45話 魔法陣···
まほうじん——魔法陣!
呼び名を確かめるように、カイルは何度も頷いた。
「いいですね、その呼び方……!」
(カイルのこの反応は···)
「もしかして呼び方、違ったか?」
カイルは少しだけ視線を落とした。
「王都では……“落書き”と」
「そう言って、切り捨てられてしまいました。話も、聞いてもらえなくて……」
(どういう事だ?)
「アタシにもただの落書きにしか見えねぇんだけど?」
シルは腕を組み、じっと紙を睨みながら口を挟む。
「で、この絵と魔法とこの街、何がどう関係してんだよ」
「……あ、そうでした!」
ぱっと顔を上げたカイルは、紙の上を指差す。
「これを、仮に“魔法陣”と呼ばせてください」
言葉を選ぶように続ける。
「魔法陣は——記号や文字、数式、特定の模様を組み合わせた“構造”です」
「それらをパズルのように組み上げて……“和”が一致したとき、指定した魔法効果が宿る」
「……いわば、“魔法の効果を発生させる装置”のようなものです」
シルは目を点にしたまま、ゆっくりと口を開く。
「この紙切れに魔法が宿る?」
「……何言ってんだ?」
真顔で、カイルの頭を心配し始めた。
その横で─
「魔法効果発生装置……なるほどな」
俺は自然と頷いていた。
「え……?」
カイルの目が見開かれる。
「この原理……分かるんですか?」
「魔法陣の構造について詳しくはわからないけど、言ってる事はわかるよ」
俺は紙を見ながら、指で一部をなぞる。
「どこかがズレたり、間違ってたらその“和”ってのが崩れるんだろ?」
「そしたら、魔法効果は発動しない」
言い切ると、カイルが息を飲むのがわかった。
目を見開いたまま、言葉が出てこない。
「信じられない……」
ぽつりと漏れた声は、震えていた。
「なんだよ。頭おかしい同士、話通じんのか?」
シルは俺たちを見比べて、鼻で笑う。
「もしかして、俺たちの会話について来れないのか?無知な奴だなぁ」
俺は大袈裟な表情で言い返すと、頬を膨らませる。
「こんなの見たことも聞いたこともねぇよ!─アタシがおかしいわけじゃねぇから!」
そんな俺たちのやり取りを見ながらカイルは呆然と呟いた。
「そりゃ……そうですよ」
「これは……僕の頭の中だけにある、魔法原理……だったので」
“だった”。
言葉の端を過去形に変えさせたのは——たぶん俺だ。
(魔法が使える世界なんだ。魔法陣があったっておかしくないだろ?)
(─まさか、魔法陣がまだ存在してないなんて···思わないじゃん)
「で?その魔法陣とやらがこの街と、どう繋がるんだよ」
シルのイラついた物言いで、カイルは話の続きを思いだしたように、慌てて地図と紙切れを重ねる。
「この街は——鉱山にぐるりと囲まれていますよね」
こちらの反応を確かめるように、静かに視線を上げる。
「その地形そのものが……一つの“魔法陣”のような構造になっているんです」
そう言って地図の上に置かれ紙の上に指を置くと、指で円を描くように空中をなぞった。
「そこに地中から、魔力が定期的に流れ込んでいる」
「それが、今までの揺れの正体だと思うんです」
「本来なら、和が乱れている魔法陣に、魔力を注いだとしても発動どころか反応すらしないはずです」
「唯一、魔法陣が反応をするとしたら···」
「それは─、残り1ピースをはめ込むだけでパズルが完璧に完成する状態で魔力が流し込まれた時です···」
「残り1ピースのままなら、魔力反応時の揺れは一定の間隔で起こるはずなんですが……」
「その“間隔”が、徐々に短くなっている」
俺が続けて言うと、カイルは強く頷いた。
「つまり…完成に向けて今も変化を続けてる?」
俺が確認するように言うと、
「─はい」
カイルの言葉に、わずかな緊張が混じる。
「この街を覆う程の魔法陣は“発動できる状態”に、今も近づいて──」
カイルが言い切る前にシルが舌打ちをした。
「……おい、ちょっと待て」
「街ごと魔法陣って時点で意味わかんねぇのに、発動できる状態に近づいてるってなんだよ」
「残り1ピース?そこから完成に向けて変化してる?誰が?何の目的で発動させようとしてる?」
「そもそもだ!この原理はアンタの頭の中にしかなかったって、さっき自分で言ってたよな?」
(確かにシルの言う通りだ。カイルの話が事実なら、この街にもう一人、魔法陣の構造を理解している人間がいて、何か目的があって発動させようとしてる事になる)
カイルは視線を落とし、黙ってしまった。
この様子だとカイル自身も予想しなかった事態が起きているんだろう。
「もし魔法陣が完成したら……何が起きるか、分かってるのか?」
俺の質問に、カイルは苦く笑う。
「調べています。ずっと……」
「ですが、この規模の魔法陣を調べるには時間がとても足りなくて……」
「どんな魔法効果を持つのか——今の僕では、解明できません」
「それじゃあ……魔法陣が完成して、魔力が流れた瞬間に大爆発なんてことも?」
そう訊ねると、短く、真剣に答えた。
「火属性の魔法効果だった場合……可能性はあります」
すると突然、シルが地図を指でトントンと叩く。
「アンタが研究してる魔法陣ってのが、この街全体で完成しつつあって、それが発動しようとしてる」
「一旦、そう仮定してやるよ」
「細かいことは抜きにして──それが現実に起こるっていうなら···」
シルの目が鋭くカイルを捉えている。
「実際に、この紙切れに書かれた“魔法陣”に魔力を流せば……ここに書かれた効果が発動するってことだよな?」
紙切れをつまみカイルの顔の前でペラりと見せる。
「それならまず、この小さな魔法陣で見せてくれよ」
その言葉にカイルの肩が、ピクリと震える。
「この魔法陣にどんな効果があるのか知らねぇけど、アンタの言う事が本当なら─」
「今すぐ証明してくれ」
さっきまで勢いがみるみる削がれて体を丸めるカイル。
「それは……」
目の前にぶら下がる魔法陣から目を逸らし言葉が、続かない。
「それは?」
シルの眉が吊り上がる。
「発動するんだろ?」
少しの沈黙の後、カイルは肩を落とし、力なく首を横に振った。
シルは呆れたようにその様子を一瞥すると
「なんだよそれ···。だったら今の話、全部“絵空事”じゃねぇか」
吐き捨てるように言う。
「そりゃ“落書き”って言われるわけだ」
「理論上は……できるはずなんです!」
カイルは食い下がるように声を上げた。
「けど、この魔法陣にどうやって魔力を流し込むのかが分からない……」
更に視線が落ちる。
「あと一歩なのに……」
悔しさを噛み殺すように、かすれた声が漏れた。
「……はっ、魔力の流し方がわからない?ならどうしてこの街の特大魔法陣とやらには魔力が流れてるなんて言える?」
冷たい視線を向けたまま、シルが言い放つ。
「···どこから、どうやって魔力が流れ込んでいるのか···。それさえわかれば···。それを調べるために···」
言葉がしどろもどろになる。
「根拠もない。説明もできない。実際に魔法陣を発動させた経験もない。そんな奴の言葉なんて、信用に値しない」
この仮説は認めない。そんな意志がシルの語気から伝わってくる。
「ただの願望なら、誰だって語れるんだよ」
「ま、爆発だとか、巨大な魔法発動装置だとか、そんな物騒な話が現実じゃないに越したことはないだろ」
シルはそう言って安堵したように「ふぅ」と息を吐き出すと、椅子にもたれかかった。
同じような事を王都でも言われたのか、カイルは悔しそうに唇を噛みながらも、シルの言葉を受け入れている。
やがて何も言わず、カバンに地図や魔法陣の書かれた紙を押し込むと静かに席を立ちトボトボと歩き出す。
その背中に向けて、俺は声をかけた。




