40話 魔水晶とステータス···
相乗り馬車の中は、思っていたよりも賑やかだった。
八人乗りの荷台は一見ゆとりがあるが、実際には荷物が積み込まれていて、思った以上に窮屈だ。
膝と膝が触れそうな距離で、行商人や旅人らしき連中が思い思いに話している。
干し肉を齧る音、革袋の水を飲む音、どうでもいい世間話——そんなものが混ざり合い、妙に生活感のある空間になっていた。
さっきまでのしおらしさは見る影もなく、シルは隣に座りながら露骨に不満そうな顔をしていた。
「……急に来ることになったとはいえ、アタシ何の準備もしてねぇんだけど」
ぼそっと吐き捨てるように言う。
「食料なら増やせるし問題ないだろ」
軽く返すと、シルは眉をひそめた。
「それだけじゃねぇっての」
視線を下げると、自分のブーツや外装を軽く叩く。革は擦り切れ、縫い目もいくつかほつれている。
「……これで長距離はキツいんだよ」
「それなら—」
そう言って、軽い調子で手をかざす。
次の瞬間——
くたびれていた装備は、まるで最初からそうであったかのように、綺麗な新品へと変わっていた。
革は艶を取り戻し、金具は鈍く光る。ほつれは消え、傷跡すら残っていない。
「これなら文句ないだろ?」
シルは一瞬言葉を失う。
それから小さく舌打ちした。
「……ほんと、むかつく能力だな」
そう言いながらも、足を軽く動かして確かめる仕草はどこか満足げだった。踏みしめるたびに、感触を確かめるように何度か地面を叩く。
——その時。
ふと違和感に気づく。
さっきまで聞こえていた雑多な音が、消えていた。
気づけば、馬車の中が静まり返っている。
全員の視線が、こちらに集まっていた。
一人の男が、ゆっくりと口を開く。
「……今の、何の能力だ?」
俺が答えようとした瞬間——
横から、シルの手が口を塞いだ。
その行動で、俺はベルクハイムの詰所での光景を思い出す。
時間魔法。
あの言葉一つで、空気が変わる。
さっきまでの和やかな雰囲気なんて、一瞬で吹き飛ぶ。
シルはそのまま、何食わぬ顔で周囲に向き直った。
「“リビルド”」
聞き慣れない言葉に、周囲が揃って首を傾げる。
シルは間を置かずに続ける。
「ベルクハイムのギルドで、魔水晶の鑑定にそう出たんだよ。職員もよくわからなくてな」
そのまま、肩の位置まで両手を上げた。
「アタシたちもよく分からない。だから、詳しく調べるために魔法研究所に行くことを薦められたってわけだ」
すらすらと嘘が並ぶ。
だが、不思議とそれらしく聞こえるのか——
「……なるほどな、未発見の能力かもな」
誰かが納得したように頷いた。
張り詰めていた空気が、ふっと緩む。
「にしても、便利だな」
別の男が感心したように呟く。
その流れで、他の連中も自分の能力を口にし始めた。
「俺はな、荷物背負っても軽く感じるんだ」
「俺は足が疲れにくい。長距離には助かるぞ」
どれも、地味だが実用的な能力ばかりだ。
「私はちょっとした怪我ならすぐ治せるのよ」
おぉ···治癒師なのか?と一瞬ざわめきが広がるが、女性は慌てて否定。
かすり傷を治す程度だという。
旅人や商人なら、あれば確かに助かる——その程度。
俺は何も言わず、シルを見る。
シルはそ知らぬ顔で前を向いていた。
それから——
一つ、二つと村が通り過ぎていく。
途中の中継地点で馬車は一度止まり、軽く休憩を挟んだあと、再び走り出した。
さらに進むと、少し大きめの街に辿り着く。
そこで何人かが馬車を降り、それぞれの行き先へと散っていった。
俺たちはその街で一夜を明かし——
翌朝。
まだ日が昇りきる前から、再び馬車は動き出す。
降りた客の代わりに、新しく乗り込んでくる連中もいた。
荷台の空気はまた少し変わる。
その中の一人が、どこから取り出したのか楽器を鳴らし始めた。
軽快な音に合わせて、別の奴が歌い出す。
最初はまばらだったが——
やがて手拍子が混ざり、笑い声が広がる。
疲れた空気が、少しだけ軽くなる。
見知らぬ連中同士が、同じ時間を共有する。
馬車の中は、いつの間にかひとつの小さな宴みたいになっていた。
景色はゆっくりと移り変わっていく。
なだらかだった大地は起伏を増し、遠くの山は岩肌を多く見せるようになっていた。
空気も変わる。
乾いて、少しだけ冷たい。
——ベルクハイムを出発してから五日。
気づけば、馬車に残っているのは俺とシルの二人だけだった。
その代わりに、荷台には積み荷が増えている。
途中の街や中継地点で積み込まれた荷物が積み上がり、ほとんど荷馬車みたいな状態だ。
「完全に運び屋だな、これ」
俺が適当に言うと、シルは外を見たまま答える。
「短い距離なら、人より荷物のほうが金になるからな」
その言い方は、妙に現実的だった。
そのまま、ふと思い出したように口を開く。
「そういや、魔水晶ってやつ……ギルドにあるって言ってたな。それも魔道具なんだろ?」
「ああ」
シルは短く答える。
「登録のときに使うやつだ。手を乗せりゃ手形の写しが水晶に出る。それをそのまま登録して、番号振られて、番号タグ受け取って終わり」
「名前は出ないのか?」
「自己申告だな。その時に一緒に登録する」
チラリと視線を俺に向ける。
「そのまま国にも回る。だから手形で管理されるってわけだ。身元を出すってことは信用にも繋がる。だから仕事も回りやすい」
「能力は?」
「魔水晶の魔力と、手を当てた奴に魔力がある時だけ反応して、写し出される」
(スキルがあるかどうかも判定できる魔道具か)
「ステータス見れるのと似たようなもんだな」
俺が簡単に言うと
「は?」
シルは不機嫌そうに眉をひそめた。
「全然ちげぇよ」
「ただの“写し”だ。能力の名前が出るだけ。それ以上は何もわからねぇ」
一瞬だけ、こっちを見る。
「能力で何ができるとか、寿命がどうとか……死期だとか、本人がわからない事まで分かる魔道具があったら——」
口元が歪む。
「"化け物"魔道具って呼ばれてるんじゃねぇか」
その視線は、明らかに俺に向いていた。
(つまり、それができる俺は化け物だと言いたいんだなコイツ)
俺はその視線を無視して、荷台の隅に寄りながら、外を見る。
岩だらけの景色の向こうに、細く続く道。
その先に——
「……アイアンバレー、か」
(どんな街だ?)
馬車は軋む音を立てながら、ゆっくりとその街へ向かっていた。




