43話 荒廃した理由···
血の気が引いた青年が、震える膝を地面につき、そのまま深く頭を下げると、それに気づいたダグとリナがさらに動揺する。
俺の横を、シルが大袈裟に額に手を当てながら通り過ぎる。
すれ違いざま、小声でぼそりと呟いた。
「……やりすぎなんだよ」
(なんだよそれ!だったら指図するなよ)
シルはそのまま青年の腕を掴み、無理やり引っ張り上げると──
「大丈夫か?!なんかコイツ体調悪いみたいだな!大変だ、大変だ!早く休ませてやらないと!」
わざとらしく声を張り上げ、ダグの方へ向かって叫ぶ。
ダグはハッとしたように我に返り、すぐに青年のもとへ駆け寄った。
「大丈夫か!?」
その隙に、シルが青年の耳元で何かを囁くと、青年は小さく——コクリと頷いた。
「カイル、大丈夫か?」
ダグに連れられ食堂に入ると、カイルは大人しく椅子に座り押し黙っている。
どうやら、もう一人の客ってのは——こいつのことらしい。
リナがカイルの前に水を置く。
「はい、これ……」
そう言ってカイルの顔を覗き込む。
「大丈夫……?顔色が……」
心配そうに声をかけるが、カイルはまだ固まったまま動かない。
ふとリナの視線がこちらに向く。
一瞬だけ躊躇うようにしてから、口を開くと─
「あの……先ほどは、ありがとうございます」
何かを考えてるのがわかる。
そして——
「さっきの魔法は……一体……?」
不安と困惑が混じった声だった。
「何が起きたのか、私にはわからなくて……」
見たことのない魔法。
それが凄まじいものだということだけは理解している——そんな目だ。
そこには、わずかに警戒の色も浮かんでいる。
その空気を遮るように、シルが口を挟んだ。
「あー、それな」
軽く頭を掻きながら、ヘラっと笑う。
「アタシたちにもよくわかってねぇんだよ。それ調べるために、王都の魔法研究所に行く途中でさ」
いかにも適当な調子で言い切る。
その言葉を聞いた瞬間、前に座っていたカイルの肩が、ピクリと揺れたのがわかった。
あの時、カイルが顔を青ざめさせて震えてた理由。
俺の魔法が時間魔法だってことも、その規模も。そして今のシルの嘘も——全部わかってそうだな。
「……そうなんですね」
リナはというと、シルの言葉に少しだけ表情を緩め、安心したようだ。
そしてすぐに、申し訳なさそうに言葉を続ける。
「それにしても……たまたま来てくださったお客様に、こんなに宿を綺麗にしていただいて……」
「いいんだよ、そんなの!アタシは美味い飯が食えれば満足なんだ!」
「お前が直したわけじゃねぇだろ」
俺は呆れて口を挟む。
「感謝されてんのは俺だからな?」
「は?何イラついてんだよ」
とぼけた顔で返してくる。
言い合う俺たちを見てリナは少し微笑むと、ちびちびと水を飲んでいるカイルに視線を移し─
「カイル、体調はどう?少しは戻った?」
と改めて尋ねた。
しばらく沈黙したあと、カイルは小さく口を開く。
「……まぁ、少しだけ……よくなった気がする」
か細い声、顔はまだ真っ白だ。
その様子にリナは不安そうに眉を寄せる。
その時、厨房の奥からダグが姿を現した。
両手のトレーには、湯気の立つスープとサンドウィッチ、それにハムが乗っている。
「ほら、食べてくれ。これはサービスだ」
明るく言いながらテーブルに並べる。
「ルイにシルだったな?今日はすごい魔法を見せてもらったよ。宿も綺麗にしてもらって、感謝しかない」
そう言って笑う顔は、どこか吹っ切れたようだった。
そしてカイルの方を見る。
「カイルはちゃんと食べて、早く体調を戻すんだぞ」
いかにも、栄養が足りていないような細いカイルの体つき。その薄い肩を軽く叩いた。
シルは「やっぱ今日はツイてるわ」と言うと、さっさと食事に手を伸ばす。
それを横目に俺は軽く手を合わせる。
「いただきま─」
ふと視線を上げると、エメラルドグリーンの瞳と視線が交差する。
「……俺の顔に何かついてるか?」
軽い調子で問いかけると、金髪のキノコみたいな頭をぶんぶん振って否定した。
前にシルが言っていた話が頭をよぎる。
公爵家の人間か?——とかなんとか。
(こいつも、そう勘違いしてるかもな)
まぁ、わざわざ今ここで、訂正する理由もない。
「じゃあ食おうぜ」
そう言うと、カイルは戸惑いながらスプーンを手に取り、スープを口に運ぶ。
俺もそれに続いた。
一口飲んだ瞬間——思わず息が止まる。
(……うまいな)
昼のナポリタンもそうだったが、このスープも異様に美味い。
特別な材料を使ってるわけじゃない。どう見ても普通のコンソメスープだ。
それなのに——
ダグの出す料理は、どれもこれも妙に完成度が高い。
ふと視線を上げると、ダグとリナが少し嬉しそうにこちらを見ていた。
そのタイミングで、シルが口を開く。
「なぁ、なんでこの街こんなことになってんだ?」
スプーンを持ったまま、真っ直ぐダグを見ている。
「少なくとも五年前は栄えてたはずだ。たった五年でここまで廃れるって、何があったんだよ」
ダグは少し考えるように視線を落とすと
「鉱石の枯渇……それもあるが——」
言いかけた、その瞬間。
ドンッ——!!
建物全体が大きく揺れた。
食器がガタガタと音を立て、ランタンが揺れる。
「なんだ!?」
シルが慌てて床にしゃがみ込み、頭を抱えると同時にカイルも同じように身をかがめた。
俺はテーブルに手をつきながら、揺れの強さを測る。
(……震度5弱ってとこか?けっこう揺れてるな)
揺れが収まると、シルがテーブルの下から顔を覗かせる。
「な、なんだよ今の!?ドラゴンが攻撃してきたのか!?」
「ドラゴンなんていんのか?」
思わずそっちに食いつく。
「なんでそんな冷静なんだよ!アホ!!」
シルが叫ぶ中、ダグがカウンターの奥から顔を出した。
こっちは慣れてるらしい。
「……原因は、これだ」
低く言う。
「は?どういうことだよ」
シルはテーブルから覗かせた顔をしかめて尋ねると、ダグはゆっくりと口を開いた。
「鉱石が完全に枯渇した……一年ほど前からだ。この街は、こんな揺れに襲われるようになった」
「今みたいに大きいのが、日に多い時で三回。最近は、揺れの間隔も短くなってきている」
静かな声だった。
「ここにはもう住めないと判断して、多くの住人が街を出ていった。……領主は早い段階で匙を投げて、王都で生活してるよ」
そう言うと、呆れたように笑う。
「今は、有志の憲兵と領主の側近が領主代行として街を管理してるが···治安も悪化してる」
「この街に残ってるのは、昔からこの土地で生きてきた奴や、行くあても金もない連中だけだ。いずれ揺れも落ち着くだろうと希望を持ってる···」
ダグは一度言葉を切る。
「だが、それも虚しく。ついこの前、旧坑道に山崩れの可能性があるって、山側の住人には避難勧告が出た」
「今は、街の中央にある宿屋一帯に集まってる」
「……この宿は?」
俺が聞くと、ダグは小さく頷いた。
「鉱山から距離がある。だから比較的安全だと判断された」
「じゃあさ」
シルは完全に揺れが収まったのを確認するように立ち上がると、ダグとリナに疑問をぶつける。
「ここ安全なんだろ?飯も美味いし」
ちらっと周囲を見る。
「なんで誰も来ねぇんだよ」
ダグは、少しだけ黙り込む。
そして——
「……俺たち一家は」
ゆっくりと顔を上げる。
「この街じゃ、“嘘つき一家”で有名なんだ」
その言葉に、空気が止まる。
シルも口を閉じた。
カイルも、初めて聞いた話なのか、どう反応していいのかわからない様子で固まっている。
——その時。
バンッ!!
宿屋の扉が、けたたましい音を立てて開く。
全員の視線が、一斉にそちらへ向いた。




