。
そして小さく話す。
「僕がこの街にいる理由か……。自分の研究は正しかったと——証明される瞬間が、見たいから……。ですかね」
絞り出すように言った。
「たとえ、命がここで終わろうと——魔法陣が発動する瞬間を見れれば、少しはこの人生も····報われるのかなって···」
「宿屋のお二人には逃げた方がいいと話しましたよ。けど···、心配しすぎだと笑われてしまいました···」
「それに─、なんの実績もない僕がこの街で何かを訴えて···、誰が信じるって言うんですか?」
それだけ言い残すと、カイルはそのまま歩き出し、重たい足取りのまま階段を上がっていく。
(報われる?人生の何が報われるんだ?何も残らないなら意味ないだろ)
変わり者だな。
───
「はぁー……疲れた」
難しい話に嫌気がさしたように、シルが大きく息を吐く。
椅子にだらりともたれかかり、天井を見上げながら続けて言う。
「このままここにいても時間の無駄だし、明日にでも王都経由でクレジオルムへ向かおうぜ」
まるで決定事項みたいな言い方をした。
「まぁ、それが一番現実的だな」
そう答えつつも——
俺は少しだけ考える。
(……崩壊寸前の旧坑道、か)
頭の中で、さっきの話をなぞる。
穴だらけで、いつ崩れてもおかしくないって事だよな。
それなら——
「なぁ」
俺は椅子にうな垂れて座るシルに視線を向ける。
「その“崩壊寸前の坑道”、崩壊寸前じゃなくせばいいんじゃないか?」
「……は?」
シルはバランスを崩して椅子から落ちそうになるとそのまま俺を見る。
「この街の揺れそのものは止められない。でも、崩れかけてる場所を元に戻すくらいなら、一瞬でできる」
「崩れる危険がないって判断されれば、封鎖も解除されるだろ」
口元をニヤリと引き上げ
「ついでに寿命もごっそり削れるしな。俺的にはお得な話だ」
そう言うと、シルは呆れたように首を振る。
「そんな事できるわけ——」
言いかけて、止めると、じっと俺を見る。
そして、
「……いや、アンタならできそうだな」
真顔で言った。
だがすぐに、腕を組んで現実的な話に戻る。
「でもなぁ、崩壊しかけてる坑道がどこかも分からねぇし、そこまで安全に行けるルートも知らねぇ」
「避難勧告なんて出てるこの状況で、わざわざ危険な坑道まで案内してくれるバカなんていねぇよ」
「案内人を探して交渉して─そこに時間かけるくらいなら、大人しくこの街を出る方が早いだろ」
——正論だ。
だが。
「土地勘があって」
「こんな状況でも親に反抗して、坑道に行ってる奴なら——、近くに一人いるだろ?」
俺が小声で話すと、シルの眉がピクリと動く。
「……まさか」
つられてシルも小声になる。
「ノルとかいう、あのガキについてく気か?!」
俺は両手を軽く上げて、片方の口角を上げた。
「他にいるか?」
シルはしばらく無言で俺を見たあと、視線を逸らして軽く舌打ちした。
「グズグズしてこの街が爆発しても知らねーからな!」
その反応に、俺はすかさず言葉を返す。
「あれ?お前、カイルの言ってたこと信じてないんじゃなかったっけ?」
わざと挑発するように笑い
「もしかして……ビビってんのか?」
そう言うと、シルは歯を食いしばり睨みつけてきた。
(図星だな···)
「……まぁ、大丈夫だろ」
「現時点で─お前も、カイルも、死期なんて表示されてなかったからな」
笑って告げる。
「アタシのステータスまた見たの?!変態!見るな!」
「変態って、裸見たわけでもあるまいし···、何興奮してんだよ」
「裸見られる方がマシだ!自分でも知らない事や、隠したい事が一覧で見れるなんて···、しかも追加されてくんだろ?!冗談じゃねぇ!二度と見るな!」
(ここまで性格の悪さを、さらけ出しといて今さら何焦ってんだコイツわ)
「お前の性格の悪さは知ってるし···、今後それが増えたって別に何とも思わないんだが」
「俺に隠しておきたい事なんて今さら他に何かあるか?」
その言葉に、シルの拳がわなわなと震えると耳がどんどん赤くなる。
「殺してやる!」
(ん?何か悪いこと言ったか?)
「お前が俺を殺してくれるんなら、感謝しかねーよ。俺にとってはそれで目標達成だからな」
俺は両手を広げてハグを求めるようにシルと向かい合う。
「次見たら絶対許さねぇからな···」
そう言って睨んだまま、シルは俺の体を両手で押し退けると、呼吸を整えた。
「···で、カイルの情報も見たんだよな?」
俺は押し退けられたままの体勢でコクリと頷く。
「嘘つきとか書いてなかったか?」
と真面目な顔で確認してくる。
「お前と違って、“マトモ”なステータスだったぞ?」
そう言って笑うと——
バンッ!!
シルがテーブルに両手をつき、そのまま立ち上がった。
「おやすみ!」
「明日、無事に目が覚めるといいな?」
「寝込み襲われないように気をつけろよ?」
(こいつ……俺のこと今日殺すって決めただろ。ふざけ過ぎたか?)
最後まで俺を睨みつけたまま、シルは二階へ上がっていった。
それを見送り、一つ息つく。
さて——。
カイルについてだ。
さっき見た光景を改めて思い出す。
ステータスは……
カイル・ゼルフィナード、TMは82/103。
ってことは、寿命が削られていなければ21歳前後か。
スキルは——魔手(蕾)
“蕾”ってなんだ?
特徴は、末っ子、非戦闘、弱気、内向的、魔法知識学、頭脳明晰、研究熱心、追放
問題は、ここだよな。
魔手って能力がよく分からない。
特徴にも、それっぽい効果が見当たらない。
それに——“追放”。
これも引っかかる。
(……まぁ今、あれこれ考えても仕方ない)
とりあえず——
明日会えたら、それとなく本人に聞いてみるか。
───
カチャカチャ……とドアの方から小さな音がして、俺は目を覚ました。
まだ外は薄暗い。夜明け前の、ひんやりした空気を感じ無意識に毛布を肩までかける。
その後すぐに、ドアがキィと音を立てたのが聞こえた。
(……なんだ?)
ぼんやりしていた意識が一気に冴える。
——寝込み襲われないように気をつけろよ?
昨夜のシルの言葉が頭をよぎる。
(あれ、やっぱ本気だったのかよ……)
足音を立てないように、気配はベッドのすぐ近くに迫る。
視線だけを動かすと——
そこには、予想通りシルが立っていた。
妙に距離が近い。
(……やる気満々じゃねぇか)
「……何してんだ」
声を抑えて問いかける。
「起きてんじゃねぇか」
シルはあっさり返した。
そのまま一歩、さらに距離を詰めると真上から俺の顔をじっと覗き込む。
(近いなオイ)
「……殺しに来たのか?」
半分冗談、半分本気···いや八割本気で聞く。
するとシルは、露骨に顔をしかめた。
「は?なんでそうなんだよ」
「···昨日の流れだと、そうなるだろ普通」
「ならねぇよ」
即答だった。
間髪入れずに続ける。
「ノルが出る」
(……?)
その言葉の意味がすっと入ってこない。
「準備してる。今なら間に合う」
「行くんだろ?坑道」
シルは顎で外を示した。
(……そっちかよ)
一気に警戒が抜ける。
「紛らわしいことすんな」
「殺されるって勝手に勘違いしてんのはそっちだろ」
シルは言い返しながらも、なぜかその距離のまま動かない。
(……だから近いっての)
「わかったから、離れろ」
「なんで」
「近い」
「気のせいだろ?」
そう言いながら、武器は持ってないアピールなのか両手を上げ一歩後ろに下がる。
(気のせいじゃねぇよ。絶対根に持ってるな)
俺は同時に体を起こした。
「……で、行くんだよな?」
上げていた手を腰に当てシルは窓の外の鉱山を眺めながら言った。
「あぁ」
俺が短く返すと
「それなら、アタシも付き合ってやるよ」
「気になる事もあるしな」
そう言って片方の口の端をあげて不適に笑った。




