【ラドゥナ村編完結】37話 ラドゥナ村の奇跡···
私は焦っていた。
村の様子が様変わりしている。
それだけじゃない。門に集まる村人達は貧しさを感じないほど清潔な身なりに整っている。
それに──
新品の農具や調理具、骨董品やドレスまで——
売れる物を大量に持ち込んできた男。
それだけでも異常だというのに——
この村から「ワインを売りたい」などという話が出てくるとは思っていなかった。
しかも、継続的にだ。
これまでここは、利益の出ない場所だった。
パンやチーズ、布、中古の農具を物々交換のように配るだけ。
それが当たり前だった。
あの見慣れない女もだ···
ワインの提示された価格は強気——だが、絶妙だった。
(……この値段なら、他の商人も飛びつく)
安すぎず、高すぎない。
価値を理解している値付け。
(目利きがいい。商人として雇いたいくらいだ)
そして同時に思う。
(これは……チャンスだ)
今ここで独占できるなら、多少高くても構わない。
この村に通ってきたのが報われる!
この村に奉仕を続けてきた私への神様からのご褒美か?!
そう確信していた。
その横で——
「……この剣、本当にもらっていいのか?」
俺は腰にある剣に軽く手を乗せると、オレオとエレナに聞いた。
それは、オレオの父親の形見だった。
エレナは一度目を伏せて、それから静かに口を開く。
「このまま私たちが持っていても……きっと、錆びさせてしまうだけです」
剣を見つめながら続ける。
「——オレオから、あなたの手に渡った時……きっとあの人が、私たちを助けてほしいと願って託したんじゃないかって……そう思えるんです」
少しだけ笑う。
「それに……あの家には、まだ沢山思い出がありますから」
小さく頷くと微笑んだ。
「だから……どうか、その気持ちを受け取ってください」
横から、シルがあっさり言う。
「もらっとけよ」
(お前は貰いすぎなんだよ!)
思わず心の中でツッコむ。
——何か礼をしたいと言うエレナに、小屋から追い出した、行き場のなくなったガラクタの山を指し、あれを「捌いて金にするからそれでいい」って言い出したのはコイツだ。
「……わかった」
小さく頷く。
「ありがたく貰うよ」
そう言って、剣を受け取った。
顔を上げると——オレオと目が合った。
目いっぱいに涙を溜めている。今にも零れそうで、それでも必死にこらえている。
無理やり作った笑顔。
俺は少しだけ口元を緩めた。
「……なんやかんや、楽しかったな?」
オレオは大きく頷く。
だが、すぐには言葉が出てこない。ぐっと唇を噛んで——それから、小さく話す。
「ぼく……はじめてだったんだ」
「家族以外と、ごはん食べるの」
少しだけ笑う。
「みんなで、あんなふうに笑って……すごく、楽しかった」
小さく呟いて、それから続ける。
「それに、川で——ルイがすごく楽しそうにしてて……僕も楽しかった」
「この靴も大切にする!」
声が少しずつ震えていく。
「僕には··ランタンがあるから···いつだってルイとの冒険を思い出せるんだ···」
「それで……今度この村に来たときは……」
もう一度、俺を見る。
「"じてんしゃ"の乗り方も教えてよ?」
「あの時約束した···から···」
必死に笑う——が、もう限界だった。
そのまま、俺にしがみついてくる。
「ありがとう、ルイ……!お母さんを助けてくれてありがとう……!」
何度も、何度も繰り返す。途中からはもう言葉にならず、ただ声だけが震えていた。
「わかったわかった」
俺はオレオの背中に手を置く。
背中越しに伝わる体温に少しだけ息が詰まる。
オレオの魔法効果なのか、心に温かな光が注がれている気がする。
大して長い時間一緒にいたわけじゃない。
それなのに——昔から知ってる奴みたいで、離れるのが名残惜しい。そんな不思議な感覚が胸にくる。
オレオは自分で涙を拭った。
ぐしゃぐしゃの顔のまま、それでもしっかり顔を上げる。
「また絶対、この村に来てよ!」
ぐっと拳を握る。
「その時には、もっと大きくなって——うちの畑も、もっとすごくしてるから!」
まっすぐ俺を見る。
「約束だからね!」
最後に見せたのは——さっきまで泣いていたとは思えないくらいの、希望に満ちた飛び切りの笑顔だった。
⸻
俺とシルは行商人の荷馬車に乗る。
行き先はベルクハイム。
ゆっくりと動き出す車輪。
村人達は笑顔で手を振る。
その中に男衆らもいた
「不滅の魔法士様ー!ありがとう!」
「シルー!ちゃんと働けよー!」
「魔法士様ー!またいらしてくださいー!」
などと、野太い声で叫んでいる。
シルは、「あいつら!」と少し眉間に皺を寄せたがすぐに鼻で笑った。
(家を建て直す気概を見せたあいつらなら、今後もオレオやエレナの助けになってくれるだろう)
ゆっくりと離れていく村——オレオとエレナが、いつまでも手を振っていた。
その奥には、生い茂り始めた葡萄の木々。
まだ若いが、確かに広がっていく緑。
その光景を目に焼き付けながら——
俺はラドゥナ村を後にした。
──
「お母様このお話、読んで!」
赤毛の少女が一冊の本を手に母親に駆け寄る。
「はいはい」
優しく微笑む美しい女性はそれを受け取ると、娘にふかふかの布団をかけ
ゆっくりと本を開き、話はじめる。
むかしむかし、この王国には
誰も目を向けない、“見捨てられた土地”がありました。
そんな村にある日、
恐ろしい森からやって来たという、一人の旅人が現れます。
その身なりはボロボロで、金目の物など何一つ持っておらず、助けを必要としていることは誰の目にも明らかでした。
けれど——
村人たちは皆、厄介者を見るような目を向けるばかり。
誰一人、手を差し伸べようとはしませんでした。
しかし——
そんな中で、ただ一人。
その旅人に手を差し伸べた者がいました。
それは、貧しい村の中で、
さらに一番貧しい
一人の少年でした。
父を早くに亡くし、
病の母を看病しながら、
ただ必死に毎日を生きていた少年。
友もなく、頼る者もなく、
それでも病の母と二人で、懸命に生きていました。
そんな少年が旅人にしてあげられたことは——
たった一杯の椀を差し出すこと。
それが、その少年にとっての精一杯でした。
けれど——
その大きな優しさに、
旅人は静かに涙を流しました。
すると——
その涙は黄金に輝き、光が辺りを包み込むと、そこには美しい漆黒の衣を纏った青年が立っていました。
旅人は神だったのです。
神は何も言わずにその腕を天に向けて伸ばすと
たちまち家には食べ物が溢れ、
崩れかけていた住まいは蘇り、
病に伏していた母の体は癒されました。
驚き、そして深く感謝する親子に、
神は穏やかに言いました。
「この先、お前たちが食べ物に困ることはない」
そして少年に——
天使の羽を授けたのです。
やがて神は去り、静けさが戻ります。
けれど——
少年に与えられた力は、消えることはありませんでした。
その力はやがて、
何もなかった土地を、広大な葡萄畑へと変え、
貧しかった村は、
一年を通して実りに満ちる場所へと姿を変えていきました。
いつしかその村は——
誰もが羨む、王国一豊かな村となったのです。
すべては、一人の少年の優しさから始まった奇跡。
忌み嫌われていた土地は、
人々の憧れの地へと変わりました──
「あら、もう寝ちゃったのね···」
すやすやと寝息を立てる少女。
父親から貰った大切なランタンの火が静かに落とされる。
——こんな物語が、
やがてこのドミリス王国で、
長く語り継がれていくことになる。
けれど——
それはほんの少し先の、未来の話だ。
【ラドゥナ村編】─オレオと貧乏村の奇跡─(完)
あとがき
ここまで読んで頂きありがとうございます。
4月23日より開幕3話を経て第2部【鉱山の街アイアンバレー編】─探鉱者ノルと嘘つき一家─が始まります。
初作品、初長編のため、ブックマークや評価が書き続ける原動力に直結しています。
面白かった!第二部も読みたい!と思って頂けましたらブックマークや評価で応援して頂けると、とっても励みになります。モチベーション爆上がりです!
また、これまでブックマークや評価をくださった方々には改めて御礼申し上げます。
引き続き、不滅の魔法士は死にたがる―寿命を削る時間魔法を使い続けていたら、不滅の魔法士と神格化されてた!を宜しくお願い致します。
PON吉




