39話 シルの過去とレイグの頼み···
「ほら、ぼさっとすんな。時間ねぇぞ」
シルに言われるがまま街の中を連れ回される。装備屋、露店、細い路地の奥——シルは迷うことなく店を選び、手際よく品を見て回った。
「新品なんざいらねぇ。こういうのが一番いい」
そう言って手に取るのは、使い込まれてはいるが質のいい中古品だ。傷や歪みを確かめ、必要なものだけを選び抜く。
「それ、魔法で戻せるだろ」
そう言われて軽く頷き、触れた装備に意識を向ける。摩耗した部分が巻き戻るように整い、傷が消え、歪みが正されていく——あっという間に新品同様へと変わった。
「ほんっと……詐欺みてぇだな」
呆れたように鼻で笑われた。
(詐欺師に詐欺って言われるとか)
なんとも言えない気持ちになる。
だが、実際そう思えるくらい便利だ。
気づけば最低限の装備は一通り揃っていたが、シルは足を止めない。携帯食や水など長旅に必要なものを次々と買い揃えていく。
「予備の着替えは——」
俺は店頭に並ぶ古着に目をやりつつそんな言葉を口にすると即座に
「いらねぇ」
と、視線も向けずに言い放たれる。
「アンタの能力があればどうにでもなるだろ」
「まぁ···そうだな」
シルのおかげで店選びに迷うこともなく、見立ても正確で——あれよあれよという間に準備は整っていった。
その足で憲兵の詰所へ向かい、自転車を回収する。ヴァルクの姿はなかったが、対応した憲兵たちは丁寧だった。
無駄な確認もなく、自転車はすぐに返却された。
俺はそのままボブの店へ行き、自転車を預けることにした。
「もしオレオが来たら、これを渡してくれ」
そう頼むと、ボブは俺がこの街を発つことがわかったらしい。
頼みを快く引き受けてくれた。
店内には改良された自転車が何台も並び、その形はかなり出来上がっていた。
「お前さんには感謝しかねぇ……まぁ、アレはまだまだだがな」
親指で自転車の方を指すと、どこか満足気な表情を見せた。
「達者でな」
ふっと強面の顔が緩む。
「あぁ、ボブも元気でな」
俺たちは短く言葉を交わし、別れの挨拶を済ませた。
これで準備はすべて整ったな。
───
その夜、俺は何やら神妙な面持ちのレイグに呼び出された。
夕食後、シルは「疲れた」とだけ言って、さっさと自分の部屋に戻っていった。
それを見計らったかのように、声がかかった。
店内には俺とレイグ、二人きり。
夕食の時までの軽い空気とはどこか違う。レイグは真剣な表情で俺の前に座っていた。
「……お前に頼みがある」
「···頼み?」
「あいつを——シルバーを、一緒に連れてってやってくれ」
「は?!」
突拍子もない頼みに、勢いよく反応してしまった。
「なんでだよ?」
「連れてくとか、連れていかないとか、そんなの本人の意志も聞かないで勝手に決められる話じゃないだろ」
そんな疑問は無視され、レイグは構わず続けた。
「あいつには才能がある。夢もな。だが、この街にいたままじゃ、その両方とも潰れる」
淡々とした口調だったが、言葉には重みがある。
「人生なんてそんなもんだって、あいつ自身はとっくに諦めてた。……けどな」
レイグはふっと口元を緩め笑う。
「お前と、あのチビに出会って——あいつ、希望ってやつを思い出しちまったんだろうな」
ほんの少しだけ柔らかな視線になったのがわかった。
「えらく楽しそうでよ。もう一度、自分の人生を取り戻したいって顔してやがる」
「あいつの目を見てりゃわかる。付き合いはそこそこ長いからな」
「キッカケさえありゃ、自分の気持ちに気づくはずだ」
そして、すぐにいつもの鋭い眼光に戻る。
「シルバーには罪人の焼印が二つある」
「あれは─俺がシルバーを拾う前からあったもんだ」
「その時、あいつはまだ16やそこらだった」
(拾ったって、乳児とか幼児でもないのに)
「あんたが面倒みてきたって事だろ?16歳なら一人でも生きてけるんじゃないか?」
その問いに、ふっと力無く笑い即座に答える。
「"普通"に生きてきた奴ならな?だが、あいつは違った。とてもじゃないが一人で生きていけるような状況じゃなかった」
「シルバーの過去を俺の口から話す事はできねぇ──だが、信じてくれ」
「あいつは自ら望んで悪いことをした事なんか一度もない」
真っ直ぐ向けられた目に迷いはない。
「だから、頼む。あいつを··シルバーを連れて行ってやってくれ」
そのまま深く頭を下げた。
厄介払いじゃない。レイグのその態度からは、我が子のために何が最善なのかを考え、頭を下げる親心のようなものを感じる。
(焼印について、レイグの話に嘘は無さそうだ)
シルの性格には問題があるが、この世界の常識を知ってる奴が近くにいるのは俺にとっても都合がいい。
それに、あいつは頭の回転も早い。
本人が納得するなら——悪い話じゃない。
「どうするかはあいつ自身が決めることだ。だから約束はできない」
「が……まぁ、声をかけるくらいならしてやる」
その言葉に、レイグはわずかに表情を緩め
「それで十分だ」
そう言うと、懐から袋を取り出し、そのままこちらへ差し出してくる。
「これは報酬だ」
「旅の資金にしてくれ」
そう言い残して、レイグはそのまま部屋へと戻っていく。
残されたのは、静かな店内と─
手の中の、ずしりと重い袋だけだった。
───
翌朝。
まだだいぶ早い時間だというのに、正門の外はすでに賑わっていた。行商人の荷馬車や相乗り馬車が並び、怒鳴り声や呼び込みが飛び交っている。
「アイアンバレー行きー!」
御者の張り上げる声が響く中、俺とシルは馬車から少し離れた場所に立っていた。
レイグは一人、御者のところへ行き、相乗りの交渉をまとめている。
シルは隣で露骨に面倒そうな顔をしていたが、ふと俺と目が合うとニヤリと笑った。
「相乗り馬車の交渉もできねぇで、この先やってけんのかよ」
「うるせぇな」
素っ気なく返すと、シルはケラケラと笑い出す。
「これで世話のやける死神ともオサラバできて、せいせいしたわ」
「アイアンバレー行き! 乗り込んでくれ!」
御者の声が飛ぶ。
シルがこちらに二本指を立てる。
「貸し、二つ。忘れんなよ!」
俺は何も言わず、シルをじっと見つめる。
「……なんだよ」
そのまま一歩近づき、シルの指を掴んだ。
「は?」
離さずに、そのまま言う。
「十二年……それまでに、俺がこの街に戻ると本気で思ってんのか?」
シルの眉がわずかに動く。
「貸し、きっちり返してほしいんだろ?」
「それなら俺についてくるしかないと思うぞ」
「それが嫌なら今回の貸し借りは無しにしてくれ」
動揺しているのか、瞳が揺れているのがはっきりわかる。
「……それとも、貸しを返して欲しくなった時、お前が俺を探しに来るのか?」
「ふざけんな! ちゃんとアンタが返しに来いよ!」
「無理だな。わざわざここまで来るメリットが俺にはない」
軽く鼻で笑う。
「ほんと性格わりぃな! 人間性疑うわ!」
「詐欺師に言われたくねぇよ」
「そんなの急に言われても——レイグだって納得しねぇし」
そこへ——
「別に、俺は困らねぇぞ」
交渉を終えたレイグが戻ってきて、あっさり言った。
シルの表情が固まると、レイグは小さく息を吐く。
「人生なんてのはな、上手くいかない事の方が多いんだ」
「傷つき悩んだ時間が長い奴程、特大の褒美が最後に待ってるだよ」
「ハイリスクハイリターンってやつだ」
そう言うと不適に笑う。
「それを味わう日まで─」
「人生を諦めんな」
静かに伝えられたその言葉は、喧騒の中にいるとは思えないほど、はっきりと耳に残った。
シルは歯を食いしばり俯く。
「……アタシなんか連れてったら、どこの街でも警戒される。そのうち厄介な事に巻き込まれる羽目になるかもしれないんだぞ!」
「そうだな」
同意したレイグの目が鋭く俺に向けられた。
「だからこの男じゃなきゃダメなんだよ」
「村ごと変えちまう─どれだけの人間が救われた?考えてみろ。そんなことできる奴がこの先現れると思うか?」
レイグは首を横に振った。
(何だ?すげぇ評価されてるみたいだな)
シルは視線を上げると不安気に尋ねる。
「迷惑って思わないのか?」
その態度にため息をつくと、俺はシルの腕を持ち上げ袖を捲る。
そこに刻まれているのは二つの焼印。
「……確かにこれがあると迷惑だな」
(こいつを連れてくなら、この焼印は俺の足枷にもなるからな)
そのまま手をかざすと、シルの腕にある爛れた痕がゆっくりと消えていく。
喧騒の中、その光景には誰も気づかない。ただレイグだけが目を見開く。
ほんの一瞬の出来事。
シルは何度も確かめるように、自分の腕を撫でる。
言葉はない。が、その瞳がじわりと滲む。
(罪人の焼印。三つで死罪だっけか?16でそんな足枷を嵌めてたら、そりゃ夢も希望も捨てるしかないよな)
「とりあえず、これで貸し一つ返したからな!」
俺が軽い調子で言うと、ほぼ同時に
「アイアンバレー行き! 間もなく出るぞ!」
御者の声が響く。
シルはゆっくりとレイグを見る。
レイグは何も言わず、一度だけ頷いた。
「っ……仕方ねぇな。無知のルイに一人旅は無理だ!付き合ってやるよ」
そのまま馬車へ向かい、走りながら叫ぶ。
「おい! その馬車、アタシも乗る!」
御者が困った顔をする。
「もうあんたら二人分の席はあるよ」
その言葉にシルが振り返りレイグを見て睨んだ─が、すぐに小さく笑った。
「……これでいいのか?」
俺はレイグに最後に聞いた。
「···ああ、完璧だ」
「——あいつを頼むな」
俺はわざとらしく渋い顔をしてみせる。
それを見てレイグが笑い、つられて俺も少し笑った。
「早く来いって!」
馬車の上からシルが手招きする。
軽く息を吐き、俺も走って馬車へ向かうとそのまま乗り込む。
それと同時にガタン、と音を立てて馬車が動き出した。
「レイグ!」
シルが身を乗り出して叫ぶ。
「アタシが戻るまで、死ぬんじゃねぇぞ! 絶対、絶対!贅沢な暮らしさせてやるからな!」
レイグは片手を上げるだけで何も言わず、そのまま遠ざかっていく馬車を見送る。
その姿が小さくなり、やがて見えなくなった。
それでもシルは、霞んでいくベルクハイムの街を——いつまでも見つめていた。




