41話 鉱山の街アイアンバレーの衰退···
馬車はやがて速度を落とし、軋む音とともにゆっくりと止まった。
視線を上げると、大きな灰色の門がそびえ立っていた。その背後には岩肌の剥き出しになった小山が連なり、街を囲む天然の外壁と化している。
(……着いたか)
「一旦降りてくれ!荷物確認だ!」
御者の声に従い、俺とシルは荷台から降りた。
足元の地面は乾き、細かい砂が風に流れていく。
ベルクハイムの門とは違う。あの時のような賑やかさはなく、妙に静かだった。出入りする人影もまばらで、しかも目につくのは外へ出ていく連中ばかりだ。
街の気配に違和感を覚える横で、憲兵が御者に声をかけた。
「今日もご苦労さんだな」
「助かってるよ、いつもな」
顔なじみらしく、軽く言葉を交わしながら荷台へ目を向ける。
「今回も物資か?」
「ああ、頼まれてた分だ」
どうやら積み荷は商売というより補給に近い扱いらしい。
憲兵は頷くと、次にこちらへ視線を向けた。
「……腕、見せろ」
短く言われ、俺とシルは無言で腕を出す。
じっと見られたあと——
「……今この街に来るもの好きがいるとはな」
ぼそりと呟かれる。
意味深な一言に、俺とシルは顔を見合わせた。
だがそれ以上は何も言われず、
「通っていい」
あっさりと入街を許される。
歩き出して門を潜ると、後ろから御者が声をかけてきた。
「おい、二人とも。明日、この街からベルクハイムに戻る」
軽く顎で門の外を指す。
「必要なら声かけな。席は融通してやる——金回りのいい客は歓迎だ」
ニヤリと笑い、手を上げて去っていった。
(今到着したばかりだ。明日?そんなすぐに戻るわけないだろ?何言ってんだよ)
首を傾げて、そのまま歩き出した。
しかし、かけられた言葉の違和感、門の前で感じた違和感がはっきりと形になる。
通りは広く、石畳も整っている——なのに人がいない。
店は並んでいるがほとんどが閉まり、開いている店にも客の姿はない。歩く人間もぽつぽつといるだけだ。
「嘘だろ……ゴーストタウンじゃねぇか」
シルが小さく呟く。
「何か知ってるか?」
「……五年前に来たことがある」
シルは歩きながら答えた。
「この街は鉱山に囲まれた都市だ。周りの山にいくつも坑道があって、朝から晩まで採掘してた」
少しだけ懐かしむように目を細める。
「当時はな、鍛冶場の音や鉱石を砕く音、荷車の音に叫び声と笑い声が混ざって、とにかく騒がしかった」
「商人も多くて、クレジオルム行きの馬車が並んで通りは詰まりっぱなし。酒場なんか昼から満席だ」
そのまま静まり返った通りを見渡す。
「金はあるし使う場所もある、典型的な稼げる街だった」
そして小さく吐き捨てる。
「……それが、今じゃこの有様だ」
「ただ、五年前に既に噂はあった。掘れる鉱脈が、もう残り少ないってな」
視線を戻す。
「ここまで見りゃ答えは簡単だ。掘り尽くして資源が枯れた」
そう言い切るが、すぐに首を横に振る。
「……にしても、五年でここまでなるか普通」
明らかに納得していない。
「仮に資源が減っても、ここまで一気に廃れるのはおかしい。坑道は観光に回せるし、職人の腕があれば持ち込まれた鉱石の加工で食っていける」
「旅人に金を落とさせる手段なんていくらでもあるはずだ」
(それなのに——この静けさか)
「……何か、別の原因があるな」
シルはそう言うと、腕を組んだ。
次に軽い調子で
「ま、とりあえず適当に宿を見つけるか」
そう言うと、その場で立ち止まり、軽く目を閉じて鼻で息を吸った。
俺はその様子を横目に、閉まった店と人気のない通りを見渡す。
「こんな廃れた街で宿屋なんかあるのか?」
空き家でも探した方が早そうに思えたが——シルがぴくりと反応し、目を開けて周囲を見回すと、ある一点で止まる。
「……あっちか」
迷いなく歩き出す。
入り組んだ路地に入っても足取りは一切迷わず、まるで土地勘があるかのようにスイスイ進んでいく。
「わかるのか?」
横に並んで聞くと、シルは軽く笑った。
「空気に流れがあんだよ。ツイてる方向にだけ細く伸びてる。それを辿ってるだけだ。“幸運のシッポ”ってやつな」
(……結局、勘じゃねぇか)
内心で呟きながら後を追うが、進むほどに景色は荒んでいく。
割れた窓、壊れた扉、荒れた壁。人の気配はあるが、誰も顔を出さない。
「……本当にこっちか?」
「間違いねぇよ」
振り返りもせずに言うシルの背中を追い、角を曲がった瞬間——
「どいて!!」
正面から少女が飛び込んできた。とっさに両腕を前に伸ばす少女、避ける暇もなく——
ドンッ!
「っ……!」
まともにぶつかり、地面に転がる。背中に鈍い衝撃が走った。
「いってぇ……」
顔をしかめながら腕をつき、上半身を起こすと服についた土埃を払った。
目の前には、両腕を伸ばしたまま立ちすくむ、くすんだ緑色の髪の少女。
背中には大きなリュック、身体には工具のようなものが巻き付けられている。
その少女の横で、シルが一歩外れた位置で涼しい顔をしていた。
「子供に突き飛ばされるとか···ダセェ···」
クククっと笑うシルを睨みつけ、俺は立ち上がりながら緑の少女へ視線を向ける。
言い訳じゃないが、あの衝撃···とても子供の力とは思えない。
(ステータス·オー···)
そう言いかけた瞬間─
通りの奥から三人組の男がゆっくり歩いてきているのが目に入った。
足取りはだらけているが、視線は粘つくように絡みつき、口元には下卑た笑みが浮かんでいる。
「おい、ノル。急に逃げるなんて失礼だろ?」
「今日も探鉱か?」
「大嘘つきの孫は、まだ夢見てやがるぜ」
三人であざけ笑う。
緑の少女は、悔しそうに歯を食いしばるだけで何も言い返さない。やがて男たちの興味は俺たちへ向く。
「……見ねぇ顔だな。この裏路地はな——通行料がかかるんだよ。一人、銀貨二枚」
「は?」
シルが即座に睨み返し、空気が張り詰める。
その隙に緑の少女は俺たちの横をすり抜け、そのまま路地の奥へ走り去った。
俺は小さく息を吐き、懐から小袋を取り出して銀貨を四枚抜き、そのまま無造作に放る。
「ほら」
投げられた硬貨をキャッチし手の中の銀貨を確認すると。男は一瞬目を細め、それからニヤリと笑った。
「話が早ぇな」
道が開く。俺はそのまま歩き出すと、横に並んだシルが不満そうに睨んできた。
「……なんで渡すんだよ」
「揉めるより早いだろ」
そう返すと、シルは一瞬だけ黙る。
損した事に納得できない。そんな表情を見せたシルに俺は言い返す。
「そもそも、お前のせいだろ」
「は?」
「変な路地に連れてきたのは、お前だ」
「ツイてる方向だっつってんだろ!」
「ここまで当てにならないと本当に能力があるのか疑わしくなるぜ」
言い合いながら歩く。その時——
バシャッ!
横からいきなり水が飛んできた。
「っぶ!?」
まともに被る。俺だけ。
ポタポタと水滴が全身から滴るなか、シルの方を睨み
「これのどこが····ツイてるって?」
と低く言うと
「ははははっ、文句言った天罰だな!」
シルが横で大笑いする。
「こんな面白いもん見れるなんて、やっぱアタシの能力冴えてるわ!」
完全に楽しんでやがる。
「クッソ···」
手で服の水を払っていると
水をかけた人物が、慌ててこちらに駆け寄ってきた。
「す、すみません!人が来ると思わなくて……!」
女性が布を手に拭こうとしてくるが、俺はそれを手で制する。
「いい、先を急いでる」
そう言うと、シルが俺の肩に腕を乗せてきた。
「先って、どこ行くんだよ?」
(は···?)
くくっと笑いながら顎で前をしゃくる。俺はその方向へ視線を向けた。
——女性の背後。古びた建物。だが看板だけはしっかり残っている。
『宿屋ザンク』
シルがニヤリと笑う。
「な?宿屋あっただろ」




