44話 封鎖で足止め···
乱暴に開かれた扉から入ってきたのは——昼間、裏路地でぶつかったあの緑の少女だった。
息を切らしながら立っている。
背中の大きなリュックもそのままだ。
その視線が一瞬だけ、こちらへ向いた。
「——ルノ!」
リナが名前を呼ぶ。
「ルノ!あなたまた鉱山へ行ったのね!!」
悲鳴にも似た声だった。
だが——
少女はその声を完全に無視して、そのまま靴音を響かせ一直線に階段を駆け上がっていく。
誰も止めない。
止められない、という空気だった。
二階へと消えていく背中を見送りながら、ダグはため息混じりに首を横に振った。
「ダグ……!」
リナが動揺した声で呼ぶ。
「あの子の格好……また鉱山に……旧坑道は、いつ崩れてもおかしくないのに……!」
焦りと不安が滲んでいた。
(……嘘つき一家、崩壊寸前の鉱山に通う娘、か)
誰が見ても訳ありだ。
——いや、待て。
(いつ崩れてもおかしくない……?)
嫌な予感が走る。
(クレジオルムへの道は……崩れてないなら、まだ大丈夫だよな……?)
気づけば、口に出していた。
「クレジオルムへの道は……無事なんだよな?」
最悪な空気なんて関係ない。
複雑な家庭?そんなもん知ったこっちゃない。
正直、それどころじゃない。
「……君たちは、クレジオルムへ行きたいのか?」
「あら?でも、さっき王都の研究所って言ってたわよね……?」
リナとダグは目を合わせた後、不思議そうにこちらを見た。
「あー、それなんだけどさ。王都行く前に魔道具、揃えとこうと思ってたんだよ」
シルはつらつらと軽い調子で、はじめからその予定だった。と言わんばかりに嘘をつく。
それを聞くとダグは小さく頷いた。
「……そうか」
そして、少し申し訳なさそうに続ける。
「残念だが、クレジオルムへは行けない」
「は?」
俺は間の抜けた声を漏らしてしまった。
「避難勧告が出てから、クレジオルムへ向かうルートは完全に封鎖されている。この調子じゃ、すぐに解除される見込みもない」
ダグの声は淡々としていた。
「もし鉱山が崩れれば、復旧にも時間がかかるだろう」
「王都へ向かうなら……先にそっちへ行ってから、改めてクレジオルムを目指すしかない」
「封鎖……」
最悪だ。
俺はそのまま頭を抱える。
その横でシルも、小さくため息をついた。
カイルは俺とシルを交互に見ながら、席を立つタイミングを見計らっているのがわかった。
カタカタと余震のような小さな揺れが、時折テーブルを震わせてはいるが店内には、静かな時間が流れていた。
遠くの方でダグとリナが食器を洗ったり、片付けをしている音が耳に届く。
その中で——
「……王都を経由して、クレジオルムまでどれくらいだ?」
俺は宙を見上げたまま、ぼそりとシルに尋ねると、シルは特に気にした様子もなく、あっけらかんと答える。
「ここから王都まで四日。そっからクレジオルムまで二日ってとこじゃねぇか?」
「……は?」
思わず顔を下げ、シルを見る。
「嘘だろ……」
「めちゃくちゃ遠回りじゃねぇか……」
額に両手を当てる。
無駄に時間を食う。
「めんどくせぇ——」
俺が悲痛に仰ぐその横で——
シルはまったく別のものを見ていた。
今まさに席を立とうとしたカイルに、興味を引かれたらしい。
「おい」
シルが声をかける。
ピタリと——
カイルの身体が固まった。
まるで“ギクリ”という音が聞こえてきそうな反応を見せ、ゆっくりと振り向く。
「……何か?」
どこかぎこちない声。
シルは構わず続ける。
「アンタもクレジオルム行きか?ずっと足止め食らってんだろ?」
当然のように言い放つ。
さっきのカイルとダグたちとのやり取り。
それを見て、こいつが昨日今日訪れた客じゃないことは俺にもわかる。
この街に、ある程度滞在してる。そんな予想を立てての言葉だろう。
「……いや、僕は……足止めとかじゃなくて……」
言葉が途切れ途切れになり、視線も定まらない。
「その、なんて言うか……ここに来たくて来た?というか……」
しどろもどろな喋り。
聞いてるこっちが不安になるレベルだ。
「あぁ?」
「何て言った?」
シルがわざとらしく、少し乱暴に聞き返す。
その威圧的な態度に、ゴクリと唾を飲み込むと、そのまま——
ぎゅっと目を瞑る。
次に目を大きく見開くと、覚悟を決めたみたいに一気にまくし立てた。
「そのっ!僕はここへ研究しゅるために来ました!!」
——噛んだ。
一瞬、空気が止まる。
完全な静寂。
そして——
「ぶっ——ははははっ!!」
シルが盛大に吹いた。
腹を抱えて笑っている。
「あははっ……研究“しゅる”ってなんだよ……!」
「しかも···急に早口!っつ!ははは!」
容赦がない。
カイルは顔を真っ赤にして固まっている。
シルの笑い声につられて——
俺も喉の奥まで笑いがこみ上げてくる。
(……やばい)
だが、俺はぐっとそれを押し殺した。
「まぁーとりあえず座れよ」
シルはまだ笑いを引きずりながら、手で席を示す。
カイルは一瞬だけ戸惑ったあと——
力が抜けたように、ストンと椅子に座った。
「で?この街で研究って、なんの研究だ?」
シルがそのまま聞くと、カイルの視線が泳ぐ。
「その……」
言葉が詰まらせた後、小さな声で力なく答えた。
「魔法の……」
「「……魔法?」」
俺とシル、ほぼ同時だった。
二人して顔を見合わせる。お互いに頭の上に“?”が浮かんでる感覚。
「この街と、魔法の研究ってどう関係があるんだ?」
俺はそのまま率直に聞くと、カイルは少し上目遣いでこちらを見る。
迷いと緊張が混じった視線。
だが——
何かを決めたように、一度、深く呼吸する。
そして足元に置いていた大きなカバンを開き、中から一枚の大きな紙を取り出した。
それは——この街の地図だった。
それをテーブルの上に広げると、カイルは不安気に俺とシルの表情を交互に見る。
「この街の揺れは……“魔力の流れ”が起因している可能性があります」
その第一声は震えたいた。
地図に視線を落とすと、いくつもの印が丁寧に書き込まれている。
丸印の横に、それぞれに細かく日付のようなものも記されている。
「僕がこの街に来る前、そして来てから……大きな揺れを観測した地点です」
そう言うと震える指でなぞる。
そして——ピタリとその動きを止めた。
「さっきの揺れも……この辺りです」
この宿の位置であろう場所に、前に書かれた印に重ねるように新しく丸をつける。
カイルはそのまま、地図上の丸と丸を線で繋いでいく。迷いのない手つきだった。
最後の線を引いた瞬間。それは、はっきりと形を成した。
……五芒星、か
歪む事なく綺麗に描かれた星形。
たしかに、偶然にしては出来すぎている。
「この観測地点は……ズレることなく、決まった場所でのみ発生しています」
カイルの声が少しだけ強くなる。
「さらに……一週間ほど前から、その間隔が急激に短くなっているんです」
沈黙が落ちる。
「……つまり、どういうことだ?」
そう聞きながら、シルはポカンと口を開けて固まっている。
「不可解なことが起きてるのは分かったが···それと魔法、どう関係がある?」
俺もそのまま問いを重ねる。
カイルは喉を鳴らすように、ゴクリと唾を飲み込むと、再びカバンに手を入れる。
取り出したのは、一枚の小さな紙切れ。
それをゆっくりとテーブルの上に置いた。
俺はその紙に自然と視線を向ける。
(あぁ!なんだ、やっぱりこの世界にもあるんじゃん)
そう考えると同時に
「……これ、魔法陣だよな?」
思わず口に出していた。
シルは俺の横で、完全に置いていかれている顔をしている。
「……は?なんだそれ?」
話についていけない。そんな表情で眉間にシワを寄せてこっちを見た。
一方で——
カイルは俺の言葉に反応した。
「……まほうじん……」
小さく呟く。
そして次の瞬間、エメラルドグリーンの瞳がぱっと輝いた。
その瞳は、全てを肯定されたかのような喜びに満ちた眼差しで俺を見ていた。




