38話 目指す場所···
─前回までのあらすじ─
異世界に落とされた死ねないルイは、最初に訪れた貧乏な村で一人の貧しい少年オレオと出会い、99999年の寿命をコツコツと削りながら「時間操作魔法」について調べることを決意する。成り行きで、不治の病を患っていたオレオの母エレナを救うことに成功したルイは、さらにこの世界の常識をはるかに超えた能力で、村のあり方そのものを変えてしまった。オレオとエレナに深く感謝され、村人たちからは神様と勘違いされながら、ベルクハイムから同行していた詐欺師のシルとともにラドゥナ村を後にした。
─前回までのあらすじ─
異世界に落とされた死ねないルイは、最初に訪れた貧乏な村で一人の貧しい少年オレオと出会い、99999年の寿命をコツコツと削りながら「時間操作魔法」について調べることを決意する。成り行きで、不治の病を患っていたオレオの母エレナを救うことに成功したルイは、さらにこの世界の常識をはるかに超えた能力で、村のあり方そのものを変えてしまった。オレオとエレナに深く感謝され、村人たちからは神様と勘違いされながら、ベルクハイムから同行していた詐欺師のシルとともにラドゥナ村を後にした。
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荷馬車は、一定のリズムで揺れる。
乾いた道を進みながら、シルがちらりとこっちを見た。
「で、ベルクハイム行ったら——どうすんだ?」
荷台の後ろで足をぶらつかせパンをかじりながら、聞いてくる。
「情報収集」
「情報? 自分がどこの誰か調べんのか?」
「いや、それはどうでもいい。知りたいのは——俺の能力についてだ」
「何ができるのか、どこまでできるのか。それと——どうすれば、もっと寿命が削れるのか」
その答えにシルは咀嚼していた口を止めて、パンを無理やり飲み込んだ。
「……本気で言ってんのか?」
「ああ」
シルの顔を見ながら、あっさり頷く。
「時間魔法が希少なのは俺も理解した。でも、それだけしかわからない」
シルのブルーの瞳に自分が小さく映る。
「……アンタのこと見てると、死にたがってるようにしか見えねぇんだけど?」
「その通りだ。だから削ってる」
その言葉に、シルは乾いた笑いで応じた。
「なんでそこまで生き急ぐんだよ」
「言っただろ。寿命、九万年あるって」
僅かに目が見開かれる。
「……あれ、本当だったのか?」
「自分のステータスを見てるからな。それに嘘つく意味もない」
「……···どうりで死なねぇわけだ」
少し間を置いて——
「で、どれくらい削った?」
「結構やってただろ」
俺は視線を落とし、ステータスを確認する。
TM:99158 / 99999
「ざっと——八百年くらいだな」
「削ったの」
シルは数秒固まってから、ゆっくり口を開く。
「……八百年って、おい。さすがに笑えねぇぞ」
(実際に自分の身に起こったら、乾いた笑いしかでなくなるんだよなぁ)
淡々と返す俺を見て額に手を当てる。
「それでもまだ何万年も寿命が残ってるってことだろ?……とんでもねぇな……」
そしてゆっくりと顔を上げると、いつになく真剣な表情を見せた。
「なぁ。その能力——貴族になれるぞ。ただの貴族じゃねぇ。三大公爵家に並ぶ……いや、それ以上かもしれねぇ」
「寿命の制限がないに等しい時間魔法だぞ? そんなもん扱えるやつ、国が放っとくわけねぇ。富も待遇も爵位も——全部手に入る。アンタの子孫もまとめて……勝ち組だろ」
「……はは」
夢物語を語るように話すシルを見て小さく笑いが漏れる。
「何がおかしい」
「いや——今の話聞いて貴族なんて絶対になりたくねぇなぁと思ってな」
シルの眉間にシワが寄り、片方の眉毛を釣り上げると理解に苦しむ表情を見せた。
「万が一爵位や富なんて与えられた日には、国王の許可がなきゃ能力使えなさそうだし」
「俺はさっさと死にたいんだよ。なのに制限かけられて、使うなって言われたら——意味ねぇだろ」
シルは言葉を失う。
「子孫を残す気もないし、死んだら金も権力も意味ないし」
そう言って少しだけ笑う。
(俺には全部いらないもんだな)
しばらくして——荷馬車はベルクハイムの門へと辿り着いた。
門の前には列ができており、順番待ちの馬車が並んでいる。やがて自分たちの番が来ると、商人は慣れた様子で荷台の中身を申告し始めた。
─────
「ラドゥナ村からです。農具に、布、それと——……ワイン、です」
私のその言葉を聞くと、憲兵の目つきが変わるのがわかった。ゆっくりと荷台へ視線が向けられ、空気が一段張り詰めた。
背中に嫌な汗がじわりと広がるのがわかった。
その時、一人の憲兵の視線が荷台の奥に座る二人を捉えた。ラドゥナ村から乗せたアイツらだ。
一瞬の沈黙の後すぐ、低い声で隣の憲兵を呼びつける。
「おい、あれって···」
ただ事じゃない空気に、最悪の想像がよぎる。
(お尋ね者……!? まさか、このワインも盗品だったのか……!?)
私は自分の顔から一気に血の気が引くのがわかった。
(無関係だって言わなければ……!)
焦りのまま口が先に動く。
「ち、違うんです! 私は関係ありません! こいつらはラドゥナ村で拾って、ここまで乗せてきただけで……ワインも、その……盗品とは知らず——」
言い終わる前に空気が凍る。憲兵の顔から、私と同じくらい···いや、それ以上に血の気が引いていくのがわかった。
「無礼者ッ!! 今すぐその口を閉じろ!」
鋭い怒声に、思わず口をつぐむ。
何が起きているのか分からない。
だが明らかにおかしい。本来なら行われるはずの焼印の確認も荷物の検査も、一切ない。
「……通れ」
短くそれだけ告げられる。
荷馬車が動き出す——その瞬間。憲兵たちは言葉を発することなく、静かに、しかし明らかに丁寧すぎる動作で荷台に向けて敬礼した。
(……は?)
(……なんだ、今のは)
手綱を握る手が震える。さっきの憲兵の反応は、警戒ではない。目の前で粗相する事を恐れるような···、怯えているような···。
ふと、道中で後ろにいた二人の様子を思い出す。
荷馬車の音でよく聞こえなかったが、何やら真面目な話をしていた。
特段仲がいいようにも見えないし、夫婦や恋人とも違う。どちらかが付き添っているだけに思える。
——憲兵のあの態度、あの空気。
(まさか……貴族……?)
そう考えた瞬間、首がヒヤリと冷たくなり思わず手で喉元を抑えていた。
そんな考えを否定するように首を横にふる。
(違う。村人達はずいぶん気楽に接しているように見えた····貴族のわけがない。そうだ。考えるのを止めよう)
⸻
商人は、店へと到着すると荷を下ろし、買い取った分の金を用意して震える手で差し出してきた。
「ちょろまかしてねぇだろうな?」
シルの一言に、びくりと肩が跳ねる。
「め、滅相もございません!」
必死に否定するが、なぜか目は合わない。視線を逸らしたままだ。
俺はそれを受け取り中身を確認することもしなかった。
この商人の不自然な態度は、悪巧みをしているというより怯えているように見える。
(門で憲兵に怒鳴られて、警戒されたか?)
気まずいのですぐに店を出た。
少し歩いたところで、俺は受け取った袋から硬貨を数枚だけ抜き取り、残りをそのままシルに渡した。
シルが固まる。手渡された袋の重みを確かめるように持ち上げ、俺を見る。
「お前にやるよ」
あっさり言うと、袋と俺を交互に見た。
たぶん、かなりの額だ。
「おい……いや、ちょっと待て。アンタはそんだけ?寝る場所は? 飯はどうすんだ?」
自然とそんな言葉が出てくる。
「あー、まぁどうにでもなるだろ」
俺の適当な返しに、頬を膨らませると俺の腕を掴む。
「……ほんっと調子狂うな!」
「来い」
そのまま引っ張られた。
⸻
連れてこられたのはレイグの店だった。昼時だというのに客はいない。
扉を開けると、カウンターの奥でレイグが鋭い目でこちらを見る——が、すぐにふっと力を抜いた。
「帰ったか」
そして次に俺を見た。
「お前のせいで商売あがったりだ」
その言葉に俺が眉をひそめると、レイグは鼻で笑った。
「あの日を境に常連のほとんどが真っ当な仕事で金を稼ぎ始めた。人生立て直しやがってよ」
口調は皮肉だが、どこか嬉しそうだ。
「このボロい飲み屋も畳むしかねぇな。一緒に痛み止め屋でもやるか?」
シルがニヤつきながら言うと、レイグは呆れたようにため息をつく。
「で、あのチビがいねぇってことは——本当にやりやがったんだな?」
「まあな。一時は無理だと思ったが、なんとかなった」
軽く答えると、レイグは一瞬黙り——次の瞬間、笑い出した。
「はっ……ははっ……!」
その横で、シルが金の入った袋をカウンターにドサッと置く。
「それだけじゃねぇ。ラドゥナ村─あの貧乏村を立て直して——ワインが作れる村にしちまったんだよ」
「……は?」
さすがにレイグも眉をひそめるが、言いかけた言葉は途中で止まる。
シルが外套の内側から瓶を取り出し、カウンターにゴトンと置いたからだ。
「報酬としていただいた」
レイグの視線が瓶に落ちる。しばらく無言のまま——やがてゆっくり息を吐いた。
「……そうか。不治の病を治すどころか、村ごと治しちまったってわけか……信じられねぇ話だが——今回の魚は、幻の魚だったってわけだな」
「鮫かもしんねぇぞ。いつ喰われて死ぬかわかったもんじゃねぇ」
「頼みがある」
シルがそう言ってから、ふっと息を吐くと指を三本立てる。
「時間魔法についての情報が欲しい。それと——こいつの当面の寝床と飯」
言いながら袋から硬貨を掴み、カウンターに並べた。
レイグはそれを見てニヤリと笑い、そのまま引き寄せる。
「いいだろ。店の好きなとこで寝ろ」
「契約成立だ」
シルは満足げに頷き、ちらっと俺を見る。
「言っとくけど、アンタの取り分から払ったからな」
ぶっきら棒な態度。
(以外と律儀なヤツなんだよな)
レイグは顎に手を当て、少し考える素振りを見せた。
「時間魔法か……」
「民間じゃ、ほとんどが噂レベルだ。確実な情報を知りたきゃ王都に行くしかない。王国が管理してる資料を漁るしかねぇが——行政に関わってる役職持ちじゃねぇと閲覧できねぇ」
シルは特に興味もなさそうに聞き流している。
レイグはそのまま続けた。
「もう一つは王都の魔法研究所だ。あそこじゃ時間魔法に限らず、色んな魔法の研究がされてる。……どっちにしろ、簡単に情報が手に入る場所じゃねぇな」
俯き少し考えるように黙った後、すぐにレイグはふっと口元を歪めた。
「……ただな」
視線を上げる。
「こんな話を聞いたことがある。時間魔法の効果を、魔道具として扱えるように個人で研究してる奴がいるらしい」
「個人で?」
「ああ。俺が王都からこの街に流れてくる途中で耳にした話だ」
俺は思わず呟く。
「……魔道具、そんなもんがあるのか」
その瞬間——レイグがじろりと俺を見た。
「お前……」
言いかけたところで、
「記憶喪失だ」
シルが即座に割り込む。
レイグは一瞬黙ると深くため息をついた。
「なるほどな、まぁいい」
軽く頭を振る。
「時間魔法について知りたいなら、そいつに会いに行け」
指で机を軽く叩く。
「魔道具生産都市——クレジオルム」
「そいつがまだ生きてりゃ、お前が求めてる話が聞けるだろうよ」
そして、少し思い出すように目を細めた。
「……確か名前は——変人アイン、とか呼ばれてたな」
その一言に、シルが小さく鼻で笑う。
「変人、ねぇ……」
俺はその名前を頭の中で繰り返す。
(……変人アイン、希望は薄いな)
まともな情報源とは言い難い。
だが——
(研究してるのが本当なら、この街で噂話を拾うよりは—マシなはずだ)
「クレジオルムまで、どれくらいかかる?」
その問にレイグは顎に手をあてた。
「ベルクハイムから相乗り馬車で一週間ってとこだな。徒歩なら——」
「それ以上だ」
「途中で村や街をいくつか経由することになる」
「……かなり遠いな」
思わず呟くと、レイグはやれやれといった表情を見せる。
「そりゃ王都に近いからな」
「相乗り馬車はいつ出る?」
「この時間じゃ全部出払ってるだろ。早くて明日の朝だな」
そう言うと、カウンターのグラスに水を注ぎゴクリと一気に飲み干して続けた。
「ま、クレジオルム行きに明日乗れるとは限らねぇけどな」
「……どういうことだ」
「毎日毎日、長距離のクレジオルムまでの馬車が出るわけじゃねぇってことだ」
「急ぐってんなら——明日、アイアンバレー行きの馬車に乗れ」
視線がこちらに向く。
「そこでうまく乗り継ぎすりゃ、最短でクレジオルムに着く」
ここに長く留まる理由はない。
「わかった。明日、この街を出る」
俺がそう言うと——
「は?」
シルが横から間の抜けた声を漏らす。
「明日って、アンタなんも準備してねぇだろ」
「……何か準備がいるのか?」
素で返すと、シルは額を押さえた。
その様子を見て、レイグがくくっと笑う。
「面倒見てやれよ」
その提案にシルは大きくため息をつく。
「……これだから無知は嫌なんだよ」
面倒そうに俺を睨む。
「貸しだからな!」
(別に頼んでねーし!)
納得できない言われようだが、それに慣れてしまった自分もいる。
まぁ、この街の案内役がいた方が準備も捗るか···。
そう思い直し俺はシルの後に続いて店を出た。




